月の子 エピソード ]V



「行って来ましたパーティー編…の巻。」











ロイに手を引かれ、慣れない靴で歩くエドワードは門前で呆然とした。忽ち彼の薄桜色のフェミニンなチークを施された頬がピクピクと引き攣った。
家の前に数台の車が用意され、それを囲んでいるのは、勿論ロイの直属の部下達だ。
エドワードにとって彼らは気の許せる仲間である。それなのに彼の機嫌は山の天候のように急に悪くなった。
それもそのはず、このパーティーに自分が出席することは内密にするようにロイに厳しく条件をつけていたのに
――と、キッとロイを睨み上げた。
唯でさえ、意に沿わぬことをしているのだ。それにこの格好
――今すぐ、回れ右して立ち返りたい。折角、綺麗に化粧を施された顔が怒って膨れている。
ロイは眉尻を大きく下げて、情けなくため息を吐いた。
「はぁーすまん…。一体、どこから情報を仕入れたか知らんが。どうしても、と言ってきかないのだよ」
彼自身、どうすることも出来なくて呆れ果てている感じがした。それを見て、エドワードも上目遣いに口を尖られてブスくれている。
そんな二人を他所に待っていた連中は恍然と声を失っていた。目の前には見目麗しいエドワードがいるのだ。可憐に変身したエドワードに彼らは何度も瞬きを繰り返していた。
ま、眩しすぎる
――
――姫さん…」
「わぁ……エドワードさん」
「!?」
と、彼の名前を口ずさむだけで会話は成り立っていない。みんな、エドワードの華麗な装いに恍惚としているのだ。
彼らはプレミアチケットに感謝したに違いない。しかし、この連中どうやって競争率百倍とも言われた「プレミアチケット」を手に入れることが出来たのか、謎である。
が、それも謎を紐解けば案外簡単。
この「プレミアチケット」なる代物を世に出回らせた張本人が彼らなのだ。
上官の危機? を逸早く察知。そして、この段取りを成功させたのである。
一石二鳥という諺がある。それに習ったのだ。まずは、上官とエドワードが結婚して「赤ちゃん」がお腹にいると軍関係者に知らしめる絶好の機会。これによって上官に媚態してくる煩い女性達を一掃。これは我らの「姫さん」エドワードの為だ。
そして、美味しいところはしっかりゲット。上官の為と偽って、運転手兼護衛を願い出てこの場に勢ぞろいして、華美に変身したエドワードをとくと拝見するのだ。
これこそ「プレミアチケット」以上の代物だ。念願かなって、お約束通り予想以上のエドワードに逢うことが出来たのだ。
彼らの作戦は成功した! さあ、出発だ!


黒塗りの高級車がマスタング家を出発した。それを護衛するように前方に一台、後方に二台と、車は連なっていた。まさにVIP扱いだ。
「何で、こんなに仰々しいんだよ。腹立つ! すっげー目立つから嫌だ」
「まぁまぁ、姫さん。仕方ないすよ。ほら准将クラスだから」
車のバックミラー越しにハボックが片目を瞑って、エドワードの怒りを宥めようとしていた。
「エド、そんなに怒るとお腹の子供に障る。会場に到着したら美味しい物が沢山待っているから…。それで機嫌を直してくれ」
ロイは餌でエドワードの機嫌を直そうと四苦八苦している。ロイもハボックも車の中で騒ぐエドワードの宥め役なのだ。
「エドワード君、大人しく座っていてね!」
にっこり微笑むホークアイの手には拳銃の代わりにブラシが携帯されていた。暴れるエドワードの乱れたヘアー&メイクを直すのに、この人は必死なのだ。
絢爛豪華に見える車の列。しかし、その車内は見た目と違って戦場なのだ。


やっと到着した豪邸では盛大なイルミネーションが彼らの訪れを歓迎していた。人々が高級車から優雅に降り立ち屋敷へと入って行く姿が見える。
「さあ、着いたよ」
――うん。なぁー本当に食べて良いんだよね」
エドワードの頭には食べること以外ないのかと、ロイは苦笑いしてしまう。それでも無理を言って此処へ連れ出したのだから仕方がない。
「良いよ。だけど上品に食べてくれよ」
「えぇーまぁ、頑張ります。と、それよりあんま目立たないようにな!」
口を尖らせてエドワードはロイに念を押した。
「あぁーそれは私も一緒だよ。それより君の方が心配だな。君は別の意味で目立つからな…」
「そんなん知るか!」
そう、エドワードの容姿は人を引き付ける。蜂蜜色の長い髪。端麗な容姿に輝く琥珀色の瞳。どれをとっても抜きん出ているのだ。誰もが振り返り羨望の眼差しを送る。それに今日は特別にホークアイ女史の手を掛けられている。
ロイは満面の笑みでエドワードの腰を抱き歩き出した。その後をアルフォンスやホークアイ達がついて行く。
勿論、その他大勢もついて来る。勝手について来るので、仕方がない。
目立つなと言われるが、それは無理な話である。
既に注目の的となっていた。「マスタング様が女性とご一緒よ」と視線は二人に注がれ、その上「相手の女性の方はおめでたなのかしら」と、エドワードの少し膨らんだ腹を見て招待客達が小声で噂しているのだ。
そんな好奇な視線を無視して、彼らは屋敷の中に華麗に進んで入った。
「ひぇー緊張するよ。オレ、ホント可笑しくない?」
「大丈夫だよ。私がちゃんと付いているから。それにとっても綺麗だ……」
ロイは目を細めて、エドワードの麗しい全貌を見つめていた。そこにアルフォンスが割って入ってきた。にこりと笑顔で「此処でさかるな!」と、ロイに無言の警告。
「あ、兄さん。来た早々食べに走っちゃダメだからね! そして
――わかってますね。准将もですよ」
ロイはげんなりと項垂れたが、アルフォンスと手を結んだからこそ、こうしてエドワードをパーティーに連れ出すことが出来たのだ。此処は我慢と自分に言い聞かせ、ロイは対面を取り繕うように咳払いを一つしてから本題に入り始めた。
「では、まずは主催者にご挨拶に行こうか」
そこにまたもや口を挟む奴らがいた。
「何か変な視線を感じたらすぐに報告しろ! 徹底的にマークし、そいつの自宅まであらってやる。ストーカー行為は許さん!」
ブレダが手帳を取り出し、周りをきょろきょろと監視し始めた。ロイは片眉を上げて黙って聞いていた。まあ、信頼できる部下達の好意だ。多めにみよう。
「エド、変な奴が声を掛けて来たら俺に言えよ。のしてやるからな!」
そう言うと、ハボックは自信満々に厚い胸板を叩いていた。それには、すかさずロイが反発してきた。
「ハボック、ちょっと待て! それは私の役目だ。おまえは口出しするな!」
何やら騒がしい。少しばかりこの会場に毛色の違った連中が集まっていた。勿論、此処である。
喧々諤々と外野である彼らまで乗り込んで、エドワードにパーティーでのマナー等を教え出したが、肝心のエドワードは「はい。はい…」と答えるだけで上手に聞き流していた。エドワードの胸中は「だってオレの目的は料理だもん」と、にっこり笑っているのだ。
彼の心は既にテーブルに並べられた豪華な食事なのだ。そんな彼のにこやかな笑顔を見て、ロイはクスクスと喉を鳴らして笑っていた。


順調に屋敷内を歩いて行くと、此処で逢いたくない人物にばったり出くわしてしまった。二人は突如出現した壁の前で立ち尽くしていた。
「しまった!!」
つい二人一緒に声を揃えて上げてしまった。
「これは、これは。マスタング准将とエドワード殿ではござらぬか」
この人の傍にいるだけで目立つ。傍に近寄るな、暑苦しい。睫をパチパチとさせるのを辞めてくれ。キモイから
――と、悲鳴が口から漏れそうになる。
そう眼前にはアームストロング中佐が直立不動の態勢で待ち構えていた。
逃げたい。だけど逃げ場がない。本当に目立ちたくないのだ。二人はがっくり肩を落とした。取敢えず挨拶をして、うまくこの場から立ち去ろうと考えた。
「やぁー中佐、久しぶりだね! 君も呼ばれたのかね…」
「はっ! 我輩は父上の代理として、ご挨拶に伺っております」
早く逃げたい。エドワードはロイのタキシードの裾を引っ張って催促した。勿論、ロイも同じ気持ちだ。
「そうかね! じゃ、失礼するよ…」
二人は彼の横をすり抜けようとしたが、やっぱり止められた。
「おぉ!! エドワード殿は御懐妊中と伺ったが、誠でしたか。めでたい!」
「あ、うん…。どうもっす
――
取敢えず礼を言っておこう。
だけど、ヤバイ事態だ。そろそろ例のモノが飛び出すぞ。ロイを身代わりにと思ったエドワードは彼にこっそり視線を向けると冷や汗を垂らし、額に手を当てるロイが既にいた。彼も充分心得ているようだ。
「我輩、感動!」
そら来た! 滝のような涙を流し、豪快に抱きついて来た。「はい!」ロイにタッチ交代と思ったらアルフォンスがロイの代わりにボキボキやられていた。
「ぎゃぁーー!?」
「アル!?」
「いやぁーこういう時に彼を利用せねば…。ついて来てもらった意味がないよ」
はっはっはっ、とロイは空笑いしながら額の汗を拭っていた。エドワードも驚きはしたが、意外とすんなり実弟を切り捨てた。
「そうだな。じゃ、アル後はよろしくな!」
日頃のお返しだと、彼の顔もにやりと小悪魔的に笑っていた。
さあ、先に進もう。さっさと挨拶をして静かな場所に避難しようと思っている彼ら。エドワードは勿論、早く食事にあり付きたいと言う想いが強いようだが、そううまく行かないのがこの世の中。
漸く、このパーティーの主催者を発見。どうやら、数名の著名人達と会話をしているようだ。
「エド、あそこにいる方がルクソール将軍だよ。さあ、挨拶をしてからどこかゆっくり出来る場所へ行こう」
「オレ、お腹すいた。まだ、ダメなのか?」
「まだ、ダメ。もう暫く待ちなさい」
「ぶぅー」
子供が拗ねるような声をエドワードは出した。それは見ていて可愛らしいものである。ロイの頬も自然とたるんでしまうが、そろそろ限界が近いエドワードだ。
それもそのはず彼の広い視界には所狭しと豪華な料理の数々がテーブルに並べられているのだ。香ばしい匂い、甘い匂いと、沢山の誘惑が彼を誘っている。
早々に挨拶を済ませて、エドワードに何か食べさせないとまた機嫌が悪くなると、ロイは苦笑いしながら、ルクソール将軍の前に彼を伴った。
「ルクソール将軍、本日はお招き頂き有難うございます」
将軍の前に優美なカップルが姿を現した。それだけで会場内で一目置かれるのだ。しかし、少しの間耐えれば、すぐに招待客達の興味も削がれるというもの。
ロイが流暢に挨拶を交わし、その隣でエドワードも寡黙に彼に寄り添っていた。
「おぉ!! マスタング君、ようこそ来てくれた。君が来るのを待っていたよ」
にこやかに将軍は彼らの訪れを喜んでくれた。まあ、それは良い
――として。
「本日は大盛況のようですね。私のような若輩者がこの場に招待されても良いものかと…」
ロイは謙遜した物言いをして、この場から早々に立ち去りたかったが。
「何を言うかね! わぁ、はっはっはっ
――
声がでかい! 人目を気にせず、耳を塞ぎたいぐらいデカイ声。
エドワードは隣で顔を思い切りしかめていた。ロイも顔を引き攣らせながら愛想笑いをしている。
「おぉ、こちらが君の夫人かね。いやぁー噂以上の美人ではないかね!」
「お褒め頂き有難うございます。妻のエドワードです……!?」
ふっとエドワードに視線を移すとロイの額から冷や汗がたらりと落ちた。
しまった!! 只今、彼の目は獲物を追っている最中だった。自分達の横をボーイの手によって豪華な料理が運ばれているのだ。その品々をエドワードは物色していた。
それも口に指を咥える寸前。もう片方の手は通り過ぎる皿に手を伸ばそうとしている。彼の行動にハラハラさせられるロイだったが、他人にはそうは見えないらしい。
獲物を追っている瞳は慣れない社交場で戸惑っているように見え、口元に伸ばされた手はそんな彼を更に初々しく可憐に見せたようだ。しかし、事実を知っているのはロイと身内のみだ。
咳払いと、肩を軽く叩いてロイはエドワードを現実の世界に戻ってくるように促したが、それでも気づかない彼にやんわりと声を掛ける。
「エド、ご挨拶を…」
漸く、ロイの声に獲物を追うのを止め、ルクソール将軍にエドワードはにっこり微笑んだ。
「こんばんは。初めましてエドワードです。本日はお招き頂き有難うございます」
外野が教えてくれた通りに上手に挨拶をするエドワードだが、この会話の裏にはしっかり別の意味が込められていた。
『おっちゃん、有難う! 今日はゴチになります!』だ。
「これは愛らしいですな!」
こんな裏も知らず、将軍はエドワードの挨拶に大喜びし大声で笑った。
そりゃ、そうだろう。今迄、極秘にされ続けていたマスタング准将の夫人がこのパーティーに出席しているのだから。
招待した側も誉れ高く上機嫌だ。それに相乗効果も伴い、このパーティー自体が社交界で話題になっていた。
その機嫌と一緒に将軍の声も更に大きくなる。すると招待客の視線が集まってくる。ロイ達は目立ちたくなくても、嫌でも目立ってしまうのだ。今、彼らはこの会場の一躍スター的位置にいる。
「あなた、そんなに大声を出しては皆様にご迷惑が掛かりますわ」
将軍の夫人が助っ人に現れたが、意味がなかった。夫婦、似るものだ。この将軍夫人も地声がデカイのだ。
段々、ロイとエドワードの安息の地がなくなっていく。
「まぁーマスタング様、奥様は御懐妊中ですの?」
「えぇ、やっと五ヶ月になりました」
ロイは微笑みエドワードに視線を合わせたが、又もや彼の眼はテーブルに並ぶ獲物を狙っていた。エドワードの頭は、どのテーブルの料理から手を付けようか思考している最中だ。流石のロイも慌て始めた。
「二重の喜びですわね」
「あ、有難うございます。ですが…。妻は身体が丈夫ではないので、心配なのですよ」
そう言って、エドワードの肩にさり気なく手を回し憂慮な表情を見せた。本当に心配なのはこの場で怒り出すエドワードなのだ。怒った勢いで腹の子供に何かあったら大変だ。
それでも二人の仲睦まじい姿は将軍夫妻に好印象を与えたに違いない。
そして、彼らの目的は早くこの場から去ることなのだが、なかなかチャンスがない。そろそろエドワードか痺れを切らしてしまう。
「そうですの? 健康的に見えますのに…」
「いえいえ。あ、慣れない席ですので、少し休ませて遣りたいと思います。これで失礼を
――
「そうかね。では、後ほど君達の所に行こう」
大変光栄な言葉を言ってくれているのだが、それどころではない。思わず「結構です!」と言いたいが、そこは笑って誤魔化しロイ達はこの場をやっとの思いで離れた。
エドワードの手を引いて急ぎ足で安息の地を捜し求めるが、どこを見ても招待客達がにこやかに微笑んで待ち構えている。急がねば、エドワードが不機嫌になってしまう。早く彼に餌を与えなければ、とロイはきょろきょろと辺りを見渡した。
「ロイ、まだダメ!? オレ、早くあのテーブルに行きたいんだけど! 鳥が美味そう…」
「はいはい。良し、此処ならいいだろう」
何処へ行っても注目の的だ。仕方がないと、ロイは壁際のソファーに腰を下すことにした。
「さあ、良いよ。好きな物を取ってきて食べなさい…」
その言葉にエドワードはにっこりと口角を上げて笑った。
「ウッス!」
パタパタとミュールの踵を鳴らして、エドワードは豪華な料理が並ぶテーブルへと行ってしまった。ロイがいる此処から見える範囲でと言い付けているから一人で行動させても良いだろう。少しは羽を伸ばしてやらねば彼にもストレスが掛かってしまう。
そんな甘い考えを持ってはしゃぐエドワードに手を振っていたが、これが後々仇となるのだ。
あれこれと美味しそうな料理の数々を嬉しそうに物色しているエドワードを見ているだけでロイは楽しかった。そして、時にロイの視線に気付いてにっこりと笑顔をこちらに見せてくれる彼を見て、ロイは至福の喜びを感じていた。
「ぬぅ…?」
手掴みで獲物をゲットしてぺろりと口の中に入れているエドワードを見て、ロイはちょっと焦って周囲を確認してしまう。しかし、今日は無礼講としよう。最近まで悪阻に苦しんで辛苦な表情をしていた彼があんなに愛らしく笑っているのだから
――
クスクスとロイは頬肉を上げて笑っていた。その笑顔こそ、みんなの視線を集めているとは本人は気づいていない。












加筆修正致しまして再アップ♪
この話は「エピソード ]U」の続きです。パーティー編。


桜 美由紀 2006/9/18





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