月の子 エピソード Ⅶ
「パパと赤ちゃん、と叔父ちゃん…の巻。」
「はあ―― ・・・」
ベッドから溜め息が漏れる。ひどくつまらなそうな吐息である。ひょっこり扉から顔を出したアルフォンスがにこりと笑いながら部屋に入ってきた。
「兄さん、退屈…なの」
ベッドヘッドにやわらかいクッションを敷き詰めて、それに寄りかかるように身体を起こしているエドワードの顔は明らかに退屈そうな表情だ。
ちょっぴりアルフォンスを上目遣いに睨みながら。
「――ああ~。退屈だあぁぁぁぁ――!」
「ははは…。仕方ないよぉ~」
そう、仕方がないのだ。先日、切迫流産を起こしてベッドでの安静を必要としている身体なのだから。だが、その山を越えてしまえばエドワードは退屈でたまらない。
始めの数日はうとうと、と惰眠していた。ところが、最近では早く身体を動かしたくてたまらないのである。
「う、うう~…」
「もう、ちょっとの辛抱だよ!兄さん♪」
にっこり笑いかけるアルフォンスの顔に、エドワードは冷たい視線をよこす。
「何か、おまえ喜んでないか…」
「えっ、そんなことないよ」
「おまえ監視役を楽しんでるだろう!」
もちろんである。あんな事態でロイから自分が留守の間、くれぐれもエドワードが、ベッドから抜け出したりしないようにと監視役を任命されている。
意外と、頼まれるとその役に徹してしまうアルフォンスなのだ。エドワードにしてみたら迷惑な話だ。医者からもそろそろ室内であれば、ゆっくり歩いても良いと言われているのに。
彼らは、きっちり2週間ベッドの中で過ごせとうるさい。
この部屋から数メートル先のトイレに独りで行くことさえ許してもらえず。しっかりトイレ前までついてくる。
勘弁してくれよ~。
医者は許可を出しているのにと、エドワードはうんざりした顔を露にしている。
「そんな事ないよぉー♪僕は、ちゃんと頼まれたことを守っているだけだもん♪」
「はぁ――」
盛大な溜め息がエドワードから漏れる。
それでは、アルフォンスに嫌味とばかりにエドワードは自分のお腹の赤ちゃんに向けて声を出して愚痴る。
「あ~、おまえも退屈だよな!もう、だいぶ元気になったのになぁ。医者も良いって言ったのにねぇー♪「パパ」と「叔父ちゃん」はうるさいよなぁ♪そんな事じゃぁ~、おまえは「叔父ちゃん」のこと嫌いになっちゃうよなぁ~♪」
まだ「叔父ちゃん」呼ばわりされるには十分若い年であるし、産まれてもいない。
それなのに、アルフォンスは「赤ちゃん」に嫌われることを非常に恐れている。
最近、こういう反撃の仕方を覚えたエドワード。もちろんアルフォンスの顔はむっとしている。
兄に屈してはいけない、と。アルフォンスも負けずにお腹の赤ちゃんに反論する。
「そんなことないよねぇ。「叔父ちゃん」は「赤ちゃん」のことがとっても大好きだからねぇ~」
「いいや!「赤ちゃん」は、退屈だといっている!ベッドから出たいといっている!許可してくれない「叔父ちゃん」は嫌いだって」
「そんなことないよぉ。「叔父ちゃん」と一緒にベッドでお話しするって言っているよぉー!」
両者一歩も引かない。こんなことでお互いの目から火花が散るのであった。
お腹の赤ちゃんの方がオチオチお昼寝ができない状態だ。
このままでは埒があかないと、取りあえず会話を切り替える。
「ねぇー、ところで兄さんはどっちがいいの。男の子、女の子」
エドワードはベッドの中で腕組みをして必死に考える。
「どっちでも、いいけど。無事に産まれればなぁー」
「じゃー准将は何て言ってるの」
「アイツも…オレと一緒かな。でも、女の子が産まれたら絶対アイツ、溺愛するだろうなぁ。親ばか丸出し決定だな!」
「うん、うん!絶対そうだね。片時も離なれないだろうね」
「思うだろう。絶対に娘は嫁にはやらんとか言っちゃいそう~だ。娘の行く場所には、いつも現れるストーカーになるかも。ははは…」
「どうして、そこにいるのって問われたら。たまたま、だねぇー、仕事の都合でとか言ってごまかしながらも、ずっーとついてまわりそうだねぇー」
「それとか娘自慢に色んなパーティーに出席して、一緒に連れまわされそうだぁー」
「うん、ありえそう~。てっ、それは僕がしたいけど。可愛いだろうな。みんなの注目の的だよな」
「――!?う、ん~。何か言ったか。アル~」
「あ、いや。何でもないよ。じゃーさあ、男の子だったら」
「う、う~ん。そっちの場合オレ想像がつかねぇーん、だよなぁー」
「あ~僕が思うには、さぁー♪」
何だか夢見るようにアルフォンスは瞳を輝かせる。こいつ変と思いながらも話しの続きを訊く。その話には、多少アルフォンスの理想が含まれているように思えるのだが。
まあ、いいや、と。
「兄さんの取り合いになりそう」
「はあ…何だよ!それぇー」
「2人で兄さんにべったりくっついて離れない気がする。何かあるとすぐ駆けつけて犬みたいな存在だねぇー」
「何か、それヤダなぁ。今みたいにウザイってことかよ~」
「えぇぇ――兄さんと「赤ちゃん」を心配してんだよ。いいじゃない。おりこうさんで♪准将は…♪」
「はぁ~犬みたい!? 大型犬かよ。その扱い!ちょっとムッ!あれでも頼れる存在なんだからな」
大好きな兄を独り占めされる悔しさを毒舌で、バッサリと切っているアルフォンスだ。
そうやって、たわいもなく楽しい未来の話しをしながらエドワードの退屈な時間を一緒に過ごしていると。
「おや、ずいぶん楽しそうだね。2人とも…」
噂の張本人が帰ってきた。
2人ともちょっぴり慌ててしまう。タイミングが良すぎだ。
「准将――!?」
「あ、お帰り~。ロイ」
エドワードの明るい笑顔に満足する犬がいる。それは、ロイのことだけれども。
「あれぇー今日は早かったんですね。准将」
「ああ、軍議のみの出勤になったのでな。だが、何か可笑しいのかね?2人とも随分笑い声が遠くまで聴こえていたのだが」
「あ、ああ~。なぁーアル…」
「そうだねぇー。兄さん…」
2人の含み笑いに、ロイは戸惑ってしまう。
何か私が関わりある話題なのだろうかと。
まぁー気になる事ではあったが、エドワードが楽しそうにしているのが嬉しい。
顔色の良いエドワードに「ただいま」のキスを頬にする。すると珍しいことにエドワードの両腕がロイの首にやんわりと回されて、耳元で囁く。
「なぁーロイ~。「赤ちゃん」が「パパ」に外へ連れてって欲しいって言ってる♪」
「パパ」と呼ばれる響きにロイの顔は真っ赤になった。
その表情を見ているアルフォンスは冷ややかな視線を彼に送る。
准将ともあろう人物。そんな彼の表情は到底他人様には見せられない。
おい、おい~鼻の下伸びているぞ。
そんな冷たい視線を浴びながらもロイは、珍しくアルフォンスの前で甘えてくるエドワードに、ことさら甘い態度をとってしまう。
「あ、ああ~♪いいよ。今日は天気もいいから私が君と「子供」をテラスに運んであげよう~♪アルフォンス、医者は何て言っていたのかい」
エドワードがロイの肩口でにやりと舌を出している。してやったり、という表情である。
余程ベッドから出たかったのだろう、と十分にわかる。
もう仕方がない、と肩をすぼめてアルフォンスは、医者に言われた通りの言葉をロイに伝える。
「ゆっくりなら室内ぐらい散歩してもいいそうですよ」
アルフォンスの言葉に更に上機嫌になりエドワードはロイに追い討ちをかける。ロイにもっと甘い口調で強請る。
「なぁ~いいだろう。ね、「赤ちゃん」外行きたいってぇー♪」
「そうかい!「パパ」かぁ~♪いいよ、その代わり「パパ」が抱えていくからね♪」
ぱーぁ、と笑顔に花を咲かせる彼に満足気なロイ。ロイも退屈で堪らないエドワードの様子は、わかってはいた。けれども念には念をおしていたのである。
「ありがとうー!ロイ。良かったな、「パパ」が連れてってくれる、てさぁー♪」
「パパ」と言う言葉に弱いロイであった。
「パパ」と呼ばれるたびに胸に熱い思いが湧き出してくる。万遍な笑顔を浮かべてロイはエドワードの身体を優しく、そして力強く抱えるのであった。
「ああ、アルフォンス。何か、エドに掛ける物をもってきてくれ~♪」
「――はぁぁ~い…」
抱えられたエドワードはロイの肩口からアルフォンスに向かってべぇーと舌を出していた。その顔に苦笑いを浮かべるアルフォンス。
余りに、甘すぎる2人の会話に頭を悩ませるのだが。今日のところは見なかった、聴かなかったことにしよう。
まぁー、仕方がないやと。
「赤ちゃん」と「兄さん」そして、僕達の為だ。
2人の後をふわりと温かなブラケットを持ってアルフォンスは、ついて行くのであった。
加筆修正致しまして再アップ♪
「月の子 本編 act.14」 の後日談です!
甘えるエドワード。そして未来の話を考えるのは、とっても楽しいですね。
桜 美由紀 2006/2/27
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