Winter , again 〜アンタに会えた〜
act.4
「おや、何故君達が此処にいるのかね」
極寒の気温の中でもその表情は、相変わらず涼しげだ。それが妙に腹が立つエドワードは嗄れた声を張り上げる。
「何でぇ、アンタが此処にいるんだよ!」
ゼェゼェと荒い息で今にも飛び掛りそうな勢いの兄をいつものように取り押さえる役目はアルフォンスだった。
「それはこちらの台詞だよ」
突然の来訪にエドワードも驚いているが、ロイも驚いている。唯、ロイは表情に表さないだけなのだ。此処は急遽応援にやってきた未開の地である。それに今は勤務中だ。
感情を抑えるのは致し方ない。
それでも会ってすぐにエドワードの異変に気付くのはさすが目聡い恋人だ。
「ん!? どうした。具合でも悪いのか」
図星を指され、気まずくなる。
彼の前でもアルフォンスの前でも毅然としていたかった。
「どうもねぇーよ…。それより何事だ」
彼の性格をよく知るロイは、それ以上追求するのはやめた。彼の横にはアルフォンスもいるから尚更だ。彼は決して自分が弱っていることなど認めないだろう。
だが、自分に言い返してくる意欲があるならば大した事はないだろうと、ロイは高をくくって苦笑いしていた。が、後々これが重大なことに発展するのだ。
そしてこれに関してはアルフォンスも同罪なのだ。
エドワードの性格を知るならばこの時、彼を休ませるべきだったのだ。
「君達はミルアーを探しているのかね」
「そうだ!」
短く元気良く言い切ってみた。その方が今のエドワードには楽なのだ。
「ああ、我々軍は彼を保護しに来た。いや、君達に嘘はよくないな…」
ロイの説明を胡散臭そうに聞いている。そんな彼らの表情に眼を覆いたくなる。鼻から信用していない二人にロイはため息をついた。聡い彼らに嘘は通じない。それなりの情報を仕入れて彼らもこんな辺境の地に足を延ばしているのだ。
そんな彼らに敬意を表して真実を述べることが紳士と言うものだ。ロイは肩を窄め、苦笑しながら説明した。
「――という訳だ。どうするかね」
「どうするも、何も…」
熱っぽい瞳を上目遣いにしてエドワードはロイの出方を待った。そんな彼を横目に入れながらロイは左手を顎に当て、考えを巡らせていた。
天邪鬼な彼に手を引けと言っても無理な話だ。お互い不慣れな地である。ならば協力し合い、迅速に対処した方がお互いの為にもなるだろう。
それに仕事も終われば二人の時間も許されるというもの。この極寒の地で二人身体を温めあう事も――そんなやましい考えが浮かんでくる。
ロイはにやりと冷たく強張っている頬を吊り上げて笑った。
「それでは協力を要請する。国家錬金術師としてね」
「いいだろう」
にやりとエドワードは笑う。
その笑みにロイも満足した。
お互い利害一致した。後は目的の人物を探すのみ。この不慣れな豪雪地帯、どこをどう探せば彼の足跡を追う事ができるのだろう。
けれども意外に早く有能な部下達から連絡が入った。
「行こう。鋼の、」
「あぁ…」
雪はやむ事を知らず、しんしんと降り続いている。エドワードはポケットに両手を入れコートの前を掻き合わすようにして寒さを凌いでいた。前方には忌々しくもあり逞しくもある蒼い軍服に黒のロングコート姿の男。その背中を追うようにして動きの悪い脚で進んでいた。
部下の一人が雪原で匍匐体勢のまま双眼鏡を覗き込んでいた。部下の行動に従うようにロイ達も身を下げる。
「どこだ」
「大佐、あそこです!」
声を潜めながらも緊迫した遣り取りが続けられた。
部下は双眼鏡をロイに渡し目標の位置を教える。やはりミルアーは一人ではなかった。この国の者ではない外国人、数名に捕らわれているように見えた。
当初の予定が大幅に崩れてしまった。
ミルアーはドラクマに亡命するのではなく拉致されているようだ。
「先回りできるかね。君達の地の利を使って」
「あの先はちょっと崖になっています。彼らは知らないのでしょう。その手前で掴まえればなんとか。任せて下さい」
「よし、わかった。我々も先回りするぞ! 鋼の、君達も」
「了解!」
返事だけは威勢が良かった。けれども身体は限界に近かったかもしれない。それを更に誤魔化して、エドワードは前に進んだ。
あの背中に付いて行きたかったからだ。彼の隣に並びたかったからだ。
北方司令部の軍人達が地の利を生かしてくれたおかげで素早く目的の場所に辿りついた。もちろん奴らには気づかれていないようだ。
「此処で我々は奴らと敵対する。くれぐれもミルアー氏の身柄捕獲を優先にすること。恐らく奴らも深追いはしまい!」
「はっ!」
上官の指揮が良いのだろうか、現地の軍人は素晴らしい動きを見せてくれた。ロイも不慣れな土地での任務だったが、思った以上の成果を発揮してくれる優秀な人材に満足していた。その安堵からか少し気も緩んでいたのだろう。
こういう時こそ予期せぬ出来事が発生するものだ。
エドワード達も勿論参戦することになった。彼も国家錬金術師の端くれだ。しかし、それを良しとしないのはロイと実弟のアルフォンスだ。アルフォンスは元々兄が国家錬金術師となり軍の狗に成り下がるのには反対だった。
だから今回もこんな土壇場になってもエドワードの身の安全を気にし、なるべく前線に出なくて良いように取り計らうのだ。
そして、それは声に出さないがロイも同じだった。だが、ロイの方がアルフォンスより一枚も二枚も上手のようだ。大佐という軍での地位を利用して、エドワードの身をさり気なく守ってきたのだ。
しかし、今回はそうはいかず――。
ロイとアルフォンスはお互い押し黙って考慮していた。そして、やはり今回もロイがアルフォンスの上を行くのである。
何として、彼を前線に連れ出したくないロイは彼を自分の補佐をさせることにした。それならば周囲にもいらぬ気遣いはなかった。
大佐を補佐するということは一兵士にとっては大役なのだ。
だが、ロイにしてみれば血気盛んに前線で走り回られるより自分の目の届く範囲にいてくれた方が安心するのだ。
それに彼を逆に守ることもできる。
「鋼の、君は私の背後を頼む。良いな! 前には出るな」
少しばかりムスッとした表情をしてエドワードは軽く頷いた。
本当は自らミルアー氏を保護したかったのだ。しかし、この慣れない雪山では勝手が違う。ある程度は熟練した軍人達に任せるしかない。
「止まれ!」
「何者だ! 我々はドラクマより彼を保護しに来た。邪魔をするならば撃つぞ!」
「銃を下ろせ! 君達は包囲されている。彼を解放せよ!」
「我々は彼を連行する役目を果たすのみだ!」
そんな遣り取りが双方で繰り返される。やはり予想通り交渉決裂。お互いが強硬手段に入り銃撃戦が始まった。
チュンチュンと銃声が雪山で響き始めた。後方にいる彼らの近くにも弾丸が飛んできていた。
「鋼の、大丈夫か?」
ロイが木に身を隠しながら彼の背後にいるはずのエドワードを気遣うと、いつものように歯切れの良い声が聞こえてくるはずだったが…。
「大丈夫ですよ。大佐ぁ――」
と、アルフォンスが代返していた。
エドワードはズルズルと木を背にして座り込むようにして、銃撃から身を守りつつ直ぐ前方にいる蒼い背を援護していた。
「ゼェゼェ……あ、あーもうしんどいなぁ! くそっ…」
独りごちりながらエドワードは周囲の木々と豪雪を材料にして防壁を練成していた。
前線で迎撃している兵士達の為に遠隔操作し、防壁を作り出していた。それが幸いして、ロイ達が圧倒的に有利にことは運んでいた。ドラクマ軍はジリジリと後方へ撤退し出した。
それに彼らも自分達の命が惜しいようだ。徐々に拉致しようとしているミルアーが足手まといになっているのが見て取れる。
「大佐殿! 奴ら少しずつ引いております」
「よし! わかった。奴らを一気に追い込むぞ! んっ? 何の音だ!」
そうロイが号令を掛けようとしたその時、雪山の地形が音を轟かせて崩れ始めた。
「あ、大佐! 雪崩です。どうやら運は我らに味方しているようですね。雪崩の進路は奴らの方に向いています。規模は小規模なので、少し彼らの足止めになる程度でしょう」
双眼鏡と銃を器用に操りながら兵士は話した。
「この雪崩で彼らの脚が埋まるということか? ならば危険地帯を避けて彼らに近づくぞ! 皆に伝令と雪崩などに詳しいものを先頭に進むように命令しろ!」
「はっ!」
さすが察しの良いロイに兵士達の動きも素早い。
「鋼の、私達も行くぞ!」
「はい! 大佐、了解です」
アルフォンスの軽快な返事の後に、ぼそりと声らしきものが聴こえる。両軍、雪崩のために銃撃が止んで様子を伺っている状態だ。
しかし、気を散らしてはいけない。それなのにエドワードはふらふらと雪原に脚を取られ、アルフォンスに腕を掴まれながら歩いているという始末だ。
何とも情けない姿にカチカチと震える歯を鳴らしながら、アルフォンスの手を強引に払い除けながら前に進んでいた。
流石のロイもエドワードの様子に眉を顰めながらも、今は前に進むしかなかった。
「一体どうしたのだね? 鋼の、は具合でも悪いのか?」
「それが――例の如く何も言ってくれないし。僕では…」
アルフォンスは小声で話し掛けてきたロイに口を濁したが、見るからにエドワードの体調は悪そうだ。先程の銃撃の際に錬金術を使って更に彼の体力は削げ落ちたようだ。
練成には気力と体力を消耗する。こんな体調で練成を行えば、どうなるか明白なのだ。
「そうとわかっているならば、やはりあの場で待機されるべきだった! クソっ、こんな時に限って」
「すみません……兄さん、言うことを聞いてくれないから」
「仕方ない。もうじきこの戦いにも終止符が打たれるだろうから。それまで君と私で援護するしかあるまい!」
「はい…。それでも兄さん、意地っ張りだから…」
前方でそんな会話がされているとは露知らず、エドワードはぐらぐらと揺れる視界の中を必死に歩いていた。
肺がヒューヒューとうねりを上げていた。吐く息と吸う息の順番がわからない。肺の中を冷たい風が駆け巡っていて痛くて熱い。
それでも今倒れるわけにはいかない。
自分には大役がある。
大佐を護衛しなければならない。そして、ミルアー氏の身柄を確保したら話を聞かなくちゃいけない。
アルフォンスを元に戻すための大切な手掛かりを彼は握っているかもしれないのだ。
エドワードは自分を奮い立たせて雪原の中にいた。
ロイとアルフォンスがエドワードに対して見えない厳戒態勢を引く中、部下達からの吉報がやってきた。
「大佐、やりました! ミルアー氏の身柄を確保しました。それと数名のドラクマ兵士も捕獲しました。先程の雪崩で奴らは総崩れだったようです」
「そうか。くれぐれも残党がまだ残っているかもしれん。充分気をつけるように」
「はっ!」
現場に辿り着くと、雪崩が納まった雪原の中で数人が倒れ込んでいた。銃器を取り上げ、念入りにチェックした後身柄を拘束していた。
緊迫していた状況は一気に落ち着いたが、それでもまだ油断はならない。
一先ず、周りの状況を把握したロイはアルフォンスにこっそりと指示を出した。
「鋼の、を少し後方で休ませなさい。すぐにこの山を下山させる訳にはいかんだろう。我々と一緒に行動したほうが良い。言うことを聞かないようであれば君が殴ってでも大人しくさせたまえ!」
少し厳しい言い方だが、今の段階ではそれが最善の策だった。
アルフォンスもロイにそう言われれば、兄に対して強気になれるというものだ。
「はい。そうですね……」
ロイに対して深く追求することなく素直にアルフォンスはふらふらと立っている兄の方に歩いていった。
それを兵士達に細かい指示を出しながら、ロイは眼で追っていた。
「兄さん、ちょっとこの木に寄り掛かって座ってなよ」
ぎろりと視線がアルフォンスを睨みつけた。それを無視して、アルフォンスは大きなため息と共に兄の身体を強引に引き摺って連れて行く。抵抗しようと身体を捩るが力が入らず、アルフォンスの巨体の前に成すすべがない。
確かに緊迫していた戦闘が火を消したように静まっていた。それでエドワード自身も気が緩み掛けていた。
ドスンッと担がれた身体を木の根元に下ろされて、その上からふわりと温かい物が被された。
大柄の黒いコート。
視界も朦朧としていたエドワードだったが、それが誰の物か一瞬にして判別した。
と、同時に――アルフォンスの身体の横からキラッと鈍色に光る物が視界に入った。
それまで立っているのもやっとだった半病人の身体がその時ばかりは素早く反応し、掠れた声を張り上げた。
「大佐、危ない!! 手榴弾だ!」
ロイがその声に血相を変えて振り返り、鈍色に光る物体の軌跡を確認して、後方で作業をしている兵士達に大音声した。
「伏せろ!!」
そして、ロイは飛び込んでくる金色の身体を受け止め伏せたつもりだった。
すみません。すみません…繰り返し…。
はあ〜一年ぶりぐらいの更新です。すっかり話を忘れて季節も移り変わってしまい。
あーもう…。
そして、続きがこんな状態。早くこの後を書かねば…また別の病気が出てしまう。
長らく待っていてくれた方、どうもすみませんです。
桜 美由紀 2007/1/15
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