月の子 エピソード ] 



「エドワード、1人でお出かけするの…巻。」











ふと、エドワードが部屋の掃除をしているとある書類を発見した。
これが事の始まりである。


「ん、何だ。これ…」


書類の中身を調べると、これはどうも本日提出期限と書かれている重要書類ではないか。
エドワードはすりすりと膨らんでいるお腹を撫でながら。


「おまえのパパはやっぱり無能だ。はあ…」


どうしようか、と書類とお腹を交互に見るエドワードはいい事を思いついた。にやりと口角を引き上げて小悪魔的表情を浮かべた。
パタパタと家中を小走りで駆け回って、声を掛ける。


「お〜い。アルー! いないのか。いないよな。出かけるって言ってたもんな…」


アルフォンスを探している。
それもいないとわかっている彼を形だけ、確信犯である。エドワードの表情はにこにこしていた。


「よし♪ 五月蝿い「叔父ちゃん」はいないぞ! おまえもたまには、オレと2人だけで散歩に行きたいよなあ〜♪」
「・・・・・・」


この時「赤ちゃん」がお腹の中でどう返事したかは、エドワードだけにしかわからない。
数年間、各地を旅して来たエドワードは家の中でじっとしていられない。
体調が悪い間は仕方がない。
だけど、今は安定期に入っている。この妊娠期間中でエドワードの体調が一番良い時期である。
ジー様も体調が良い時は動いてもOKと言っていた。動いてもということは散歩に出掛けても良いという事だ。そう、勝手にエドワードは解釈した。
エドワードは元気よく「赤ちゃん」に向かって声をかける。


「さあ〜♪ 中央司令部まで出かけよう!」


足取りも軽くパタパタと準備していく。
赤いダッフルコートにマフラー。外は寒いからな、おまえを冷やさないようにと。
季節は寒い冬空だ。大切な宝物に風邪でも引かせたらパパの逆鱗に触れることになる。エドワードは自分の身体より授かった生命を大切にした。
それと肝心な物を忘れてはならない。重要な書類だ。これを届ける為にオレは出掛けるのだ。それも仕方なしに、と鼻歌混じりにカバンの中に入れていく。
おっと忘れ物だ。「置手紙」


アルへ。
オレ、ロイの忘れ物を届けに司令部に行って来る。
心配するな。すぐに帰って来るから。「赤ちゃん」もオレと2人でパパの所に行きたいて、言うからさ。じゃ、あと帰ってきたらメシの準備よろしく。


よし、あとは念のために。
お隣のおばちゃんに言っておこう。
コンコンと隣の玄関の扉を叩くと、穏やかな顔つきの老婦人が出て来た。


「おやおや、エド君。どうしたの1人なの…」
「うん、おばちゃん。オレ、今からロイの所に行って来るから。もし、アルが来たらそう言ってくれよ」
「身体の調子はいいの…」
「うん! 元気。赤ちゃんも行きたいて、言うもん♪」
「そう。じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい。変な人に声掛けられてもついて行っては、駄目よ」
「ははは…。子供じゃないから大丈夫だよ!じゃ…」


まるで孫のように気を掛けてくれるおばちゃんは最近エドワードが、よくお世話になっている。マスタング家の隣の隣人だ。現役を退いた、とある将軍を夫に持った老夫妻が老後を穏やかに過ごしていた。
エドワードと老婦人は大きな屋敷に一人でいると気が滅入るので話相手にお互い行き来していた。



よし、バスに乗ろう。
まだそんなに車は復旧していない。メインストリーなどの大きな道を行き来するだけ。中央司令部はバス停の近くだ。いつもはロイが用意してくれる車だけど、好奇心旺盛のエドワードはバスに乗ってみたかった。


「バスに乗るぞ!」


お腹に向かって声をかけるエドワードは楽しくてたまらない。だが、バスに乗ってみると何やら視線をやたら感じる。
何だか、乗客がびっくりしているみたいだ。エドワードには居心地が悪い。
その通り、乗客の視線はエドワードに集中していた。いつもこのバスを利用する人達にしてみれば青天の霹靂だ。
まさかこんな綺麗な子が、このバスを利用するとは。
男性は、これはチャンスだとばかりに話をする機会を伺っている。女性も憧れの視線で見つめている。
それほどエドワードの容姿は人を引き付ける。
蜂蜜色の長い金髪。大きな琥珀色の瞳。透き通る白い肌。端麗な顔立ち。
人々の注目を浴びながらエドワードはバスの中で手摺に掴っていた。すると熟年の女性が優しく声を掛けてきた。


「ここにお座りなさい。お腹、大きいのでしょう」


エドワードはあまりお腹が、目立たないようにと大き目の赤いダッフルコートを着ていたが、見る人が見ればやはり気づかれてしまった。
確かにこのまま立っているのは辛い。


「あ、うん。すみません…」


ヨタヨタとバスの中を移動すると、いくつもの腕がエドワードを支えてくれる。


「ああ、危ないよ。ほら、掴って」


そんな親切心にエドワードがにっこり笑って礼を言うと、手助けしてくれる人々の顔はこの世の幸せを今味わっている表情に変わる。自然とエドワードの周りは人が集まり楽しい会話や笑い声で溢れ返っていた。
勿論、話題はお腹の「赤ちゃん」とエドワードだ。


「あッ…オレ、ここで降りるんだ。ありがとう…」


いえいえ、と乗客の人々が首を振る。もっと、話をしたかったと名残惜しそうだ。連絡先を尋ねたくて、うずうずしている乗客もいた。それにバスを降りるまで、手を引いてくれる乗客まで現れた。
何だか気恥ずかしくて、桜色に頬を染めるエドワードだったが、それもこれもお腹の「赤ちゃん」のおかげだろう、と本人は思っていた。
エドワードはバスを降りて大きく手を振り、親切な人々に礼を言って目的地へと歩いていく。
しかし、バスの中では。


「お客さん達、降りる場所忘れていませんか?」
「・・・・・・」


そうなのだ。
エドワードの可憐さにいつまでも話して、見ていたくて乗客は降りる場所をすっかり忘れていたのであった。


道行く、先々でやはりエドワードは注目を浴びる。それは本人にとって気持ちの良いものではない。すれ違う人々の喧嘩を買うわけにもいかず、我慢して目的地に急ぐ。
まあ、これは単なるエドワードの勘違い。道行く人々、エドワードの容姿に心惹かれたのである。決して、喧嘩を売られているのではない。
それでも開放的にエドワードと「赤ちゃん」の楽しくて愉快な散歩は続けられた。


「お、やっと着いた! 此処がパパのいる所だぞ…」


中央司令部本部。
パタパタと旗が風に揺れている。階段を昇り、衛兵所に行く。
エドワードはこの書類を衛兵からロイに届けて貰おうと思っていた。自分が堂々と司令部内に行くとロイに面倒が掛かるかも、と控え目な態度をとっていた。
だって、オレとロイの事は極一部の人間にしか伝えてないはずだから。
お腹バレちゃうもんな。


「すみません〜。この書類をロイ・マスタング准将に渡してくれ…」
と、衛兵に言うけれど。
この衛兵はエドワードをじっと見たまま動かない。
動けない。
何故、このような場所にこんなお嬢さんが来ているのだろうかと驚いているのだ。いかん目の毒だ。衛兵は瞳を輝かせながらも仕事を全うする。


「申し訳けございませんが、お取次ぎはできません!」
「何で…! これ渡してくれるだけでいいんだよ…」


それはそうだろう。もし、テロリストからの贈り物だったらどうする。
そんな簡単に手渡しなどできるはずもない。渡すようだったら衛兵として失格だ。


「なりません!」
「もう
――
「お帰り下さい。お嬢さんが来る様な場所ではない!」


ああ、禁句を言ってしまった。エドワードの頭の血管がプチッと切れた。


「おおお、お嬢さんだと…!こらぁーーー! オレは男だ!」


その衛兵は見るも無残な姿にされてしまった。エドワードはすっきりしたのかパタパタと手を払いながら。


「あ、そうだ! もう頭きたから自分で届けちゃおう♪」
「〜〜はあ……、関係者以外立ち入り禁止です…」


よろよろと衛兵が力なく声を出す。


「んんと…。確か、ポケットに入れていたと思うけど…」


倒れ伏す衛兵にエドワードは、にやりと不敵な笑みでポケットからある物を見せた。それは「銀時計」だ。
衛兵はその印を見て深々と頭を下げるしかない。「銀時計」の効果は、まるで水戸黄門の印籠のようだ。
その姿に満足したのか、エドワードはツカツカと中央司令部内へと入っていった。
ホント、ムカつくなと、「赤ちゃん」に話かけながら。



ロイの執務室では、書類の紙が飛び回っていた。


「ない! ないぞ。忘れた…。家だ…」


ホークアイ大尉の冷たい視線と銃口がロイに向けられていた。


「はあ
――やってしまった…」
「落ち着いている場合ではないのですよ。准将…」
「ううん…。では、仕方がない。今から作成するとしよう」
「何をのんきな事を言っているのですか。もう時間がないのですよ!」
「と、いっても。なあ〜」


周りの部下達は、この2人から徐々に離れていく。巻き添えを食うわけには行かない。そんな緊迫した部屋に扉をノックする音が聴こえる。
勝手に開かれた扉から現れたのは金色の少年。


「エド、大将…」


非難しようと扉近くにいた連中が逸早くエドワードの存在に気付く。


「や、久しぶり」
「おいおい、エドじゃないか〜」
「お腹、大きくなりましたね」
「うん…///、ちょっとな…」


にっこり笑うエドワード。何やら扉の方で明るい声が聴こえる。ロイとホークアイがそちらに顔を向けると。そこにはエドワードがいて、ロイはホークアイを押しのけて彼の傍に駆けつける。


「エドワード、どうしてここに…。アルフォンスも一緒かね」
「ううん。1人できた。あ、ロイ、忘れ物。今日使うんだろ?」


ロイはエドワードの両肩に手を置き、視線を合わせていた。


「!?…」


エドワードはキョトンと小首を横に傾ける。ロイの手は、ワナワナと震えているのだ。


「ど、どうして1人で来たのだ! 危ないではないか!」


ビリビリとロイの声は部屋中に響いた。エドワードは両耳を塞いでロイの憤激から逃れる。
たぶん、そう言うだろうとわかっていたから。それでもオレは1人で出掛けたかったんだ。エドワードはぷくっと頬を膨らませて。


「もおー、そんなに怒んなくってもいいじゃん。ほら、これいるんだろ!」
「ああ…すまない。だが、身体の具合は? 来る途中何も起きなかったか…」


自分の事よりエドワードがどうやって此処までやって来たか心配だった。


「大丈夫だから出掛けてるんだよ。「赤ちゃん」もオレと2人で行きたいて、言ったもん!」
「はあ…」


言いたい事は山とあるのだが、「赤ちゃん」という言葉に弱いロイは両肩をガックリと落とした。そこへホークアイの冷淡な言葉がロイに向けられる。


「准将。早く、その書類を持って第三軍議室へ行って下さい!」
「しかし、エドが…」
「エドワード君、助かったわ。こちらでお茶でもどうぞ…」
「と、いう訳でロイ、早く行けよ。書類忘れたアンタが悪い!」


シッシと手で追っ払う。ロイの眉はハの字に下がっていた。
邪険に払われても負けずに、ロイはエドワードの頬に手をあて優しく言い聞かせる。


「では、私が戻ってくるまで大人しくここで待っているのだよ。いいね…」
「うん、わかったよ…」


心配するロイの気持ちもわかるエドワードは、はにかみながら素直に頷く。
そんな彼に気を良くして、ロイは胸に金色の頭を押し付け何度も撫で、それからホークアイが命令する軍議へと行くのだった。



*          *          *



執務室に戻って来たロイは、その場を見て目を覆った。


―― …」


応接セットのテーブルには色んな食べ物の残骸があちらこちらにあり、それを食したと思われる人物は如何にも満足したようにソファーでうとうとしている。
勿論、大切なお腹を両手で抱きしめて、ゆらゆらと頭が揺れている。


「お疲れ様です。准将…」


エドワードを見てため息をつく上官にクスと含み笑いをする。


「すまない。迷惑をかけたようだな…」
「いえ、そんな事はありませんよ。楽しいお話が聞けましたし、少しエドワード君を自由にさせてあげてはどうですか。かなり不満みたいですよ」
「はあ、自由にした結果。中央司令部は謎の人物に襲撃され、多数の軍人が医務室行きになっているそうだ」
「はあ…。それは鍛え方が悪いのでしょうね」


ホークアイが冗談めかして言う。それにはロイも苦笑いするしかない。
ロイは自分のコートを遊びつかれて眠る子供のようなエドワードにふわりとかける。頬に掛かる金色の髪を梳いてやりながら。


「たまには、いいか…。君が今みたいな嬉しそうな顔をしているのが一番だからね」
「うん、ん…。パパ、早く帰って来ると、いいな…」


エドワードの口から出る可愛らしい寝言にロイの顔は、微笑みに歪んでしまう。
この場でほんのり桜色に上気しているエドワードの頬にキスをしてやりたいところだが、視線が痛い。
ここにエドワードがいるだけで、自然とみんなの注目の的となってしまうから。
早く連れて帰りたいものだ、と。


「そろそろ、アルフォンスから連絡があるだろうな…」



その頃。
自宅に帰ってきたアルフォンスは家中をくまなく探していた。


「兄さん、兄さん、兄さん…。どこだよ〜〜〜」


半泣きで探し回るアルフォンスだった。
「置手紙」という物はわかる場所に置いてこそ、その意味を成す。
エドワードが書いた「置手紙」はアルフォンスの目に触れることなく、ヒラヒラとマスタング家で浮遊していた。
エドワードにしてみたらわかりやすい場所かもしれない。
が、それは本人が思っているだけ。
「置手紙」は玄関の内扉に貼られてヒラヒラと舞っていた。何故そんな場所なのかそれは数時間前彼が出掛ける間際に「あっ」と思ってペタリと貼ったからだ。
もう暫くしたら、アルフォンスは血相を変えて飛び出すだろう。
隣のうちへ。












加筆修正致しまして再アップ♪
本編では悪阻等に苦しむ彼を書いていた頃だったと思います。それで、安定期ぐらいはアクティブに動く彼を可愛らしく書いて見ました。
ちなみに拍手にアップした当時は「置手紙」の場所が不明だったので、コメントで頂いたものを参考にさせて頂き、謎を解明させてみました。
玖珠さま! ありがとうございます♪


桜 美由紀 2006/6/11





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