不変の真理 〜Unchanging Truths〜 第十三幕
「アルフォンス、それは笑える冗談なのかね?」
どっかりと執務室のソファーに腰を下ろしたマスタングの声は低音で静かな怒号を発していた。殺気を隠そうとはせず、眼前の敵を今にも射殺す勢い気でいる。
そんな不機嫌さを満載に発散しているマスタングに向き合っているのはアルフォンスなのだが、正確に言えばわからない。
アルフォンスの表情は伺えない。見えるはずもなく。
「いえ」
鋼板に囲まれた。篭った声音が室内に響く。
その声音に眉目秀麗なマスタングの片眉は嫌に引き上がった。スラム街を裏で牛耳る悪党とさほど変わらぬ面構えなのに、マスタングの正面にいるはずの人間は微動だにしていないようだ。
いや、やはり表情は伺えない。
わからない。
見えない。
感情が読めない。
マスタングがきつく見据えた先には鋼甲冑の兜を被った青年が佇んでいた。
が、それは冗談にしては太刀が悪すぎる。
「――それとも鎧姿が恋しいのかな?」
揶揄した声に冗談は混ざっていなかった。
「そうですね。そうかもしれません……」
表情が見えない。それは故意的かもしれない。
彼らが再び人体練成に成功して互いの肉体を取り戻してからこの鋼鉄の甲冑は封印されていた。だが、マスタングは再びこうしてこの姿を目にしようとは思ってもいなかった。
「僕は――この甲冑に守られていたのかもしれません」
声音は鎧姿の時と変わらない。それ以上に厄介なのは、その声だけでは感情が読めない。
マスタングの苛立ちは増幅する一方だ。
「ふん! 君の考えていることがわからんね。問答をするために此処に来たのならば帰ってもらおうか」
色んな意味で悔いている自分に追い討ちを掛けるアルフォンスに怒りを遷している。子供染みた感情がとぐろを巻くのだが、相手も覚悟の上だろう。
対当する相手に顔も見せようとしないのだから。
甲冑姿でいたアルフォンスはマスタングにとって手玉に取れる存在だったのかもしれない。それが大いなる油断となり、このような顛末。
感情が見えない兜の視線から逃げるようにマスタングは苦々しく顔を背けた。
「そうですね。ずっと鋼鎧姿の侭ならば良かったのに……」
「……?」
声音が僅かに揺れているように聴こえる。
「そうしたら――ずっと兄さんの傍にいられた。兄弟として永遠に……なのにぃ」
ソファーに座る兜を被った青年の動きは殆どない。兜以外は生身の人間なのに、その生体を感じられなかった。
実の兄に愛情と肉体的欲望を抱き、終には強姦してしまった彼の胸倉を掴む勢いだったマスタングだが、あまりの静寂さに毒気を抜かれていた。
底知れない狂気に寒気さえ感じてしまう。
そして、口先ばかりの自分に後ろめたさを感じている。こうなる前に彼らを引き離すべきだったのに、それが出来なかった自分を責めるしかない。
エドワードの心と身体を真っ先に奪っていれば良かったのだ。四の五の大人の都合を優先にしている場合ではなかったことを今更ながら悔いていた。
大人の言い訳は次から次へと浮かんでは消えてくる。
静観とした執務室に生きた人間は一人。
血の通った人間は一人しかいないのだろうか。
眼前にいる兜の青年はやはり血の繋がった兄にも関わらず、性的交渉を犯した鬼畜同然の存在なのだろうか。
マスタングは徐に立ち上がった。
表情、感情、全てを兜に隠しているアルフォンスの真意を確かめたい。マスタングは生体反応が乏しい彼の前に立った。
そして、その重厚な兜を両腕で取り除いた。
「……ッ」
マスタングは眉間に厳しい皺を刻み凝視した。
何の抵抗もなく外された兜の中には泣き濡れたアルフォンスがいた。
声もなく琥珀色の瞳から大粒の涙を流している彼がマスタングには憐れに見えてきた。マスタングの碇型になっていた両肩は役割を終えたようにだらりと垂れ、一際静寂の中で鋼鎧兜が床に落ちる鈍い音だけがけたたましく響いた。
「――僕を止めてくださいッ…」
懇願する彼はゆっくりと瞳を伏せ、項垂れた。
掛ける言葉さえなく、マスタングは純粋さゆえに犯してはならない禁域に踏み込んでしまった青年の悲嘆に暮れた首筋を切なく見つめていた。
肩を震わせ懊悩するアルフォンスに伝える言葉はこれしかない。
もっと早くに行動するべきだったのだ。そうすれば救えたかもしれない。悔いても全ては時に飲み込まれてしまっていて……。
後の祭り――それでも――。
瞬く時間だが、マスタングは決意した。
己の過ちを此処で正そうとばかりに揺らぐ憐情を映し出した瞳。
その意味と恋慕。
同じ人を想うが故に痛いほどわかる。
マスタングは総ての想いを背負った。
一時の空白の時間を与えた後に天を仰ぎ見て、固く決意を秘めて灼熱の焔は再び燃え上がった。
「――アルフォンス、エドワードは私がもらおう」
後悔した時間。
全てを換算してマスタングは罪を背負う覚悟でいた。それが自分に科せられた使命。
例え…狭間に揺れ動き、己を責め続ける彼。
エドワードの心が二つに別れようとも――。彼を想うがために最善を尽くすのがマスタングに出来るすべてだと。
それが――めばえてしまった。
愛の証だから……。
桜 美由紀 2008/9/15
さあー結末どうすんだー。
もうちょっとお付き合いください。