不変の真理 〜Unchanging Truths〜 第十一幕
「エド!? 晩御飯作ってるの?」
キッチンに電灯が灯されていた。玄関から廊下へと移動しながらアルフォンスは顔を出さない彼に向かって尋ねてみた。アルフォンスの落ち着いた声はキッチンに届いているはずだ。
コトコトと、鍋が沸騰する音階とアルフォンスの声は酷似していて耳になじむ。
優しい容貌が板についている青年はコートを脱ぎながら歩を進ませていく。
「寒かったよ。ただいま」
そう眉根を下げて容貌に似合った声音を掛けると、金髪を揺らして柔らかい微笑が返ってきた。
「アルフォンス、おかえり」
脱ぎ掛けのコートを椅子に掛けて、アルフォンスはキッチンに対面しているエドワードの肩口に顔を埋めるように彼を覗き込んだ。
アルフォンスは真理から身体を取り戻してから、空白の時間を取り戻すように成長した。
今ではエドワードより大きな体躯をしていた。
「なに、作ってんの?」
エドワードの肩に顎を乗せ、長い両腕で彼の身体を拘束するように包み込んできた。
傍目から見れば、羨ましいほど仲の良い恋人たち。けれども現実はそんな生やさしいものではなく。
狂った愛情劇。
その狂気を孕んだ両腕からエドワードは逃げ出すことは出来ない。
逃げる理由がないからだ。
エドワードに弟はいない。いなくなった。
アルフォンスにも兄がいない。正確に言えば、いなくなった。
抱かれているのは、数週間前まで兄だった人。弟だった人。
「――…ッ、おまえ、冷たい。――外、寒かったんだな」
アルフォンスの冷え切った頬を肌で感じた。遠慮なく触れてくることに慣れることは出来ない。自然と決まり悪そうにエドワードは視線を逸らしてしまう。
それをアルフォンスは自嘲気味に笑ってエドワードの身体を解放した。その彼の顔つきがエドワードには少し冷めた感じを受けた。
ぽつんと、一人取り残された感じがする。自業自得――。
片や一方は限られた時間。
相手に求められたいと想うのは、我侭ではないと想う。
金髪を頭の高い位置で結い上げたエドワードの髪はそれでも背中を覆うほどだ。僅かな動きにさらりと流れる金髪に視線をよせながら、アルフォンスはダイニングの椅子に浅く腰を下ろしていた。顎を突いて乗せた横顔はエドワードに向けられていた。
単調な音を立てて、野菜を刻む視線の先の彼は食事の準備に集中しているようだ。
アルフォンスはキッチンに立つ彼の後姿を恍惚と眺めていた。
自分より一回りほど細い肢体。長い金髪は彼のほっそりと長い滑らかな首筋を隠していて、時より覗かせた白さが、意に反して魅惑的に誘惑していた。
キッチンに立つエドワードの後ろから退屈そうな声が上がる。けれどもエドワードの手は単調に野菜を刻んでいた。相手にして貰えず、アルフォンスは不満そうな顔を作った。
「ねぇ〜、エドッ」
ぶっきらぼうに言ってもエドワードは相手にしてくれない。
ならばと、アルフォンスは席を立った。
触れ合えば、互いの距離は近くなる。
子供染みた考えだけれども、アルフォンスには彼に触れる口実が欲しかったのだ。
「なんだよ」
子犬のように抱きついてきた彼を訝しくいなせば。
「ん、ぅんんん――いいじゃない」
と、金髪に隠れていたまっさらな項に吸い付いていた。
「ぉ――い、こらッ」
「僕の相手をしてくれないからだよ」
初めは面白半分に長い手指で絡んできた。それからぴったりと身体を密着させてきた。
悪戯心は少しずつ増してくる。
シャム猫のように媚びてきては、長い尻尾でくすぐり相手の反応を見る。
「……チョッ、アルフォンス!? 危ないッて」
ナイフを握っているエドワードの左手に力が込められる。この鋭利に光る刃先の行方に不安を感じるのだ。その証に小刻みに震える左手を沈めるのに苦労した。
自然に触れてくるアルフォンスの肌の感覚に過敏に反応している自分が口惜しい。
刃物の切っ先はいつもエドワードを向いていた。
一線を越えてはならないと、訴える心と身体が本能的にエドワードの身体を防衛する。総ての元凶は自分自身にあるとわかり切っているのに……。
だからこうして、心と身体をアルフォンスに分け与えた。
アルフォンスの渇欲した、歪んだ性的欲求を満たす存在として、エドワードは魂の抜けた身体を開け広げた。
あの晩から何度となく、弟に脚を開いた。
貪欲に身体を求めてくる弟。
それに従順に応え、あられもない姿を晒して弟の大きな掌、口、そして欲情した肉棒に内臓を掻き回されて痺れる身体。
思い出すだけでぶるりと背筋を這う感覚に腰が砕けそうになる。
肉体を手に入れた喜びを味わうために、アルフォンスは人肌を恋しがる。その行為を理解できない訳ではない。そして――そうさせたのもエドワード自身。
そのアルフォンスが唯――戯れて触れてくるだけでエドワードは身を固くし、底知れない罪悪感と痺れるような快楽を思い出して内股を擦り合わせる。
それでも無駄な足掻きとわかっていながら、愚かな自分を擁護するのだ。ナイフの切っ先が鋭利に反射する。映し出したのは彼の無力な双眸。
彼の葛藤を知ってか、アルフォンスの掌は淫らな動きを増進させた。快感と葛藤に苛まれたエドワードの左手にアルフォンスの左手が重ねられた。
「感じてきた? エドッ」
右手はするりと下肢を包むズボンに滑り込んでいた。戦慄く内股をなぞる手つきは淫靡としか表現のしようがない。
彼の身体に触れることが出来る時間は限られている。
それならばとことん慈しみ、愛そう。
彼が女性だったらこの短縮された時間内で孕ませてやりたいと、想うぐらいだ。
熱くどろどろに煮詰まった欲情の種子をアルフォンスは彼の不毛な内臓に何度も吐精した。
誰にも咎められることはない――はず…だ。唯、一人を除けば。
その唯一無二の男には布石を敷いて来た。
袋小路に入ってしまった二人。
自らの意志では此処から抜け出すことは出来ない。絡み合った糸は出口がわからない。アルフォンスのエドワードに対する想いは日に日に増していく一方で、エドワードは泥濘から足掻こうとして、どんどん深みに嵌っている。
互いに昇華することなど到底出来ないと初めからわかっていた。
この想いは永遠。
だから――諦めがつくぐらいの展開が欲しかった。
「――今日ね、大佐に逢って来たんだ」
睦言を唱えるようにエドワードの耳尻に熱い吐息を吐きかけた。
「!?」
キッチンの流し台に両手を突いて、腰を高く突き出した状態。下肢に至ってはアルフォンスに器用に剥ぎ取られていた。蕩けた粘膜にはアルフォンスの長い指が前後していた。アルフォンスの猛々しい性器はヒクつく秘部に挿入したくて、今か今かと時を待っていた。
淫逸な格好をエドワードは強いられている。けれども誰も責めることは出来ない。
何故ならその淫猥な手練に赤裸々な嬌声を上げる自分は世の理から外れた汚辱的存在。
そして――それを故意にも許しているのだ。
だが、とても直視出来る状態ではない。
それを強要しているアルフォンスの恍惚とした雄の表情はとくに見ていられない。
アルフォンスの奔放な突き上げを受け入れる中、頑なにエドワードは前だけを見据えていたのに。
彼の名、ロイ・マスタングの名を出されてエドワードは不覚にも動揺し、アルフォンスと顔を合わせてしまった。
同色の琥珀色の瞳は忽然としていた。乱れた前髪が汗で張り付いていた。
汗に湿った両腕はがっちりとエドワードと謂う名の獲物を捕まえている。欲情した雄の顔をしたアルフォンスの口唇は不敵に微笑んでいた。
正直――ゾッとした。
彼の真意が図れないのだ。
「ぁ ッ――」
エドワードの固く結んだ口唇から短い喘ぎ声が上がった。
動揺した身体は咥えたアルフォンスの性器をきつく締め上げていた。アルフォンスは遊興するように薄い尻に己の性を打ち込んだ。濡れた水音で厭らしさが膨らむ。
この狭いキッチンは忽ち、自堕落な場所へと変わる。
エドワードは快楽と絶望の中で身震いした。確かに兄弟で身体を重ねあうという禁忌を犯している後ろめたさはあるが、それ以上に嫌な汗を流す要因は……。
彼の名を出されるのが堪らなく怖いのだ。マスタングの名を卑猥な肉交に溺れているアルフォンスの口から出されたくなかった。そして――それは強要されているのではなく、身体を自ら差し出した自分も同罪。
彼が何の根拠もなしにマスタングに逢うことはない。
熱に浮かされ朦朧となる意識の中で苦悶した。全ては自分の存在がアルフォンスを狂わしている。それ故に生まれる嫉妬、独占欲……それらがアルフォンスをこうして突き動かしているのだと。
桜 美由紀 2008 8/21