不変の真理  Unchanging Truths  第十二幕


そう数時間前。
アルフォンスは中央司令部にいた。
「大佐、アルフォンス君が大佐と面会したいと……」
なかなか感情を表さない鳶色の瞳を持つ彼女は淡々と上官に報告した。
マスタングは肩肘を突いていた頬を僅かに歪ませた。いつも飄々とした態度をとる彼らしからぬ面にホークアイは訝しく思って。
「どうされたのですか?」
さすがと言うべきだろう。マスタングが選んだ優秀な部下は上官の僅かな起伏の変化を見逃してなかった。
「――……」
決して彼女に向けられた感情ではないが、マスタングの眼光は何者かを鋭く射抜いていた。
只ならぬ空気を感じたホークアイであったが、彼女は深く追求することをやめた。
心の準備が必要なほどマスタングを揺らすものがあるのだ。その相手がアルフォンスだということに薄々感づいたのだ。
そして、司令部を訪れているアルフォンスからも同じオーラを感じたからだ。
唯、その気をアルフォンスは巧妙に隠して愛想の良い好青年を演じていた。ホークアイの前で大人気なく毒々しく顔を引き攣らせている大人とは器量が違っていた。
その差には真義がある。
けれども彼女が口を出す問題ではないことを知っていた。とも、この間合いに入ろうものならば彼女の精神がズタズタになる。
人間の倫理に関係するのだ。それを本能的に感じた。この線を越えてはならないと、煩く警笛が鳴っていた。この場からうまく離脱するためには道化に転ずるしかないと。
「はぁ〜」
遠からずとも成り行きを知る彼女は子供のような大人に対して腹の底から呆れた息を吐き出した。
よくよく考えればこの数ヶ月アルフォンスとは会う機会は少なくなっていた。
そして、ふと思い起こせば、兄のエドワードもとんとご無沙汰であった。
この時点で何らかの手を打つべきだったのかも知れない。しかし、女の身でありながら男達の心をこちらに向けることは不可能だったのだ。
それが、口惜しくて堪らない。
マスタングに対して吐き出した吐息は彼女自身に対するものでもあった。
身体を取り戻してからのアルフォンスの成長は目まぐるしいものがある。
久しぶりに会った彼はとても大人びて男らしく見えた。
彼女のなかではアルフォンスの容姿はまだまだ十歳程度。それから成長していなかったからだ。
彼女が始めて彼らを目にした当時。エドワード達の生家に貼られていた日焼けした写真。そこに映った容姿のままで止まっている。
毎日を笑顔で過ごしていたあどけない金色に輝く子供達。
アルフォンスが生身の身体を取り戻して数回ほど対面しているというのに。
しかし本日、彼女の見解は一遍した。
どう見ても目の前にいる青年は男なのだ。
雄なのだ。
少年から青年へ。それから逸脱した男。
その訳に関係しているのが、どうやら自分の上官とこの場にいないエドワードであることを直感した。
女である我が身を恨めしく思った。魅力のなさを痛感した。
しかし、女の嫉妬心は男には邪魔なものだ。
男社会で生きる彼女は女という性を閉じ込めて生活していたが、それを形振り構わず面にしてしまったことは記憶に新しい。
数日前。
街でたまたまエドワードを見つけた。にこやかに声を掛けようとしたが、般若の如く面が変わった。
女の嫉妬。
遠目からでも彼の美しさが際立っていた。また――言い知れぬ庇護欲が湧いてくる琥珀色の瞳と華奢な身体つき。
その瞳の先が我が上官に向いていた。
苦しそうな瞳は胸に秘めた想いを狂おしいまでに訴えていた。初々しく――そして憂いな表情。男の身ならば抱きしめ手中にしたい。
けれども女にとっては天敵。その青年にホークアイはすんなり敗北したのだ。
そして、彼をそうまで追い込んでいる男達に対してやはり矛先が向いてしまう。
「わかった。待っていてくれと」
長い沈黙を破った頃に漸くマスタングの表情は元に戻っていた。
「そうですか。最近、エドワード君を見かけませんね」
冷ややかな鳶色は揶揄したように切れ長な視線を送った。
「だから」
強面に上げられたマスタングは短い単語に感情を凝縮させていた。それがわからないホークアイでもなかったが、彼女は上顎を上げて彼を挑発した。
「数日前、大佐と市街を随行したときエドワード君を見かけました。彼――女に劣らぬ良い顔をしていましたよ」
「――だから、何だと言っている!」
ギシッと音を鳴らして、背凭れに寄り掛かるマスタングが女には可愛らしかった。数多の女をはべらす男の苦悩が面白いというのが本音だ。
「大佐、時には本気になっては如何ですか?」
最後の語尾は酷く嘲笑していた。その証拠に勝ち誇ったように唇が上がっていた。
「!? 何が言いたいのだ」
「いえ、私は今の現状を簡潔に述べただけですよ。大佐のそんな顔も久しぶりですし…。大佐をそこまで追い込んだ理由を知りたいものですわ」
彼女の皮肉に顔を背けるマスタングに反論はなかった。この胸にしこる想いと重大な密事を誰にも相談することは出来ない。
それにすんなりと――解決出来る問題ではないのだ。
絶対領域という極地に踏み込んでしまっているのだ相手は。
罵って叱りつけたいが、その素因に加担しているのはマスタングなのだ。それを自覚しているのだから救いがたい。
「クッソ――」
誰の為に吐き出されたのだろう。マスタングの口から漏れた苦言は感情が込められていた。
彼女に言われるまでもなかったのだ。
キーマンはアルフォンス。
こうなることも知っていてどうするこも出来なかった我が身が口惜しい。











桜 美由紀 2008/8/28
やばいっす。
ストックあと一話。結構ストック作っていたのに。
色々不備があり、こんなのろのろ更新になってしまい申し訳ない!