不変の真理  Unchanging Truths  第七幕


二人で過ごす日々はとても重苦しく胸が張り裂けそうだ。
それでも――此処にいる。
アルフォンスはエドワードの傍にいた。
でも――その時間も限られているようだ。日に日に想いは強くなる。
触れたい。愛したいと想う対象は直ぐ傍にいるのに――出来ない。
自分の存在を無視するかのようにエドワードの日常は過ぎて行こうとする。
それが堪らなく辛い。
傍にいるだけならば許されると思った。
だけどそう簡単に許されるものではなかった。
ふと気を緩めた拍子に神様は僕らに悪戯を仕掛けてくる。
それでもあの人の傍にいたい。限界は近いのかもしれない。
拒絶されるその手に僕も傷つく。そして――傷ついた兄さんの顔には正直旋律が走る。
僕の抑制していた欲情を燃え上がらせる。
これ以上どうしたら良いのだろう。
いっその事、この身体に流れる血液を全て別物に入れ替えたいぐらいだ。


あの日からエドワードは良く星空を見上げるようになった。
深夜。
誰もが寝静まった時間を見計らってベッドから身体を起こし見上げる。窓を開放し、そよそよと金髪を泳がせて眺めていた。
何を願うのか。それとも単なる星の観測か。
ひやりとした空気がアルフォンスを目覚めさせる。
何度も声を掛けようとしたが、結局出来なかった。
黙って妖艶に浮かび上がる金髪と、寡黙に拒み続ける背中を見つめていた。
彼の姿をこうして見つめていることは許されていたが、気をつけることが一つある。
決してその身体に触れてはならないこと。
それさえ厳守していれば、この生活はもっと長く――永遠に続けられたかもしれない。


エドワードは宇宙を見上げていた。そよ風が寝室に入ってくる。隣のベッドで眠っているアルフォンスを少しばかり気にした。
けれども彼はシーツを身体に巻きつけて良く眠っているようだ。
こうして暗闇に輝く星を眺めると、自分の存在がちっぽけな物に見えてくる。
尊大な大宇宙。
まだ誰もそこに辿り付いた事はない。
見果てぬ夢の世界。
錬金術の真理に触れて対話した。それも一度や二度ではない。
偉業を達成したと人は言う。が、この見上げる大宇宙を考えると大したことではないように思える。
大宇宙にもし生物がいたならば、自分達はちっぽけな生き物だと思われているに違いない。小さな小さな世界で這いずり回って生きている小者。
自嘲するような薄笑いが勝手にでてくる。
良い例だ。
実の弟に貞操を奪われ、こうしてのた打ち回っているのだから。
そもそもの原因は自分。
鉄鎧にアルフォンスの魂を定着させた。己のエゴから……。
一人になるのは嫌だった。
残されるのはもっと嫌だった。
自分の身体とアルフォンスの肉体は真理の扉を通して繋がっていた。互いの魂は半身を捜し、求め合うように惹かれ合う。
だから? アルフォンスを愛しく想う?
兄弟として――それ以上の想いは微妙なところにある。
そうなることを予見できなかったわけもない。

『兄ちゃん、手繋ごうよぉ〜。寒いよぉ〜』
寒い寒い冬空。
遊び疲れて家に向かう幼い金髪の兄弟。吐く息が白く気温が見てわかる。
『エッ!? もう〜仕方ないなぁ。アルは』
幼いアルフォンスに向かってエドワードはくしゃりと顔を崩した。五、六歳のヤンチャ盛りのエドワードが弟に向かって手を差し伸べる。
えへへっと、鼻を啜りながら兄の手に喜んで駆けて来るアルフォンス。
本当は手を繋いで欲しかったのはエドワードの方かもしれない。
唯、それを自ら言えなくて。
そして――その想いを長い間、封印してきた。
物心つく頃から潜在的にアルフォンスを弟と見てなかったのはエドワードかもしれない。
アルフォンスが鋼鉄の鎧の姿で自分の身体に触れてくる。何も感じない鉄屑なのに、触れられた場所は熱かった。そして、触れられるたびにむず痒い想いを抱いていた。
肉体を取り戻した現在では、血肉を分け合った身体は意味を求めて触れ合う。アルフォンスが自らの身体を楽しんで、触れてくるたびに……誘発されてエドワードの身体は熱くなっていた。
これは恋なのか――。
マスタングを慕う想いと同等のものなのか――。
いつしかエドワードには判別がつかなくなっていた。
唯、一つ言える事は。
何とか踏み止まるために『兄弟』という肩書きが役に立っていたこと。

全ては自分のエゴの所為だ。愚かな自分に罰を与えたまえ。
身体も心も凍らせよう――。
星空が水面に揺れる。瞳からぽろりぽろりと水滴が零れる。
惨たらしい考えを沸き立たせた身体は震え上がっていた。
その恐怖と向き合って必死に耐えた。
身体も心も凍らせてしまえば良いだけのこと、とエドワードは懸命に言い聞かせた。
すると震える両肩を大きな腕が抱き寄せてきた。
そんなことはない。
まさかとエドワードは長い金髪を乱し、振り返ると誰もいるはずもなく。
確かに気配を感じたと思った。
いるはずのない男の気配。この男はいつも計ったように自分の目前に出現するのだ。
そう頼りたい時に。
傍にいて欲しいときに。
必ず傍にいてくれる。
情けなくて自分自身をエドワードは冷笑した。
星明りに金髪が蒼白く浮かび上がり、柳のように枝垂れていた。そんなエドワードの死んだ瞳に突如飛び込んできた物があった。
一冊の分厚い書籍。エドワードの粗雑なデスクにずっしりと存在していた。
あの日、マスタングに返すはずだった本だ。
結局、返すことは出来ずに此処にある。
その本を持ち上げ、エドワードはぽつりと語りかけた。
「――こんな酷いことを考えている俺をアンタはまだ待っていてくれるかな…」
静まり返った寝室。
返答は返ってこない。
エドワードは両腕で本を抱きしめた。まるで誰かを抱擁するかのように。







桜 美由紀 2008 4/27