約束は秘密のうちに結ばれた。
The promise was concluded in secret.
■□■第三章□■□
ザァー、ザァーと激しい水音がしていた。
オレはぼんやりとその水音を聴いていた。そして、ぺたりと浴室に座り込み俯いていた。
リンが立ち去った後、大佐は無言でオレの身体をリンの奴が着ていたコートで包み込んだ。それからオレと視線を合わせず、横抱きに抱えられた。精神、身体ともに疲弊していたオレはその抱え方に抗議する力もなかった。いつものオレならば、そんな扱いを受けようものなら罵声が飛び、蹴りが入るところだ。だけど、この時ばかりはどうしようもなく大佐の胸に大人しく顔を伏せていた。それに胸が苦しかった。どう、説明して良いかわからないが。
――切なくて、苦しかったんだ。どこをどう取り繕うにも辛かった。
だるい身体を遠慮なくその胸に預けて、時々空気を入れ替えるように大きく吐息をした。そんなオレに大佐は何も言わず、司令部の通用門から人目につかないように車に乗り込んだ。それから、ふと気がつけば大佐の部屋だろうな。そこに連れ込まれてバスルームに放り込まれた。その間、大佐とは一切口を聞いていないし、目も合わせていない。
まあ、話が出来る状態でもなかったと思う。それだけの痛手を受けたことに間違いはなかった。
一つは良いように男達の慰み者になっていた現場を目撃されたこと。いつも強気に息巻いて生きてきたオレにとって屈辱的なことだ。それを普段から知っているアイツに見られたことで弱い自分を晒したようで嫌だった。
それにこの身体――を、見られてしまった。恥も外聞もないぐらい全てを見られた。顔を合わせられないというのはオレの方だ。赤恥ところではない。もう、何もかもが嫌になる――。半ば諦めモードで犯されていたオレだったけど、最後の砦を破壊されたようなものだった。
オレ達の後見人であることで、アルフォンスの奴がオレに内緒で大佐に身体のことを話していたのを知っていた。だからといって何も変わらなかったけれども、今回の事件で何かが大きく変化してしまうのは確実だ。勿論、良い意味ではない。
こんな身体だという事で幼い時から母親に注意を促されていた。よく、アルフォンスの居ないところでオレに諭していた。だけど幼い自分は母親の言っている意味が理解できなかったのだろう。今でも、オレは男なんだと思っているし、たかが内臓の一部が変体している程度にしか思っていない。
しかし、今日その意味がはっきりとわかった。身を持って体験しなければわからないこともある。思い出すのも虫唾が走る。だけど、身体は克明に覚えていた。
右腕の機械鎧は無謀な動きに耐えられなくて、生身の身体と機械の部分で電気回路がショートしたようになっていた。オレは辛うじて動く左腕で右肩と機械鎧の接続部に触れた。
熱い――。そして、痛い――。
酷く熱を持っている。今晩辺り、発熱しそうだと思った。触れていた左腕をだらりと下した。左手首から二の腕にかけて広範囲で擦過傷と蒼痣が目に入った。こんなモノを見ると思い出したくない記憶が蘇ってくる。身体は正直なので困った。オレの女の部分はまだ、奴等のモノが出入りしているような感覚から逃れられないでいた。
不快で堪らなくて、下腹から異物を追い出そうと胃が痙攣して嘔吐した。何度も何度も嗚咽を繰り返した。そんな中、此処が浴室で良かったとオレは薄く苦笑いした。
汚れても洗い流せると……。だけど、オレの身体は洗っても洗っても綺麗にならない。
あぁー、もう何もかも嫌だ。全てにおいて嫌気が差してきた。そう、過去も未来もオレ達が成さねばならないことも今はどうでもいい。
オレはヘタリ込んで膝を抱えて、蹲っていた。今はとにかく疲れた――。これ以上、考えることが億劫になった。
エドワードの頭上からは彼の気持ちを代弁するように冷たいシャワーが降り注いでいた。
殺伐とした部屋。さほど広くない部屋には必要最低限の家具が置かれていた。年期の入った大きなソファーとベッドが大半を占めている部屋。その隙間を埋めるように、荷を解かれていない書籍類が点々と放置されていた。
そんな中でも一際目を引くのは書斎机と椅子。これらはこの部屋の中で、唯一頻繁に使用しているとわかる代物だ。後はまるでお飾りのように点在していた。この部屋があまり活用されていない事がよくわかる。
此処は中央司令部に栄転となったロイ・マスタング大佐の一室。
当人は、と云えばいつもの場所にどっかりと腰を下していた。
今迄、色んな意味で大切に育ててきたと言っても過言ではない。まだ、あどけなさを残すエドワード。男性のドロドロとした性欲など彼には皆無だろうに…。その彼を奴らは土足で踏み込んで、手折ったのである。それも卑劣な手を使ってだ。
まさに今のロイの姿は首謀者であるエンヴィーの術中にまんまと掛かっているのである。苦悩し、我が身を責める彼の姿を見たら、彼は大いに悦ぶだろう。七つの大罪の中で嫉妬の名を持つ彼ならではの所業だろう。
彼の表情には冥案の影がしっかり現れている。それもそのはず、まだ彼の中で怒りは治まっていない。首謀者に一矢を報いることは敵わなかったが、それでもエドワードを犯した男達は全て排除した。それもこの手でエドワードが見ている目の前で、だ。
本当はこんな姿を見せたくはなかった。あれは悪魔の所業と一緒である。
だから、彼がいない場所で彼に気づかれないように抹殺するはずだったが、ロイは己の激情を抑えられなかった。自分の感情を抑えることが出来なかった自分にも腹立たしかった。
これではこれから彼にどう接したら良いかわからない。あれほど、頑なに自分の気持ちを押し殺してきた。見守ってきたというのに――これでは全ての苦労が水の泡となってしまう。あんな姿を目の当たりにして、彼に好意を持つ男がどうして耐えていられようか。今のロイには自信がない。
ロイは背もたれに身体を預け、薄汚れた天井を仰ぎ見た。
どうすべきだろうと――彼を…。どう扱うべきだろうかと彼の表情は曇っていたけれども、この熱い想いを消火させることは、不可能なのは本人が充分知っていた。
今回の件で更に火がついたのだ。
それにしても、ロイが感情に任せてエドワードを浴室に放り込んでから随分と時間が経つ。
「……遅いな」
ロイは時計の長針に視線をやった。浴室に彼を入れて、暫く経って水音がし始めた。それで少しばかり安堵した。だが、それっきりだった。
やはり彼は嫌がるだろうが、一緒に入って身体を洗ってやるべきだったかとロイは思った。しかし、それはそれで困る問題も出てくるので、こうしたのだ。今のロイには理性を抑える自信がなかったからだ。少しでも、気を抜けば彼の身体を奪っているだろう。殊に、奴らに先を越されてしまい少なからず、ロイは嫉妬という感情を経験していた。
だが、こうして気を揉んでいる場合ではないようだ。焦りを感じたロイは無遠慮に浴室の扉を開けた。
「鋼の、 !?」
浴室を開ければ当然、熱気が噴出してくるだろうと予想していたが。そこは、この世の最果てのように寒々としていた。
急いで、原因である蛇口にロイは手を伸ばそうと濡れるのも構わず浴室に入った。狭い浴室は窮屈になる。その所為でロイはやっとエドワードの顔に視線を向けた。だが、彼は目を合わせようとしない。俯いたまま、排水溝を虚ろな瞳で眺めていた。
「鋼の、大丈夫かね…」
何度かロイが声を掛けた。浴室内でその声が大きく反射していた。しかし、彼は反応せず寡黙に視線が遠くを見ていた。そんな彼にロイは肩を揺り動かそうと腕を伸ばした。すると、パシッと生身の左手で払われた。
「聴こえてる。煩い!」
掠れた声が大きく反響して返ってきた。それと同時にピリピリと神経が研ぎ澄まされていた。まるで、猫が毛を逆立てているようだ。あんな事があった後だ警戒しているのだろう。ロイの口元が自嘲気味に笑った。
「そろそろ、出て来れるかね」
そうロイが彼の機嫌を損ねないように優しく言うと、彼はよろよろとバスタブに掴まりながら立ち上がろうとした。その瞬間、彼の身体がビクッと痙攣を起こしたように固まった。様子が奇怪しい彼の視線に合わせて、タイルを見ると不浄なモノが滴り落ちていた。
隠そうにも隠せない事実にエドワードは不覚にも、顔を上げるとロイの吃驚な眼差しとぶつかった。エドワードは見られたことに気恥ずかしさを感じて狼狽し、中途半端に立ち上がった足腰がガクガクと戦慄いていた。
ロイには見るに見かねる姿だ。彼も振り返りたくないあの場面を思い出してしまう。
「――アッ、やだ! 煩い! もぉー見るな、ぁ…」
恐慌を起こす寸前のエドワードの身体は狭い浴室で簡単に掴まえられた。ロイは自分の表情を決して彼に見せないようにして、怯える小さな身体をグッと胸に抱きとめた。今の自分の顔はとても彼に見せられない。
恋人を寝取られたような表情をしていたのだから――。
今のエドワードには、それは面倒な感情だろうとロイは思った。自分が密かに湧かせている想いなのだ。彼は気づいていないはずだ。それに気づかれても困るのだ。
「落ち着きなさい。良いから、私が洗い流してやろう。暫く、我慢していなさい」
お互い顔を合わせられない。見ない方が良いこともある。お互い、的確な判断をしていた。
エドワードは断固として、ロイの手を借りることを拒否した。これ以上、彼の前で醜態を晒したくなかった。男達の欲望で蹂躙された女の部分を見られたくなかった。触れられたくなかった。このまま、そっとしておいて欲しかった。
「――ヤダッ…」
エドワードの口からは当然の如く拒否する声。わかっていることだが、それでもロイは強引に実行しようと腕をシャワーのノズルに伸ばした。
「良いから、大人しくしていなさい!」
疲弊した身体で抵抗するエドワードをロイの強靭な腕で押さえつけ、シャワーの水力を最大にして彼の穢された秘所に向けて湯を浴びさせた。強引な性交により局部が裂傷しているようだ。湯を掛けてやると身体が悲鳴を上げるようにビクついていた。
「痛ッ、触るなぁ!!」
己の指で触れることさえ躊躇っていた場所は男達の白濁した欲にまみれていた。自分で処理できずにいた局部に遠慮なく指を挿し込まれた。これ以上の恥辱はまっぴらごめん。
エドワードは有らん限りの力で拒絶したが、ロイの左腕でしっかりと押さえつけられていた。右腕は彼の内股にやられ、右指が器用にエドワードの秘所で停滞していた精液を掻き出していた。何度となくぬるりとした感覚に身悶えた。重力に従って膣の中の液体はとろとろと流れ出してきているのだ。その度にエドワードの口唇から煩悶の声が上がる。
「身体の力を抜きなさい。心配しなくて良い。これ以上はしないから…」
ロイは自分を戒めるようにエドワードに伝えた。彼が苦痛に悶え、喘ぐ姿は彼の欲情を大きくさせてしまう。理性を保たねば、このまま彼を襲ってしまいそうだ。ロイの眉間はきつく寄せられていた。
「クソ、もう…どうしてぇ――」
エドワードがロイの胸に額を押し付けて悔しさを自問していた。フウフウと肩甲骨が上下していた。ロイは彼の背に手を回して、子供をあやすように軽く背を叩いてやると、エドワードは代わりにロイの背中に張り付き濡れたシャツを掻き毟るように握り返してきた。
愛らしい仕草にロイは頬を緩めて、今度はしとどに濡れた金色の頭を撫でてやった。
「大丈夫だ。心配するな……。奴らはもういない」
そう言って彼から悲惨な過去を取り去ろうと慰めの言葉を掛けてやった。すると、堰を切ったように慮外な出来事に悔し涙を流すエドワードの悲痛な叫びが浴室に響いた。
しまった!
すっかり更新するの忘れていた。
この話は完結しているのにさ。すみません<(_ _)> 待っていた人いるかな?
桜 美由紀 2007/10/29