約束は秘密のうちに結ばれた。
The promise was concluded in secret.
□■□プロローグ■□■
あの頃は本当にこれからどうすれば良いのか途方に迷っていた。それに、何もかもが面倒になって投げやりな態度をとったこともあった。だからオレは軍部の親父どもの、格好の餌食になったのだろう。
それも裏で暗躍されていた。酔狂としか言えないな。
ホムンクルスが暇な時間を潰すための余興にと、腐った将軍や研究者達に何やら如何わしい事を嗾けたのだ。
だけど終わってしまえばそれはどうでも良いことのように思えるけど…。
それでもあの事件が誘因して、あの男との均衡が崩れた。
そう――オレはあの男と身体の関係を持ってしまった。
右腕、左脚――重くて冷たい鋼鉄で接がれた身体。オイルの匂いが混じった薄っぺらな身体。そして、誰にも知られたくなかった。見られたくなかった身体構造。身近な人間にしか知られていない密かな身体。男なのか女なのか判別出来ない性器奇形のオレの身体を――。
アイツは抱いたんだ。それも優しく包むように抱いたんだ。
耳元で囁く低音は熱っぽくてオレの首筋はぶるりと感嘆に震えた。
それは決してオレが望んだのではない。不可抗力というものさ。それにあの時は頭が朦朧としていた。一度穢された身体だ。どうでも良かったと身体を粗略に扱った。だけど相手がアイツだと身体が拒否して恐慌を起こしてしまった。
力の限り抗ったが、力尽きて陥落した。でも、今思えば抗う必要はなかったのかも知れない。望んではいないと口から吐き出しても、心の奥底に眠っていた感情がこれを機に頭をもたげた。
それは――。
だから身体は素直にその熱さにうっとりと浸かってしまったんだろう。
オレはあれから――否、そのずっと前からだろう。こんな感情を奴に抱いていた。身体が両性具有ならば、精神もどっちつかずなんだろう。
オレには水面下でちらついている軍部の政権圧力など関係なかった。そんな親父どもの喧々諤々に付き合っている暇はなかったし、そいつ等より強大な敵をオレ達は知ってしまったから。
このアメストリス国を長年に渡って牛耳り、ホムンクルス達から「お父様」と言われる裏ボスの存在。そして、その「お父様」から創られた人造人間(ホムンクルス)達。
彼らは暗躍の元、暗い地下で今は静寂としている。彼らは時が満ちるのを待っているようだ。そんな彼らの思惑や気まぐれにオレ達は抗うことは出来なかった。色んなものを彼らに御せられ、弱みを握られていた。
アイツもそうだった。信頼できる部下達を遠方に左遷、又は大総統の監視下に置かれた。そして、戦線離脱した部下もいた。
だが、それでも燃える焔の瞳は健在だった。そんな奴の瞳を見てオレは意識を遠くへと飛ばした。絶望を感じた幼いあの頃を――振り返った。
人体練成に失敗して己の肉体を代価に、たった一人の肉親の魂を鋼鎧に定着させこの世と扉の向こうの世界とを繋いだ。あの頃、自分の愚かさに自暴自棄になり心身ともに闇の世界に沈んでいた。だが、そこに一筋の光を与えたあの男の黒髪、黒い瞳。そして、蒼穹に包まれた広く逞しい背中にオレは魅入ってしまった。
そして、どうしてだろう。そんな彼の姿と今の姿がダブってしまう。彼の野心に燃えた瞳と自嘲的な笑みに、突拍子もない想いが湧いてしまう。
その広い背に自分も少しだけ寄り掛かりたいと――想う自分がいた。
人柱決定のオレ達には自由を与えられたが、それは籠の中の鳥さ。それを甘んじて受け入れたが、何時か機会を見つけて……奴らを、と画策していた。
そして、弟を――。
真理の扉の前で待っているアルフォンスの身体を、この世界に連れ戻さなくてはならなかった。それが咎人のオレに科せられた使命だ。
あんな痩せこけた姿を見てからは、その想いで一杯だったんだ。
あの頃、オレは絡み合った糸の中で焦っていた。そして、精一杯虚勢を張り足掻いていた。
機は熟していないとわかっていた。今は英知を磨き、力を蓄える時だとわかっていても、焦らずにはいられなかった。
賢者の石が奴らの手にあるのならばそれを奪って、でも――。
そんな複雑な想いに駆られながら、この束の間の休戦を利用してオレは奮闘していた。そこまで真理は近づいてきていると思ったからだ。
だから、自分に降り掛かる不穏な空気に気づくのが遅れた。オレのアンテナはすっかり役目を忘れていたのだろう。そして、それが危機的状況に発展するのだ。
完璧にオレのミスだった。
エドの独白から。
暗いですから…シリアスですから。しかし、約一年前すっごい勢いで書いたもんだな。
今は――無理。
桜 美由紀 2007/7/16