PROSTITUTION
〜白き翼〜
PROSTITUTION 売春
報酬を得ることを目的として
不特定の相手(好きでもない男)
と性交すること。
「大佐っ………」
オレは、その姿を確認して動くことができなかった。
逃げ出すことも、何もできずにその場に、立ち尽くしている。
ロイの表情は険しかった。怒りのオーラがアルフォンス同様見えるようでオレは、極刑を受ける
重罪人のように2人の審判を待つ。
アルフォンスの顔もロイの顔もどちらとも瞳を合わすことはできない。
2人の行動をただ、待つしかできなかった。
「エドワード ―――― 」
ロイの声が耳に届くと同時にオレは、ロイの両腕に力強く抱きしめられた。
骨が軋むほど強く、強く、抱きしめられる。
彼の両腕に抱きしめられるとは、思ってもいなかった。オレの胸は驚愕して痺れる。
全身がわけもなく震え始める。
「ロイっ ―――― !?」
「どうして…、私に言ってくれなかった!君が、こんな事やらなくても…」
「――― ご、めんなさい……っひくっ…」
ロイの言葉に、オレは今迄の緊張の糸が緩んだ。ぷっり、と音を立てて。
手に握り締めていた茶封筒がバサバサとおちていく。まるで、不必要な代物のようにおちていく。
そして、涙が溢れ出す。ロイの胸に水溜りを創っていきながら。
この胸で涙を流していいのかどうか不安だったけれども。溢れる感情はどうしようもなかった。
堰を切ったように感情が言葉となって流れ出した。
「―――― 怖かった。嫌だった。本当に、嫌でたまらなかったのに ―――― 。オレ…」
「エド、私の力が及ばなかった所為だ…」
オレは震える両腕をロイの背に恐る恐るまわす。その大きく広い背中を必死に掴む。助けを
求めるように。
オレの身体と精神は慣れない情事に張り詰めていたのだろう。
それから、意識は途切れてしまった。
「……エド?」
ずるずると崩れ落ちる身体をロイは抱きとめ、後方で2人の様子を黙って見ていた
アルフォンスに声をかける。
「すまない、アルフォンス。宿に…」
「あっ、はい」
オレの身体をロイは、抱き上げて宿の部屋に連れて行ってくれるのがわかる。
オレは、ふわふわとした浮遊感に意識が戻りそうで、そうじゃなくて。
ずるい人間なのかもしれない。こんな許されない罪を犯しているのにオレは、ロイの胸に
身体に身を任せている。
意識を飛ばすという行為によって、一時でもオレは逃げ場を作ってしまった。
「大佐、部屋は2つ取っていますから。僕は別の部屋にいます。兄さんをお願いして
いいですか?」
「ああー、いいよ。明日は私も非番だしね。それより、すまなかった。エドの事は…」
「馬鹿兄――――!何でも自分で抱え込んでぇー!よぉぉぉく、叱っといてください!僕の分も!」
アルフォンスは今宵、彼に強要された行為の意味を知っているのだろうか。
それとも、知ってはいても口には出さないのだろうか。
大人のロイにさえ、アルフォンスの心を読む事は敵わない。鋼鎧だからという訳ではなく
言い知れぬ底深さを彼の心はもっているからだ。
それが闇なのか光なのか、わからない。それとも子供、故のことなのか今現在は、謎である。
「エド、エド―――― 、エドワード大丈夫かい?」
優しい声が頭上から聞こえる…。この罪を犯したオレに優しく言葉を降り注いでくれる。
誰…。
「う、うんっ〜、ロイ、あっ…」
「エド、目を覚ましたかい」
「う、うん――――、ここは…」
「宿だよ。アルフォンスは別室だよ。もう、今日は何も考えずに休みなさい、いいね…」
オレは、ロイの視線をまともに見ることができない。そしてこのまま、彼と言葉を交わし続けることも
できないでいる。
オレ自身が犯してしまった罪を知っているから。なのに、ロイの瞳は優しくオレを見つめている。
耐えられなかった。
頼むから、そんな瞳でオレを見ないで欲しかった。また、オレは逃げ場を求めてしまう。
彼と向き合うことができない。
「う、う〜ん、シャワー浴びてくる 」
「1人で大丈夫かい…?」
「 ――――― …」
オレは無言で浴室へ壁伝いに、フラフラと入っていった。
その間、オレの脳裏を駆け巡る。オレはロイに許されたのか、それとも…。わからなかった。
オレは冷たい水のシャワーを浴びる。こんな事でオレの穢れた身体を洗い流せることなど
出来ない、とわかっているけど…。そう、せざるおえなかったから。
少しでも、いいからオレの過ちを ―――― 洗い流したかった。
排水溝に冷たい水と一緒に白い汚濁の液体が流れる。それに、混じった薄赤い液体。
穢れた色。
それは、オレの後孔から溢れ出した物だ。穢れてしまった証が流れる。
事実、現実、もう終わってしまった事。
排水溝に引き寄せられるように、オレの瞳からも涙が流れ堕ちていく。
後悔の涙。
ぽろぽろと、重力にひかれるように雫は堕ちていく。流した涙は誰も拭ってくれはしないのに。
それでも、声を押し殺しながら泣かずにはいられなかった。
* * *
身体が冷えるのも構わずにオレは、長い時を浴室で冷水を浴びていた。
でも、このまま逃げ続けるわけにもいかない。ロイとちゃんと向き合わなければならない。
宿に常備してあった白いバスローブに着替えてオレは浴室から出る。心と身体は別物だ。
オレの足は、ガクガクと震えている。それでも、行かねばならない。
広すぎない部屋にはロイが、ベッドに腰を下ろしていた。
浴室からやっと出てきたオレの姿をはにかんだ笑顔で向かえてくれる。
でも、その表情の奥にはやり切れなさが見え隠れしているのが、今のオレにはわかった。
頼むから、オレに微笑み返さないでくれ。堪らないから、逃げ出したくなるから、オレは
卑怯者だから、と責めたてる。
「―――― 遅かったね。まだ、濡れてるじゃないか?」
オレの濡れたままの、いまだ水滴をポタリポタリと垂らす黄金の髪をタオルでガシガシと
ロイは拭いてくれるが…。
その間、オレは始終俯いていて見上げる事ができない。
ロイの瞳を…。
そんなオレに対してロイの行動は優しくて。
「身体が冷えているよ!温まってこなかったのかい。エド…」
そんな彼の優しい言葉を遮るように、オレは現実問題を突きつける。
「―――――、怒ってないのか…」
髪を拭く手がとまる。そして、ロイの低い声が頭上から聞こえる。
部屋の気温が急激に下がり、音も消える。オレは、ロイの言葉を待つことしか出来ない。
その返答にオレの気持ちは耐えられるのだろうか。
「怒っている。君にも…、そして私にも…」
「ロイ、オレ……」
「私を頼ってくれなかった君に、失望した」
その言葉に、オレは最終宣告を受けるような気持ちで床を見つめるしかできなかった。
失望した―――― 、その言葉はぐさりとオレの心を突き刺している。そう言われるだろうと
わかっていたのに。いや、そう言ってくれと願っていたのかもしれない。
なのに、いざとなると怖気づいてしまう。ホント、オレは弱い人間だ、と思ってしまう。
「そうだよな。オレ、ロイを裏切った…」
泣いても何も解決しないのに、オレの瞳からは涙が流れる。
止まってくれと何度も思ったのに、それは無理で…。
遅いとわかっているけれども、今のオレにはこの言葉しか見つからない。
「ご、ごめんな、さい……」
涙と一緒に零れる言葉にロイの胸が、がっしりとオレの身体を包み込む。
どうする事もできずに、その胸に納まるしかない。
逆らうことなどできない。
「エドワード、確かに失望したが。私にも非がある如何なる理由があったかもしれないが
君をそんな立場に追い込んでしまった。すまない…」
何でアンタが謝るんだよ、悪いは全部オレだ!と言いたいのだけど言葉にできずに
ポカポカとロイの広い胸を叩く。
その意味をわかってくれたロイは、オレの両腕を掴みそっと声をかけてくれる。
「泣きたいだけ泣けばいい、今日は…。だが、もう2度とこんな過ちを繰り返して
くれるな!いいな…、エドワード」
ロイの言葉がオレの胸に深く刻まれていく。
繰り返すな、絶対に…。
言われるままに、涙が止め処も無く流れる。しまいには、声を上げて泣き出した。
「う、うわぁぁぁあああああ―――――― くっ、ひっく、ご、ごめん、…なさい…」
オレは、涙が枯れるまでロイの寛容な胸に甘えて泣き続けた。
ロイの掌が、そんなオレの濡れた頭を優しく撫でてくれている。こんなに、オレの事を
慕ってくれる男をオレは、裏切ってしまった。
情けなさが積もっていく。
「さぁー、エド。もう、休みなさい。そろそろ泣きつかれただろう」
「 ――――― 、うん。ごめなさい…ロイ…」
口を開ければ、オレから謝罪の言葉しか今は出てこない。そんなオレにロイは目を
細めながら、優しく返す。
「もう、いいよ。さぁ…」
ロイの言葉に促されるようにオレは、ベッドの中で深い闇の底へと誘われていく。
眠りに堕ちそうなオレの瞳に、確認できたのはロイが見守るように見ている事だった。
あとは…、もう瞼が持ち上がらない。
* * *
はっと気づけば、ロイの顔が心配そうに見つめている。
オレは――― 、ここは――― 今、何があった。
オレの肺が忙しなく空気を吸い、嫌な汗が身体中の毛穴から噴出している。
熱い、熱い―。そして、身体が痛い。
あちこち。
額からも流れる汗を左手でかろうじて拭いながら。オレは、ロイの瞳をぼんやりと見つめる。
うまく事情がつかめないでいる。
「エド、大丈夫かい!」
「えっ、何、オレは…」
オレの掠れた声が部屋に呼応している。
その声に、先程まで見ていた夢を思い出してしまった。
嫌な夢、絶対に繰り返さないと誓った情事が、繰り返されている。
「うなされていた…」
オレは、ロイの視線から逃げるように瞳を逸らした。うわ言を言った覚えがある決して
良い内容の言葉ではなかった。
そして、彼に対しての後ろめたさで胸がはちきれそうだ。
「エド、熱があるようだ。辛くはないか」
オレの瞳から涙が零れ落ちる。何故、夢の所為だろう。自分が悪い癖に…。
助けを呼ぼうとする浅ましさがオレの胸を締め付け、そして涙を流させてしまう。
夢を消したい。
ロイがオレの額に掌をあて熱を測っている。その手をオレはそっと掴んだ。
そして。
「―――――― ロイ。オレを抱いてくれ、ないか……」
何をこの子は寝起きに言い出すのだろう、とロイは困った顔をオレに向ける。
だけど…、それでも…。
「お、おねがい…。それとも、こんな誰かに抱かれてしまった身体は、嫌なのか」
その時のオレは、夢と現実との狭間で混乱していたと思う。
ベッドサイドのランプの薄明るい灯りが揺れるなか、ロイの表情は困惑から次第に
真剣な表情へと変わっていく。
「抱かないよ!エドワード、絶対に…。そして、君の事を嫌いにもならない」
「でも、でも…、ロイ」
はっきりとした拒絶の言葉にオレの瞳はすがるようにロイを見る。
拒絶しないで、お願いだからと。
そんなオレの表情に、ロイの瞳からふっと力が抜ける。
「あの将軍のように、エドを欲望の対象として私は考えてないから。君の事を好きだから
抱きたいと思う。だから、ね。違うんだよ」
縋るようにオレはロイに抱きつく。前から、抱きたいと言われていたのにどうして、と。
やはりこんなオレが嫌なのだろうか、と疑心暗鬼になってしまったから。
だが、彼は違った。
オレの事を本当に思ってくれているのが、凄くわかる。
だから、オレの胸は尚更。
「安心しなさい。今の状態の君は、抱かない。抱けない。さぁ、もう一度眠って…」
「オレ、オレ、取り返しのつかない事やったのに。でも、ロイに悪いって…。だから、せめて
ロイが、ロイの思うままに抱かれたいって…」
オレは流れる涙を隠すように両手で顔を覆う。ロイの顔がどうしても見ていられなかった。
自分の言っている事が支離滅裂である事も何となくわかっている。
それでも、この複雑な気持ちをどうしたらいいのか、わからない。
オレは、ロイの為にいつかは、身も心も繋げるつもりだったのに、それなのに…。
寝ても醒めても、後悔ばかりが残ってしまう。
「いいよ、そんな事気にしてなく。わかっているのだろう、ちゃんと…」
オレの背中をポンポンと叩きながら、ロイはオレを落ち着かせようとしてくれる。
だけど、その優しさが不安を呼び出してしまう。
「わかってるけど…」
「では、いいじゃないか。何をそんなに不安になる。君を嫌いになる事は絶対にないから」
「…、夢が、夢が過ちを繰り返すんだ ――――― !」
「じゃあ、私が一緒に寝てあげるからそれでいいだろう」
涙を拭いながらオレはロイの顔をやっと見上げると、ロイの顔が急によってくる。
そして、額にこつり、と合わせられた。
「てっ…、いた」
「ほら、熱が上がるよ。ただ、抱きしめて一緒に寝てやるだけだよ」
ロイの言葉の1つ、1つに、オレは、なんだか癒されていく。
さっきまでは、抱いてくれと懇願していた癖に、いざとなると怖気づいている自分。
それでも、抱いて欲しい思っている自分。
複雑な螺旋を描くような、今のオレの心。その全てをロイの言葉が包んでくれる。
オレは、ロイに黙って頷き甘えるようにロイの背中に腕を回しながら、ベッドへと2人身を
潜らせていく。
オレはロイの鼓動を聴きながら思う。
絶対に繰り返さない。
好きな人を悲しませる事は、絶対に。
あの時、ロイがオレに向かって「失望した」と、言ったとき。
ロイが、とっても辛く悲しそうな顔をしていたから。彼にあんな顔をさせてはいけないと。
過ちは繰り返してはならない。
「PROSTITUION」
白き翼バージョン。すみません、更新が滞ってしまって(汗)
ロイの寛容な心に触れるエド。
こんなに大きな心で受け入れてくれると凄いと尊敬してしまう。
優しさも厳しさも持ちえているロイが書きたかったのかな。
桜 美由紀 2005/10/27
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