愛すること、愛されること。(42)












橙色の明かりが薄く寝室を彩ってゆらゆらと揺れていた。癒しを感じさせる明度に睡魔が直ぐに襲ってきそうだ。
「エド、眠ってしまったのかね」
ベッドに潜り込んできたロイがシーツに包まるエドワードにひっそりと声を掛けた。
しかし、返答はない。
その代わりにロイの小声に反応してびくりと身体が震えたのがわかった。
ロイに背を向ける格好で手足を縮めて丸くなっているエドワードの姿に少しばかりロイは笑みを零した。
「エド、そんな端っこで寝るとベッドから落ちてしまうよ。此方へおいで…」
肩肘を突いてエドワードの耳元で優しく囁いてやると更にエドワードは身を固くした。ロイは一瞬愁眉な顔つきになりながらも、優しい手つきでエドワードの横髪を梳いた。すると純白の長襦袢の襟元から白き項が露になる。
思わず舌なめずりしてしまいたくなる代物だ。男として性的欲求を掻き立てられる。しかし、急いてはいけない。ロイはヒューズに釘を刺されていたことを思い出す。
エドワードは触れられる手に神経を集中させ、震える身体を両腕で抱きしめていた。
「……エド? 心配はいらない。優しくするから」
その言葉が何を意味するかわかっていた。
それでも身体は――相反するのだ。
ロイの口唇が耳尻から首筋に啄ばむようなキスを落としていく。エドワードの左手は胸元を必死に掴んでいた。空いた右手はシーツをギュッと握り締めて、全身で耐えていた。
自分でもわからない。何故苦痛を感じるのかわからない。そして、自分の行動の意味がわからない。ただ、ひたすら口唇を固く結んでいた。こんな状態ではとても口付けを交わすことも出来ない。
「エドワード、力を抜いてごらん。酷いことはしないから…」
そう言うけれどもエドワードの瞳は我が意志とは異なって助けを求めるように純白の海原に投げ出されていた。
ロイはゆっくりと彼の袂から胸元へと手を差し込むと、エドワードの身体が苛虐に反応したのに驚いた。
堪えていた口唇が苦しそうに声を上げた。
「やっだ!」
彼が妊娠する以前はその丘は平たい物だった。しかし、彼は奇跡的に身篭った。それから後は徐々に膨らみを増していた場所。
ロイの手はそこをやんわりと優しく包み込んだ。流産した後はその場は不要な物であると身体が判断し、萎むものと思っていたそこはまるで少女のような膨らみを持続していた。
成長途中の貼りのある肌を保ちつつ、それでいて幼い丸みを帯びた胸。蕾は桜色に色づいていた。男としての欲を掻き立てる幻想的な胸は忽ち男達を虜にしてしまう。
ぷるんと、その胸を弾けばエドワードからは喘ぐような泣き声が漏れ出したが、彼の両腕はロイの優しい手つきを拒絶するように突っ張っていた。
「頼むから――触らないで…ッ、嫌だ! こんな身体に触れないで…ロイが…旦那様が汚れるからやめてくれ!」
まるで自分を打ち消すような言葉にロイはたじろいだ。身を小さくして震えているエドワードの身体は中途半端に襟元が肌蹴られ、そこから覗くことができる今にもその柔らかく弾力のある胸と透き通るような肌を味わいたくて、ロイの男性としての欲望は首を擡げていた。
エドワードの悲痛な声は情欲に掻き消され、ロイは本能に任せて卑猥な手を彼の内股に忍び込ませた。肌理の細かい肌がしっとりとロイの手に絡みつき、その最奥には色欲を唆る秘所が待っていた。久方ぶりに味わう秘所地は魅惑的でロイの手はエドワードの意志を無視して、弄ろうと戦慄き固くなった臀部をゆっくりと撫で回してから膣口に辿り着いた。
「ヒィッ、やめてぇ」
柔らかくヒクつく箇所はビクッと過剰反応し、思わずロイは彼の身体が性的欲求を求めているように感じ、嬉しさが込み上がってきた。
けれどもエドワードの固く閉じられた瞳が恐々と開けられ、その瞳には涙の湖が――。
その湖にはロイの欲情した顔が映されていた。
そして、皮肉なことにエドワードの全身が拒否反応を起こしていた。
「エド…ッ、何をそんなに怯えているんだね」
「……お、ぉねがい、やめて」
身体を小刻みに振るわせて、エドワードは本能のままに声を上げて泣き出した。それではロイの立つ瀬がない。
触れようとする手と性的本能をどうにか押えつけて抑制した。ふわりと開いていた手に力を込めて握り締め、エドワードの身体から遠ざける。
数センチの空間。
エドワードの身体が緊迫から逃れるように恐々と動き出した。
ロイの懐から抜け出すことが、どんな意味を表すのかわかっていたけれどもエドワードの身体は逃げ出すことに精一杯だった。
そして、とうとうベッドから抜け出した。不安気なロイの顔がエドワードの前に立ちはだかる。けれどもその真摯な瞳を見ることはできない。
エドワードは乱れた長襦袢を掻き合わせ俯いた。彼の視線は両膝をすり合わせている足元に落とし、カタカタと身体を震わせていた。
「エドワード、そんなに嫌ならば何もしない。だから――ベッドに入りなさい。寒いだろう…」
身体を起こし、ベッド際で戦慄き立ち尽くすエドワードに手を差し伸べるが、ロイの真意は彼には伝わらない。
縮めていた身体を更に縮めて、エドワードは左右に首を振って涙声混じりの小声をぽつりと零した。
「……ご、ごめん。今日は許して――」
エドワードはきらりと光る涙を零していた。ロイが伸ばしていた腕は空虚を彷徨い、何も掴めずに落ちた。そして、左脚を引き摺りながら去っていくエドワードの物悲しい背中を見送ることしか出来なかった。
隣室の扉の前ではズルズルとエドワードは膝から崩れるように倒れ込んでいた。両手を突いて辛うじて支えている身体。暗い闇をも感じさせる隣室でエドワードは声を押し殺して泣いていた。
「ご、ごめん…どうしても駄目なんだ。こんな身体であの人に抱かれるなんて出来ない」
何度も反芻し、エドワードは自分の過去を怨んだ。
例えそれが兄弟二人、生きていく為の術だとしても我が身を投げ出したこと。そして、その宿命に流されながら身体を穢し続けたことを悔いた。
その酬いが今頃、エドワードの背に重く圧し掛かっていた。
それでも――あの人の傍にいたい。
愛することを教えてくれたロイの傍にいたい。この矛盾をどうしたら良いのかわからない。


*          *          *


「昨日はごめん…」
今朝になってロイは昨晩のことが気になりエドワードの寝室の扉を叩いた。ショックのあまり口を利いてくれないのでは、と不安を抱えていた。
けれども意外にもエドワードの方からロイに近づいてきたのだ。
「良いのだよ。私が急かしすぎたのだ」
目元を赤く腫らし、俯いているエドワードの手はロイのシャツに伸ばされ、しがみ付くように袖を掴んでいた。ロイは彼の初心な仕草に顔を緩めた。昨晩は触れられることに恐怖を感じていた彼の金色の頭を胸に抱いてみた。
それからまだ長襦袢姿の薄い肩を撫で、するりと腰に手を回してみた。密着する身体の間でロイの男としての欲情は目覚めてくる。こればかりは仕方がない。昨晩はお預けを食らったのだから。しまったと顔を顰めたが、この位は許されるだろうと胸に抱いている金色の髪を梳き、それからキュッと蕾んでいる口唇にキスをしようとした。
しかし、そこで顔を背けられた。それから今迄大切に包まれていた場所からエドワードは抜け出した。
「エド? 嫌なのか?」
そう聞かれて素直に頭を下げることは出来ない。それに矛盾している自分の心と身体。どうしたら良いのかわからないのだ。
エドワードは必死に首を左右に振った。
ロイの口から大きなため息が吐き出された。帰国してからこんな状態が何度も続くとやはり気鬱になってしまう。
エドワードの精神状態が普通ではないとわかっていても焦燥感は募ってくる。しかし、そこをグッと押さえ込んで、下げた眉根をもっと下げて俯いて黙ってしまったエドワードに優しく声を掛けた。
「エドワード、すまない。私が焦っているのだな。気を取り直して朝食にしよう……」
しかし、そんな優しい気遣いも仇となってしまう。
エドワードは首を振った。
「――食欲ない。少し頭が痛いから横になっていても良い?」
怯えるようにロイの瞳を見ていた。今にも零れそうな涙を必死に堪えていた。
「エド、ちゃんと食事は取ったほうが良いのだよ」
そう言って心配気に顔を覗き込んで見ても、エドワードは首を縦に振ろうとはしない。仕方がないと、ロイは蒼い顔をしているエドワードを抱き上げベッドに寝かした。
こうした行為は許してくれる。しかし、彼の全てを愛したいとロイは想うのに触れられない場所が多々ある。そう性的欲求を感じる場所は禁域となっているようだ。
ロイにとって蛇の生殺し状態だ。
涙が溢れそうな瞳を瞑目して、エドワードは黙って抱かれていた。少しばかり身体が震えているのがロイの腕に伝わってきた。だからといってどうすることも出来ない。
触れたいのに、触れられたいのに――身体は拒絶してしまう。
互いの身体を重ね合わせて愛を確かめ合う。人間としての欲情を吐き出し、己を曝け出し互いの身体を貪っていく。それで繋がる想いもある。それなのに――それが出来ない。
二人の距離が徐々に広がり溝は深まっていく。


*          *          *


「旦那様からも仰って下さいませ」
一際甲高い声が玄関フロアーに響いていた。
それを冷淡にあしらうロイの姿は漆黒のタキシード姿。今宵は政財界、著有名人が集うと有名な社交パーティーに招待されているのだ。
このような正式なパーティーには夫人を伴うというのが一般的である。しかし、壮麗な玄関フロアーで身だしなみの最終チェックをするロイの横にはエドワードの姿はなかった。かといって、その彼が見送りのためにこの場で待機しているという訳でもない。
「エドワード様をお連れになられないことは良いのですが。旦那様が外出されるというのに見送りもないとはどういうことですか? 少しはご自分の立場をわかって頂けなければなりません!」
アームストロング夫人はロイの周りをカツカツと靴音を鳴らしながら苦言を漏らしていた。それを黙殺していたが、彼の機嫌もあまり良いとは言えなかった。ことにエドワードの話題を出されると耐え難いものがあった。
少しずつロイの顔つきが峻厳なものに変わっていた。それは傍でロイの身支度を手伝っていた使用人達にも伝わってきた。
射すような空気が玄関ホールに張り詰めていた。
「旦那様、それにですね。お食事もせずにふらふらと書庫に行かれる姿をお客様に見られたらどうします? 恥ずかしくて堪りません! どうせならば御自分のお部屋に引き篭もって頂いたほうがマシですわ」
初めは見過ごしていた夫人の苦言も度を越すと忌々しく思えてくる。それに実際彼女が言っている内容は事実なのだ。
尚更、ロイも腹立たしい想いが湧いてくる。
かれこれ半年以上もエドワードを抱いていない。触れていないのだ。
あれから何度もロイは優しくエドワードの身体を誘ったが、激しく拒絶された。その度に焦慮感を味わい後味が悪い。それにうまくコミュニケーションも取れない。
最近では耐え切れなくなったロイが憔悴し切ったエドワードを叱咤する場面もあるのだ。
その後に残るのは罪悪感。
そんな二人の距離をどうにか狭めたいとロイは思っているが、なかなかうまくいかないのが現実。
エドワードも努力しているのはわかるが、身体がどうしても拒絶する。足掻けば足掻くほど泥沼に嵌っているエドワードなのだ。
だから今日もエドワードは自室から出て来ない。特にこうした公の場に出席するロイの前では己の穢れた素性を考慮し、表に出ることをひどく遠慮しているのだ。
そんな彼の気持ちを察しているロイの前でエドワードのことを咎める夫人に、ロイのさして良くなかった機嫌は急下降していく。
「いい加減にしたまえ! エドワードは病んでいるのだ。少しは彼を労わってくれたまえ」
「旦那様、そう言われましても屋敷の中を幽鬼のように彷徨われましても困ります。それにいい加減体調を回復してもらわないと。この屋敷にいても何の意味もありません。いっそ、エドワード様を別宅に移されては如何ですか。その代わりに旦那様のお世話をして頂く淑女を良き家柄から選別いたしましょう」
さすが計算高い夫人だ。さり気なくロイに妾を用意しようとする魂胆がありありとわかる。
「何度も言っているが、その件は無用だ!! エドワードは私の仕事を手伝って貰っている! 体調が芳しくないのはその所為もあるのだよ」
何としてもエドワードの肩を持つロイに夫人は不満を爆発させる。彼女には跡継ぎを残すことも出来ないエドワードは邪魔な存在でしかないのだから。
あけすけにそのことを言えば主人の激昂を買うことになる。あの事件以来この屋敷内でエドワードが流産した経緯は暗黙のうちに禁句となっていた。
ちょっとした好奇心であの日の出来事を漏らした使用人は当主を烈火のごとく怒らせ、暇を出された。だから夫人も言葉を選びながらエドワードを窘めているのだ。その回りくどい言い回しが、ロイの神経を尖らせる。
こんなことが頻繁に起こるので、ロイも屋敷に居ても面白くない。最近では会社にいる時間が多いくらいだ。それにエドワードとも顔を合わせ辛いのだ。
「私は貴女のご要望通り社交パーティーに行くのだよ。くだらん話をする前に早く準備を急がせろ!」
苛立たしさを面に出してロイは怒号していた。
主人の逆鱗に触れると、今後の生活に支障をきたしてしまう。使用人達はビクつきながら休めていた手を動かし始めた。
エドワードと仲睦まじく、玄関フロアーに降り立つ姿を懐かしく思う。冷酷無比と名高い主人が血の通った人間らしい笑顔を使用人達にも振舞っていた。
使用人達からも重いため息が漏れていた。あの頃は柱の影からこっそり二人の姿を見て、心を和ませていたのにと……。今ではその痕跡も見つからない。
非情な仕打ちが目立つ当主と、微笑が消え口数が少なくなった夫人の所為で屋敷内は火が消えたようだった。





続く

すれ違う二人。
真面目に昼ドラしてますが、最近の昼ドラはすごいなぁー!
レズ、ゲイ何でもありかい!?
ちょっとまえの昼ドラを連想して読んでやって下さい。さあーそろそろロイが限界です。
と、言いつつ話を進ませないとヤバいぃぃ。ストックがないなぁー。

桜 美由紀 2007/4/30