舞い降りた天使 T
定例報告書を携えて久しぶりにエドワードは、ここ「東方司令部室」を訪れた。
重圧感があり明るいとは言い難いが、必要な物以外を配置していない無駄のない廊下を
堂々と歩いていく。
出会う人々に不審そうな視線を送られながらも、構わずに我が道を進む。
暫くすると彼の目指す目的地である一室に辿りつく。
【東方司令部室】と書かれた重い扉の前に立つ。
しかし、その扉のイメージとはまったく正反対の軽い口調と行動でエドワードは
その扉を叩いた。
「エドワード・エルリック。はいりまーす!」
と、元気の良い声が廊下に響き渡る。
扉の先には、いつもの馴染みの連中が一室で忙しなく働いていた。そして、馴染みの連中
みんなが、使用している机とはまったく違った作りの高級な机。革張りの椅子。
そこに座った彼が、エドワードの目的の男であるのだが。
取りあえずは、馴染みの連中に声をかけていく。
「こんにちはー!みんなー、忙しいみたいだなぁー」
その忙しい合間に最初にエドワードに声をかけてくれたのは、ホークアイ中尉。
彼女が優しい笑みを浮かべながら。
「こんにちは、今回は随分長い旅だったようね。エドワード君、今日はいつもの報告書を
持ってきたのかしら」
「う、ん。そうだなぁー!ちょっと今回は遠方まで足を延ばしてみたんだ。南方の
ラッシュバレーまで。あそこは…、暑かったー!」
「まぁー、あいかわらずのようね。じゃ、飲み物は冷たいものでも用意しましょうか。これから
報告書を渡すのでしょう」
「あ、うん。いつもわりぃーな」
へへっ、とはにかんだ笑顔をホークアイに向ける。
「さっさと…、報告書提出して宿に戻るよ」
そこへ馴染みの1人、ハボック少尉。
体格が良く、いつもの咥えタバコを咥えて彼が声をかけてきた。
「よっ!大将、ホント久しぶりだなぁー。なかなか、お前と会えないんでさびしかったよー!
なんてな…。ラッシュバレー、そりゃー暑かっただろう。う〜ん…、そういや焼けたか?
でも、元が生白いからな大将はー!は、ははは……!」
「なんだよー!その生白いって。なんか、ムカつくなぁー!」
「いやー、わりぃー。大将は美人だからなぁー。お肌が焼けちゃったらやだぁーって」
「あああぁぁ――!すげぇー、ムカつく少尉!」
たわいもない楽しい会話が続く。
久しぶりにエドワードに会えることあってか、東方司令部の連中は絶えず言葉をかけてくる。
そして、その場で会合が始まっているような状態である。
そんな中、エドワードは別の視線を1つ感じていた。
痛いほど…。熱い視線を…。
誰から。
この東方司令部を支える、ロイ・マスタング大佐から。
「もう、みんなうるさいよー!また後でな…、オレはこれでも忙しい身なんだからな!」
「お、そうかー。じゃ、またな。旅の話きかせてくれよ!」
「いいですね。今日の仕事後にみなさんで食事にでも…、だめかなー?」
今日の予定まで話は進み始めた。
エドワードは、今日の食事と言われ、思わず言葉をとめた。
今日は…、あっと心で動揺が走る。
「あ、アルフォンスは元気か。肝心なこと聞くの忘れていたなぁー」
「もう、かわいそうだなぁー。アルは元気にきまってるじゃん!今日は図書館に
直行行っちまったよ!」
「お、やっぱ。アルの奴にも会って話を聞きたいなぁー。大将との凸凹コンビぶりを、な」
「いい、すねー。その凸凹コンビっていうネーミング!ははは…」
みんなが、その話題に笑っているが、エドワードはそれを不服そうに膨れている。
その場は、大変盛り上がっていたが。
視線が…、痛い。
そんな盛り上がりの最中、沈着冷静なホークアイの言葉が場を沈め始める。
「エドワード君、そろそろ執務室の方にいいかしら。大佐、お時間の予定は宜しいでしょうか」
その言葉で、みんなの視線が一斉にこの司令部の主に向けられ、緊張した空気が感じられる。
彼から発せられる言葉をじっと待つように。
彼の口から静かな、落ち着いたバリトンが聞こえる。
「執務室の方へ通してくれたまえ。私も今の書類が済み次第行く!」
「は、わかりました!では、エドワード君。行きましょう」
「あ…、うん、じゃーな。オレ、仕事してくるなぁー」
まただ、視線が痛い。
背中を絡みつくように視線が感じる…。
執務室に通されしばらく後。
エドワードに視線をおくっていた男が現れた。
「や、久しぶりだな。鋼の、今回はラッシュバレーまで行っていたのかい。さぞ興味深い
報告書が出来上がっているのだろう。見せてもらおうか」
今迄感じていたあの視線はどこへやら、彼は涼しい顔をしている。そして事務的に仕事を
進めていく。
その様子につられエドワードも何事もなかったように、只の上司と、一部下のやりとりで
報告書を彼に渡すのだが。
その報告書には、「万年筆」が一緒に添えられていた。ロイは不思議そうな顔で「万年筆」を
見ながら普通に報告書に目を通していく。
だが、誰にも気付かれないように、その渡された「万年筆」をギュッと握り締める。
報告書を彼がチェックしている間にホークアイが、異様な静けさと空気が漂うこの執務室に
飲み物をもってこの部屋に入ってきた。
「はい、エドワード君。アイスコーヒーで良かったかしら」
「あ、ありがとう。中尉」
「失礼します。大佐、コーヒーをお持ち致しました」
「ん、そこに…」
ホークアイが上司に言われるままにコーヒーを執務机に置こうとすると、ふと彼女の手がとまる。
彼女のとまった視線の先にはあるものは「万年筆」。
これは珍しい、と思わず報告書に目を通すロイへと視線を向ける。
「この万年筆、大佐が以前欲しがっていらしたものでは。なかなか手に入らない限定品だとか」
彼女の流れるような動きが急に止まる。そして、自分にその件で話を振られるとは思っても
いなかったから、ロイの言葉が僅かに上擦ってしまう。
「あ、ああ――、そうだね。手に入らない代物だったが…。い、今入手する事ができてね」
ロイは何やら嬉しそうに微笑をこぼした。
ちょっと口を滑らしたことなど気にもとめてなかった。もしかして、気付いていなかった
かもしれない。
「…今?」
ホークアイは不思議そうな顔をエドワードに向けるが、彼は何も知らないと小首を
傾げて彼女に、返答する。
ホークアイの認識ではエドワードが、ロイに何かをしてやるという概念がまったくなかったから
エドワードの態度に違和感を、感じる事もないようだ。
その後、彼女はこの執務室でロイの補佐をしながら仕事を始める。
エドワードはその間、ボーっとロイの後ろから見える風景を窓越しに眺めていた。
風景と一緒にロイの姿が瞳に入り、少々気になりながら見ていたが。
この執務室には、ロイの他にもホークアイ中尉という手強い人間がいるので内心、ドキドキ
しながら見ていた。
あくまでも…、風景をだが。彼は、そう思っている。が、横目でチラチラと見ているのは
やはりロイの姿。あ、ちょっと髪がのびたかな大佐と、か思いながら時間を過ごしている。
エドワードには久しぶりのこの空間は、とっても心地が良い。
大佐が、報告書をめくる音が、とても気持ちよく聞こえる。
のんびりとエドワードが時を待つ間。
ロイは報告書の最後の1頁に添付された「メモ」を読みながら微笑んでいた。
メモの内容は。
『アンタが前この万年筆欲しがってたのを思い出してラッシュバレーは、機械鎧の
メッカであると同時に、こういった万年筆みたいな機密な物も結構有名で。
探してみたら…、あったからやるよ!アンタ雨の日は、無能だから錬成陣書くのに
必要だろうと思って…』
最後の「雨の日は無能」は、別にしてエドワードの素直じゃないが、優しさがロイには
伝わってくる。
前あった時、私がベッドの中で話していた事を覚えていたのだなと。確かあの時は…、彼は
もう夢の中に吸い込まれていく寸前だったようだが。ちゃんと聞いていたのだなと、嬉しさを
感じてしまう。
ロイは報告書を読む傍ら、そんな事を考えていた。
始めは、彼が扉を開けて司令部に入ってきて、しばらく私に目もくれず部下達の相手を
楽しそうにしているエドワードの姿に嫉妬してしまったが。
今は、彼なりに私の事を思っていることに愛おしさが増してしまう。「メモ」と「万年筆」を
ロイは大切に胸ポケットに隠す。それから、報告書をホークアイに渡しメモの内容など何事も
なかったようにエドワードに報告書の結果を伝える。
「では、鋼の、この報告書類を中央司令部「錬金術師機関」に、まわすとしよう」
「もう、読んだのかよ!はぇ、ちゃんと内容わかってんだろうな!」
「あぁー、もちろんだよ。私も国家錬金術師の1人だからね。この報告書の重要性ぐらい
すぐにわかるさ。ホークアイ中尉、書類を提出してくれ。重要機密文書なのでよろしく頼む」
「は、わかりました」
彼女は早々に、この執務室から報告書と一緒に退出した。彼女がいないこの執務室は、
ロイとエドワードの2人きりとなる。せったく2人きりとなったのだが、沈黙が続く。
ロイはいつものように執務机に頬杖をつきじっとエドワードを見つめている。彼からの視線を
感じるエドワードは、尚更ロイの顔を見ることができずに顔を背けている。
だが、彼の耳は少々紅をさしているのが、ロイにはわかる。ロイは彼の、その耳尻を唇で
甘く噛みエドワードが、恥ずかしげに出す声を聞きたいと妄想してしまう。
まだ、仕事中の身でそんな事を考えている。
そして、沈黙を破るようにエドワードの傍に静かに歩み寄る。すると彼は、びっくりしたように
真っ赤に頬までも染めていく。
そんな彼の耳元までロイは近寄り、低く呟く。
彼にしか聞こえないように。だが、この部屋で聞き耳をたてるもの等、誰一人いないのだけど。
「明日の晩。私のうちへおいで、エドワード。今日本当は会いたいところだが、会食が
入っていてな…」
エドワードの感じる部分である耳元でその声は呟かれた。まだ、何もどこも触れられて
いないのに、エドワードの感度は増してびくっと身体を震わせる。
「う、ん。わかった」
彼はそう、短く返答するだけでロイの顔をまともに見ることさえできずにいた。そんな彼の
様子を満足そうに見て、ロイ自身は仕事の顔に戻る。
「鋼の、私の自宅に、君達にとって重要な文献がある。明日取りに来るように」
そう言って彼はこの執務室から出て行った。
エドワードはまだ、先程のロイから与えられた愛撫に身体が震え座っていたソファーの上で
足を抱えこみ膝頭に顎をのせる。
そして、窓から見える空を見つめオレだって会いたかったんだよ、この無能と、小さく呟き
ながら独りごちる。
東方司令部を後にしたエドワードはアルフォンスと合流して、司令部の連中と本日の夕食を
一緒にする事にした。
それは楽しい晩餐になった。
旅での様々な話や、東方司令部で起きた奇怪な事件や噂話。話は尽きることがなかったが、
ほんの少し気を抜くとエドワードの頭は、あの男「ロイ・マスタング」の事を考えてしまう。
今頃彼は誰かと会食をして、それから…何、やってんだろうかと。
久しぶりに会えたのに間が悪いなぁとか、早く明日が来るといいなぁと、ぼんやりと会話の
合間に物思いにふけっていると。
そんな様子を目ざとく、見られてみんなにからかわれている。その時、エドワードの表情は
この前会った時よりもちょっと大人びている。
この少年に対しては、失礼かもしれないが、綺麗で儚げなエドワードの表情がそこにある。
そんな彼の表情に気がついた連中は、恋煩いかと。そう言ってエドワードを冷やかすのであった。
楽しい晩餐であったが、エドワードの心が落ち着く暇がない。
いつもは、自分独りで食事をいる寂しい時間が今日は、うって変わって騒がしいぐらい楽しい。
やっと彼らに、解放されて自分達の宿に戻ってきた時は、もう深夜に近い時間。
「あ、兄さん〜!今日は月がとっても綺麗だねー」
「あぁ〜、そうだな!」
宿の窓辺から見える月を見上げながら、2人の胸中は色々な事を考えていた。
「今夜の月は、格別に綺麗だね〜。とっても楽しい食事だったから」
嬉しそうに兄に声をかけるアルフォンスに、エドワードも笑顔を返す。
アルフォンスは興奮気味に、月を眺め続けている。そんな彼の思いとは他所に、エドワードは
この月が早く、明日の晩の月にかわればいいのに、と月夜の灯りを受けながら思っていた。
今宵はエドワードにとって長い夜になるようだ。
次の日の夜。
エドワードは夕食を早々に切り上げる。そして、アルフォンスに大佐の自宅に重要文献を
貰いに行って来る、と伝えて出かける。
だが、ひと言付け加えて。
帰り遅くなっても気にするな、としっかり言い残して彼は小走りで出かけていく。
急く気持ちを抑えながらも、足は先へ、先へと急いでしまう。彼の自宅へ。
外は夕焼けが綺麗で、だけど自分達が今から行うであろう行為に少し後ろめたさと
気恥ずかしさを覚えながらも。この思いは、譲れなかった。
目的地の門に到着したエドワードは、彼の帰りを待つ。
この時間がとっても長く感じられたが、待つというこの気持ちは何とも言い知れない
高揚感があり、エドワードの心をくすぐり続ける。
暮れていく、夕日を眺めながら待ち人をそっと待つ。
その頃ロイは、昨日エドワード会ってからというもの心此処にあらず、の状態で。食事会での
話の内容も頭を霞める程度。
そんな彼が思い出す事は。執務室でのエドワードが、ほんの少し露にしたあの表情が彼の
頭を駆け巡っていた。
こんな、29歳になる成人男性が、未成年でまだ15歳の子供にそれも少年に熱を上げている
とは、自分でも驚きである。
今日の勤務中も1人奇妙な含み笑いを浮かべていた所を部下達に気付かれ、変な目で見られて
しまった。
そして、珍しく、いや珍しくはないのだが、仕事をてきぱきとこなす私に今日は雪が降るなどと
騒ぐものさえいた。うるさいものだ、私はやる時はやるのだ、と部下達の驚く姿を尻目に黙々と
仕事を終えていく。
そう、あの子の為に。
恐らく不貞腐れて、待っているだろうあの子に会いたいが為に。
ロイの背中の窓から夕焼けが眩しい。
綺麗な茜色の夕日が、情熱の色へと変わっていく。
急く気持ちを抑えながら自宅でエドワードの姿を見つけたロイは、ほっと安心する。
そして、やはり膨れっ面で待っていた彼に忍び笑いする。
「待たせたな。鋼の、」
エドワードは門口で膝を抱え、座っていた。どれぐらい彼の待ったのだろうか。
ゆっくり立ち上がる彼は、腰を痛そうに叩いている。夕日に染め上がった黄金の髪が、眩しく
彼の存在を確固たるものにする。そして、彼の頬はちょっぴり頬を朱色に染めている。
「待ったぜ!大佐…」
2人の会話は、あくまでも上司と部下。これは、重要な事だ。誰にも気付かれてはならない
関係だったから。今も、そして今後もこれは変わらない。
お互い、それは十分に承知していたから。悲しい事だけれども。
「さぁー、家へ渡すものがあるから」
「あぁ…」
ロイは、エドワードを自宅へと招く。
家の玄関を入ってしまえば、あとは2人の世界。
そして、扉の鍵を閉じてしまえば、この空間は2人だけのものとなる。
誰も彼らの邪魔をするものは、いないから。
2人だけの待ちわびた時間。
大切な時間。
to be continued
「舞い降りた天使 U」 H編へ続く。
桜 美由紀 2005/10/15 改新版。
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