約束は秘密のうちに結ばれた。
The promise was concluded in secret.
■□■第六章□■□
ふと、気づけばオレの心の片隅に埋められない空洞が出来ていた。
けれどもその空洞はある人物のことを想うと、ゆっくりと細胞が構築されるように塞がっていくのがわかった。
そして――温かい。
生身の左手が夜中彷徨う。アルフォンスに気づかれないように巧みに。
こんな男でも女でもない奇怪な身体をあの男の節くれた指は優しく愛撫していた。
それを思い出して、エドワードの生身の左手は柔らかくなった女の部分に指を這わせていた。
「ぁ ッ……」
触れてみるとぬるりと濡れていて。
淫らな自分の身体に羞辱を感じるが、好奇心が勝ってくる。あの男が触れたようにと、指が濡れた肉壁を掻き分けて蹂躙していく。
肌理細やかな肌は化粧を施したように薄っすらと桜色。短く漏れ出す喘ぎ声は媚態する女の声。それを鋼の右手で塞ぐ。
恍惚と揺れる意識の中、薄目を開けると男の黒目が覆い被さってくる。
うっとりと、赤く濡れた口唇を舐めながら彼を見つめてしまう。
これが淫靡な世界に浸って見る夢だと理解していても右腕は彼を、ロイ・マスタングを求めていた。
唯一、この身体を愛してくれる人を。
言葉に表現することは叶わないが、それでも満ち足りた時間を過ごしていた。エドワードはこの感情を単語に直すことが出来なかった。難解な暗号、古代語、錬金術の専門用語をマスターする天才。
そんな天才にも不得意分野は存在する。それは恋という講議。
水面を漂うぐらいゆっくりとした時間と感覚はとても不安定だが、エドワードに恋という講座を受けるには良い時間だった。
ゆっくりと、心と身体は彼に傾きつつあったのだから。
けれども――甘い砂糖菓子の中に故意的に混入された苦いチョコレートが存在していた。
それを避けることは出来なかった。
エドワードがあの第二研究所で惨たらしく襲われてから、数ヶ月が経過していた。彼の心の傷も日が経つごとに癒されていた。
唯、ロイとエドワードとの二人の関係は以前と大幅に変わっていた。身体の関係を持ってしまったのだ。それも男女の関係。彼の身体が両性具有と知っているロイは彼の女性の部分を潤沢に愛した。ロイは言葉に伝えられない想いを身体で表現していたのだ。それが今、エドワードの為に出来る唯一のことだと信じて――。
そして、エドワードもロイに抱かれてから高鳴る感情を温めていた。唯、それを言葉に出来ないだけ。
お互い言葉に出来ない。
「鋼の、帰らないとアルフォンスが心配するぞ」
今夜も二人は激しく身体を繋ぎ合わせていた。
「……ぅう、ん。何か、だりぃ…」
眠たげな眼を擦りながら、だるそうな身体をエドワードは起こした。背後からロイが彼の頬に目覚めのキスをした。それをエドワードは快く甘んじていた。
「ん、何ぃ?」
「すまない、少し激しすぎたか」
「……そんなんじゃねーよ。何か、最近調子ワリィんだよ」
珍しく弱音らしい言葉を吐くエドワードにロイは心配そうに顔を覗き込んだ。それに気づいてポッと顔を赤面させたエドワードはバタバタと着替え始めた。それを見たロイは喉を鳴らして笑った。
「身体には充分気をつけたまえ。君達は午後から南方へ行くのだろう」
「あ、うん。早く、帰んないとヤバイな。――大佐、じゃあな…」
黎明な空が立ち込める中、エドワードはロイのアパートの扉を荒々しく開けて出て行った。元気の良い後姿をベッドから半身を起こしたロイは笑顔で見送っていた。
しかし、ロイが彼のこんな元気な姿を目にするのは最後となる――。次に逢った時、予期せぬ出来事が彼の身に起こっていた。
南方に旅立ってからもエドワードの体調は優れない。それ以前から体調はあまり良くなかったが、輪を掛けて酷くなったようだ。
南部には突然発掘された新しい遺跡を視察に来た。
この国を牛耳る「お父様」と対抗するために、どんな些細なことでも知識として得ようとしての事だ。それに新しい遺跡という事で、アメストリス国の古い時代を知ることが出来る絶好の機会なのだ。
さすがアメストリス国の南方だけあって、気候は年間を通して暑い。それで少々体調を崩していたエドワードの容態が酷くなったのだろうとアルフォンスは簡単に思っていた。
アルフォンスは気温を感じることが出来ない。鋼鎧の体は疲れることも知らず、眠ることも知らない。そして、エドワードがどんなに体調を悪くしても、それをアルフォンスが肌で感じることは出来ないのだ。今回はそんな悪条件が重なり合ってしまった。
それにロイも少し前から、ぼやいていたエドワードの体調の変化を見逃していたのだ。
全てが悪循環していた。
具合の悪い身体を押して、漸くエドワード達は視察を終えた。ガタン、ゴトンと列車がセントラルへ向かって走っていた。セントラルに到着するには、まだ数日は掛かる距離にいた。そして、車内とはいえ、まだまだ暑い。エドワードは体調の悪さと相まって不満を漏らしていた。
「マジ、暑い! そんで吐きそう…」
最後の語尾はすごく頼りなく、エドワードは額を左手の甲に預けて窓に寄り掛かっていた。
「んー、兄さん。大丈夫なの? ホント、顔色悪いよ」
「気分、ワリィんだよ。あんま、話しかけてくるなよ…」
まだ、こうして返答がかえってくる内は大丈夫なのだ。アルフォンスは人肌を感じることは出来ないが、こうして顔色や言動に気を遣っていた。
エドワードはフラフラと席を立ち、外に出た。車内の空気よりこちらの方が幾分ましかと思ったのだが、あまり代わり映えしないようだ。
アルフォンスには気丈に言い放ったが、そろそろ声を出すのも億劫になっていた。それでも弟に心配を掛けまいと彼は必死に堪えていたのだ。準備する間もなく嘔吐が襲ってくる。
「ぅ、んっ。ハァ、ハァ…何でだよ。ッ、腹も痛ぇ――」
時々、刺すような痛みを下腹に感じていた。目眩に吐き気、それに多分熱もあるだろう。生身の左手で首筋に触れてみると、じっとりと熱を感じた。これは気候が暑いからではないようだ。
自分の身体だからその辺はわかっている。だけど、何故こんなに体調が悪いのか原因がさっぱりわからないのだ。日頃、風邪一つひいたことがないエドワードに一抹の不安が過ぎる。
最悪の体調にエドワードはズルズルとその場に座り込んでいた。しかし、列車に揺られることで更にエドワードの体調は悪くなる一方なのだ。
列車に揺られること数日。漸く、セントラルの街並みが近づいて来たが、彼の症状は好転していない。今では身体を起こすことも儘ならない状態だ。
何度かアルフォンスが途中下車して身体を休めようと提案したが、エドワードは首を縦に振らなかった。
どうして、そんなに片意地を張るのかアルフォンスでさえ首を横にした。
「うっ、もう…何で、だろう…」
呻きながら声を漏らしているエドワードの瞳には涙が溢れていた。どうすることも出来ない体調不良に生理的な涙が後を絶たない。アルフォンスが言ったように途中下車も考えたが、それよりも早く帰りたかった。焦りは禁物だと、あの事件で学んだはずなのに…。それでも――エドワードには想うことがあったのだ。
とにかく、帰りたかった――。自分に居場所を与えてくれた人のところに…。こんなに身体が弱っている時は、あの人の胸に抱かれたいとひっそりと想っていた。
セントラル駅に辿り着いた。その頃には一人で歩くことが困難になっていた。
「兄さん、ちょっと此処で待っていてね。宿の手配してくるかね。絶対だよ!」
「……ぅん、わりぃ」
慌てているのはアルフォンスだ。セントラル駅の構内のベンチで、エドワードは倒れそうな身体を必死に耐えて座っていた。
もう何もいう気力がなかった。取りあえず、セントラルに辿り着いたのだ。それだけでも良しとしよう。後は、宿の手配を済ませてゆっくり眠ればどうにか体調も良くなるはずだ。もし、それでダメならばアルフォンスの言うように医者に診せるしかないと。医者嫌いのエドワードがそこまで妥協していた。
ぐらぐらと目眩を起こしている身体が水源を求めて彷徨っていた。あれほどアルフォンスに此処にいろと言われたが、どうしても喉が乾いたのだ。
「ねぇ、私……妊娠しちゃったかも。最近、食欲ないし。それに吐き気や目眩もするのよ…」
突如、エドワードの耳に聴こえてきた他人の会話。男女間でその会話は進んでいた。
虚ろな頭がぼんやりとその会話を耳に入れていたが、エドワードはドキッとした。彼らの会話が耳から離れない。彼に嫌な過去の残像が再び迷い込んできた。『妊娠したらどうするのかね! いやいや、まだ受胎はしまい――』
あの研究室で本人を目の前に奴等の卑猥な会話が飛んでいた。ぐるぐると走馬灯のように奴等の会話が聴こえてきた。胃の底が捩れるような嘔吐感を感じた。
エドワードはジッと自分の下腹部に視線を下ろし、叫びそうな口唇を両手で塞いだ。声にはならなかったが、彼の脳内でその声はキィーンと叫ばれていた『いゃだぁ!! 助けてぇ…』と。
耐えられない嫌悪感のあまりエドワードはその場で卒倒した。駅の構内がガヤガヤと騒々しい。卒倒する瞬間をアルフォンスが見て、狼狽して走ってきたのだ。大きな鎧がガシャガシャと音を立てるものだから、人々の注目を集めていた。
「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!!」
これがアルフォンスに対するロイの第一声。
結局、倒れたエドワードを宿に運んでアルフォンスが医者を呼ぼうとしたが、意識を取り戻したエドワードが頑固として拒否したのだ。それから数日間エドワードは宿のベッドで苦痛にのた打ち回っていた。
「ねぇ、兄さん。医者に行こうよ。動けないのなら僕が担いで行くから。ねぇ…」
声を出すのも億劫らしい。しかし、エドワードは頑なに首を横に振っていた。この数日間は眠ることも出来ない位、エドワードの身体を病魔が襲っていた。
眠らないアルフォンスは深夜呻き声を上げる兄を看病していた。と、いっても鋼鎧だ。冷たい鎧で触れれば、兄の身体を余計に悪化させるかもと躊躇い、なかなか適切な看病が出来なかった。だから、何度となく医者に行くように勧めていたが、掠れた小さな声で兄は「いいから…」と、短く応えるだけなのだ。
心配で堪らないアルフォンスが始終、エドワードの傍で看ていた。その彼の容態が急変した。呻き声は何度となく聴いたが、悲しくすすり泣く声が聴こえだした。身体を震わせて泣く姿はこちらまで泣きたくなる。そして、意地を張り続けたエドワードはとうとう助けを呼んだ。
「――アルぅ、ゴメン。大佐、呼んで」
この時、どうして大佐を呼ぶのか疑問に思ったが、追及する暇はなかった。
そして、今に至るのだ。
アルフォンスはロイに一喝されていた。大きな鎧姿は深く頭を下げていた。
「大佐、すみません。どうしても、兄さんが聞き分けてくれなくて。――大佐、看てもらえますか?」
それはロイも気に掛かる問題だ。それに専門外の分野でもあるのだ。宿の部屋に呼ばれたロイは看るからに容態が悪いエドワードの姿に驚いていた。ベッドで力なく横臥している彼ははふはふと荒い吐息を漏らし、時々呻き声も上げていた。
「鋼の、どんな状態なのだね」
病人相手だ。ロイは声色を優しくして訊いてみた。
「ぅ…ん、大佐ぁ…オレ」
エドワードは薄っすらと琥珀色の瞳を開けた。その瞳には涙というフレームが掛かっていた。ロイの姿を見るや否やギュッと瞳を瞑って嗚咽を漏らし始めた。余程、彼が来るのを待っていたようだ。
「どうした? 言ってみなさい」
優しく何度も諭すと、漸くエドワードはロイにだけ聴こえるように小さな声を出した。
「!? すまんが、アルフォンスちょっと部屋から出ていてくれかるか。鋼の、と話があるから」
ロイの表情が急に峻険なものに変わった。彼の表情だけでことの重大さに気づいたアルフォンスは一言礼を言って、素直に部屋を出た。
「鋼の、もう一度言ってくれ」
彼の戦慄く小さな頭を優しく撫でながら、ロイは彼の言葉を慎重な面持ちで待った。
「――腹に子供がいると思う。あの時の――、でも…腹が痛くて」
エドワードは、その後何度とロイと性的関係を持った。が、いつもロイが彼の身体を気遣ってしっかり避妊していた。そうなると思い当たるのは奴ら以外ないのだ。ロイはエドワードが掻き抱いている布団の中をそっと覗いてみた。
――愕然とした。十中八九、彼が言う通りのようだ。最悪の事態である。それにどうやら出血しているようだ。遣り切れない表情を元に戻して、ロイは大きく息を吸った。
「わかった。大丈夫だから…。ちょっとの辛抱だ」
そういうとロイはエドワードの身体を掻き抱いた。ロイはギュッと瞑目して、激昂を鎮めようとした。原因である奴らはもうこの世にいないのだ。ロイは悔しさのあまり泣き咽ぶエドワードの身体を力の限り抱きしめた。
「嫌だ!! 腹の中から出してぇ、産みたくない!」
怯えるエドワードが恐怖に慄き半狂乱になって腕の中で暴れ出した。ロイの顔を見て、張り詰めていた緊張が切れたのだろう。この数日間、誰にも相談できずに一人悶々と悩んでいたのだ。その上、この体調の悪さが重なったのだ。エドワードの気力、体力は限界なのだ。
「わかったから。鋼の、知り合いの医者に診せよう。ちゃんと処置してくれるから」
処置とロイは言ったが、恐らく腹の子供は生きてはいないだろう。エドワードの下肢はどす黒い血で染まっていたのだ。
エドワードはフルフルと力なく首を振った。医者という名に身体が勝手に拒否してしまうのだ。そんな彼を宥めるためロイは彼の喘ぐ口唇を優しく己の口唇で塞いだ。突然の抱擁に涙を流しながら驚くエドワードの頬にもキスをした。こんな風にしか彼を宥める術を知らないのだ。
言葉では伝えられないから――。
ロイは毛布ごとエドワードの身体を抱えて医者を尋ねた。知り合いという訳ではない。この手のことに精通しているもぐりの医者なのだ。軍医や公共機関の医者に診せれば、事が漏洩して後々エドワードに不利になると考えたのだ。
胡散臭い親父が痛みと恐怖で泣き喚くエドワードの身体を診察した結果。やはり腹の子供は流れていた。妊娠四ヶ月だったらしい。両性具有という稀な身体な上、度重なる疲労が重なって流産したと診立てられた。病状を聞かされたロイの胸は遣り切れなさが残っていた。
もぐりの医者ということで、エドワードの身体は荒っぽい治療を受けた。その疲労困憊した身体を休ませるベッドも与えられず、彼らが宿泊している宿に戻って来たのは宵の口。随分、時間が経過していた。
「大佐、兄さんの容態は?」
兄を心配するアルフォンスにロイはうまく嘘をついた。言える筈がなかった――。
「――暫く安静が必要だ。私が看るから君は別室に部屋を借りなさい」
「えっ? 良いですよ。僕が看ますから」
「かまわんよ! 私が看よう」
遠慮するアルフォンスを押し切るロイの表情にアルフォンスはこれ以上深く立ち入ることが出来なかった。兄が泣きながら助けを求めたのは目前にいる男なのだ。アルフォンスは二人の仲を薄々感づいていた。歯がゆくもあるが、もう自分の出る幕はなさそうだ。事情は何であれ、今はロイに任せるしかなかった。
「――お願いします。兄さんを…」
短い言葉で頼むと、ロイは静かに頷いた。もうこれ以上、言葉が出なかった。ロイも今回の件にはショックを隠せないのだ。
ランプの光が揺らめいていた。薄明かりが瞳に映ってぼんやりとエドワードは重たい瞼を開けた。
「………」
目覚めれば、酷く身体がだるい。それに下腹部がグリグリと掻き回れたようにズキズキと疼痛を訴えていた。この痛みの所為で嫌なことを全て思い出してしまう。
泣きたくなってきた。
そこにぬぅーと大きな手が伸びてきた。見慣れた手の平に少しだけ安堵の息を漏らした。覗き込んできた顔は酷く心配そうで、それでいて切なそうだった。彼のほうが今にも泣きそうな表情をしていた。
「大丈夫かね? 何か欲しい物は? そろそろ痛み止めの薬を飲む時間だが…」
甲斐甲斐しくロイはエドワードの身体を看病していた。あれこれと動き出そうとする彼にエドワードは重い口をやっとのことで開き、そして彼に向けて力ない生身の左腕を伸ばした。
「……此処にいて。お願いだから…」
今にも泣きだしそうな切ない声色。ロイの手を握って放そうとしない左腕。ロイの目尻が切なく下がる。
ロイがゆっくりと温めてきた感情は爆発寸前だ。今、此処で言わねば、一体何時言うのだ。そんな衝動に駆られていた。だが、そう想っていても未だに葛藤している自分もいた。
「わかった。此処にいる。君の傍にいるよ――」
ぽんぽんと金色の頭を撫で、彼の額に自分の額をこつりと合わせた。すると彼から心許ない声が囁かれた。
「……大佐、奴等の子供だとわかって一分一秒たりともオレの腹にいて欲しくなかった。子供に罪はないとわかっていても。どうしても…ゴメンッな」
ぽろぽろと涙を流して、いなくなった命に謝るエドワードの姿は酷く自虐的なものだ。そんな彼を慰めるようにロイは彼の伸ばされた左腕を自分の背に回させた。
「君が悪いわけではない。君は悪くないよ。仕方のなかったことだ…」
今でも激痛を孕む下腹部をロイは優しく擦った。この痛みと悲しみから彼が早く解き放たれるようにと願いを込めた。
「エド…」
「!?」
今迄、銘でしか呼ばれたことがない。そんなロイが初めてエドワードの名を呼んだ。ぼんやりとした意識の中でもその声ははっきりと聴こえた。
「エドワード、腹の子供が私の子供だったら君は産んでくれるかね?」
ロイは彼の耳元で囁いた。エドワードからは彼の表情を伺うことは出来ないが、彼の瞳が真剣なことは言うまでもない。
「エッ!?」
痛みを耐える為に噛み締めていた唇がポカンと開いたままになった。
□■□エピローグ■□■
「兄さん、まだ寝てないといけないよ! 大佐に怒られよ」
「――アル!? うん、わかってるよ。外から良い風が入ってきてたから」
あれから、数日が経過した。
エドワードは未だ本調子ではないが、少しずつ回復の兆しをみせてきた。これもロイの献身的な看病があってのことだ。その彼は中央司令部で仕事に勤しんでいた。だが、時間を見つけてはエドワードの様子をアルフォンスに訊いていた。
窓辺から外を眺めているエドワードの表情は少し笑っていた。それを見て、アルフォンスも安心した。数日前までは、とてもそんな状態ではなかったのだ。
長い金糸の髪が風に揺られていた。ふわふわと漂う金髪は日の光を吸収して、まばゆく輝いていた。
「なあ、アル。大佐の子供って、どんなだろう。可愛いかな。それとも小憎たらしいかな…」
突拍子のない質問にこちらが真意を確かめたくなる。だけど未来の話をしていることだけはわかる。
「はあ? 兄さん、何言っているの。あんまり寝すぎて脳みそ解けちゃったの…」
アルフォンスに振り向いた彼の表情は花が綻ぶように笑っていた。その口がにんまりと上がって、話題の人物を嘲弄し始めた。その想像力の豊かさに聞いているアルフォンスは腹を抱えて笑った。
そして、最後に独り言のようにエドワードは呟いた。
「オレ、大佐の子供だったら産みたいな。うん、絶対に産むな!」
その言葉はアルフォンスには聴こえないよう空に向かって呟かれた。
二人の間で約束は秘密のうちに結ばれていた。
やっと甘、甘モードになったところを陥落させて申し訳ない。
この話の結末はこうしようと、思っていたので。
ほら…当初は「月の子」を書いていたからね。辛口な作品を書きたかったんですよ。
それでこの続きというか、補完があります。確か――あったはずだ。
題して……「エピソード アルの覗き見」
桜 美由紀 2008/2/11