月の子 エピソード ]U
「さあ―!行こうパーティーへ…の巻。」
(序章&準備編)
あるパーティーが今週末行われる。
只今、中央司令部では争奪戦が行われている。争奪する品は「プレミアチケット」と言われる物だ。
そのチケットの名目は「ルクソール将軍家 招待パーティー」。
これは公認のチケットではない。主催者であるルクソール将軍はまったくこの事実を知らないのである。
また知られてはならない。秘密裏のこと。
何故こんなチケットがこの中央司令部内で莫大な金とコネによって人々の手を行き来しているのだろうか。
一体のこの「ルクソール将軍家でのパーティー」で何が催されるのだろうか。
極普通のパーティー。ルクソール将軍家のパーティーは至って普通である。
まあ、何かの記念ごとにホームパーティーを催す。呼ばれる人々は将軍の仕事上の部下、知人。または政財界、社交界の知り合いなどと極ありふれたパーティーである。
この手の招待パーティーは、軍司令部の上層部ではよく催されている。
なのに、この度催されるパーティーに何としても出席したいと軍内ではひしめきあっているのだ。
一体何が、このパーティーをここまで人を群がらせるのだろうか。
その応えはこの人に掛かっている。
エドワード。
「頼むからエドワード出てきてくれ――」
ドンドンとマスタング家ではとある場所の扉を叩く音がひっきりなしに聴こえている。
ある場所とは。トイレである。
また、この場所は篭城に使用されている。
「エド駄目だよ。そこは身体に悪い!冷えるから…、お願いだから出てきておくれ」
「兄さん芸がないよ! 僕の真似はしないでよ〜」
「う・る・さ・い―――!」
「エドワード…」
「絶対にヤダ! ヤダっていったらヤダ!」
「頼む!男子一生の頼みだ」
「それならオレだって男子一生の頼みだ!」
「兄さん僕は出席するべきだと思うけど…」
ロイの肩を持ったことがエドワードの癇に障った。彼らの言葉は訊かないという意思の表れのようにトイレの水をザァーッと何度も流した。
水道代がもったいない。
「ああ――もう兄さんそんなに嫌がることじゃないと思うけど…」
「アルてめぇーは、何か喜んでるよな!」
鋭い突込みだ。表情を見ることなく声色で聞き分けている。確かにアルフォンスはロイの話を勧めている。
「そ、そんなことな〜い、もん♪ね、准将!」
「アルフォンス、君は何故そう…。腹を立てる言い方をするかね…」
折角のまとまる話もお流れとなってしまう。妊娠中のエドワードが嫌がることを勧めるつもりはない。が、ロイ自身も今回は切羽詰っていた。
「エド…。頼む! 絶対に君の傍から離れない。ちゃんとエスコートするから。私に任せておけば君はパーティー会場の食べ物を食べているだけでいいから…」
「うっ…」
食べ物という言葉にぴくりと反応する。安定期に入ってからのエドワードは食欲旺盛。
悪阻が非常に辛くて食が細くなっていたが、その反動のようだ。
なのに、うるさい小舅や健康面を気にするロイがなかなか好きなように食べさせてくれない。はっきり言って不満足だ。
だから今のエドワードには食べ物という言葉に弱い。
食べたい。食べたい。美味しいものが食べたい。
ドーナツや甘いケーキ、その他のデザート。油の滴るチキン…etc。エドワードの頭上にありとあらゆる食べ物がフワフワと浮かび上がり、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「あ、じゃあ。色んなもん一杯でるのか。そのパーティー…」
やっとパーティー内容に耳を傾けてくれた。
よし、うまく引っかかってくれそうだ。ロイがアルフォンスに目で合図する。
いらぬこと言うなよと。
そんな事よおーくわかっていますよ、と目で返す。こういう所は以心伝心な間柄だ。
「ああ。ルクソール将軍は美食家だから美味しいものが一杯あるよ」
「じゃあさあ。オレが食べたいだけ、食べてもいい…」
「いいよ。その日は私もアルフォンスも色々言わないよ。好きなだけ食べていいよ」
「ホントか!」
エドワードの声色が明るく変化する。
よし、とロイとアルフォンスはガッツポーズを組む。
もう決まったな、と思った瞬間。
「でも…」
急に声色が低くなる。でも、の続きを恐る恐る聞いてみると。
「スカートは絶対穿かねぇーぞ!」
トイレの中からドデカイ声が外へ向かって言い渡される。だけど、予定通りの発言にロイとアルフォンスは胸を撫で下ろす。
大丈夫、ちゃんと準備万端だ。
2人の目は異様な輝きを瞬かせている。
「ああ、大丈夫。じゃあここから出てきてくれるね」
「――うん…。ホント気はすすまないんだぞ!わかってるんだよな!」
「わかっているよ」
篭城していたトイレ周辺の壁が青白い光によって練成がとかれる。約半日ぶりだ。
やっと天岩戸から出てきたエドワードが目にしたものは…。
ロイとアルフォンスが両手一杯に、セントラルシティで超有名高級ブランドの箱やら袋をしっかりと抱えて待っていた姿。
彼らの満面な微笑みにげんなりするエドワードだった。
もちろん、その後は競うようにトイレに入り込むロイとアルフォンス。
決定しました。
「ルクソール将軍家 招待パーティー」
主賓 エドワード・マスタング様 ご出席。
その夫君 ロイ・マスタング様 ご出席。
主賓の実弟 アルフォンス様 付き添いの為ご出席。
かねがね、軍幹部達がロイの結婚相手を是非見たいと話があっていた。それを頑なに断り続けていたが、とうとう「ルクソール将軍」にロイは捕まってしまったのだ。
ロイ・マスタング准将が妻を連れてパーティーに出席すると軍内では噂が回っていた。
それで軍内では非公式のプレミアムチケットの争奪戦にまで発展していたのだ。
本人達のまったく知らないところで…。
パーティーの当日。
「エドワード君ちょっと目をつぶってね…」
エドワードは仏頂面で鏡の前にちょこんと座っていた。その鏡の前でホークアイが楽しそうにエドワードにメイクする。
「ねえねえ、大尉。ホントちょっとだけだからな!化粧…」
言われたとおりに目をつぶっているエドワードに微笑みながらホークアイの手は動く。
「ええ、わかっているわ。准将からもちゃんと言われているし…」
だけど、実際楽しくてしょうがないのである。
素が良いので色んな事が楽しめるし、何をしても綺麗だ。その上良く化粧が映える。ホークアイにとって今のエドワードが妹のようで可愛らしかった。
自分の手で綺麗になっていく。
「最後にヘアースタイルね」
彼女の手は魔法をかけるように動いていく。そんな手を見ながらエドワードもちょっぴり楽しかった。
まるで錬金術みたいだ、と。
が、落ち着いていられないのが彼の性。
「まだあぁーーー、髪もすんのかよ! もういいよ…大尉」
「何、言っているの。じっとしていなさいエドワード君。私が許可するまで動いてはダメよ!」
「えぇーー! もうだるいよお…」
すると彼女から音が消える。その代わり、何やら銃の安全装置を外す音が聴こえるような。この部屋に彼女は銃器を持ち込んでいない。
彼女の方に恐々と振り返ると。
拳銃の変わりにブラシがキラリと光っている。彼女の顔はにっこりと笑っているが瞳は笑っていなかった。
コワイ…。
「はい、大人しくしてます…」
「よろしい! では、髪に軽くカールを巻きましょうね♪」
「…はい。どうぞ…お好きなように…」
* * *
「はい、エドワード君出来上がりよ」
鏡の前に別の人間が立っている。
オレじゃない。
エドワードは鏡にぺたりと張り付くように、マジマジと鏡に映し出される人物を見つめて。
「大尉――オレじゃないよお〜。誰だよ!こんなんじゃロイに笑われる…」
ぐすん、と半分泣き出しそうな声を出している。
「そんなことないわ。綺麗よ、とっても…。准将もびっくりされるわ。ちゃんとナチュラルメイクを基本にしているから。それとも私の腕がお気に召さないかしら」
彼女の最後の語尾が恐怖を伝える。それに硬直するエドワードだった。
「さあ、行きましょう。みんなが待っているわ…」
全てにおいて逆らうことができない。
言われるままに手を引かれて部屋を出るのだった。
今か今か、とリビングで待っていたロイとアルフォンス。
彼らの準備はとうに終わっていた。パーティー用に新調したタキシード。黒髪はバックに撫で付けられ。
どこから見てもいい男だ。これを逃す女性はいないだろう。
かたやこちらは初めて着るタキシードにドキマギしているアルフォンス。彼の金髪が黒で統一されたタキシードに良く映えて好青年に仕上がっている。
扉が開きホークアイがエドワードと共にリビングに入ってくる。
「―――!?」
ロイもアルフォンスも声を失った。
目の前にはどうみても美女が2人。ホークアイもこのパーティーに出席するため正装している。
V字型の胸元に可憐なレース刺繍、艶やかなブルーのサテン生地、モダンな雰囲気のイブニングドレスだ。
いつもアップしてバレッタで止めている金髪も今日は下ろしている。
美しい淑女だ。
その背に隠れるようにエドワードが俯き加減にいた。
その姿にロイは心を奪われてしまった。
キャミソール風のチュニックにパンツ姿。シルクタッチの艶やかな薄ピンク色にトップラインを繊細なビーズ刺繍に飾られ、胸下脇をシンプルなリボンで切り替えし、その下が4段のフリルになっている。そのデザインがうまくお腹の膨らみをさりげなくカバーしている。フリルの裾には一枚ずつ芸術的なビーズ刺繍が美しく施されていた。そして、エドワードたっての願いのホワイトパンツが足長に見せてくれる。
金髪を無造作に長く伸ばしていた髪は、緩くカールを毛先に巻いてサイドの髪を後ろで結われルビー色に輝く髪留めで止められている。
綺麗だ。それしか言葉が見つからない。
いつも綺麗だと思っていた。私のような穢れた手で触れていい物かと思っていた。
だけど、穢れなき眩しいほど輝く美しい宝石が目の前にいる。
「エド、綺麗だよ…。よく似合っている」
「ウソっ、変だろ変!こんなオカマみたいだろ…。笑えよ…」
「いいや! 素敵だよ」
「そうだよ。兄さん、すごい綺麗だよ!僕ビックリ」
「ふん、アルおまえは馬子にも衣装だな…」
自分の代わり映えを素直に喜んでくれないのにちょっとムッとするが、嫌がっていたパーティーに出掛けてくれる兄の姿には叶わないアルフォンスだった。
ロイはホークアイの背に隠れているエドワードに手を差し伸べ、以前渡した指輪のネックレスを左手の薬指に嵌める。
「今日はこっちに嵌めてくれ」
「あ、うん…」
薬指に嵌められた指輪を嬉しそうに眺めるエドワードに見入ってしまう。
エドワードにとってこの指輪は唯一の物だから。
ロイが愛していてくれる証の一つ。
あ、そうそうおまえもいたな。唯一のものは2つあった。このお腹にいる「赤ちゃん」。
エドワードは指輪とお腹を見つめながらクスクスと笑う。
ロイは、その代わりにと寂しくなった胸元にシンプルなデザインだが、見ただけで高価そうなネックレスを胸元に飾る。
「うわあ〜、すっげぇー。でも…」
「どうした」
ちょっぴり表情が曇ってしまう。こんなパーティーで肌を露出することに戸惑いがある。
エドワードの身体には機械鎧だった名残り傷跡が痛々しく。普段は気にしたりしない。が、こんな公の場所。
ロイに嫌な思いをさせたくなかったから。
「…オレこんなに、胸元開いてると肩の傷が…」
「心配ないよ」
そういうとロイはフワリと温かそうな真っ白なファーがついたボレロをエドワードに羽織らせた。
ボレロはエドワードの肩の傷をすっぽりと覆って、華やかに変身させた。
「さあ、出来上がりだよ!」
「あ、うん、サンキュー。ロイも今日は違う人みたいだ…」
「そうかい一緒なのだが。それより体調は大丈夫かい。気分が悪くなったりしたらすぐに言うのだよ。君には無理させてしまって悪いね」
今回の件をすまなそうに言うロイにエドワードは、にっこり笑う。
「ちゃんとわかってるから。ロイの傍にいるためには、な。オレこそぐずって悪かったな…」
「エド…」
ロイは周囲にいる人間などかまわずに、エドワードのルージュをひいて艶やかに光る口唇にキスしようとするところを寸での所で阻止された。
「准将!私の作品が穢れます。やめて下さい!まだ最後の仕上げが残っているのに」
しまった、とロイは周りを見渡せば冷たい視線のアルフォンスにぶつかる。
彼は早く出掛けたくて呆れたように靴を鳴らしていた。
「え、まだ何かすんのかよ。大尉…」
「そうよ! 最後は肝心な靴です。さあ、エドワード君これに履き替えて♪」
と、目の前に差し出された物はキラキラと光るミュールだ。それもヒール付き。
「え、ヤダよ。こんなちっせい靴…」
ホークアイの瞳が鷹の目のようにキラリと輝く。
「これは魔法の靴よ!これを履くと身長が伸びるわ」
「ホント、それ…。オレ喜んで履きます!」
さすが、ホークアイ大尉だ。夫であるロイ・マスタング准将を手懐ける手腕をエドワードにも十分発揮している。
「准将はしっかりエドワード君をエスコートして下さいね。転んだら大変ですからね」
「わかっているよ。さあ、出掛けようか…」
「お、すっげぇー! アル見ろよ。へへん〜♪ デカイだろう!」
アルフォンスと身長を比べて喜ぶエドワード視線の高さが高くなったことを子供のように喜んでいる。
「はいはい…、兄さん行くよ」
ヒールのあるミュールをいたく気に入ったエドワードは、はしゃぐように出掛けるのだった。その腰にはしっかりロイの手が回されていた。
さあ、行こう! パーティー会場へ。
加筆修正致しまして再アップ♪
この話は続きます。エピソード]V しかし、これまた続きを書こうと思っている桜でした。
桜 美由紀 2006/7/22
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