月の子 エピソード \
「大切な人への贈り物。」
「あぁ――ムカつく!ホント腹立つ!あのクソ准将。女好き。馬鹿、馬鹿、馬鹿!信じらんねぇー!ロイの嘘つき野郎」
ありとあらゆる罵声の言葉を並べてオレは家の中で吼えていた。
オレは今猛烈に怒っている。
それもそのはず、今日ハボック中尉と一緒に目撃してしまった。ロイと知らない女の密会現場。
何なんだよ!あんな嬉しそうな顔でデレデレして金髪ねぇーちゃんに宝石買ってやってさ。オレにだって、あんな嬉しそうな顔してくれたことない癖に!
いやいや、エドワードには充分甘い表情をしている。それにこの世の人々が羨むほどに愛されている。だけど、本人は気付かないのだろう。意外とこんなもんである。
罵声はリビング中に轟いていた。
「クソー!あの無能ー!」
リビングでクッションにボスボスと拳を振るうエドワードの姿を帰宅したアルフォンスが物陰に隠れつつ兄の様子を見ていた。
元気になった兄は怖い。何が飛んでくるのかわかりはしないのだ。
一体何事があったのだろう。
この只ならぬ、雰囲気にアルフォンスの頭はフルスピードで計算される。
そして、もしやとアルフォンスの表情が喜々と変わった。彼の妄想が勝手に一人歩きする。
やったぁー♪准将が兄さんにヘマをしたあー!これで兄さんと2人、否、お腹の赤ちゃんも入れたら3人でリゼンブールへ帰れる♪
など、と考えてしまった。
まあ、これは冗談なのだが。
よからぬ事態が起こっていることは間違いない。
僕は心配だ。
取り敢えず、アルフォンスは興奮している兄にそっと理由を訊いてみる。
「どうしたの、兄さん。そんなに暴れたら「赤ちゃん」びっくりしちゃうよ…」
ゼエゼエと息を荒げながらエドワードのきつい視線がアルフォンスに向けられる。
「どうも、こうも、ねえー!オレは…」
と、そこで言葉は途切れてしまう。おや、と思いアルフォンスは兄の俯いた顔を覗き見るとポロポロと涙が零れていた。その表情にあたふたと慌ててしまう。
「に、兄さん…。ああー、どうしよう。泣いちゃったよ…」
「う、うるせぇ…」
嗚咽を漏らしながらも虚勢を張るエドワードが意地らしく見える。だけど、アルフォンスの頭は烈火の如く怒り狂っていた。何度、理由を尋ねても兄は話してくれない。
それでも兄を泣かせている原因はロイにある事は間違いない。
あの無能准将、とうとうやらかしたな。兄さんを泣かせるとは許せん!
アルフォンスは理由もわからないまま取り敢えず、全ての責任をロイに負わせた。
1人熱く燃えていると、エドワードはぐっと涙を拭ってアルフォンスに掴み掛かり強い口調で言う。
それは「もう、僕に当たらないでよ」と、言いたいぐらいの勢いだった。
「おい、アル!しばらくお前の部屋に居候させろ」
「え、あ…。はい…」
あのー、僕は何もしていません。そして、まだ理由も聞かせてもらっていません。それなのに僕の部屋が兄さんの避難場所に変わってしまった。兄さんを独り占めできることに嬉しさを感じるけど少し複雑な心境である。
だけど、これが家庭内別居の始まりである。
* * *
帰ってきた早々アルフォンスが玄関口で仁王立ちしていた。その威圧感は彼らの師匠イズミ並である。一体何事だと思いロイが尋ねてみた。
「ど、どうしたのだね」
「准将、今日から僕の部屋に兄さんはお泊りするそうです!」
「へ、はあ…!?ど、どういうことだね。エドワードは…」
「貴方に何か問題があるのでしょう。今日、病院から帰って来てから兄さん、泣いていました!」
「何ィー!子供の容態が急変でもしたのか。それとも…」
慌てるロイの姿を尻目にアルフォンスはバッサリと切り捨てる。
「とにかく、兄さんは貴方と会いたくないそうですから。伝えましたからね」
「何故だ!エドと話をさせてくれ」
「もう、僕は寝ます。ご飯はありますよ。それから僕は兄さんと「赤ちゃん」と一緒のベッドに寝ますから。では、お休みなさい。ああ、食器は洗っといて下さいね」
スタスタと自分の部屋に戻るアルフォンスの背中に手を伸ばしながら、玄関口でショックの余り倒れ伏すロイだった。
その姿をクククッと笑いながらアルフォンスは足軽に部屋に戻ったのだが。彼にも予想外の出来事が待っていた。
「兄さん〜!?僕の寝る場所は…」
悲しい悲鳴が部屋中に響き渡る。何故なら、意気揚々と我が部屋に戻ってみれば自分の寝床がエドワードに占領されている。
えっ、このベッドに仲良く川の字で寝るんじゃなかったの?
アルフォンスの中で何かが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
「あ、アル、そこのソファーで寝てくれよな!じゃ、オレもう寝るから」
「えっ、そんな兄さん〜。一緒に寝るんじゃー!」
「はあ!?おまえ何言ってんだよ。ハズいぞ!一体おまえ幾つだよ。ぷぷぷ……おまえは其処。オレはベッドあたりまえじゃん」
「あ、あ〜ん…」
アルフォンスの野望は露と消えたのである。そして、この家庭内別居は数日続くのであった。
その間ロイは1人で朝食を食べ一応食事の用意はされていた。そして、帰ってきてもエドワードと顔を合わせることもできず、1人で夕食を食べ、1人で広いベッドで就寝するのだった。
何度もロイはエドワードと話し合おうとアルフォンスの部屋の扉を叩くのだが、一向に聞いてくれない。そして、返ってくる言葉はロイにとって非常に悲しいものだった。
「アンタとは一緒に寝ない。「赤ちゃん」がいるお腹も触らせてやんない!」
と、ロイには一番堪えた言葉であった。
だが、こんな生活が数日も続くと支障が出てきた。それを被ったのはアルフォンスだった。昔のように仲良く兄と一緒に眠れると思っていたのに、自分は固いソファーで寝かされる。身体中が痛くてぐっすり眠れない。
いい加減にしてくれと思い始めていた。アルフォンスの頭の中に「安眠」という単語が繰り返されている。
そして、今日もロイがアルフォンスの部屋の扉を叩く。
「ふん!誰が出てやるもんか…」
「……兄さん。僕に結局理由も言わないまま、ここにまだ居座るわけ…」
「ああ、そうだけど…」
「そうわかった。はい!」
と、手渡されたのはエドワードご愛用の枕だ。
「何…?」
「頼むから、僕をベッドで寝かしてよ。身体が痛いよ!そして、兄さんは准将の所に行って。こう毎晩扉を叩かれてちゃ叶わないよ!」
目の下にしっかりクマを作ったアルフォンスが、ガチャと扉を開けてポイッとエドワードをロイの前に差し出した。
「後は2人で、ごゆっくり。僕は寝ます!邪魔しないでね!」
最後の語尾はひどく恐ろしいものだった。扉は激しい音を立てて閉められた。残された2人は必然的に顔を見合わせる。がしかし、エドワードはプイッと顔を背けた。
「エド、お願いだ。一体どうしたのかい。理由を…」
しょげているロイの顔にも明らかに目の下にクマが張っている。この数日間、ロイは眠れないでいるのだ。
私は何もやましい事はやっていないと悩み続けていた。
「――アンタが悪い!」
「はあー、理由は言ってくれないのかね…」
「言いたくもねえ。アンタの方がわかってるだろう」
解決の糸口が見つけられない。ロイは情けなく秀眉を下げて、かたやエドワードはぷいっと顔を背けたままだ。上目遣いにエドワードの顔色を窺っても機嫌を損ねるだけのようだ。
ロイは情けないため息を大きく吐いた。
「仕方がない。これだけでも受け取ってくれ。今日出来上がったのだよ。エド、本当はこんな渡し方はしたくはないのだが…」
そういうと、ロイは手にしていた革張りの高級な小さな箱をパカリと開けて中からキラキラと光り輝くものを大切そうに取り出した。
それは指輪のついたネックレスだった。
その様子を、そっぽを向きながらもエドワードは横目でちらりと見ていた。何をしているのだろうこの男はと思いながら。
でも、箱を開けて中の物を取り出すロイの表情は喜色満面な笑みを浮かべて、その品を満足そうに見つめていた。
「エドワード、君へのプレゼントだ…」
ロイの手でネックレスがエドワードの首に着けられる。
それは愛しい人に贈るための儀式。
エドワードは驚愕のあまり動くことができなかった。
ゆっくりとロイの手はエドワードの肩を抱き、それから胸の中央でキラキラと輝く指輪をエドワードに見せる。
「たぶん君は契約を交わすみたいで嫌だと言うだろうけど。それでも君は私の物だと、証明する物を与えたかった。そして、みんなに知って欲しかったから。だから結婚指輪をと…」
「えっ…、ロイ…」
エドワードは胸に飾られている指輪と彼の顔を交互に見た。ロイの表情は苦笑いを浮かべている。
「君は結婚式など嫌だというだろうし…」
ロイの言葉に素直にこくりと頷く。
確かに結婚式は嫌だ。自分のことを面白可笑しく見られるだろうと思っているから。
それでも少しは誰かに伝えたかった事がある。
オレはロイ・マスタングの最愛の人だと。
その願いをロイは叶えてくれた。
ロイを見つめる琥珀色の瞳が愛情で一杯になる。
「私のと、お揃いだよ」
ロイの左手薬指にはエドワードの胸と一緒の指輪がはめられていた。「見て、ご覧…」とエドワードの指輪の内側に刻んであるメッセージをロイは見せた。
そこには――。
「ロイ・マスタングが愛するエドワードへ」
エドワードはたどたどしく刻んである言葉を読む。
自分が今欲しかった言葉をくれる大切な人がここにいる。
エドワードは、ぎゅっとロイの身体に勢いよく抱きついた。今迄の冷たい態度が豹変したことでロイは驚いてしまう。
「ど、どうしたのだね。急に…」
「ロイ、これメインストリーの宝石店で選んでいたのか…」
何となく、ロイはこの数日間エドワードが何に怒っていたのかわかってきた。だから、敢えてこちらからその件に関して自分から喋らない。彼が望むままに応えてやれば、それで良いのだ。
「特注なのだよ。これはあの店でしか取り扱っていなくてね」
身体の全体重で抱きついてきたエドワードの背をゆっくり撫でてやる。久しぶりの感触だ。まだ、お腹は触らせてもらっていないが、それでも彼の丸みを帯びた身体を抱き締め返す。
「うんうん…。じゃあ、一緒にいた人は店員さん…」
「ああ、そうだよ。ちょっと人懐こい女性だったけどね。この特注品を探してくれたよ」
「うんうん。ごめんな…。ロイ、疑ったりして」
「いいのだよ。わかってくれれば」
「うん!赤ちゃん触らせてやる。オレにも…もっと一杯触って…欲しい」
「ああ、ホントそうだよ。これでゆっくり眠れるよ。一緒に寝てくれるね」
「うん」
「久しぶりにパパはおまえに触らせてもらえるよ」
ロイの顔はにっこりと満杯の笑顔をお腹に向けて優しく撫でる。そんなロイの言葉にくすくすと口元に手を添えて笑い声を漏らすエドワードにロイも微笑を返す。
「ロイ、ありがとう。一生大切にするよ。指輪…」
「エドワード…。だけど、やっぱり結婚式を――」
「そりゃー、ヤダ!」
この際とばかりに強請ってみるが、速攻却下された。まあ、それがエドワードらしい。
2人は顔を合わせて笑い出した。これで家庭内別居は解消された。
その頃、アルフォンスはベッドで唸っていた。
「五月蝿い!今度は笑い声がぁ!静かにしてよね。あのバカップル〜。もうー!」
と、吼えていた。
やっと安眠できる場所を得たのに眠れないのである。
加筆修正致しまして再アップ♪
エピソード[の続き物です。
「妊娠」して戸籍もちゃんとロイの所に入ったのに…指輪ぐらいプレゼントしなくてどうする。
マスタング君!と、どっかの上官に言われたりして…。
桜 美由紀 2006/5/26
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