月の子 エピソード V
「be lost in thought〜思いにふける〜」
「エド、大丈夫かい?」
「ご、めん…。今日メシ作れない〜」
ロイはベッドで苦しそうに横たわる彼の背中を優しく擦ってやる。
その優しい手にエドワードは身を任せる。
「いいよ、気にしなくて。私は適当に夕食はすませるけど、君は…」
「食欲ないよお――、うっ、吐きそう……っ」
「エドッー」
悪阻が酷い彼に戸惑ってしまう。
彼にばかり、負担をかけさせてしまっているようで心が重かった。ロイは、自分に何かできる事はないだろうかと。
いつも悩んでいるのだが、わからない事ばかりで。
おろおろしてしまう。
「うっく……うっ……」
「エドワード、すまない。何かして欲しい事はあるかい」
何かしたかった。どうしても。
只の自己満足かもしれないが、エドワードの苦しみを半減したかった。
自分の胸の中でエドワードの身体を包み込み、背中を擦ってやりながらエドワードの潤んだ瞳を見つめていると。
か細い声が胸の中から聞こえる。
「明日、ロイ休みなら。傍にいて…欲しい。ダメ…」
エドワードのささやかな願い。
決して、我侭ではない。叶えられる願い。
ロイはそんな事で良いのだろうかと、思ってしまう。欲のない彼の蒼白な顔を覗き込む。すると、エドワードは照れくさそうにロイの瞳から逃げる。
「そんな事でいいのかい」
ロイの瞳を見ながらこくりと、うなづく。
エドワードのそんな仕草にロイの心が晴れる。
自分に出来る事を見つけた。
「ああ、いいよ。エド、傍に君の傍にいるよ」
エドワードにはその言葉だけで良かった。嬉しかった。
目の前の視界がパァーと開けるようだ。それと同時に自分が今、抱えている気持ちを素直に口にしてしまう。
絶対に言わないと決めていたのに。
だけど ――ロイに知って欲しかった。
「あのな。オレ自分から産みたいって言ったのに、本当はすっごく不安なんだ。怖いんだ。本当に毎晩、毎晩…色々、夢を見てしまう。辛いこと、哀しいこと、嬉しいこと。ごめん、ご、めんなさい」
次第に、涙声になってくるエドワードの小さな黄金の頭を撫でてやる。
妊娠がわかってから徐々に身体が変化している。そして、この悪阻の酷さ。
まだ先の事だが、無事に子供が産まれるかどうか。
エドワードが不安で堪らないのは仕方がない。
通常の妊婦でさえ、抱える悩みなのだから。だが、彼の場合は色々と複雑な心境が絡み合っている。
彼から心痛な顔で言われてしまったが、ロイの表情は少しほっとしている。
だから、静かに言葉を返す。
「エドワード良いんだよ。私に気を遣う事はない。君が、不安で堪らないように。私も不安と、喜びと、色々な感情が入り混じっている。君と思いは、一緒だよ」
苦笑いするロイの顔が、エドワードに飛び込んでくる。
どうしたらいいのか、わからない困った顔。
国軍内でも出世頭一番乗り。その上、沈着冷静で有名な「ロイ・マスタング准将」
だけど、この男のだらしなく困り果てている表情を目にする事ができるのは。
アメストリス国内で、只1人。
エドワードのみであろう。
自分の目の前で、そんな表情を浮かべている彼の顔をマジマジと見つめて。
「あ、はっはは……」
エドワードから泣き笑いの表情が、ロイに向けられる。
それから一呼吸あけて涙で溢れそうになっているの目尻を自分の指先で払う。
涙を払った顔には、微笑が戻ってくる。
それは、エドワードの少し安心した微笑が、含まれているようだ。
「なんだね、君は…。私は真面目に答えているのに…」
「はははー、良かった…。本当に良かった…」
エドワードの口から空笑いが止む。少し膨れてみせるロイの顔を彼の胸から穏やかに見上げる。
「ロイも一緒だって思ったら、少し気が紛れたよ。一緒なんだ…」
今まで、心に詰め込んでいた重い石がふっと軽くなったようなエドワードの表情にロイは少し安心する。
辛い思いばかりさせてしまっている彼だから。
その辛さから少しでも解放する時間を与えることができた。
「エドそうだよ。一緒だ!だから2人で乗り越えて行こう。辛いことも苦しいことも。君と私の夢がここに、宿っているのだからね」
「うん、ここにロイとオレの赤ちゃんがいるんだよね!」
2人はお互いの両手で優しくエドワードの胎に宿る小さな、小さな生命を温かく包み込む。
ロイの唇はエドワードのこめかみにそっと啄ばむようなキスをおとす。
そのキスに照れ笑いをするエドワードの表情にロイは癒される。
ずっーと、この笑顔を手に入れたいが為にロイは長い年月彼と共にいた。手に入れられないと思っていた。だけど、その思いは叶えられた。
エドワードが傍にいない世界など考えられない。彼がいるからこそ、この世が美しいと思い、この世の理を受け入れる。彼のいない世界はモノクロの世界だ。
そして、彼がいるからこそ自分の血を受け継がせ、己の遺伝子を残したいと。子供が欲しい、と思う。エドワードと自分の愛の結晶。
だから絶対に2人を守る。
最愛の2人を守ろう。
ロイはぎゅっとエドワードの痩せた身体とお腹を抱きしめる。
自分の思いを伝えるように背後から彼の肩に額を押し付けて。
「明日は君のためにずっと傍にいよう。そして、近い未来の話を一杯しよう」
「うん、ロイ…」
不安を抱えていても、2人ならば…いや、3人で乗り越えようと。
加筆修正致しまして再アップ♪
ロイの熱い思い再び。
不安な心をロイに伝えるエドワード。
桜 美由紀 2005/12/30
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