愛すること、愛されること。(31)












エドワード達はアームストロング夫人の指示通りに、セントラル通りまで用意された高級車で出掛けた。何かと問題を起こす要素を持っているエドワードを懸念し、帰りも車で帰ってくるようにと、夫人は彼らに指示を出していた。
ロゼは始めて乗る高級車に子供のようにはしゃぎっぱなしだ。そんな彼女の姿を目にして、エドワードもつられるように笑っていた。
心許せる友人と一緒に出掛けることが出来てエドワードも嬉しいのだ。何しろ屋敷にいる間、アームストロング夫人の厳しい監視の目が光っていたからだ。それ故に少しは息抜きもしたいと想っていた。今回はたまたま絶好の機会が舞い込み、こうしてロゼと外出しているのだ。
勿論、その用向きは仕事だ。急ぎ用意して欲しいと頼まれた本を探しに来ている。
「う、う〜んと…確かな、この道を曲がってと」
美しい景観をしているセントラル通りから一歩路地裏に入ると、意外にも古びた露天商が並んでいた。表と裏は表裏一体というが、まさにそんな感じの路地裏だ。人々の活気でどの店も繁盛していた。そして、軒並み連なった店先には色んな商品が点在していた。
「すごいわね! 色んな物が売っているのね」
「そうだろう!!」
エドワードはまるで自分の秘蔵の場所を教えるように胸を張っていた。
「まぁ、ちょっとこの場所は入り組んでいて、説明するには難しいって言った意味わかったか」
辺りを一遍したロゼの瞳は始めて見る光景に活気付き輝いていた。
「なるほどね。確かにそうだわ! あ、あのね…用事を済ませたら、ちょっと立ち寄っても良いかな」
メインストーリーでは色んな高級店が美しくディスプレイされていたが、この路地裏は一風変わっていた。市場のように食料品から小物、衣類と色んなものが販売されていた。声を掛けてくる商人も飾らぬ言葉で気前が良い。そんな楽しく明るい雰囲気を出している店が沢山並んでいた。どの店もエドワード達の目を引きつけて止まない。
「うん、オレもそうしたいなって…思ってた」
目的を終えたら、少し買い物でもしようと二人はこぞって笑った。そのぐらいの寄り道は許されるだろう、とその時は安易に思っていた。
そんな盛栄で活気ある露天商だが、その道からちょっと外れると全くの暗い裏社会が存在していた。そんな所と隣接しているということは、そこに棲む住人の出入りもあるということ。今迄、エドワードがたまたまそんなな輩と出会うことがなかっただけだ
――
凶悪な世界はすぐ傍にあったのだ。
そんなことも知らずに二人は露天商の雰囲気に心を躍らせた。


*          *          *


「エド、見てみて…凄く面白い物が売っているわ!」
心が浮き立つロゼの後をストールで腹の膨らみをさり気なく隠して、エドワードはゆっくりと歩いていた。その腕には購入した本が紙袋に入れられて数冊ぶら下がっていた。
どれも妊娠中のエドワードを気遣って軽いものばかりだ。彼の前をはしゃいで歩くロゼが重量級の書籍を何冊も握っていた。久しぶりに屋敷から出て、買い物を楽しむロゼにはこんな大荷物まったく苦にならないようだ。身も軽やかに弾みながら所狭しと並んでいる露天商に顔を出している。
その後を「やれやれ……これだから、女の買い物はたまんねーよ」と、ボソッと笑いながら呟いてエドワードは彼女の後をゆっくり追うのだ。
そんなエドワードも賑わいある露店を楽しんでいた。あの御夫人がいる屋敷と違って、羽が伸ばせるのだ。彼の心も何時になく弾んでいた。
「ロゼ、重いだろう。オレがそっち持ってやるよ」
「えぇ〜良いわよ!! それより見て、これ可愛いわよ。エドのお腹の赤ちゃんにどうかしら?」
彼女がエドワードに見せた物は小さな白い兎のぬいぐるみ。
ふわりと柔らかい素材で作られたそれは可愛らしい顔をしていた。今此処で買ってくれよと縫い付けられたルビー色の瞳が訴えていた。
けれども、エドワードは顔を顰めてそれを見ていた。
「!? そういうのを、可愛いっていうのか? オレはあんま良くわかんねーよ」
男として育ったエドワードには生憎ピンとこない感情なのである。そんな訳も知るロゼは少し困ったように苦笑いして、両手を腰に当て言うのだ。
「もう〜エドったら…。あ、そうだ!! これエドと旦那様の子供にプレゼントするわ! それに
――時期にエドもこういうのも可愛いと感じるようになるわ」
「……?」
首を傾げているエドワードの手にも似たようなぬいぐるみが持たれていた。
男と女の狭間の生き物であるエドワード。彼の気持ちと裏腹に母性本能や女という感情がゆっくりと成長してきているのだ。
ロゼが着物の袂から、彼女にとって貴重な財布を取り出した。それを見て、慌てるエドワードを気にせず、露天商のおばさんに品物代を払った。
「ロゼ、良いよ!! おまえの給金をオレの為に使って貰ったらバチがあたる」
「良いのよ。エドの為じゃないわ! そのお腹の子供の為よ。はい、どうぞ受け取って」
愛らしい兎の首にピンク色のリボンをして貰って、ロゼはその場でエドワードにプレゼントを渡すのだ。
「……ロゼ、おまえ
――
エドワードの表情が泣き笑いしそうに崩れた。そんな彼を微笑んで見返してくる彼女の顔をエドワードは忘れることは出来ない。
彼女の温かさは今でも大切に心にしまっている。お腹の子供の為にと、少ない給金を叩いて買ってくれた素敵なプレゼント。今もそれは、ちゃんと大切に仕舞われている。
もう二度と子供の為に使われることないかもしれない
――が。


*          *          *


エドワード達が露天商で買い物を楽しんでいる頃。
この界隈で仕事をする者達は少し異様な空気を感じていた。この路地裏から少し奥に入れば、別世界が待っている。そこはあまり柄の良くない連中がたむろっているのだ。
そんな輩がこの周辺を練り歩いている姿を見て、眉を顰めて小さな声で商売をし始めた。商売の邪魔をしなければ良いと、思いながら彼らはそんな輩からさり気なく目を背けていた。
唯、その空気の澱みを察知できないのは、この界隈にあまり来たことがない客人達だ。その中の一人にエドワード達も含まれている。
どうやら胡散臭い連中が練り歩いているようだ。ちらちらと商人達が視線を上げるが、決して誰もその連中と目を合わせようとも声を交わそうともしない。唯、自分の店の前を通り過ぎるのを黙って待っているようだ。
両脚を極端に左右に広げて歩き、白いコッパンのポケットに両手を入れて練り歩く輩。派手な柄のアロハシャツを開襟した首に巻かれた金色のネックレスが、余計に彼らをチンピラ無勢だと現している。
そんな数人の男達の中にも大将格が存在するようだ。その男は奴らとは違って、上等な真っ白な上下のスーツを着こなしていた。ギラツク視線を隠すように深めに被った白い帽子を左手で押さえた格好で颯爽と歩く男。取り巻きの男達とは違う雰囲気を纏っていた。
男は蛇のような目付きをし、口角を意味もなく吊り上げていた。そして、長い黒髪を後ろで一つに束ねていた。にやりと微笑んでいるその表情はブリザードのようだ。横を通り過ぎる人達が寒さに凍えていた。
そうヤバイ
――猟奇的な怖さ。そんな感じを一瞬にして感じることが出来る。
その男を盛り立てるように、小者達が囲んで歩いていた。
遠くからでも、賑わっていた露天商が妙な空気に包まれているのがわかる。そうなると自然と客人達も大人しくなる。それに見習いエドワード達も静かに買い物を続けた。その男達が横を通り過ぎるまで、視線を合わさぬようにと注意していた。それなのに
――ふとした偶然から彼らは巻き込まれたのだ。
賑わっている露天商。
そんな人ごみの中では、極普通に肩と肩が触れ合うこともある。たまたま、チンピラの一人とほんの少し何かが、触れたようだ。先を通り過ぎるエドワード達をじろりとにやついた瞳が追った。
「オイ、そこのねーちゃん。何か当たったぞ」
せせら笑うように男が声を掛けてきた。
周囲の人々がヒソヒソと声を潜めて話している。どうやら運が悪い彼らを憐れに思い見ているようだ。それでも彼らは奴等の所業を知っているから助けることも出来ないのだ。そんな雰囲気がヒシヒシと感じられる。
「あ、すみません…」
郷に従えと、ばかりに二人は顔が目立たぬように丁寧に頭を下げた。こういう輩は目を合わせると高圧的な態度になるとエドワードは熟知していた。
男は二人の素直な態度に気を良くしたようだ。しかし、団体行動に近い彼らの一人が何やら立ち止まっていることを不審に思った連中が遊び半分に集ってきた。
「オイオイ!? 一体どうしたんだ。ほぉーこりゃー別嬪さんだなぁ」
ビクッと身体を震わせて、二人は顔を見合わせた。
「どうしよう…。エド、ごめんね。あたしが持っていた本が当たったんだよ…」
戦慄くロゼは声を震わせて、エドワードに助けを求めるように肩を窄めていた。けれどもエドワードは案外落ち着いた様子でロゼの心情を気遣っていた。
「大丈夫だよ。大人しく頭を下げていれば、この人達も変なことしないよ」
ぼそぼそと二人が話していると、すぐに助けの声が降ってきた。
「オイ、何をしている。早く行くぞ! キンブリーさんがお待ちだ」
どうやらこの連中の先頭を歩く大将格が先を急いでいるようだ。
エドワード達を囲んでいる連中に向かって側近の男が声を上げた。勿論、そのキンブリーと云われる男もこちらの様子を見ていた。舎弟の行いを深く被った白い帽子の隙間から爬虫類の眼光に似た瞳でこちらをにやりと薄気味悪く見ていた。
「あ、へい…」
ビクッと抑圧され男達は情けない声を出し、嘲弄していた者と共にバラバラと散っていく。囲まれていた塀が取り除かれ、解放されたロゼがホッと一息ついて、エドワードの方を見ると
――
先程まで平然としていた彼が二の腕を両手で掻き抱いて小刻みに震えていた。明らかにエドワードは怯えていたのだ。
「エド?」
不審に思ったロゼは、彼の俯いた顔を覗き込むと怯えた瞳がロゼに警告を訴えていた。口唇を震わせながらか細い声をやっとのことでエドワードは出した。
――か、帰ろう。早く……此処から」
ロゼの腕を急に掴んでエドワードは脚を踏み出した。幸いなことに奴は気づいていないようだ。今ならまだ間に合うと、エドワードは一歩、二歩と脚を前に進めた。出来るだけ早く此処から逃げなくてはならない。
だが、そんなエドワードの必死な思案は天には届かなかった。双方、背中を見せてことは終わるはずだったのに
――
一度はくるりと前を向いて先を歩いたキンブリーと呼ばれた男。しかし、その男はエドワードとは反対の行動を起こし、ピタリと脚を止めた。それから被っていた白い帽子を取り、素早くエドワード達の方に振り返り声を上げた。
――ちょっと待ちなさい」
にやりと口角を上げて、面白い玩具を見つけたような表情で先を急ぐエドワード達をその声は追ってきた。その声によって更にドキドキと騒音を鳴らす心臓を掻き毟りながら、ロゼの手を引いてエドワードは走り出そうとしたが、遅かった。目の前に長く黒い影が現れたのだ。そろそろとエドワードが面を上げると、もう二度と会いたくない男と視線を合わせてしまった。
「んぅー!? エド、じゃないですか?」
―――
声が出ないが、そそくさと上げてしまった顔を背けた。その代わりにロゼの手をしっかりと握り締めた。そのロゼも今の状況が非常に危険であると感じた。だけど、どうすることも出来ずに、身を固くしていた。
男は真っ白なパンツスーツのポケットに両手を入れた余裕な態度でエドワードの顔を覗き込んできた。
「久しぶりですね。元気にしているみたいだね。ふぅ〜ん、良い着物、着てるじゃないか」
以前のように無遠慮な手が伸びてきて、反射的に嫌悪感を抱きエドワードはその手を叩き落した。猫が怒りで毛を逆立てている。そんな感情を身体が勝手に示していた。
それさえも、そよ風のように感じるのだろう。キンブリーはにやりと口角を上げて、その口唇をぺろりと舌先で舐めながら、エドワードを見ていた。
「痛いなぁ〜その一緒にいるお嬢ちゃんはおまえの友達か?」
まるで値踏みをするようにロゼを見ているキンブリーにエドワードは危機感を募らせた。
奴はこの裏社会では名の知れた危険な男。
借金のかたや、已む無き事情によって売られてきたか弱い女や幼い子供を見世物小屋で性欲に溺れた卑猥な男達に身体を売らせていた男。
しかし、泣きながら身体を男達に良いように嬲られても、彼女達には一銭の金も戻らず年季が明けることはない。使い捨ての駒のように身体を酷使され続けていた。
その中でもエドワードはふたなりという稀少な身体を売り物とされ、まるで人形のように舞台に上げられて幾人もの男達の目の前でその身体を晒され、そしてその場で
――犯された。
そんな男の目にロゼが捉えられてはならない
――
エドワードは彼女の安否を気遣った。そう、たまたま自分と一緒にいるだけで傍にいるロゼが危険な目に遭うのだ。阻止しなければならない。
こんな時、エドワードは我が身を呪った。
好き好んで、こんな男と関係があるのではない。弟の為にと、あの時はこうするしかなかったのだ。
二人生き延びるためには、兄である自分が犠牲にならなくてはいけなかった。それをこの場で悔やんでも仕方がない。
エドワードは必死に彼らの隙を作ろうと画策し、恐怖に強張る口唇を震わせながら開いた。
「……この子は、オレとは関係ない。道を尋ねられただけだ」
やっとのことで出した声にキンブリーは拍車を掛けたように眼光を光らせた。それが誰に向かっているか、エドワードにはすぐにわかった。奴にわからないように、そっと掴んでいたロゼの腕を放した。彼女をこの場から逃がさなくてはならない。
奴の狙いは
――オレだとわかっているから…。執拗な瞳がずっとエドワードを見ていることをヒシヒシと感じていた。それにエドワードには守るものがあった。
それこそかけがえのない大切なものだ。こんな穢れた自分の身体を浄化し、愛してくれる男から貰った大切な命。ストールで覆った漸く膨らみ始めた腹に「ごめん…な」と心で唱え、向き合っている男にわからないように擦った。
そして、エドワードは奴らに気づかれないように視線だけを動かし、逃げる機会をうかがった。ロゼだけは絶対に巻き込みたくなかったのだ。
「もうオレはあんたとは関係がないはずだ! そこを退いてくれ」
「……おまえ、確かあの旦那
――マスタングに買い取られたはずですねぇ…」
キンブリーが手を顎に触れ、その当時の記憶を辿っているようだ。徐々に記憶が鮮明になっている奴の表情にエドワードは慌てる。そして、今がその時だと思い
――
手に持っていた紙袋を思い切りキンブリーに向かって投げ付けた。
「イッ、ぅ…!?」
投げ付けられた物を咄嗟に避けようとして、彼の視界は遮られた。
「逃げろ! 早く
――
ロゼに激しく言うとエドワードも走り出したが、エドワードの着物の袂はしっかり握られていた。突っ張る感触にエドワードは自分の運のなさを呪った。それと同時にエドワードの頬に鈍痛が走った。口の中で鉄の味が一気に広がった。
「ぅ…ッ、痛ッ!?」
キンブリーの右拳が容赦なくエドワードの頬を殴っていた。その衝撃に倒れることは今のエドワードに許されない。必死に踏ん張っていると、よろめく身体を彼の仲間が捕まえた。
だけどそれで良かったのかもしれない
――
自分には過去の忌まわしい清算が待っているのだ、と。それから解放された時こそ、ロイとこの腹の子供に胸を張って笑うことができる。まったく関係のないロゼを巻き込むようなことだけはしたくなかった。
エドワードの視界の先を走っているロゼが不安な表情で振り返るが、エドワードは首を左右に振って彼女に前に進むようにと瞳で訴え、哀しそうに微笑んだ。
項垂れたエドワードはキンブリーの仲間達に引き摺られて露天商の暗い裏街道に連れ込まれた。その間もエドワードは有らん限り力で抵抗したが、先ほど頬にくらった一発が彼の身体を思うように動かせなくしていた。
迷路のような暗黒の裏道に側近の男達の手によって、エドワードの行く手を阻まれた。




続く

さあー話が進みました。そして、とうとうこの男が登場です。キンブリー!!
掴まってしまったエドワードの運命は如何に…。
しかし、今文章が書けないぞ。色々悩み事が多くて進みません。あーどうしましょう。

桜 美由紀 2006/11/9