【秘 密 結 社 act.5】
個室からはみ出して、天井にまっすぐ直立するアームストロング少佐がいた。
その姿を見た途端バッと2人はお互いを突き放す。
バレた!
しまった!
冷や汗を垂らし心臓をバクバク鳴らして少佐の出方を待つ。
ギィーッと扉を開けて出てくる。
「どうも」
「あ、あぁ…」
「―――」
しばらくの沈黙。長い…。
このままでは埒が明かない。
意を決してロイがエドワードの肩を抱き寄せていう。
「少佐、我々は清い交際をしている。頼むこの事は内密に願いたい!」
ロイの意を汲んでか、エドワードも必死の形相で弁解を手助けする。
「オレからもお願い! アルには言わないでくれ!」
「まだ、手をつなぐだけの間柄だ」
大嘘だ。
少佐は先程、決定的瞬間を見る寸前だった。
それでも此処ぞとばかりにロイの口からはペラペラと2人の清い交際を語られる。
それは、それは饒舌に。
誰がそんな嘘を真に受けるものかと。
しかし、ここに一人いた。アームストロング少佐だ。
豪快な身体つきからは考えられない。溢れんばかりの涙を流してこの場で号泣している。
彼の背後には感動のピンク色の星がキラキラと輝いている。
唖然と彼の様子を見ていると、豪腕な両腕でロイとエドワードに抱きついてきた。
彼には「秘密結社」の規約Bはまったく関係がない。少佐はメンバーに加入していないからだ。この光景を「秘密結社」のメンバーが見たならば卒倒すること間違いなし。
「う、わわわわ――! ギニャーつぶれるよ…」
「く、くるしい! アームストロング少佐…」
「エドワード・エルリック聞いたぞ! 両性体という身体でありながらマスタング大佐と清い交際を続け愛し合う。純真無垢な愛。下々の反対を受けながらも、それを大きな胸で包む大佐殿の深い愛情。我輩感動!」
どこか内容が変である。エドワードは思わずロイをにらみつける。
「口が軽いぜ! 大佐。ちょっと清い交際っの強調しすぎだ!」
ロイの目が横に逸れる。
「仕方あるまい。あ、あんな暑苦しいのに無言で立ちつくされたら喋らざるをえなくてな。それに一部は本当のことだ! まだ、私は君にキスしか許されていないのだよ!」
少佐が目の前で涙を流していることなどお構いなし。ロイはエドワードの身体をぐっと抱き寄せ、今にも口唇だけでも奪おうという勢いで迫ってくる。
それを片手で押しのける。
「キ、キス…。そんな大声で言うなよ! 恥かしい奴だな。仕方ないだろ。アルの奴がうるさいし、それに、それに…」
最後まで言おうとするけれど、言葉に表せないでまごついている。だが、彼が言わんとする内容はロイにはわかっていたから。
この数分しか愛を確かめる事ができない間柄でも十分2人は愛し合っていた。
にんまりと頬が緩む。
「と、いう訳で我々は秘密に清い交際を行っている。で、感動してくれたついでだ。少佐頼みがある」
「我輩は清い交際をされる大佐殿に感動致しました。何なりとご命令を」
エドワードはまともに少佐を見れなくて、ロイの胸に真っ赤になって顔を隠している。
ロイはこの時ばかり、としっかりエドワードの肩を抱き寄せている。
まるでこの2人は、駆け落ちの手引きを少佐に頼むような絵だ。
「我々の逢瀬を手助けしてくれたまえ。そして、エドワードを下々から守ってくれ!」
「ううう…。光栄なお言葉! 我輩協力致しましょう。大佐殿とエドワード・エルリックのために!」
「では、ここに同盟を結ぼう。これは我々3人だけの秘密である」
「は、! マスタング大佐殿、肝に銘じて我輩職務をまっとう致します!」
ここに新たな同盟が締結したのである。
これでエドワードと会える時間が長くなるだろうと思っていた。アームストロング少佐が便宜を計らってくれるはずだと。そう思う、と顔がほころんでしまう。そのだらしない表情をエドワードが見て。
「やっぱアンタ。どんどん変になってる。何かその辺のスケベ親父ぽい…」
と、ロイに皮肉を言った。
* * *
翌日。
「秘密結社」のメンバーは昨晩ロイとエドワードが密会したなどこれっぽっちも思っていなかった。それにまさか対抗同盟が結ばれたことなど気付くはずもない。
マスタング大佐の司令室では、変わらずエドワードを保護する陣形でとあることを話し合われていた。
まったく本人の意見は無視されている。そして、結論は意外にも早く出た。
アームストロング少佐が涙を「うさちゃん」マーク入りハンカチで拭いながら。
「と、言うわけで我輩が機械鎧義肢屋のところまで護衛を引き受けよう」
「はあ!? 護衛なんていらねーよ!」
リゼンブールへ戻って機械鎧の修理をするエドワードに護衛をつけるという軍の命令に納得がいかない。こよなく自由を望むエドワードだ。
エドワードは血相を変えて訴える。それをホークアイが止めを刺すように。
「また、いつスカーが命を狙ってくるかわからないのよ…」
と、言ったが。内心はこうである。
今のエドワード君はスカーや大佐だけが敵ではないわ。マークしている男性連中の他にも貞操を狙われる可能性大だわ、と。
規約K
「エドワードの貞操を守る」
彼の貞操を守ることこそ我々の第一の目的である。
一応規約には成人するまで彼の処女もしくは童貞を守るべし、とある。
もっともである。
彼女のポーカーフェイスな表情の中にはメラメラと燃えるものがあった。その考えに賛同するようにメンバーが、うんうんと首を立てに振っている。
旅に出ている間も心配なのである。出来れば我々が一緒に同行したいぐらいである。
「奴に対抗できる護衛をつけるのは当然でしょう?」
その点アームストロング少佐はうってつけの人材だ。エドワードに対して性的欲求を持たない唯一の人間だ。それに誰もこの人物に好き好んで傍に寄ろうとしない。
これは「秘密結社」創設者であるアルフォンスも認めるものである。
もちろん旅の間、彼はアルフォンス様を容易に運ぶこともできる。今回は非常に適任なのである。
メンバーはこの人選に大いに満足している。
「決まりだな!」
「勝手に決めんなよ! 大佐も何とか言ってやってくれよ…」
「私が一緒に護衛をしてやりたいと言いたいところだが、この東方司令部を離れる訳にはいかないだろう」
本当は一緒について行きたい。が、仕方がない。
今回ばかりはロイもこの人選に文句を言わない。彼も少佐が適任だと思っている。
もちろん。別の意味を含んでいた。
そりゃー何かと都合が良いから。彼ならば昨晩の同盟によって我々の逢瀬を手伝ってくれるはずだ。
例えば見送りとか。そこで愛の抱擁を、だね…。
今からその事を考えてにやりとロイの顔がほころぶ。
「では、私は今から鋼の、を見送りに行く」
と、胸を張って言うロイ。
だが、そううまく事は運ばなかった。
すかさず、ホークアイの冷たい言葉がロイに向けられ、書類の束がドスッとデスクに積み上げられる。
「大佐は東方司令部に居残りです!」
ロイの顔はピクピクと引き攣る。
こんなに仕事をためた覚えはない。これは明らかに自分の行動を妨げようと画策されている。
「そうだ、そうだ!」
ホークアイの後に続けとばかり部下達が一斉にロイの言動を非難し始める、が。
ふふん、こんな時こそ「同盟」を結んだ少佐が助けてくれるはずだ、と高をくくっていた。ロイの顔に不敵な笑みが浮かび上がるが。
「大佐殿、エドワード・エルリックは我輩が命をかけてお守りいたす!仕事を存分に続けてください」
えっと、ロイは椅子から転げ落ちそうになる。
少佐の予定外な言葉にロイは耳を疑った。
「えっ、少佐!? 昨晩の約束は…」
その言葉に少佐は敏感に反応した。するとロイにだけ聴こえるように小さな声で。
「いけませんな、大佐。ここで昨晩の事を言っては。内密にですぞ!」
「だからだな!私は…鋼の、を見送りたいと言っているのだ」
「なりません。この場はここでお別れを…。下々に悟られますぞ!」
しまった。なんたる失態だ。
ロイは人選を間違ってしまった。
アームストロング少佐、彼はロイ達の逢瀬を優先するより、この関係を悟られる事を危険視した。それゆえに、ロイが思っているような行動をとってくれない。
そんなやり取りが大人達の間で繰り広げられていた。
エドワードはそんな大人達を見て呆れていた。
一体何をそんなに喚いているのやらと。自分達の今後はもう勝手に決められてしまったから後は出掛けるのみだ。
面倒そうに連中を眺めながら邪魔にある金髪をいじっていた。
機械鎧の腕がない今、エドワードの髪は三つ編を結えないでそのまま下ろされていた。
手持ち無沙汰で髪を触る兄にアルフォンスは訊いてみる。
「ねぇ、髪邪魔なの」
「ああ、そうだ。アル、結んでくれよ…」
と、そこまで言ってアルフォンスの身体をジィーっと見て、しまったと気付く。今の彼もエドワードと同じ状態だ。
いや、それより重症だ。
「う〜ん…」
2人で悩んでいると、今までてんやわんやしていた連中の視線が一斉にエドワードに向けられ同時に。
「何、髪を結んで欲しい!だと――!」
と、バタバタ彼の傍に駆け寄ってくる。
我こそが結って差し上げようと指先がコキコキと動かされている、がここで問題発生。
規約B
「エドワードの身体、肌をむやみに触らない」
こんな機会めったにない。しかし、規約がとメンバー全員が顔を見合わせる。
しかし、エドワードは髪を結んで欲しいと言っている。
どうしたら、と思ったところで。
「鋼の、私が結んでやろう♪ 三つ編は得意だよ♪」
これまた、ロイがしゃしゃり出てきた。
何たることだ。ここまで厳重に警戒していたが、こんなシーンに出くわすとは思ってもいなかった。
「あ、大佐が…。うん♪ わりぃーな」
エドワードの顔にはにかんだ笑顔。
見送りを阻止された腹いせだ。本人の許可を貰えば周りは止めることは出来ないだろう。
先手必勝だ。
それに今度ばかりは「同盟」を結んだアームストロング少佐も協力してくれるはずだ、仕事に差し障ることもない。
ロイがにやりと微笑みエドワードの傍に行こうとデスクから立ち上がった。
が、やっぱり阻止された。
それもアームストロング少佐に。
「大佐殿。我がアームストロング家に代々伝わりし芸術的三つ編法を披露いたしましょう」
「いや、いいのだよ。私がやるから」
「いけませんな。下々に気付かれますぞ!」
やはりこの言葉はロイにだけ聴こえるように小声で。
エドワードの突然のおねだりとロイの素早い行動に「秘密結社」のメンバーも慌てたが少佐の機転で救われた。
「おお、見せてくれ!少佐」
「見てみたいです!」
とうとう外野まで少佐の行動に賛同し始めた。
メンバーにとってアームストロング少佐は心強い味方となった。メンバーに入らずともこの者、ロイ・マスタングの悪の手からエドワードを守ってくれる。
貴重な人材である。
彼に旅の同行を頼んで良かったと心底思うのであった。
が、エドワードは一向に結んで貰えない事に腹を立て始める。
「もう、そんなことより。誰か早く結んでくれよ!」
髪を結んで貰うだけで、こんなに一苦労する。エドワードは溜息をつくしかなかった。
ああ――終わった。ロイ・マスタングの野望。
ロイはデスクでヘタレ込んでしまった。その姿を見てメンバーは「エドワード欠乏症」を昨日に引き続き侵している思い更なる厳戒態勢をとる事になる。
ロイは自分の甘さに悔やみながらも起死回生を狙っていた。
しかし、結果は。
ヒューズが列車の窓をコンコンと叩く。
「よ!」
「司令部の奴らやっぱり忙しくて来れないってよ。代わりに俺が見送りだ」
ヒューズの言葉にエドワードはちょっぴり寂しそうな顔になるが、にっこりと笑顔を返す。
「そうそうロイから伝言を預かってきた」
「大佐から…」
列車から身を乗り出すようにヒューズに迫る。期待を含んだ顔を見せて。
「『事後処理が面倒だから私の管轄外で死ぬ事は許さん』以上」
皮肉をたっぷり含んだ言葉は本当にエドワードに向けての伝言なのだろうか。本人が居ないので、それは謎だ。
もちろん「秘密結社」のメンバーが素直に伝言を伝える訳はない。
いかに恋人であろうとも、やっぱりこんな伝言は頭にくる。先程までの期待が一気に急降下する。
エドワードの頭からは怒りの湯気が上がってきた。ぷんぷんと怒りのままに言い放つ。
「了解。絶対てめーより先に死にませんクソ大佐!って伝えといて」
こうやってロイ・マスタングの恋路は邪魔されている。
毎度のことだ。
プラットホームから列車が汽笛を鳴らして出発する。
その頃ロイは、泣きながら書類の束から一枚ずつ決済をしていた。彼のヤル気のなさにホークアイが銃口を彼に向けていた。
もちろん他のメンバーも持ち場に待機していた。
いつ何時ロイがこの司令室を飛び出して駅へ向かうかわからないからだ。
「秘密結社」メンバーの仕事は今日も続く。
完結。 「鋼の錬金術師 第2巻 6話〜8話」にはこんな裏話があったのでした(笑)
でも、ちょっと 5.5裏バージョンを書いてみようかな?
それもトイレ個室での2人の秘密の情事とか。書いてもいいですかね…。
桜 美由紀 2006/1/23
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