約束は秘密のうちに結ばれた。
                        The promise was concluded in secret.


■□■第五章□■□



あれから一週間が経とうとしていた。
「兄さん、どうしたのさ。最近ぼんやりしてるよ。それとも身体の具合が悪いの?」
アルフォンスが街中でぼんやり突っ立っている兄に声を掛けた。弟が声を掛けてくるまで、その気配をしっかり忘れていたエドワードは慌てたように口を開いた。
「どうもしてねーよ! それより早く宿に帰るぞ」
「本当に…」
アルフォンスは顔を覗き込んできた。心配にもなるのだ。
あの日、中央図書館で別れてからエドワードは一向に帰って来なかった。業を煮やしたアルフォンスが探しに行こうとフロントを出ようとした所で呼び止められた。喧嘩をした兄を大佐が自宅で保護しているという連絡だった。その内容にアルフォンスは疑惑を抱くこともなく、すんなり受け入れた。彼もそろそろこんな事件を起こしそうな気配を感じていたからだ。
翌日、ふらふらと帰って来た兄の体調は芳しくなかった。喧嘩というわりに、顔に目立った傷も身体にさほど外傷もなく安心していたが、帰宅した早々エドワードは嘔吐を繰り返していた。訳を尋ねれば、腹を殴られたからだと。しかし、容態は酷いようで二、三日寝込んでいた。
心配になったアルフォンスは事情を知っている大佐に連絡をして見舞ってもらったが、兄は要らぬ世話だと、呼んだ弟を叱り付けた。そして、横柄な態度で心配して見舞いに来た大佐を突っ放した。流石に、そんな兄に対して大佐は苦笑いを浮かべていた。

それからだ。エドワードはぼんやりしていることが多くなったのだ。空虚な空に向かって、深いため息を吐いている。
「兄さん! 兄さんったら!」
この日も宿の窓辺からぼんやり夜空を眺めているところでアルフォンスから声が掛かった。
「……聴こえているよ。何だよ! 騒々しいな」
「それはこっちの台詞だよ。ホント、最近ぼんやりしすぎだよ。何か考えごとでもあるの?」
そう訊かれて、エドワードは顔をプイッと背けた。図星らしい。昔から嘘が苦手なエドワードはこうして顔を背けるのだ。
「何もねーよ。強いて言えば、おまえの身体かな…」
それは本当のこと。寝ても醒めてもアルフォンスの肉体を思わない日々はなかった。ぼそりと呟くエドワードに少し呆れた声色が返ってきた。
「もう……それなら、早く寝なよ! 明日もどっか出掛けるんでしょ」
「う……ん」
気のない返事が返ってくる。彼の視線は漆黒の暗闇を、瞳を凝らすように見ていた。一体、何をそんなに熱心に見ているのやらと、アルフォンスも一緒になって眺めてみるが、対して変わらない夜空。
エドワードは窓辺に頬杖を突いて、飽きることなくその夜空を見ていた。この闇色に気持ちを奪われたのだ。闇色の髪の持ち主。あの晩からエドワードの胸にずっと靄が掛かっていた。
何をするにも彼を思い出した。それもあの晩の情交をはっきりと――。逞しい腕、厚い胸板、広く逞しい背中、腹部に残った火傷の傷痕。どれもエドワードの脳内に鮮明に残存映像として保管されていた。そして、あんなに抗っていたのに結局陥落した自分の身体に歯がゆさを感じていた。
しかし、隣で一緒に夜空を見上げていたアルフォンスの口からは意外な人物の名が出てきた。
「ねぇ、兄さん。リンはどうしているかな? ちゃんとグリードの身体で共存しているかな…」
エドワードは、ハッとしたように見上げていた視線を下げた。大佐との一夜に想いを馳せていて、その日に起きた酷たらしい出来事をすっかり忘れかけていた。
実際は忘れたという訳ではない。こうして、何かの拍子に思い出しては身体があの恐怖で萎縮して胃が痙攣を起こすのだ。毎夜、気を抜くと洗面台で嘔吐する自分がいた。
「クソッ!!」
エドワードの顔色が急激に曇った。
「どうしたの?」
アルフォンスに悟られてはいけない。この賢く優しい弟は自分の身に起きたことを知ったら、あの魔窟に乗り込んでエンヴィーと殺し合いを始めるだろう。あの沈着冷静な大佐でさえ、我を忘れてエドワードの目前で男達を焼き殺したのだ。消し去りたい過去を思い出してエドワードの胃がキリキリと痛んだ。
世の中には知らなくて良いこともある。
エドワードは作り笑いしてその場をどうにか繕う。
「ちょっと、眠れねーから散歩行ってくる」
ヒラヒラと手を後ろ手で振りながら、アルフォンスの傍から逃げ出した。これ以上彼の傍にいたらボロが出てしまうのだ。折角、大佐と二人で思案したことなのだ。無駄にしたくなかった。
「エッ!? 今から…僕も付き合うよ」
「いいよ!! オレも一人になりたいんだよ…。ゴメンな、アル…」
アルフォンスを振り返らず、背中を見せたまま部屋の扉を開けて出て行った。
本当に今は一人にして欲しかった。エドワードは夜の街をあてもなく歩き出した。ポケットに手を差し込んで背中を丸めて歩くエドワードの姿に哀傷を感じた。


ロイは疲れた身体で、眠るためだけに用意されたアパートに帰ってきた。薄暗い階段を昇って、自分の部屋があるフロアーに辿り着いた。黒い物体がロイの部屋の前で膝を抱えて蹲っていた。よく見ると金色の子猫だ。長い金髪を三つ編に結っている姿は猫の尻尾のように見えた。
その少年は、先日とうとう自分の欲情を抑えきれず抱いてしまったエドワードだ。
足音に気づいて顔を上げるかと思ったが、子猫は蹲ったまま反応を示さない。ロイは微苦笑を浮かべて、彼の元にゆっくり歩を進めた。
カツカツと軍足を態と大きく鳴らして近づいた。それでも、彼は顔を上げようとしない。ロイは部屋の前で立ち止まり、彼に視線を合わせるために屈んだ。
「どうしたのだね?」
膝頭に額をくっ付けている彼がピクッと反応した。そろそろ顔を上げてくれるかと待っていたが、一向にその気配がない。ロイの口から深いため息が漏れた。動こうとしない彼を待っても無駄だと知ったロイは徐に立ち上がった。
「ほら、入りなさい。そこは寒いだろう。それに私も部屋に入りたいのだよ」
部屋の鍵を軍支給のコートのポケットから取り出そうとしていると、漸く猫はズルズルと腰を上げる素振りを見せた。それを後目に感じながら、ロイはアパートの鍵を開けて中に入った。
殺風景な部屋は本当に眠るだけの部屋として使っている。黙って中に入れば、エドワードも黙ったまま後ろから付いて来た。ちょっと無用心だとロイは思った。
男の部屋に一人上がるということは、つまり――その先も有りうるのだ。
何故なら彼の身体は両性具有。男性であり、女性でもあるのだ。彼の身体の構造を知る者ならば、必ず興味を持ち猥褻な行為をしたがるだろう。
男という生き物はそういうモノだ。実際、ロイもその一人だ。褒められたものではない。
経緯はどうであれ、一度は身体の関係を持った仲である。それも男女の営みをたっぷりと時間を掛けて、官能を知らない初心なエドワードの身体に教えた。
あの時、ロイは彼を愛しているから穢された彼の身体を抱いた。だが、エドワードは半ば自暴自棄になった身体をロイに無理やり開かされたと思っているかもしれない。
しかし、そう思っているのならば何故この部屋の前でロイの帰りを待っているのだろう。ロイの胸に疑問符が残った。
「一体、どうしたのだね?」
ソファーに座ったロイが俯いている彼に同じ質問を繰り返した。今度は上目遣いに琥珀色の瞳がロイを見つめ返してきた。上げられた顔は酷く憂いを含んだ表情を露にしていた。
ロイはその瞳から逃れられなくなってしまった。そして、迷い猫のような瞳は怯えていた。自然とロイはソファーから立ち上がり、彼を抱きしめたいと思う衝動に駆られた。途中まで手を伸ばそうとして、そこで思い留まっていた。この線を越えてはいけないのだ。ロイの激しい恋慕は彼を戸惑わせるだろう。
するとボソッと蚊の鳴くようなか細い声が聴こえた。
「――眠れない。あれから変な夢を見るんだ」
ロイとの一夜を思い出して煩慮している間は良いのだ。だが、ふいに何かの拍子であの研究所で起こった惨澹たる光景を思い出せばアルフォンスの前で笑っていられなくなるのだ。
全てから逃げ出したくなるのだ。こんな弱い自分が嫌いで堪らない。
これから奴らと戦って行くのにこの感情は不要なものでしかない。
ガタガタと震える左手を右手の機械鎧が押さえていた。強張った笑顔で必死に何かを訴える琥珀色の瞳がロイの心を強く動かした。
「――鋼の、」
今すぐ、彼の身体を力の限り抱きしめたかった。自分の愛情の全てを曝け出したかったが、それは出来ないのだ。恋愛云々に疎い彼の重荷になりたくなかった。ひっそりと想い、膨らませていたいのだ。
そして、全てが終わったら彼に想いを告げるのだ。そう思ってロイはグッと堪え、彼の不安を取り除く手立てを考えた。
「君がこうして男の部屋に上がるということは何を意味しているのか、わかっているのかね。この前も言ったはずだよ」
ロイは一歩足を踏み出して彼に近づいた。エドワードはハッと一瞬顔を上げ、頬を硬直させて俯いた。
エドワードにはロイが言わんとする意味がわかっていた。こんな身体でも男達が鼻息を荒くして欲情することを知った。そして、目前にいる彼も自分の身体を抱いた一人だ。
それでもロイとの一夜を想起している時だけは、この悪夢から逃れられるのだ。それに少しばかり胸がドキドキと音を奏でるのだ。何故――と、思い悩みながらエドワードの足は彼のアパートに辿り着いていた。
「アンタなら何とかしてくれる、と思ったから…」
本当は一緒にいてくれるだけで良かった。あの晩、高熱を出した時のように優しく額を合わせてくれるだけで良かった。だけど、そんなこと言えるはずもなかった。彼は意地っ張りだから。
ロイは目を細めて、彼が煩悶する表情を見ていた。それで彼が此処にやって来た理由が痛いほどわかる。彼に想いを馳せるロイには口惜しい。結局、こんな方法を彼の身体に覚えさせてしまったのだから。
あの晩、私は彼を抱いてはいけなかったのだ。
「……そうか」
静かにロイが口を開くと、右手を彼の頬に伸ばして触れた。一瞬、エドワードは怯えるように後ずさり、肩を竦めておずおずとロイに助けを求めるように見上げてきた。
この感情をどうにかしてくれと、その瞳は訴えているようだ。
「――シャワーを浴びておいで。冷たくなっている」
エドワードはその言葉を聞いて含羞な顔をこくりと素直に下げた。これで、彼はこれから行なわれることに同意したことになる。
ちょこんとベッド端に座っていた。この前と同じ白いバスローブを身につけ、エドワードは俯いてロイを待っていた。浴室から水音が聴こえていた。ロイがシャワーを浴びているのだ。
もう逃げ出すことは出来ない。自分で大佐との均衡を崩しているのだ。あれほど――避けていたのに。

チュッと額に口づけられた。男が熱いシャワーを浴び、上気した大きな手の平でエドワードの両肩に触れてきた。緊張して、何かされるごとにビクッと身体は旋律を感じた。ゆっくりと男は口唇を重ねてきた。驚く間もなく、男が優しく口唇を吸い上げるのを感じた。今日は理性を総動員して男の肌に爪を立てないように堪えた。
この前は必死に抗って、彼の身体に色んな傷をつけた。あの時は慮外な出来事が続いて正気の沙汰ではなかった。
だけど――今日は違う。オレが誘ったんだ。力を抜くんだと、自分に必死に言い聞かせた。
鼓動は高鳴り、エドワードの顔は火がついたように熱く高揚していた。男は目を開けたままエドワードの口唇を吸い上げ、甘噛みする。
「あっ……」
たちまち、エドワードの円らな口唇からはかない声が小さく漏れた。恥ずかしさに男の胸に顔を隠した。初々しい仕草に男の手が左肩を抱いて、ポンポンと優しく叩いた。
それからゆっくりベッドに押し倒された。
こうなることを望んだのはオレ――。
「鋼の、身体はもう良いのか…」
身体のあちこちを丹念に愛撫しながら、男はエドワードを気遣ってこうして声を掛けてくる。
「……うん」
短く応えると、男の表情が柔らかく笑った。気を遣われることに慣れていないエドワードは顔を背けて頷いた。男の顔をまともに見ることが出来ない。ギュッと瞳を閉じて、男が吸い付くように舐めている箇所に意識を集中させた。背中が勝手に仰け反り、戸惑いながらも身体は震えて性欲というものに身も心も持っていかれる。
「ふっうぅ……ぁ アッ!?」
男はやはり、女の部分を弄り始めた。そこはエドワードにとって不浄の場所。それを知ってか、男は丁寧に愛撫した。嫌々と首を振り乱す姿は妖艶で、男の欲望を大きくさせてしまう。彼はまだ、自分の性情を知らないのだ。どんなに男達が彼の身悶える姿に欲情を抱くのか知らないのだ。
内股を摺り寄せて、男の体躯を押し退けようとするが結局、男の手管に陥落した。グッと膝頭を左右に開かれて、全てを曝け出されてしまう。視姦されることで恥辱を感じ、男根がピクリと刺激する。立ち上がり始めた男としての欲情に目を覆うが、それ以上に奥深くで、ぬるぬると潤沢な蜜を垂らしている女の部分に自己嫌悪した。
男の長く節くれた指で秘所を解され、尖った男根は手の平で上下に扱かれて強い感度にふわふわと浮くような感覚に酔った。男の舌で嬲られた場所はビクビクと痙攣を起こし、その先を望んでか腰が勝手に揺れていた。
ガタガタと引き出しを開ける音にエドワードの恍惚とした意識が戻ってきた。今迄、密着していた身体を少し横にずらして、男はて探りである物を捜していた。漸く、取り出された物をぼんやりと見ていたエドワードは何気に訊いた。
「…それ何?」
男は苦笑いした。エドワードは性に対しての知識が乏しいのだ。
「――避妊具だよ」
その言葉に女扱いされているようで嫌だった。エドワードは眉間に皺を寄せて、その物体から目を放した。男はクスッと笑みを浮かべながら、彼の下腹に口唇を這わせた。そして、彼の目に留まらないように大きく成長した己が男根にそれを装着させた。ぴちゃぴちゃと粘着質な音が聴こえていた。
「オレには多分必要ないよ…」
「……後処理をするのが、苦手だろうと思ってね」
男の言うとおりなのだ。男として生きているつもりのエドワードにとって女の部分は不要な存在。嫌悪感をいつも持っている。それを自分の手で触れるなど言語道断。あの日も触れることに躊躇いを感じて長時間、バスルームから出て来れなかった。その挙句、ロイの手を借りて後始末をされたのだ。
「――あっ、うん…」
気恥ずかしさを感じながらも小さく頷いた。男ははにかむ彼の顔を見ながら、準備が整った男根をゆっくりと挿し込んだ。慣れない彼の為を思って優しく挿入した。
「鋼の、大丈夫かね? 辛くはないか…」
「クッ、ちょっと苦しいけど。ぁ あぅ…!? 大佐、何でこんなに優しいんだ」
喘ぎながら男の汗ばんだ表情を潤んだ瞳で見つめた。男は優しく微笑んで呻吟し始めた彼の口唇を覆い、深く舌を絡めた。
言葉で伝えられない代わりに男は優しく彼の身体を抱いてやることにしたのだ。こうして身体を繋ぎ合わせる行為に男の激しく燃える想いを込めた。
そして、一夜限りと思っていた行為は、二度、三度と繰り返されることになる。


黒い子猫がふらりと現れ、一夜を共に過ごしてから暫くが経ったある日。
ロイは混沌としたネオン街で一人、酒を飲んでいた。深酒は身体に禁物だが、疲れを癒すために少しと思って馴染みの店で飲んでいた。
そこで意外な人物と出会った。しかし、ロイの行動を見張られていたのかもしれない。ロイもエドワード達も今はそんな立場なのだ。だから、突然彼らが姿を現しても驚かないこともある。
「一体、何のようだ?」
ロイはグラスを見つめながらリン・ヤオに声を掛けた。目の前にいる人格はどちらが支配しているのか微妙だ。しかし、ロイが視線を向けた男の表情ではっきりと分別できた。
「あれからエドの様子はどうダ?」
やはり、語尾にシン国の訛りがあった。ロイの感は当たったようだ。それに、そろそろ彼が姿を現すだろうと予測していた。そして、ロイにはこの男に告げなければならないことがあったのだ。
「まぁ、少し安定しているようだ」
「そうカ……」
あの日、伸ばした手を拒絶された事を悔やんでいるのだろう。そんな表情をしていた。本来の彼、リンは想い人であるエドワードと同じ年齢なのだ。感情をコントロールするには幼い年齢だ。そんな彼には酷かもしれないが、ロイは同じ想いを抱く者だからこそ、真実を在りのままに告げた。
「あの日、エドワードを抱いてしまったよ…」
リンの切れ長の目が驚愕な事実に大きく開いた。ロイが彼の手元に視線を下せば、ウロボロスの紋章が刻まれた左手の甲がブルブルと震えていた。
この男には敵わないと想っていたが、それでもこの事実をすんなり受け入れられない。
ロイは視線を前に戻してグラスの中で揺らめく液体を見ていたが、そこには勝ち誇ったような表情はない。予想に反した、悔恨の情がありありと出ていた。
「抱くのではなかったよ。時期が早すぎた。あれでは――」
そこまで、言ってロイは立ち上がった。これ以上は何を言っても恥の上塗りだと思い、彼は口を閉ざした。リンは彼の後姿を目で追いながら煩悶した。
至宝の宝物を手に入れたと思われる男は、こうして苦悩しているのだ。それだけエドワードの心を手に入れることは至難の業なのだろうと――。そして、七つの大罪「強欲」に身を捧げてまで彼を欲する自分はどうしたら良いのだろうかと。リン自身も一人闇夜で風に吹かれながら考えた。
しかし、彼の想いは変わることはない。敵わないとわかっていても挑み続けるのだ。


ロイは眠るだけの為にアパートに戻った。部屋の前に黒い影が見えた。影を作っている物体を薄暗いフロアーで目を凝らして見上げれば、金糸の髪を三つ編にした細身の彼が立っていた。彼は壁に背を預け、ポケットに両手をさしこんでいた。
ロイはその姿を数週間前の姿と重ね合わせたが、あの時のように助けを求めて彷徨っている感じはない。取りあえず、あの日と同じようにロイは声を掛けてみた。
「どうした? こんな夜更けにアルフォンスが心配するだろう」
すると、少し俯き加減にエドワードは顔を上げた。その顔は、はにかんで薄っすらと桜色に色付いていた。彼の泣く姿や苦悶する顔しか最近見ていなかったロイを新鮮な気持ちにさせた。
「あのさ、気になった文献が大佐の部屋にあったんだ。貸して…」
彼は靴底で床を蹴りながら言った。その子供のような仕草にロイの頬は自然と緩んだ。
「わかったから入りなさい」
「うん…」
ロイは扉の鍵を開けて部屋に彼を誘った。彼は少し扉の前で躊躇いながら男の部屋に足を進めた。
これで二度目の出来事だ。
部屋に入ったエドワードはにこりと笑って、殺伐とした部屋の片隅に放置してあった文献を見つけ出した。それにはロイも目を見張るものがあった。部屋の持ち主であるロイでさえ、その文献の所在を忘れていたのだ。それを数回、この部屋に招いただけの彼が知っていたのだ。
ロイは感心しながら、来客者の為に珈琲を淹れた。エドワードはソファーに座り、見つけ出した文献を黙ってパラパラとめくっていた。しかし、彼の視線は文献の文字を追っていなかった。
暫く、そんな彼をロイは見ていたが、徐に立ち上がるとエドワードの横にどっかりと座った。そして、彼の肩を優しく抱いた。
ビクッとエドワードの身体に旋律が走ったが、ロイの突然の動きに抗うことはなかった。唯、身を固くして、彼の動きを待っているようだ。
それを知ってか、ロイは彼の耳元で囁いた。
「鋼の、私の部屋に一人で来るという意味はわかっているね」
「……」
エドワードの襟元の後れ毛をロイの手が艶かしく触れ、シャツから覗く白い鎖骨部分に口唇を近づけた。
「鋼の、私は男だからね。誘いがあれば君を抱くよ。いいのか…」
そういうと、エドワードの金色の小さな頭は黙って下がった。
こうしてエドワードは時々ロイの部屋を訪れては二人で熱い一夜を共に過ごした。






これを書き上げた当初すっごく頭の中で萌え上がっていたらしく、勢いがあった。
前後編でも、結構なページ数だったと思う。いゃぁーそんな勢いが今マジで欲しいよ。


桜 美由紀 2008/1/16