雨 rain
この時期のセントラルシティは、よく雨が降る。
だから、嫌だった。
ここを訪れるのは…。
何もかも曝け出すようで嫌だった。
自分の罪も、罰も十分わかっているから。
「お願いです。これ以上、責めないで。わかっているから」と、思わずにはいられない。
だが、定期報告書を携えて自分の憂鬱な気分に蓋をして何事もなかったように、
中央司令部へと向かう。
雨が ―― 、降り続ける。
頭が ―― 、痛い。
聞こえる…。
無残な響きが…、誰の声…。
それとも、この雨の音か。
もう、頭が割れそうに痛い。いや、ぐるぐると回っている。
世界が…。
だけど、そんな弱い姿を弟のアルフォンスにも、司令部のみんなにも見せたくなかった。
そう、誰にも。
そして、気づいて欲しくなかった。
そんな自分の些細な抵抗は、アルフォンスには随分前から薄々気づかれていたようだったが、
アルフォンスはオレに気をつかって、そっとしていてくれた。
オレもその方が少し気が、楽になる。
気休めだけれども…。それで良かった。
そう、天気さえ…、雨さえ上がれば自分の体調も、気分も回復していくはずだったから。
お願いです、わかっているからそっとしていてと、願って。
だが、今回はそうは行かなかった。
虚しい抵抗で終わってしまったのである。
「こんにちは――!報告書、持ってきたけど…、大佐いる?」
軍司令部に入ってからまっすぐにこの場所へ来た。用件だけ済ませてすぐに帰りたかったから。
それは事実。
「エドワード君、いらっしゃい。大佐なら今、会議中だけどそうねー。
もう、そろそろ終わる時間かしら」
「あっ…。そうなんだ。じゃーオレで直そうかなぁ」
「おい、そうそう逃げんなよ。いいじゃん!大将 ―、ゆっくりお茶でも飲みながら待ってれば。
美味しいお茶、オレも欲しいところだしなぁー!」
「少尉がお茶を淹れるわけじゃー、ないよな!?」
「おっ、オレの仕事じゃないけどさぁー」
ハボックは、横目でチラリと無表情のホークアイを見た。
すると、空気がピーンと凍りつく。ハボックはこの司令部内で、チャレンジャーである。
誰も恐ろしくて、できない事をやってのける。
「わかりました。お、いし…い、お茶を用意するから、ちょっと待っていて。エドワード君、
出直すにしろ外は雨よ。待っていた方が賢明だと思うわ」
――― 怖かった…。
エドワードは、この部屋の気温が一℃ほど下がったのに気づくのだが。
その理由もわかっている。
しかし、ここに1人。わかっていない人間がいる。ハボックである。
「しまった、何か逆鱗にふれたかな?」と、思案中の彼の、横をホークアイは無表情に
すり抜けていく。
彼女…。リザ・ホークアイ中尉は、お茶くみ事務員と思われるのを非常に嫌っていた。
鬱陶しい、雨音の中。
エドワードは目的の人に会うために、待つことになった。
勧められたソファーに深く座って、憂鬱な雨空を恨めしそうに見ていた。
うざい…。何もかもが…。
取りあえず、みんなの問いかけには上手に応えられたと思う。だけど…、もう、うざかった。
人の声が…。何もかもが…。
まるで、悲鳴に聞こえる。断末魔の叫びに、あの日の…。
どうも今日は、そうとう参っているらしい。たぶん微熱でもあるように、あったのかも
しれないが。
こうして、考えていても仕方がなかった。もう、どうでも良かったから。
早く用件を済ませたかった。
ぐるぐる回り続ける世界で頭が、い、た、い…。キリキリと、痛い。
そう感じながら、じっと我慢していた。
やっと、目的の人物に合うことができた。
圧迫感を感じる重い扉を開けて入ってくる「二重円に三角形、炎とサラマンダーの練成陣」を
もつ男に。
「やぁー!鋼の、今日は定期報告書提出かい…」
なぜか、彼の言葉に引っかかるものを感じたが。この憂鬱な気分の所為だろうと思っていつもの
ように応えた、つもりだった。
「あぁー、そうだよ!早く確認してくれよ。オレ、この後アルと図書館に行く予定だから」
「………」
奇妙な空気を感じる。
司令部のみんなが静まり返っている。どうしたのだろう。
この部屋の主の行動を、ただ黙って怯えるように黙々と自分の仕事をこなしている。
そんな部下達に、何の言葉も視線も向けることなく自分の席へと戻っていく。
この部屋の主は、自分の机に置かれた書類の内容に目を通していく。
そして、書類の束を机に叩きつけた。
空気が一瞬にして変わる。
静まり返る部屋には不釣合いな声を無表情に、この司令官殿は吐き出す。
「ホークアイ中尉!執務室へ鋼の錬金術師を通すように」
「は、わかりました!」
機敏に返答するホークアイが、引き締まった表情でエドワードの方へ向きなおす。
「エドワード君。執務室の方へ」
「あ、う…ん」
何かやばい時に来ちゃったかな、と。「もうー、勘弁してくれよ!オレ、早く帰りたい…」
と、心の中で呟きながら勧められる部屋へと入っていった。
部屋は今迄いた司令部室とは、ちょっと空気が違うような感じがする。
こちらの部屋の方が乾燥している。湿度が調整され、幾分過ごしやすく感じられる。
この鬱陶しい雨では、室内までも湿気でベタベタであったから。エドワードにとって、少しは
過ごしやすく感じたのだろう。
だが、この部屋の主の様子は、そうはいかないようだ。
主である「ロイ・マスタング大佐」が、エドワードの後から入り彼と向き合わせの
ソファーへと腰を下ろす。
「鋼の、書類を…」
「あ、これ…」
書類を受け取り目を通し始める大佐をよそに、エドワードは早く帰りたいという思いで
いっぱいだった。
書類を読み終えたらしい大佐が、テーブルの上に書類を投げる。
「……(ムッ)」
何か、ムカついた。だが、ここで文句を言ったら折角早く帰れるものも帰れなく
なってしまう、と思いエドワードはグッと我慢する。
「あまり、内容に乏しいようだね!鋼の、国家錬金術師ならば、もっと成果のある内容を
書くべきでは…」
「 ――― !?」
駄目だ、相手の挑発にのってはいけないと。エドワードは、ギリと唇を噛み締める。
今日はそんな場合ではないのだから。耐えろ…。
自分で、自分を抑える。いつも、抑えてくれるアルフォンスはいないのだから。
「もったいないなぁー!君達の研究費用を出す為に、どれだけの一般市民が苦労していると。
君達は知っているかね。ここは 、学校ではないのだよ!」
ロイはバンと叩きつけるように、重い言葉をエドワードにふりかける。
それは、厳しい目つきも一緒に。
びくっと、エドワードは身体を震わす、それまで彼の胸中では葛藤が呻きあっていたが。
ぶつりと…、何かが切れた音がした。
あっ、やばい ―― !オレの逆鱗に触れたコイツ。
「君達…!オレだけ、だ!アルフォンスには関係はない!」
それが、引き金となってしまったが。
エドワードの痛む頭では言葉が繰り返されていた。
雨の所為だ、何もかもと…。
機械鎧と生身との結合部分が傷む。そこから先は、もう失われてないのに身体は、こんな日に
思い出す。
幻視痛。いつ治るともわからない痛み。
to be continued
鬼畜大佐参上です。
桜 美由紀 2005/10/12 改新版。
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