穏やかな手。温かな手。そして、その気持ち。











エドワードはベッドの中で悶えていた。
「う、うぅ…っ、痛っ
――
その悲鳴は周囲の者を気遣って、枕に顔を埋めて漏れる呻き声を抑えていたのだろう。声音はくぐもっていた。
そんな彼女の苦痛を癒してやりたいが、その身体は鋼鉄の鎧。ベッドの中で芋虫のように身体に毛布を巻きつけて丸くなっているエドワードに手を差し伸べようとするけれども、はっとそれに気づいて止ってしまう。
「兄さん…」
と、沈痛な声色で呼んだ。
否、こんなときは姉さんと呼ぶべきだろう。如何に人前では男の振りをしているエドワードも本来の性は女性だ。
いつもは「兄さん」と呼ぶようにと強制する彼女もこんな日位は「姉さん」と呼んでも蹴りは入らないだろう。
「ね、姉さん…。大丈夫?」
一瞬の間、良かった
――
蹴りも拳も飛んでこない。安堵したアルフォンスは話を続けた。
「生理痛が酷いんでしょ? クスリ飲んだの?」
毛布の中からボサボサの金髪と酷く蒼白な顔色でエドワードの顔が現れた。非常に体調も機嫌も悪いと目で訴えられた。口を開くのも億劫そうだ。
だが、意外にも構ってくれる人がいるとこんな時少し安心するものだ。
億劫な口唇が薄っすらと開いた。
「ぅう…今月、メチャきつい…。クスリ飲んだけど効かねぇ…」
潤んでしまった瞳が助けを呼んでいるように見える。
恐らく、自分自身もこの体調の悪さを緩和するすべが見つからなくて、ついつい弱音を吐いてしまう。本来は口に出したくもない話題だ。
「そうなの…。僕じゃ、どうすることも
――
本当はその痛む腹や腰を擦ってやりたかった。しかし、この手は冷たく硬い。こんな時、アルフォンスは己の身体を呪うのだ。

だが
――
それを決して云ってはならない。悟られてはならない。

無理に笑顔を作ったエドワードがアルフォンスの鋼鉄の腕を握った。その額には薄っすらと汗も滲み出ていた。
相当、今月は我慢を強いられているようだ。だけど、アルフォンスは人間の肉体を持っていた時も今も。精神的に男、そして少年。
だから、女性の身体の構造はわからない。文献で読んで理解することは出来ても実際は未知の世界だ。
わかりたくても、女の生理はわからない。そして、男の生理もわからない。何もかも体験する前にこの鋼鉄の身体になったのだ。
「いいんだよ。おまえは何にもしなくていい。此処に、傍にいればいいから…」
辛そうな表情でアルフォンスに向ける言葉はとても素朴なものだった。
「姉さん…」
少しばかり、自分の不甲斐ない身体を呪って荒んでいた心に光が射した。やはり、姉はアルフォンスにとって大切な人だ。
口に出さなくても気持ちは通じ合う。そんな間柄。そして、一番欲しかった言葉を此処ぞと云うときにくれるのだ。
エドワードの言葉で何もかもが救われるのだ。それだけの効力があるのだ。
かえって生身の身体で肉体を取り戻す過酷な旅と研究をするエドワードの方が辛苦な目にあっているはずだ。それに精神面では口に出すことはないが、アルフォンスに対してかなり負い目を持っている。
ある時、この鋼鉄鎧の身体で姉弟喧嘩が勃発した。一方的にアルフォンスが募った怒りを爆発させたのだ。その喧嘩の裏で姉の本音を知ってしまった。「あんな身体にしたオレをアルは怨んでいるだろう」と。そんなことは絶対にないと反論した。
しかし、人の個々の想いはすれ違うもの。エドワードはその具象化された罪悪感と一緒に生活をして旅を共にしているのだ。
これ程、酷なものはないだろう。
冷静に考えると自分より辛いのは姉の方であると思うのだ。
ましてや、その身体は女性だ。
ならば、身体が悲鳴を上げている今。
何かしてやりたかった。アルフォンスは色んなことを考えた。
そして
――
「姉さん、良い薬があったよ! ちょっと時間が掛かるけど持って来るから。それまで、辛いだろうけど待ってて…」
「!? アル、良いってば気を遣うなよ。2、3日寝てれば治るって。毎月のことだし」
エドワードの話を半分も聞かずにアルフォンスはバタバタと部屋を出て行ってしまった。暴走するアルフォンスを止めようと差し伸ばした腕は意味がなく、パタリとベッドに沈んだ。
「はあーー」
エドワードのため息が部屋に重く響いた。
両手で下腹部を抱き抱えて、身体を丸くして痛みを耐えるのだ。ジグジグと痛み頭痛に吐き気、眩暈。起きていられなくて、こうしてベッドで突っ伏していた。どうやらエドワードの生理痛は人並み以上に酷いようだ。毎月、これに悩まされているのだが、今回はいつも以上に酷くどうすることも出来ない。弱った身体は精神まで弱くしてしまった。
「……こんなに酷かったことあったけぇ」
下腹部の激痛に悶えながら自問自答した。それで何ら解決する訳でもない。それでも、どうにかしてこの苦痛から逃れたかった。眠って、痛みが緩和されるならば早く睡魔に身を落したかったが、それも許されない。痛みにうつらうつらと微睡むだけで一向に堕ちる気配がなかった。
あ、ぁ
――こんなとき、あの手がこの痛む腹を撫でてくれたらと。




ふっと、気づいた。
あ、ぁ
――気持ちが良い!?
誰かの温かい手が頭を髪を梳いてくれている?
アルフォンス?
違う。
アルフォンスは鋼鉄の手だ。こんな温かさと柔らかさは彼が与えることは出来ない。
でも、そうしたのはオレだ。
ぼんやりとした頭でも悔恨の情に駆られる。それと同時に思い出したように身体が更なる悲鳴を訴え始める。これは罰なのだ。
そう思ってもぞもぞと痛みを訴える身体を丸くした。
それでも、その手の温かさは幻のようにエドワードを優しく包み込んでいた。
眉間にぎっちり皺を寄せて、空蝉を見上げた。
これは絶対にありえない人物の手だと、エドワードは朦朧とした意識の中で思った。
「あ、っー!?」
まさか、と思った。優しく穏やかな手の影がずいっーとエドワードの額に伸びてきて、少し汗ばんだ額を大きな手が覆った。
ぎゅっと瞼を閉じて、もう一度開いて見上げた。
すると眼前には黒髪の男が不機嫌そうに口唇を歪めて見下ろしていた。
「そんなに酷かったのか!」
―――」
表情が不機嫌ならば、言葉も不機嫌だった。
それでも、エドワードはあんぐりと口を開いて、言葉は出なかった。
何故!? この男がこの部屋にいるのかわからない。
多忙の男が自分の為に時間を割いて、この場に現れるはずがないと…。
額に手を置いたまま、男はそっぽを向いて口を開いた。
「アルフォンスから連絡を受けたのだよ。どうしても、見舞ってくれと…」
――アルが…」
やっと掠れているけど声が出た。それと男が話した内容で漸く真相を突詰めた。全てはアルフォンスが段取りを組んだというのだ。
エドワードの胸に複雑な想いが去来していた。
歯がゆいのやら、嬉しいのやら
―――
そっぽを向いていた男は急に視線を合わさずに、エドワードの脇に腕を差し込んで自分の胸元に引き上げて抱きしめた。
「こんなに酷いならば、私の元で眠るように云っていたはずだろう」
そう以前から、そんな打診をされていた。
だが、それが出来ないのが現実だ。そう云われて、気持ちだけは嬉しかった。
実弟の傍では、女としての辛さを出せないだろう。そして、痛みを感じない実弟の前で痛みを訴えることは彼女には神に懺悔するようなものと。
男はそう配慮していのだ。
「そう言われても…。なかなか出来ない」
男の胸に抱かれて、安堵の息を漏らしてエドワードは瞼を下した。
――はあ、仕方がない。それでは、今晩はこうして私に抱かれていなさい」
「エッ!? 何、言ってんの? 大佐、仕事だろう」
ぼんやりと虚ろな瞳が男を見上げると、男は蒼色の軍服の上着を脱ぎ始めて、中の白いシャツのボタンを二、三個外してくつろげ始めた。
「仕事は終わった。それと前から注意していたはずだ。私と二人の時はファーストネームで呼ぶようにと…」
男の声色は不機嫌だ。よほど、名前で呼んでくれなかったことが腹立たしいのだろう。
素っ気ない素振りでエドワードの枕元から放れると傍にあったコップに水を注した。それから、胸元のポケットから錠剤を取り出した。
「……何? 薬なら飲んだ」
「市販の薬では効かないのだろう。これは医者から処方して貰った薬だ。こちらの方が良く効くだろう。これを飲んで休みなさい」
エドワードの瞳が瞬時に曇った。何を想ったのだろう。怪訝そうに男が顔を寄せてきた。
「どうした?」
「――いい。こんなめんどくさい身体いらない! 女に産まれなきゃ良かった!」
半ば自暴自棄になっているエドワードの顔を見て、男の眉尻は下がった。
「そう、言ってくれるな。私の子供を宿すのは君だけだ。だから、耐えてくれ…。私は君が女性であってくれて嬉しいのだよ」
「……だけどッ」
今回ばかりは余っ程、生理痛が酷かったのだろう。そして、それにアルフォンスまでが気を回していたことがエドワードの堅忍していた心の鍵を開けてしまったようだ。
男は女の抱えている十字架の重さを知っていたからこそ、苦笑した。
何も言わず、錠剤を自分の口に含んで口唇を噛み締めているエドワードの顎を上に向かせた。
「エッ、何? いいって…」
「黙って…」
男がコップの水を口に含んで、エドワードの口唇に重ねた。
こくりと流れ込む水と一緒に錠剤がエドワードの喉元を過ぎていく。それを上下する咽頭で確かめて、男の顔はゆっくりと緩んだ。
「ケホッー、どうして…いいって、言ったのに」
「君はとにかく眠りなさい! 私の胸で…たっぷり眠ってから、飛び出せば良いから。そして、私の元に戻ってくればそれで良い」
――ロイっ…。そんなことオレに許されるの?」
男の言葉に癒されるように、エドワードは男と共にベッドに横になった。勿論、男の腕は彼女をしっかり抱きしめていた。
「あぁー、許されるはずだ。だから、アルフォンスは私を態々呼びに来たのだよ。彼の気持ちも酌んであげなさい」
――アッ!?」
男の胸に額を押し付けていたエドワードが微かに震えて、ぎゅっと男のシャツを握り締めた。
男の手が痛む下腹を愛しそうに撫でていたのだ。
「痛むのだろう? 擦ってやろう…」
人肌に癒されるようだ。温かさが痛みと共に脊髄を伝達して脳に信号を伝える。緩和するようにと。
エドワードは男の優しさと温かさに身を沈ませていった。
痛みを訴えていた下腹部は朦朧とする意識に沈んでいくようだ。薬が効いてきたようだ。その様子が腕の中で大人しく丸くなっている少女が吐き出す吐息でわかったロイは金色の頭に啄ばむようなキスをした。
「おやすみ。エドワード、君の身体は休息を欲しがって痛みを激痛に変えるのだよ」
ロイは小さく、まだ幼い恋人に囁いた。









すみません。<(_ _)>
ロイエド子で「生理ネタ」を書いてしまった。
これは、生理痛がきつかった自分に書いたのだろう。

前半部分はアルを中心に話を回してみた。エドを思うアルね。アル→エド。

桜 美由紀。 2006/7/6




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