Winter , again 〜アンタに会えた〜
act.5











はっと気づけば、身体が宙に浮いている感じだった。
爆音の所為か耳がぐわんぐわんと鳴っていた。それでもアルフォンスの甲高い声だけは直ぐに判別出来た。
「兄さん――兄さん――」
と、悲壮な声を張り上げていた。
自分が一体どういう状態にあるのか、よく把握できない。寒いのか痛いのかわからない。身体の感覚がうまく伝達されていない。
ふわふわと頼りなく浮いている身体。瞳を抉じ開けてみるとピカッと光る星が見えた。星が見えるというのは過剰表現だろうと、高をくくっていた。が、本当に瞳の中がピカピカと光って星が見えていて驚いた。
「は、ははは…」
エドワードの唇から嗄れた空笑いが漏れた。
取り合えず、何とか視界を回復させようと何度か瞬きを繰り返した。そして、漸く真っ白な銀世界が瞳に映像として映ってきた。
徐に上に視線を向けた。すると真っ白な世界に黒が映えていた。
ぼんやりとその黒を見ていると、弟とは違う大人の男の声が聴こえた。
「――鋼の、大丈夫か?」
グッと重苦しい声音でロイはエドワードの名を強く呼んだ。
彼らは切り出した崖の上にいた。美しく見える真っ白な雪は全てをホワイトに染め上げてしまって遠近感を失わせる。
その後方でロイの部下達が安否を確認し合う声が小さく聴こえていた。
彼らはどうやら残党の捕獲に成功したようだ。それもエドワードの機敏な反応とロイの退却の大声によるものだろう。それに加えて何よりなことは大きな人的な被害が出ていないこと。
しかし、例外もいたのだ。
運悪くエドワードが爆風に飛ばされ雪原で覆われた崖から足を踏み外したのだ。ロイはそのエドワードを助けようと宙に浮いた彼の身体を右腕一本で支えていた。
周囲は被害状況を把握することで慌しく、とても二人の安否を確認するまでに至っていなかった。アルフォンスでさえ兄の安否を確認できないで甲高い声を張り上げていたのだ。


「……た、大佐ッ!?」
だらりと下がっていた首を上げると、対照的な色がすぐさま眼に飛び込んできた。その色を頼りにエドワードは焦点のあってない丸い金眼を彼に向けた。
何故かやわらかく笑えた。
「鋼の、もう片方の腕を…」
歯を食いしばった声音。それが意味するものは――この状態を保つ時間を示している。
見た目、エドワードの身体は小さい。だが、彼の身体を知るものは愕然とし、哀れに想い眼を背けてしまう。
彼の身体は右腕、左脚は鋼で出来た機械鎧なのだ。
こんな小さな形なのに体重はずしりと重いのだ。従来の人の腕や脚の重さとは異なる。
己の意志で身体が動いているならばまだしも、その重量は引力よって下に引かれる。
こればかりはどんなに鍛え上げている軍人でも限界がある。
ぐらつき万有引力の法則に従って落ちようとする身体を少しでも引き上げるために、ロイはエドワードの揺れる身体を安定させようと機械鎧の右腕を上げるように要求した。
鈍色の空からは相変わらず結晶のような粉雪が舞い降りていた。
エドワードは言われるままに右腕を伸ばそうとした。腕を上げるという簡単な動作なのに、その鉛色の腕はカクッと神経を繋げはしたが、身体反応はなかった。
動かないのだ――。
まるで寒さに硬直したように身体が動かない。
動かないだけならばまだしも、金属との接続する肌がひりひりと痛むのだ。
これは凍傷の症状である。
「鋼の、! 腕を……」
ロイが何度となく催促の荒声を上げるが、エドワードは一向に右腕を上げようとしない。
そうこうしている間に岩壁が小さなうねりを上げた。
二人の表情はその音に敏感に反応した。
「大佐、危ない。 落ちる!」
そう消極的な声をエドワードが深憂な表情で言うと、苦渋の汗を額に浮かべながらロイは笑っていた。
「大丈夫だ! さあー右腕を上げたまえ。そう長くは持たんぞ! 急げ!」
エドワードの表情が悲しく曇った。それから直ぐに極寒の空というのに温かな微笑をロイに向けた。彼はこの期に起きることを悟ったように清々しい顔をしていた。
その間にも重量に耐え切れずに、ロイの身体とエドワードの身体が崖っぷちに引き込まれていく。
「さあ――鋼の、早く右手を……私が引き上げる! 」
ズルズルとロイの身体が下に滑っているのが、エドワードの揺れる身体に伝わってくる。
「………」
一途なロイの顔が徐々にエドワードの網膜に映ってくる。視界に霞が掛かっていたけれどもロイの懸命な顔だけは鮮明に見えてきたのだ。
いつものようにその声だけで彼の感情は読み取れた。けれどもこんな切迫した状況下では想い人の顔がほっと息を吐ける瞬間だ。いつも飄々としている彼より親しみを感じられる。
この緊迫を和ませるようにエドワードはロイに向かって微笑んで見せた。
「!?」
この時点でエドワードの体力は限界だったのだ。
動かない右腕と左脚はエドワードには足枷にしかならない。機能しない機械鎧は無意味なのだ。
――唯の鉛。
上げようとしても機能しない右腕にエドワードは右側に首を傾げた。
それから時間が経つごとに歪んでいくロイの形相に向かって悲しく微笑んだ。
よく声が出たよなと、我ながら驚いた。ヒューヒューと肺から音を出しながらエドワードはやっとの思いで声を吐き出した。
「……ッ、大佐――手を離せよ!」
今は寒さと感覚が自分の中から消え去っていた。
そうなのだ。誰か一人、助かるためにはこうするしかなかった。その鍵を握っているのはエドワードなのだ。
ロイは絶対にそんなことしない。わかっているから――自分から切り離す。
「何を言っているのだね!」
ロイは歪めていた顔を怒りに満ちた顔に豹変させた。
それでもエドワードは緊迫した状況に似つかわしくない表情をしていた。
「大佐、前言ったこと覚えているか?」
エドワードの突然の問いにロイは暫く思考を巡らせた。
極寒の気温というのにロイの額から汗が滲み出ていた。エドワードの左腕を掴んでいる手の平にも冷たい汗が流れていた。
チラチラと天空から真っ白な羽のような雪が舞い降りてくる。
その雪がロイの記憶を蘇らせた。
そう彼はこういった。「なあ、もしも断崖絶壁でアンタが右手にオレ。左手にトップに駆け上る重要な書類を持っていて、どちらか外さないといけない状態に陥ったら。どうする…」と。
「……あ、あぁ――鋼の、君を助ける! だから手を伸ばしなさい」
ギリギリと歯を食いしばりながらロイは即座に返答した。
以前、そう答えたのを思い出した。そして、今もその想いは変わらない。
エドワードは破顔して、ロイを見つめる瞳を細めた。
覚悟を決めたようなすっきりとした彼の表情がロイの心を乱した。痺れて感覚のないロイの腕がずしりと重さを倍増させた。
「オレも大佐を助ける」
鼻声で喉を嗄らせた声ははっきりと言い切った。
「何だと?」
彼は『賢者の石』というだろうと思っていたのに、予想に反した答えにロイは一瞬唖然としたが、それも彼らしいといえば、そうかもしれない。
ロイは思わずこの状況を忘れて柔らかく微笑んだ。
それから切れ切れに声を吐き出しているエドワードの口が大きく開いた。
「賢者の石と言いたい所だけど……今は大佐を助ける!」
「今!?」
白い世界に飲み込まれようとするエドワードを厳しく開いた瞳が見入った。
「そう。今、だから…オレ達は今を生きているから」
破顔で薄く笑ってエドワードは冷たい汗に濡れそぼった左手を自らの意志で離した。
ロイの瞳にその動作がゆっくりと映っていた。細切れに見えているのにロイはどうすることも出来なかった。
声を荒げて彼の字を呼ぶことしか出来なかった。
「!? 鋼のーーー!!」
あまりに穏やかに微笑むものだからロイは彼の真っ白な顔に見蕩れていた。そのまま、彼はゆっくりと引力引かれて、底が知れない真っ白な世界に飲み込まれた。
かの人を呼ぶ慟哭。
――雪に覆われた閑散とした雪山の世界に響いて吸収された。


急降下する身体を風で感じながらエドワードの心は穏やかだった。歪んだ顔を露にして声を潰してロイが自分の名を呼んでいるのがわかる。
そんなロイの歪んだ表情を何もかもが凍りつきそうな視界に入れて見ていた。
吐き出す息が真っ白だった――。
バッカだなあ、死んだりしねぇーよ。ちょっと落ちるだけ……。そんなに高くないし、大丈夫。みんなを道ずれにするよりマシだ。
大佐を道ずれにしなくて良い。
この空のように今にも泣いて涙が零れて雪になりそうな大佐の顔。見たくないよ。
なっさけねぇーの。
あの時の質問とは選択肢が違うんだよ。
わかってないなあー。
言葉に出来ない声を心の中で反復しながらエドワードは吸い込まれるように白い世界に吸い込まれるように消えて行った。













お、進んだぞ!
出来れば、後一話、二話で終わらせる予定。
しかし、桜の調子がよければだ。

桜 美由紀 2007/1/22




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