愛すること、愛されること。(24)












起き上がろうにも身体がいうことをきかない。昨日まではちゃんと起きて仕事にも行っていた。ふらふらしながらでも仕事をこなしていた。それなのに今朝は頭を枕から上げる事もできない。
ベッドの中でエドワードは悔しさで丸くなっていた。
ギュッとシーツを握り締める手に誰かの手が温かく重なった。ふっと身体の力を抜けていく。朝日の光線を気だるくもう片方の手で遮った。そして、視線だけを上へ向けた。
「だ、旦那様…」
咄嗟に出てきた言葉は「ロイ」という名ではなく、この屋敷の主人に対する敬称だ。それに苦笑いする黒髪の男。
エドワードは琥珀色の瞳を何度かパチパチと瞬きを繰り返した。それから漸く自分の置かれている状態を把握し始めた。それと共に切なく苦しい表情が面に出る。そんな彼の心境を備に感じながらロイは努めて優しく声を掛けた。
「エドワード、おはよう。どうかね? 具合は…」
エドワードは素直に首を横に振った。強がりを言っていられる状態はとうに過ぎていたのだ。今迄散々無理をしてきたツケが身体に圧し掛かっているようだ。そして、あの晩でプッツリと緊張の糸が切れてしまったのだ。
それでもなんとか身体を起こそうと両肘に力を入れる。それをロイにやんわりと押し戻された。
「起きなくて良いから、このままゆっくり休んでいなさい。食事はどうかね?」
起き上がれない身体に深いため息をエドワードは吐いた。ずしりと身体がベッドに沈み込んでいく。
――食べれない、と思う…」
「少しでも何か食べたほうが身体に良いよ」
「無理…。それよか旦那様、やっぱりオレ出て行かなくちゃ…」
「まだ、そんなことを言っているのかね! 君は私の正式な妻だ。余計なことは考えなくて良い!」
昨晩ぼんやりとした思考で同じ問答を繰り返したような記憶がある。
あの時、自分は図々しくも彼に頭を下げたのだ。何もかも身を任せる意味で彼に頷いた。もう限界に近かったのだ。自分一人ではどうしようも出来ないぐらい身体は参っていた。それに付け加えて、精神も極限状態までに陥っていた。寂しさや孤独、それと不安という感情に苛まれていた。
一夜明けてみれば、自分の愚かしさに気づいた。後悔という文字が頭から離れない。今少しばかり、はっきりした頭が警笛を鳴らしていた。
――オレがアンタの奥さんになると迷惑が掛かる。アンタやこの屋敷の人達に。それにアンタには……婚約者もいるだろうし…」
彼の瞳を見ながら言えない。エドワードは頭からすっぽりとシーツに潜った。そして、腹を庇って丸くなる。ズキリと下腹が痛むのだ。
「エドワード、具合が悪いのだろう。今はそんなこと考えなくて良い。私がしっかり君のことをこれから守るから。もう誰にも文句は言わせん」
熱く語られるロイの言葉に涙が出そうになる。それでも自分は首を立てに振ってはいけなかったのだ、と必死に昨晩の事をシーツの中で反省していた。
エドワードは悲鳴に近い声でロイに訴えかける。
――アンタは…オレがあの見世物小屋でどんなことヤラされてきたか知らないから。オレは淫売だよ! あそこで言われるまま男達に脚を広げてきた。この奇形な身体を見せて触らせて…恥も外聞もない。今でもオレの傍に寄ってくる奴らは…身体目当てだ。誰もオレのことを人間扱いしない。単なる性奴隷だ。それに子供だってちゃんと産まれるかわかんない! そんなだから…」
その声、言葉は彼の懺悔だ。そうロイには聴こえた。
ロイは彼の震える身体をシーツごと胸に抱き上げた。身体は小刻みに震えていた。小さな赤子のように泣いている。すっぽり頭から覆っているシーツを顔の部分だけ少しだけ剥いてやると、泣き濡れた顔が金色の髪でぐしゃぐしゃと覆われていた。それを梳くようにして彼の顔を出してやった。それから無骨な手で頬に触れると涙を一杯に滲ませた金色の瞳が怯えるように見つめてきた。
「大丈夫だよ。君の過去も未来も私が背負ってやろう。もう一人で苦しまなくて良い。私は今の君を愛している。誇らしいと思っている。子供はいなくても良いと最初から言っただろう」
「ヒッぅ…く、ぅ
――
嗚咽が漏れる。
ロイはその痩せてしまった小さな背を優しく擦った。
彼の中で蠢く葛藤に今すぐ決着をつけるには長い月日が掛かるだろう。それでも、ロイはゆっくり待ってやれば良いと思った。お互いを愛していることが確認出来たからだ。彼のために環境を少しずつ整えてやろうとロイは思った。
「すぐに納得できないのはわかる。でも、君は私の妻だからね。それだけは忘れないでくれ。さあ、ヒューズが来るまで少し休みなさい」
嗚咽を繰り返すエドワードの口からたどたどしい声が聴こえてきた。その声にロイはしっかりと耳を傾けた。
「絶対アンタ後悔する。そんで、しなくていい苦労をするんだよ!」
「あぁ、するだろうね。君のために色んな代価を払うだろう。それは君には関係のないことだ。私が決めた事なのだから」
エドワードを妻に迎えることで必ずリスクは発生する。それを今、誤魔化してもすぐにボロが出るだろう。ロイが愛している彼は怜悧な頭脳を持っているからだ。少しでも表沙汰になれば、彼は己を責め抜くだろう。だからロイは嘘を言わなかった。
――そこまでわかっていて。どうして…」
「君の気持ち。ちゃんと受け取ったから。それで良い。さあ、興奮して熱が上がってきている。横になろう」
エドワードの吐息は熱かった。ずしりと身体が重く感じる。それでもロイの胸の中だけは心地良かった。
こんな自分をこのままずっと抱きしめてくれるのだろうか。
不安は尽きない。
「オレも好きなんだ。アンタとずっと一緒にいたい。でも、もう一人のオレがダメだって言ってんだよ。この気持ちはどうしようもなくて…。こんなオレでも愛されたい。アンタに愛されたい
――
それは正直な気持ちだった。
今迄言えなかった想いが爆発した。そう昨晩、仕向けられたのかもしれない。だけど、一度解放したこの気持ちに嘘は付けない。
「わかっている。君の気持ちは良くわかるから。私も君を愛している」
ロイがゆっくりと彼の身体をベッドに寝かした。「はふはふ」と、熱い吐息を吐くエドワードは痛む下腹を庇うように背中を丸めて横になった。
「お腹が痛むのかね。エドワード」
顔を覗き込むとこくりと頭が下げられ、ロイの眉も下がる。ヒューズに彼の身体の状態を訊いていた。だから尚更心配なのだ。このお腹の中には自分の子供がいる。守りたい生命だ。そう思うと自然とエドワードの腹に手が向かう。
「エド、お腹を擦ってあげよう。ダメかね」
エドワードはびっくりして首だけを起こした。しかし、力が持続せず、すぐにだらりと枕に沈むと彼は弱々しい声を出した。
――触ってくれるの? こんな汚らわしい身体の子供だよ…」
「そんなことはないよ。私達の立派な子供だからね」
屈強の中生きてきたエドワードは至福の喜びを感じていた。まず自分を一人の人間として扱ってくれた彼。こんな奇形な身体から産み出されるモノを大切にしてくれる彼。
これ以上の喜悦はない。
ロイの言葉にエドワードの瞳が潤み目尻を擦って、彼はこくりと頷いた。それを合図にロイは恐る恐るエドワードの胎に触れた。


*               *               *


「旦那様、失礼致します。ヒューズ様がいらっしゃいました」
寝室の外から女中頭のキリッとした声が聴こえた。ロイにとってそれは聴き慣れた声だったが、弱っているエドワードには心労を与えてしまう。ビクつく彼の身体を擦りながら「大丈夫だから」と耳打ちしてやる。エドワードは縋るような瞳でロイを見上げ、ぎゅっと彼の大きな手を握り返した。
「通してくれ」
と、ロイは扉に向かって声を放った。
「よ! ロイ、元気か」
ヒューズがいつものように片手を上げ悠然と入って来た。こちらは呑気に構えられる状態ではない。ロイは困った表情で深くため息をついた。彼の後ろから妻であるグレイシアが大きな黒い鞄を持って入ってきた。彼女は夫の態度を詫びるように微苦笑を浮かべて会釈した。
アームストロング夫人は深々と頭を下げるとすんなり出て行った。この部屋は屋敷の主人の寝室。所謂、プライベートな部屋である。
むやみに立ち入ることは憚れる。恐らく、女中頭と執事は次の間で待機しているだろう。事の成り行きをしっかりと確認するために。
ヒューズは二人を前にして、にやりと口の端を引き上げ大きく胸を張って言った。
「おら、おまえら心配掛けやがって。この恩、倍で返してくれよな! うちのエリシアちゃんと遊ぶ時間が減っちまったじゃないか」
子煩悩で妻想いのヒューズだ。彼女らを中心に彼の生活は送られている。そんな彼の態度で重苦しかった室内の空気が軽くなった。ロイは苦笑いしながらヒューズを見上げた。
「ヒューズ、すまなかったな。あぁ、紹介しよう。妻のエドワードだ」
そういう彼の表情は清々しかった。彼の凛とした姿は一皮剥けたように見える。
けれども傍らで横たわるエドワードはロイの言動に驚きを隠せない。彼の肩の筋肉がビクッと収縮するのが見てわかる。ロイはそれを優しい手と言葉で落ち着かせていた。そんな彼らの姿にヒューズの眉は思い切り下がった。微笑ましい光景を垣間見たのだ。特にロイの表情は今迄見た事がないほど柔らかく笑っていた。
エドワードに顔を近づけヒューズはにっこり笑顔を見せた。
「始めまして、奥さん。こんな不器用な男だが、大切にしてやってくれ」
ヒューズを見上げていたエドワードの瞳に涙が滲んできた。瞳、一杯に溜まった涙はぽろりと零れ出した。
まさかロイが本当に自分を妻だと他人に紹介してくれるとは思わなかったのだ。それに対して認めてくれる人間がいることを心から感謝した。彼らの気持ちが勿体なくて涙はぽろぽろと溢れ続ける。それを見た男二人は、苦笑いを浮かべながら狼狽していた。
「ほらほら、泣くな。腹の子に悪いぞ。それとどうだ具合は? あれほど早く診せに来いと言ったのに。まあ、相手がコイツなら仕方がないがな。随分、無理したみたいだな」
ロイはエドワードの涙を指で拭いながら額をこつりと合わせた。
「すまないが。早く診てやってくれないか。どうも腹が痛むらしい」
ヒューズの顔つきが瞬間険しいものに変わった。しかし、それを悟られないように取り繕う。彼の後ろで控えていたグレイシアが黒い鞄の中を漁り始め「あなた…」と、控え目な声が囁かれた。
「あぁ、心配するな。ちゃんと診てやる。ロイ、おまえは外に出ていろ」
「いや、私も傍にいよう。エドワードが不安がる」
真剣な顔つきでロイが言うと、それに対してヒューズとグレイシアは困った表情で顔を見合わせた。グレイシアがエドワードの枕元に行き、金色の前髪を優しく梳きながら。
「エドワード君、大丈夫よね。私が傍に居てあげるから」
少し不安そうにロイの顔を見上げたが、こくりと頭が下がった。それに彼女はにっこりと微笑んだ。
「と、いう訳だ。ロイ、おまえは外で待っていろ。その方が奥さんも良いだろうしな…」
ヒューズが不安そうなエドワードに片目を瞑って笑い掛けると、エドワードが重たい口唇をゆっくり開いた。
「あ、だ、旦那様。オレ、大丈夫だから。外、いて欲しい。オレもその恥ずかしいから…」
彼の身体を気遣うロイの瞳はエドワードを見つめていた。傍にいて手を握っていてやりたかった。恐らく他人に身体を晒すことを嫌う彼だ。あのような商売をしていたにも関わらず、彼の身体と精神は初心なのだ。それを知っているから余計にロイは気を揉んだ。
「そうかい。ならば仕方がない。ヒューズ、くれぐれも頼むよ」
エドワードの言葉から彼らを信頼しているように見受けられた。仕方なくロイはヒューズに任せることにした。
「あぁ、わかったから早く行けって」
追い立てられるようにロイは寝室から出された。


外では、やはり女中頭と執事が思慮な面持ちで待っていた。彼らにしてみれば、当主の“愛妾”に子供が出来たと言うことは一大事である。ましてやその“愛妾”は曰くのある素性であるから。
主人は「妻」に迎えると豪語したが、まだまだ、納得していないのはアームストロング夫人。昨晩はあれで引き下がったが、懐妊していなければこの話はなかった事に、と思うのが彼女の心情である。
そんな思惑などまったく気にせずロイはウロウロと室内を歩いていた。それを見かねて執事が珍しく進言する。
「旦那様、大丈夫でございますよ。どうぞお掛けになってお待ち下さいませ」
「しかし、なあ。君…」
刻々と時計の秒針が時を刻む。いつもは気にならない些細な音が酷く大きく聴こえた。ロイの心臓の音もこの秒針と一緒に時を刻んだ。
長い
――
そう思っていると前ぶれもなく扉は開かれた。はっと顔を上げてロイはヒューズの所へ駆け寄った。
――ロイ、ちょっといいか…」
ロイに声を掛けるヒューズの表情だけではさっぱり読み取れない。ロイは苛立つ心を抑えながら彼の支持に従う。
「どうかね。エドの具合は」
先を急ぐように尋ねるロイにヒューズは苦笑いした。しかし、状況は色んな意味で切迫していた。そんな二人に気を利かせてか、アームストロング夫人はソファーに座るように勧める。
テーブルの上には温かく湯気を立てるコーヒー。その匂いが香ばしく部屋に漂う。
ヒューズはゆっくりとカップを口元に運んだ。ロイは彼の口が開くの今か今かと待ち受けていた。
カチャっと陶器が重なる音がした。
ヒューズの瞳が眼鏡のレンズ越しにロイを鋭く見つめ、それから口角を上げた。
「ロイ、エドは妊娠三ヶ月だ。おめでとう!」
その言葉にロイの表情にぱっと花が咲いた。
長い付き合いだが、ヒューズはこんなロイの表情を見た事がなかった。
あの冷酷卑劣で仕事の鬼と言われるロイ。彼の微笑みは冷笑だと、彼を知る者は口を揃えていう。そんな彼から血の通った熱い微笑。今の彼は無邪気に喜ぶ少年のようだ。
「ああ、そうか! 良かった。それは良かった。では、エドワードに会ってもいいかね」
ロイの喜悦な声が部屋に響いた。
しかし、二人の会話を訊いていたアームストロング夫人の顔色は見る見る変わっていた。ロイと交わることのない感情を抱いているのだ。それに気づいたのは冷静な面持ちのヒューズ、唯一人。
ロイはそれどころではなかった。喜びで一杯なのだ。そこへ夫人の口から震撼するような言葉が出てきた。
「ヒューズ様、お尋ねしますが。その子供が無事に産まれるという確証はあるのでしょうか。何しろ、あの方の身体は
――通常の女性とは異なっております。そんな方から産まれるお子様ですから、私どもとしては心痛を抱えております。それにこの屋敷の後継者になられるのですから。それ相応のお子様でなければと思いまして」
どんな非難を受けようとも構わない。夫人の屹然たる姿勢がそう物語っている。それが、この屋敷を守ってきた者の宿命でもあるのだ。
彼女の言っていることは当然な内容であった。けれどもロイには解せなかった。彼の顔が憤怒の形相へと一変する。
「エドワードを愚弄することは許さない! たとえ無事に産まれなくともその子供は私達の立派な跡継ぎだ。これ以上の失言は許さない」
ロイが激怒する気持ちも充分わかる。そして、屋敷の女中頭の気持ちもわかる。第三者の立場であるヒューズはこの緊迫した空気を変えるように口を挟んだ。
「おいおい。ちょっと待ってくれよ。そうカッカしなさんな! ロイ、少しは夫人の気持ちもわかってやれ。それに夫人も、もうちょっと言い方があるだろうに」
「申し訳ございません。つい失礼な物言いをしてしまいました」
夫人は深々と頭を下げて非礼を詫びたが、彼女の中では未だに燻り続けているのである。エドワードを正妻に迎えるとことを。
「ヒューズ、私にとってエドワードは大切なパートナーなのだよ。決して跡継ぎを彼に産んでもらわねばならない、という訳ではない。彼が一番なのだよ」
ヒューズは刺すような空気が充満して部屋で一人飄飄としていた。そう見えるだけかもしれない。それが彼の気質だが、その胸中は色々と策が練られていた。
ソファーの背凭れにヒューズは身体をどっかりと預けると、ロイを叱りつけるような視線を送った。
「ロイ、今の段階では無事に出産出来るかはわからない。それは普通の女性であってもそうだけどな。まあ、希少な身体だからそれなりに苦労はするだろう。それより今はとにかく安静が必要だ。随分、身体を酷使してきたようだ。危うく流産する手前だぞ! そっちの方が心配だ。もうちっと早く見つけてやれよ!」
ロイの顔色が凍りついた。
先程まで欣然としていた彼に嫌な汗が背中を伝っていく。現実に戻されたのである。直様、ヒューズに縋るような瞳を向けた。
「すまない。その件は充分反省している。エドワードに会ってもいいか…」
躊躇うように訊く彼の姿はその背に重責を背負っていた。
そんな彼の面持ちにふっとヒューズの口元が綻んだ。
「グレイシアが話をしているよ。おまえも一緒に訊いてやれ。あぁ、そうだ。興奮させるなよ」
彼が言い終わる前にロイは扉の方へ足を向けていた。
いても立ってもいられない。彼の背中を冷たく見つめる視線に気付くはずもない。
夫人の頭は屋敷の対面をどう取り繕うかで翻弄していた。冷静な表情の裏で右手をグッと押さえる左手に力が込められていた。
そんな夫人の姿を横目にヒューズは冷めたコーヒーを口に運びながら。
「ロイのことを思うんだったら、そっとしてやれよ。やっと見つけたんだから…」
ぱっと顔色を変えて視線をヒューズに向けたが、いつもの冷淡な表情にすぐに戻った。この人の徹底振りにヒューズは「くっくっ…」と鼻から漏れ出す笑いを堪えた。


*               *               *


コンコンと、静かに扉を叩いた。
「私だ。入るよ」
ロイは湧き立つ心を抑えながら扉をそっと開けた。
それまで和やかに話していたのだろう。部屋の空気がまろやかだった。しかし、ロイが寝室に踏み入るとその空気が微妙に変わった。
グレイシアが苦笑いを浮かべてロイを見ていた。その傍に金色の小さな頭が見えたが、琥珀色の瞳はこちらを見てくれなかった。
ロイはゆっくりとエドワードの傍に足を進めると、グレイシアが気を利かせて席を譲ってくれた。
金色の小さな頭は枕に顔を埋めて隠れていた。僅かに震えているようだ。ロイは少し躊躇いながら金色の頭を撫でた。
前髪を梳いて顔を覗き込むと、瞳はぎゅっと閉じられていた。シーツを握り締める指先が白くなっている。その指にロイは大きな手を重ねた。
「エド、おめでとう。三ヶ月だそうだね」
興奮させてはいけないと注意をされていたから優しく声を掛けた。本当はその身体を抱き上げて部屋中を駆け回りたい程なのだ。
ピクピクと震えながら瞼は開かれた。琥珀色の瞳は視線を漂わせて、グレイシアを探していた。それに気づいた彼女はエドワードに向けてにっこりと微笑み。
「さあ、エドワード君。あなたの気持ちを言ってみなさい。ロイさんはちゃんと受け止めてくれるわよ」
彼女の言葉に背中を押されるようにエドワードは大きく息を吸ってゆっくり吐き出した。今度は黒い瞳をしっかりと視界に入れた。
「あ、あの産んでも良いかな…。オレ、アンタの子供産みたい! オレのこと愛してくれる人の子供だから大切にしたい。それにオレも愛している人の子供だから…」
ロイは瞳を固く閉じた。この言葉に嘘偽りはないだろうか。夢にまで見ていたことが、目の前にいるエドワードの口唇から告げられているのだ。
ロイは感慨に浸った。眼の奥で熱いものが溢れ出した。こんな幸せを味わえる自分に酔い痴れる。ゆっくり瞳を開きエドワードを優しく見つめた。
「ありがとう! エドワード。産んでくれ。大切にしよう。君も子供も…」
抱き上げることはできないが、ロイは想いを込めて小さな頭を抱きしめた。するとエドワードが彼の胸元でくしゃりと頬を歪ませて微笑んでいた。
そして、エドワードの腕は自然とロイの背中に回されていた。




続く

漸く前に進み始めた二人。ご懐妊おめでとうございます♪
しかし、そろそろ話は冒頭に戻るはずメチャ、シリアス予定ですよ。
お気をつけて…それでもこの話は最後はラブモードなのでご安心下さいませ。
山があった方が、何倍も幸せを感じることが出来るでしょ。

桜 美由紀 2006/9/2