愛すること、愛されること。(8)












「社長、ソラリス様がいらしています」
社長秘書のホークアイが凛とした声で伝える。
ソラリスとは大手取引先の令嬢だ。
社交場で彼女の父親に紹介されて以来、男女の仲になっている。
あちらこちらとロイには女の影がある。その淑女達の中で長く付き合っているのがソラリス。
妖艶な女性だ。実に女性らしい体つきで世の男達を虜にしている。
が、大会社の令嬢とは思えない奔放な性格で父親を困らせているらしい。
「こんにちは、ロイ」
緩やかにウェーブした艶やかな黒髪。真っ赤に濡れた口唇。豊満な肉体。彼女は惜しげもなく色香を散布しながら社長室に入ってきた。
それを悠々と待つロイ。
「やあ、ソラリス。今日は何だね」
「お芝居のチケットが入りましたの。ご一緒に如何と思って」
「ふ〜ん。どこのだい」
「この前、貴方が観たいと言っていた作品ですわ」
「ああ…。あれか」
「どうかしら」
色目を使う仕草は実に女性らしい。デスクに身を乗り出して自分をアピールする姿はまるで、何処かの娼婦並である。
そんな彼女を嫌うのは同姓であるホークアイ。彼女はソラリスが会社へやって来る度、嫌悪感丸出しの表情でコーヒーを淹れる。
ロイは彼女の誘惑には、さして気にしていない。唯、しばらく考え込み返事を出した。
「わかった。では、行こうか」
彼女はにやりと真っ赤な唇を吊り上げて笑った。
嫌な光景だ、といつもながらホークアイは思う。この女のどこが良いのだろうと社長の顔を睨みつける。
「じゃ、待っているわ」
彼女は腰を緩やかに振りながら社長室を出て行った。
「ホークアイ君、ハボックに車を回すように言ってくれ」
ギシッと嫌な音が背後からした。
彼は黒革の椅子から立ち上がり外套を自ら肩に羽織った。そして今から出掛けるという意味で顎をしゃくる。
「社長! 」
甲高い声で呼び止めた。が、彼の耳には届かないようだ。
彼女の声を無視して颯爽と部屋を出て行く。
一体何を考えているのやら頭を悩ます。こんな時、冷酷無比で女癖が悪い男に戻るのだ。
あの屋敷でエドワードと楽しそうに話す穏やかなロイ・マスタングはここにはいない。


*              *              *


「ねぇ、あまり燃えないわね」
シーツで白い裸体をいくらか隠しベッドに寝そべるソラリス。その声を半ば遠くで訊いていた。想いは彼方。彼女を抱きつつも心はエドワードに向かっていた。
絹糸のような金髪を振り乱して淫らに身体をくねらし、身悶える姿。ほっそりと伸びた手足が絡みつく。どこか苦しげで痛々しい表情は平素の彼から想像できないほど艶美な色に変化する。極上の妖艶さ。
一度味わってしまったら貪欲に何度も穿孔してしまう秘所。どんな女の蜜壷よりもそこは柔らかく、そして濡れて絡みつき快楽を男に与え続け絞りつくす。
金色に輝く瞳から快感に耐えられず雫を流す貌が目に焼きつく。
今抱いている女など比ではない。
抱きたい彼を。
そう思うが、あれ以来抱いていない。抱いてしまったら“愛妾”扱いになると、葛藤していた。
“愛妾”ではなく妻として扱いたいと思っている。
だから、その代わりに媚態してくる女達で性欲を満たしていた。
あの晩から触れるだけの関係を続けていた。毎晩のように彼を部屋に呼び一緒に眠るだけの関係。
そして、朝には綺麗に消える彼。
余韻も与えてくれない。
だけど…そろそろ限界かもしれない。
「誰か好きな人でも出来たの」
ソラリスがそう訊いてくる。しかし別段関心を持つようではない。彼女は身支度をしながら相手をからかう。
―――
ロイはソファーで赤く輝くワインを眺めながら黙っていた。
彼から返事が返ってこない事を気にする訳もなく彼女はロイの首筋を指でなぞっていく。そして、何かの意志を訴え輝く瞳を見つめて薄笑いを一つ。
「貴方のそんな瞳、初めて見るわ。余程その人が良いのね。珍しい事もあるものだわ」
「ソラリス、君は賢いね。だから私は好きだよ」
「似た者同士ね。身体の相性も良いのかしらその人」
彼女が誇れるモノそれはこの肉体美だ。そして世俗的な欲望をこよなく愛する“色欲”。彼女が気に掛かる事と言えば、そんな陳腐なことだ。
ロイは彼女に振り返ると形よい口元を引き上げにっこりと微笑む。
その微笑だけで彼女は悟ってしまった。さすが男女の睦言に百戦錬磨の女だ。
「まあ、お手上げだわ。さあ私は退散しましょう」
面白がるように彼女はおどけて笑う。彼はグラスをグッと傾けて飲み干す。空のグラスにコポコポとワインを注ぐ。飲み足りない。
それは渇欲の如く。
「私はもう暫く飲んでから帰るよ」
「それじゃ」
あっさりと彼女はこの場から消えていった。彼女にして見れば、ロイも数多のSEXフレンドの一人かもしれない。だからこんな関係が長く続くのだ。
後腐れがない。
妖艶な女がいなくなった部屋からやっと毒々しさが消えていく。
「エドワード、君を抱きたい…」と、寂しくなった部屋でワインレッドに輝き揺れるグラスを見ながら一人ごちる。


*              *              *


「ねぇ酒臭いよ! 結構飲んでんな、アンタ…」
口を尖らしてロイをしかっている。


今夜もエドワードは当主の私室に呼ばれた。いつものようにアームストロング夫人が部屋の扉を叩き長襦袢を渡しにやってくる。
そして、必ず口癖のようにひと言。「粗相のないようにお勤めを…」と。
それを黙って頭を下げて訊く。
慣れた光景だ。
半ば女中頭も呆れていた。こう連夜、続けば仕方もない。
「旦那様、エドワードです」
扉を叩き、形ばかりの挨拶をして私室に入る。それも女中頭の要望通りに。
部屋に入るなりロイが甘えるように抱きついて来た。
それをよろよろと支えていた。彼からはアルコールの匂いと甘い香水の香りが漂っていた。その匂いを嗅ぐ度にちくりと胸が痛む。「ああ、女の人と一緒だったんだ」と、エドワードはひっそり思う。
ちらりと彼の首筋に残るキスマークがそれを物語る。
「なあ、飲みすぎだよ。身体に良くないよ」
何だか幼子を相手にしているようで、優しく背を撫で宥めるように言う。すると案外はっきりとした声が返ってきた。
「大丈夫だよ」
そう言うとエドワードの身体を先程よりしっかり抱きしめる。
妖艶な女達が男に媚びる為に様々な趣向をこらしてくる。そんな物を微塵も感じさせない彼の身体は新鮮でかつ清楚なものだ。
抱きたい。
抱きたい。
この身体をこの手にしたい。
あの時のように。
ふっと、どこかで何かが切れたような気がした。この数ヶ月、葛藤してきた思いが消滅した。この熱い精を彼の身体の中に注ぎ溢れさせたい。
「エド、君を抱きたい」
ロイの胸に窮屈に抱きしめられて苦しい。咽かえる化粧の香り。香水の残り香に嘔吐しそうだ。が、この嘔吐感は自分に対してだろう。
ロイに抱かれる女に嫉妬する自分に。
嫉妬に狂った自分を求める男の顔を切なげに見上げた。すると彼の熱い口唇が迫ってきて何も言えない様に塞がれた。
エドワードに拒否権はないのに。
口腔を荒々しく貪られる。何度も角度を変えて舌を絡められる。息苦しさに耐えかねて胸を突っぱねる。だが、両手を取り押さえられ抵抗できない。
口唇の隙間から彼の名を狂おしそうに叫ぶ。
「だ、旦那様。ロイ…アッ苦しい…」
寝室に運ばれる。
その間も彼の愛撫は止らない。時間を掛けて味合うようにゆっくりと耳尻から舐められていく。不安定な場所から重力に従うようにベッドにそっと下ろされた。
見上げたロイの瞳は欲情に染まり目元を高揚させている。
恐らく自分も物欲しげな貌をしているだろう。男の瞳から逃げるように顔を背ける。が、黒い瞳は優しく瞳を合わせてくる。
「エドワード、愛している。どうして君は私の物になってくれない…」
――あ、オレはアンタの物だよ。どうしてそんな事言うんだよ」
お互い切れ切れに言葉を交わす。
「私と君の間の壁を取り外したい。だが…すまない」
エドワードの瞳から一滴の涙が零れる。
いいんだ。わかっているから。
それでも傍にいられる。こうして抱かれる事で喜びを感じている。
ロイの手が彼の前帯の結びを器用に外す。シュルシュルと音が滑る。合わされた襟元に手を差し込みツンと尖る乳首を撫でる。それだけの行為でエドワードが甘く喘ぎ出す。
極上の貌が目の前にある。
舌が彼の身体を這い回る。散々我慢していた理性が暴走していた。至るところで痕を残していく。痛みが走るほど吸われ噛まれた乳首は赤く張れ。男性器は腹にくっ付くほど屹立して透明な涙をたらたらと流している。蜜壷はぬるぬると蜜を流し、早くここに挿入してくれと言わんばかりにヒクつく。その場所を丹念にロイの骨太い指が出入りする。
「ヤッ、もういかせて…」
何度も哀願した。その度にロイが面白がるように根元をぎゅっと締め上げた。絹糸のような金髪が激しく振り乱れる。
臍下へ口唇を滑らしていくと狂おしいように黒髪を引き剥がそうとする。透明な涙を流す先端を舌で突付くと。
「あ、んっ嫌だ! もう…触るなよ」
甘く囀る声色がロイの男根を熱く勃起させた。早く彼の中にこの肉棒を穿孔させたいのだが、彼の甘い蜜も啜りたい。
エドワードの下生えは薄く、愛液にぐっしょりと濡れ光沢を出していた。充血して腫れあがった割れ目はピクピクと痙攣している。舌先でそれをちろちろと舐めてみるとピンク色の隙間から透明に輝く雫がとろとろと糸を引いて迸った。
「ヤダッ
―――そこ、やめ。もう…」
彼の白くほっそりした太股がカタカタと痙攣しながら黒髪の頭を挟み込んだ。その両膝をぐっと押し開き羞恥心を煽った。ロイは甘い蜜を吸引していく。そして舌全体で蜜壷を執拗に穿っていく。その度に彼の濡れる口唇から快感の嗚咽が漏れ出て身体全体で喘ぐ。
「はぁっ、あっんっ。ダメそこはもう…いきそう。だから離してぇ」
ゆるゆると彼の股座から快楽に翻弄された恍惚な顔を上げた。愛おしさと満悦な快感に気も漫ろな表情だ。
「エド私のも触ってくれ…」
と、エドワードの手を熱い男根に触れさせる。始めビクッと、その余りの熱さと巨大さに驚くが、ゆるりゆるりと上下していく。慣れた手管だったが、初々しさを感じる。
「ああ
――いいよ。エド…」
「ロイ、もうお願い…」
彼の胸に額を摺り寄せて懇願する。
エドワードの秘所はぐっしょりとロイの手首まで濡らしていた。腰がゆるゆると上下に揺れる。今以上の快楽を強請っている自分の性情に恥辱を覚えた。
そうあの見世物小屋で仕込まれたのだから。
「わかっている。力を抜いて入れてあげるから」
瞳に生理的な涙を一杯浮かべてロイを見つめる。それを愛しく思う。
書庫で強引に抱いた、あの時とは違う。優しく思いを込めて抱く。
ピンク色の花弁に熱い男根を宛がう。その場所に宛がうだけで彼の身体はビクッと震える。ゆっくりと中を掻き分けるように挿入していく。
「あっ うん、アッ」
細切れに熱い吐息を吐く。
挿入してからの記憶が定かではない。もう、考える余裕がなかった。脊髄から脳髄まで一気に伝達し痺れるような快楽。溶け入れそうな繊細な襞がそうさせる。
エドワードの背が弓なりに仰け反る。何度も痙攣を起こし、その度に固く抱きしめられる。もう彼らは獣のように本能のままに欲望を吐き出す。
「アッ、うん はぁ、ダメ…もうダメ…」
「エド、エド…。あ、っ
――
今迄抑えてきた欲情は静まることはない。
抱き殺すかの勢いでエドワードの身体を強靭な腰が穿孔を繰り返す。もう理性も何もなかった。板挟みになっている自分の気持ちをエドワードにぶつけるしかなかった。
それを苦しく喘ぎながら受けるエドワード。
ロイの激しい欲情はわかっていた。そして、それが自分の所為だという事も。
素性は変える事はできない。ならば彼の子供を産める身体になりたいと、官能に酔い痴れながら思う。
そしたら彼がこんなに苦しむ事はないだろうと。
「ご、ごめんな……。こんなオレで」
何度も喘ぎながら涙を一滴、頬に零しながら。
最後には絶頂に悶えて何度も許してと、エドワードは声を嗄らしながら訴えた。だが、ロイの思いは激しく、結局明け方近くまで性交は続いた。


そして、目覚めれば。
「エド…」
空虚なシーツをギュッと握り締めるロイがいた。昨晩こそは全てを手に入れたと思う程、抱いたのに彼はいない。
やはり見えない壁がある。エドワードは彼以上にそれを強く感じていたのだ。
“旦那様”と“使用人”の関係。
それでも少しだけ発展して“使用人”が“愛妾”になっていることを。


夫人に約束された時間。
疲弊した挙句、眠れなかった身体を叱咤してそっとベッドから出る。そして、限られた少ない時間、安らかに眠る男を愛しく見つめる。
彼にとってそれが至福の時。だが、壁に凭れながらよろよろと歩く姿は哀切なものだった。
だが、この日を境にロイはエドワードの身体を抱くようになった。
そう愛しく思いを込めて。




続く

原作ですでにお亡くなりになっている「ラスト」=「ソラリス」を登場させてみました。
この人すっごく書きやすい。こんなサバサバした女好きだ。本当に後腐れないと思う。
ロイがエド以外の人と…こんな関係持っているのヤダって方申し訳ない。このストーリーではしっかりロイは遊んでます。


桜 美由紀 2006/3/30