愛すること、愛されること。(12)












パラパラと散る紅葉。天上から降る粉雪。風に舞い踊る桜。翠緑に輝く木々。
変わりゆく季節が歳月を刻んでいく。
「わっ! すげぇー風だな」
突風に遊ばれ金色の髪が空を舞う。
背中に届くほど長くなった金糸を後頭部の高い位置で結い直し乱れた髪を元に戻す。さらりと髪を揺らしながら庭園の掃除を続けた。
これは彼の仕事の一つである。
「よっ! エド」
エドワードと対照的に短髪の金髪がやって来た。運転手らしく黒の上下スーツにネクタイ姿。そのネクタイをだらしなく緩め、いつもの咥えタバコは健在だ。
「ハボック、何やってんだよ。またサボりか。女中頭に怒られるぞ!」
「違う違う! 旦那様を待ってるんだよ。その時間潰しだ」
「へぇ
――
琥珀色の瞳を細めて疑っている。
「まぁ、まぁ…」
それをおどけて逃れた。
変わらず、親しく付き合ってくれる使用人の一人 ジャン・ハボック。そして、エドワードの過去も現在も彼はよく知っている人物だ。


*               *               *


この屋敷に連れて来られるちょっと前。
エドワードは馬に踏まれ右腕と左脚に重症を負った。見世物小屋で粗略な治療しか受けられず、高熱と激痛にのた打ち回っていた。それでも小屋の店主は非道に彼を男達の性奴隷として働かせようとしていた。が、使い物にならず。それを見かねたロイがエドワードを多額の金額で店主から買い取ったのだ。
その時居合わせたのがハボックだった。弱りきったエドワードをロイの命令で抱き抱えて車に乗せた。その時の事は今でも鮮明に思い出せる。
高熱を出す身体は細く痩せて、虫の息のような呼吸を浅く吐き出していた。あの時は固く閉じられていた瞳。開いたら何色だろうと思っていた。今は色褪せ艶を失った金色の髪と同じ色なのだろうかと好奇心に駆られて見つめていて旦那様に怒られたものだ。


それが、今では…。
瞳はこの太陽のように爛々と輝き。髪も金色の麦畑のように艶やかに輝いている。
まぶしく笑う彼の姿。
こうして暇を見つけては、使用人同士仕事の話や色んな世間話をして和んでいた。
「この屋敷に来てから随分経ったな」
その問いにふっと昔を思い出したのか、琥珀色の瞳が遠くを懐かしむように見て。
「まぁ、ね。ここはとってもいい所だよ。ちゃんと仕事をしていれば、簡素だけど衣食住全てが与えられる。誰に媚びることなく、有りのままの姿でいられる…」
過去の自分を思い返しているのだろう。
ハボックには想像し難い過去を経験している彼だ。
「確かにそうだな。ここの屋敷の雇用条件はいい方だもんな!」
「へぇ―!? そうなんだ。オレここしか知らないから」
「あぁ、そうだぜ。俺だって嫁さんを貰ってちゃんと生計立てていけるだろうな。だが、その嫁がいない!」
湿っぽい話を打破するようにハボックは絶叫した。それを毎度聞き飽きたような素振りでエドワードは掃除を続ける。そんな彼をハボックは真摯な表情ですっと見下ろし両肩をガッシリと掴む。
あまり他人に触れられる事を嫌う彼はびくりと身構えてしまった。今日はちょっと態度が違う、エドワードは訝しい表情をした。ハボックは面食らうエドワードに構わず、突如告白の言葉を口にした。
「なぁ、オレの嫁さんにならないか!」
ぽかんと口が開いてしまった、と同時に声高に威勢の良い笑いが止らない。
「ちょっ、そんな笑うな!」
「ははは……! 可笑しすぎて腹が痛い、ヒィーたまんねぇ!」
持っていた箒を放り投げ、腹を抱えて笑い狂う姿にため息をつく。一世一代の告白がこんなものでは、今後トラウマになりそうだ。
しかし、多分こんな結果になるだろうと予想していた。想定内の出来事。
唯、気持ちを伝えたかったのだ。彼の今後が気掛かりだった。
笑いが止らない彼に再度真摯な表情に戻して、声色を下げて尋ねる。
「旦那様とは、まだ続いているのか」
ピタリと笑い声がとまった。そして一気に周りの気温も下がった気がした。周辺の音まで消散してしまった。
ハボックの表情が何を物語っているのか、わかり過ぎるほどわかった。
だけど、どうする事もできない愛がある。愛されることに幸せを感じてしまった自分。
過去も現在も知る彼には嘘はつけない。
――うん。この生活がとっても居心地が良くてさ…。ホント馬鹿だよ、オレ」
自嘲気味に答える彼が憐れだ。
「違うな! おまえは旦那様に愛されてるよ。そしておまえも好きなんだろ。旦那様のこと」
うまく事の真意から逃れようとしたが、彼には通用しないようだ。寵愛されている事は傍から見てもわかる。だが、自分はこの屋敷の一使用人だ。
決してエドワード自身が屋敷の当主を愛しているなど言葉にしてはならない。
「知ってるだろ。旦那様の話」
知っているし、わかってもいる。
結婚話が出ていること。
ロイも、もう三十を過ぎた。もっと早くからそんな話は出ていたが、二十代の頃は仕事が忙しいと、うやむやに彼は逃れてきた。貿易商として最大手の実業家、世間からの注目度も高い。そうなると早く正妻を娶り、より一層の事業の発展、御家の繁栄の為に後継者を願う声が頻繁に囁かれ、取引先やら家人達が騒ぎ立てている。
「知ってるよ」
静かに頭を下げた。
アームストロング夫人から直接言われた事もある「いつまでも“愛妾”ではいられない。旦那様の事を思うならば自分から身を引きなさい」と。
だから何度もロイにそう言ったが、訊いてくれなかった。この関係を切ろうとすれば、するほどロイが激しくエドワードを求める。
悪循環だ。
「おまえ辛いだろ。旦那様を諦めて俺じゃ、ダメか…って。ダメなんだよな。旦那様はホントお前のこと愛してるもんな。それは俺にもすごくわかる。けどなエド…」
彼の言葉を遮るようにエドワードは強く言い放つ。
「それでも、オレは誰とも一緒になんねぇーよ!」
暗く沈んでいた顔をぱっと上げていつものまぶしい笑顔を彼に向ける。あまりの健気さにこちらが悲しくなる。
「なんでだ…」
「だってさ、この屋敷に来てからいくつも季節が変わった。けど、オレの過去は変わんないんだよ! 誰と一緒になっても迷惑が掛かる。わかるだろ」
笑顔の影には悲哀な顔が隠れていた。疾風が金糸を巻き上げて、密かに零れた水滴を空へ飛ばしていった。風がやんだ頃には、にっと無理やり口唇の端を上げて笑う顔。
―――
その口元にはもう消えかけているが殴られたような青痣。そして、よく目を凝らしてみれば、身体のあちこち傷跡が残っていた。
それから、ハボックの口は固くへの字に閉じられてしまった。気休めの言葉は彼には通用しないからだ。
そっと殴られたであろう頬を大きな手で包み込む。


最近は減ったのだが、エドワードには忌まわしき過去が付き纏うのだ。屋敷の使いでしばしば街に出る。すると彼を知る裏世界の人間達の餌食となるのだ。
ロイの屋敷に雇われてから、彼はプライドを持って彼らに立ち向かった。それで、よく小競り合いに巻き込まれて生傷が絶えなかった。 
その度にロイが憤慨して「奴らを告訴してやる。それが駄目なら裏の手をつかって…」と、極悪非道な行動をとろうとしていた。
だが、エドワードは一度もその手を借りようとしなかった。否、頑なにロイが彼らと関わるのを拒否したのだった。いつもその時、彼はこう言うのだ「ロイの手を染める必要はない。ロイの手を汚さないで」と。


頬を触れた手からは、きな臭いタバコの匂い。それが、彼らしくてその箇所がふわっと綻び自然に笑顔が浮かんだ。
「でも、ありがとな。こんなオレを気にしてくれて…」
「そんな気にして、というか…」
まごつく彼を見て更に頬が歪む。彼の気持ちもよくわかっているから。それでもエドワードには、誰の手も取る事はできなかった。




続く

桜は「ハボック少尉が好きだ!」
ハボエド好きだ。叶わぬ恋愛を…。

ハボ→エド攻撃は敢え無く撃沈。ブログの方でハボックに嫉妬するロイを書いてます。「番外編」
鬼畜ロイを書いてます。飢えているようです桜…。
この辺りからの伏線ですね。

桜 美由紀 2006/5/9