月の子 エピソード [
「ハボックは見た!」
仮題 (市○悦子 出演 家政婦は見た!風に)
「オイ! ハボック中尉。今日の午後の予定は」
車内で俺の上官であるロイ・マスタング准将からお声がかかる。
俺 ジャン・ハボック。
2×歳。
独身。中央司令部で中尉の位を拝命している。
彼女いない歴。やめておこう。
今は朝のお勤めの時間だ。
ロイ・マスタング准将を自宅から中央司令部まで送迎する仕事だ。これは、ほぼ毎日行われる。
そりゃー、相手が准将だからな。いい御身分だよな。
「は、俺は午後から市内巡回がありますが…」
「そうかね。なら、すまんが私用を頼んでもいいかね」
「イイっすよ。何ですか」
「――エドワードを午後から病院に連れて行って貰いたいのだが…」
俺は耳を疑った。今迄そんな頼みごと頼まれたことがなかった。そもそも俺達がエドの傍に近づくことをこの男は非常に嫌っていたからだ。俺達はエドの奴に頻繁に会いたいと思っている。それをどうもこの上官が許してくれない。
これは願ってもないチャンスだ。それも俺だけの特権だよな。思わず顔がほころんでしまう。
「イイっすよ♪ 任せてください! ヤッホー♪」
あまりにも嬉しいことなので、上官に向かってそんな口調で答えてしまった。
「オイ。くれぐれもエドに触るな! そして、変な気を起こすなよ。起こしてでもみろ。炭火にするぞ!」
上官の怖い声が車内に轟くが、俺は嬉しかった。久しぶりにエドと2人きりで会えるという事で浮かれてしまった。しかし、ふと気に掛かることがあった。
「すっげぇー、いい仕事もらえて嬉しいんですが。どうかしたんですか。エドの具合、悪いとか…」
「いや、そういう訳ではない。なるべく1人で外を歩かせないようにしているのだよ。色々と面倒が起こるのでな。私とアルフォンスはどうしても外せない用事があるのだよ。だから仕方なくおまえに頼むしか…」
「へぇ―、そうすか。もう〜頑張りますよ♪」
「何か、おまえ勘違いしてないか…」
「そんなことないっすよ♪」
俺の気持ちはもう午後に向かっていた。どこかに「姫さん」を連れて行って喜ばせようかなとか思ったり。
あ、「姫さん」てのは、俺らだけの愛称だ。
だけど、准将は俺の浮かれた顔を不安に思っているみたいだ。
「私の胸中は今、非常に複雑だ。ハボック! くれぐれも頼むな。エドワードは今、大切な身体だからな。いいな!」
准将の顔が俺を疑い深げな表情で見ている。
「まっかせて下さい!」
* * *
俺にとって楽しい午後の時間がやって来た。
コンコンと玄関の扉を叩くと、「姫さん」が首を横に傾けながら出てきた。実に可愛らしい。俺はそれだけで天にも昇る気分だ。そして、そんな「姫さん」を毎日見れる上官を恨めしく思ってしまう。
「あ、わりぃーな、中尉。迎えに来てくれて…」
「何の、何の♪お安い御用だ」
「へへ…、ホントはオレ1人で病院行けるのに五月蝿いんだよ。ロイもアルの奴も」
ちょっぴり膨れながら愚痴をこぼす「姫さん」のはにかんだ笑顔が可愛い。俺だけの
特権だせ。本人に気付かれない時に写真撮っちゃおう。
そう俺はマル秘写真を何枚か持っている。
その内の1枚は、今日撮影したけどな。俺って「ストーカーか?」と疑われる。いいや、違う違う司令部の仲間がなかなか会えない「姫さん」の様子を知りたいと強請るからだ。
今日の写真はこれだ。准将の出勤を送る「姫さん」。
うざがっているように見えるが照れ笑いをする「姫さん」が「無能准将」に手を振る姿だ。
はぁー、可愛いな。何でもっと早く気が付かなかったのだろう。そしたら今頃は俺が…と、思うことが多々ある。が、しかし、それを話しても後の祭りだ。
* * *
無事に診察が終わって帰る車内で俺と「姫さん」は会話を楽しんでいた。
俺の興味はあの無能上官が「姫さん」の前でどんな事をやっているのだろうか。それについて興味ある話を聞かせてもらったり。逆に「姫さん」は司令部でのダンナの様子を大笑いしながら訊いている。
「どうなんだ。子供のようすは」
「うん、安定期に入ったからな。「赤ちゃん」もオレも今、体調凄くいいんだよ」
「そうかぁー、よかったな。お腹も少し目立ってきたな…」
「へへ…」
聖母のような穏やかな笑顔で自分のお腹を大事そうに撫でている姿を見ていると、なんだか俺まで癒される。
はぁー、可愛いな。ぎゅっと抱きしめたいと思ってしまう。しかし、いかん准将の指パッチンの姿が俺の頭をよぎっていく。
「それにしても、おまえ綺麗になったなぁー!相手が准将じゃなかったら俺が嫁さんにしていたぜ」
「何だよ。それー」
「可愛いて言ってんだよ。エド」
「ふん…」
膨れている顔も可愛いんだけどなあ。そんなこんなで車内はとってもにぎやかだった。
車が信号待ちで停止していると、ふと俺はある一点に視線が釘付けになってしまった。火は点けていないが、咥えているタバコが口元からぽろっと落ちた。
―――絶句した。
何と、あの男が高級宝石店の店先で楽しげに美人の女性と何かを見ていた。あの男とは勿論今、車の中で愛くるしく笑っているエドワードの旦那様だ。
何だ、何だと身を乗り出して見入ってしまう。俺には准将がその相手の女性に指輪を見立てているように見える。
何てこった! とんでもない現場を目撃してしまった俺。
そこでふと隣を見れば―― ああ、見てるよ。
その現場をエドの奴もしっかり見てしまっている。今まであんなにコロコロと笑顔を俺に向けていてくれたのに、今はホークアイ大尉の能面みたいに表情を硬くしている。
あの太陽のような微笑が一瞬にして消えてしまった。そして、エドの瞳はどこか遠くを見ているように悲しそうだ。
俺はどう声を掛けていいのか、わからない。その後は気まずい雰囲気のまま無言で車を走らせた。
確かに、俺は見たぞ! あの准将の間の抜けた嬉しそうな表情。オイ、アンタが今日どうしても外せない用事というのは女に指輪を買ってやる為だったのか!
あれほどエドの事を愛しているだ。大切だとか言っている癖に何なんだ!
俺の頭は噴火寸前だ。エドの奴が不憫でたまらない。ここで泣かれたらどうしようか。いや、その時は俺の偉大な胸で大いに泣かしてやろう。そして、そっと抱きしめよう。
准将が悪いんだ!
そうこうする間に、悲しくも車はマスタング准将宅に到着してしまった。
「エド、着いたぜ…」
「――― …」
やっぱり無言だ。そうだろうな。あんな場面を目撃してしまって頭くるだろうし悲しくもなるだろう。取りあえず、慰めの言葉を言っておこう。やっぱり無能准将は根っからの女好きだった、て事だ。
さぁ「姫さん」俺の胸に飛び込んでこい。カモーン〜〜☆
「エド、大丈夫か。気にするなよ…。俺が相談にのってやるからよ〜」
と、言った途端。今迄俯いていた顔が俺をまっすぐ見つめた。それからちょっぴり悔しそうに口唇を噛みしめて強い口調の声が返ってきた。
「気になんてしてない! うるさい――! もう――! クソっ、バカ…」
そう見栄を張るようにデカイ声を上げながら玄関に走っていった。俺は余りの唐突な言葉に唖然としてしまって黙ってその背中を見送ることしかできなかった。
予定が狂った。
そして、玄関の扉はこの住宅街周辺に轟くぐらい、ドデカイ騒音を出して閉じられた。
その音は何だか「姫さん」の心の扉が閉じられたような音だった。
「はあ――、楽しいドライブが…。それもこれも、あのバカ准将の所為だぁー!」
扉の激しい音と一緒に俺も大声を張り上げた。
それから数日間。
俺は「姫さん」の姿を見ることは出来なかった。いつも体調が良い時は必ず准将の見送りをしていたのに、その姿は見当たらない。そして、准将も当然暗い表情をしている。
ふん! 自分で蒔いた種だ。当然の報いだ。
俺はそう思った。車の運転は角を曲がるとき、勿論鋭角に曲がってやった。
* * *
しかし、突然天岩戸が開かれた。
いつものように車で准将が玄関から出で来るのを待っていると、俺にとびきりの笑顔を振りまいて「姫さん」が現れた。俺に早く会いたいみたいに玄関からパタパタと走って俺の所にやって来た。
オオーイ、アブねぇーよ。走ったりしちゃ、と思った。もちろんその後ろには、あの「くそったれ准将」の姿があったけど。
「ハァ、ハァ…。ごめんハボック中尉。この前あたって悪かったな」
「大丈夫か、エド。え、どうしたんだよ。急に…」
「あ、あのさ…。これ…」
キラリと胸元から光るものが見える。いつもはない場所に何かがあった。胸元からチェーンをたぐり寄せてエドが見せてくれた物は指輪付のネックレスだった。
綺麗な指輪が光輝いている。もしかして、それは「結婚指輪」という物では。
「これロイに貰ったんだよ。あ、あの時は店員さんと選んでいたんだって…」
「え、はい、はぁー、そうか…。よかったな、エド」
俺は蜂蜜色の小さな頭をぐしゃぐしゃと撫でてやった。するとはにかんだ笑顔が返ってくる。久しぶりの笑顔は太陽にように眩しい。そして、恥かしそうに顔を朱色に染めて照れていた。俺は「姫さん」に笑顔が戻ったのが嬉しかった。まぁ、ちょっと期待とかしていた俺は間抜けだけどな。何の? 期待って、そりゃー、まぁー。
「エド、走ったりしたら駄目だよ。転んでしまったらどうするのだね…」
「あ、ロイ…」
俺の所に走ってきて荒い息を吐くエドの背を准将が優しく摩っている。その姿は板についているというか、エロく感じる。すると准将はエドの胸元に光る物を嬉しそうに見つめて。
「エド、よく似合っているよ。身に着けてくれたのだね」
「うん…、ありがとう。ロイ」
2人見詰め合ってから「姫さん」の胸の飾りを准将は愛しげに触っている。その時の表情といったら。もう――。俺は目のやり場がなかった。
ま、取り越し苦労というか。俺と「姫さん」の勘違いという訳だった。俺はその場でボリボリと頭を掻いている。
しまった! 俺に向かって走ってくるあの「姫さん」の笑顔を撮るのを忘れた。
ありゃー、肝心なことを…。でも、あの時の笑顔は俺だけの物だ。
加筆修正致しまして再アップ♪
久しぶりに「エピソード」をアップしました。すっかり忘れていたのだよ。
「エピソード 14」を書いていて思い出したようにアップした。「14」はシリアス風味ですよ。
次期にアップできるだろう。
しかし、前書いている文章を読み返すのが非常に苦痛になってきた/泣。
桜 美由紀 2006/4/11
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