人 間 兵 器 act.5
その頃。
ロイ・マスタング大佐は、やっとテロ事件の処理を済ませ帰宅しようと司令部を後に
する所であった。
以前、司令部の部下達の中では、まだまだ仕事が終わらずにいる者や、交代の為に今から
出勤してきた者等が、司令部内をウロウロと、せわしそうに動き回っていた。
「じゃ…君達、私は失礼するよ!いゃ、仕事はすばやくこなさねば!ははは…」
そこにいた、部下達の冷たい視線を一斉に受けてしまった。
「大佐、本日は珍しくお早いですね。なんなら、明日の仕事もまわしましょうか?」
「へっ!?…ホークアイ中尉、冗談はやめてくれたまえ。ははは…」
寒い……!この能面のような反応どうにかならんかねー、と独りごちる。
冗談が、わからん奴らだと。独り上機嫌である。
「ならば、無駄口はいいのでさっさと帰ってください!今から、夜勤体制の者の迷惑です!」
「ははは…、こわいなぁ…!」
ロイは、これ以上彼女の激燐に触れないようにと司令部のドアを開け外へ出る瞬間。
もう、退勤したはずのジャン・ハボック少尉。彼が凄い剣幕で入室してきた。
バンっと激しく扉を開ける音が、室内に緊張を走らせる。もちろん、冗談を言っていた
ロイ・マスタング大佐の表情も険しく。何事だと、ぴりっと緊張が高まる。
そして、室内にいた人間達の視線をハボック自身を釘付けにした。
彼の登場は、ロイがエドの背を見送ったあとの予兆を現実にするものだった。
もっとも、想像もしていない程の悲劇をともなって。
緊張感のある視線を一心に受けた、ハボックはエドを救える唯一の人間を目の当たりにし
大声で叫びたかった。
大佐、大将が襲われた!助けてやってくれ…!
と、懇願したかったが、今の状況を判断して心の叫びをぐっと我慢した。
が、しかし、表情まで抑える事はできずにいる。ひとまず、唸る心音を落ち着かせて、ロイの
元に駆け寄る。
「大佐…ちょっと…話が…」
ハボックの慌てようと、その表情で瞬時に事の重大さを、見抜いたロイは先程までの
飄々とした表情とは、うって変わった厳しい顔で声を潜め言う。
「ここでは、まずい事か…」
「はい…内密に、でも急を要することなんで!大将が…」
大将が、という言葉を聞いたとたん、ロイの表情が豹変し蒼白い焔がメラメラと燃え上がった。
エドにとって良くない事が起きたと察知したのである。
まさか…。嫌な、予感が…背筋を這いずり回る。
「わかった」
ロイとハボックは一旦、司令部室を出てロイの執務室へと移動した。
執務室に入るなり、誰もここにいない事を確認したハボックは、ロイにエドに起きた悲劇を伝える。
そして、必死の願いを…込めて助けを求める。
「大将を助けてやってください!大佐…オレじゃ…」
「どういう…事だ…!」
「オレのミスです…。オレの配下の奴らが大将を襲った!」
「……なんだと!」
「すみません…オレの所為だ…!」
「お前の謝罪はいい…!どこだ、鋼の、は…!」
先程のハボックの剣幕以上の凄みのある表情で、ハボックは責め立てられる。
まるで、掴みあげられるように。ロイの感情が手に取るようにわかる。
「第三会議室です!酷い状態なんだ…、錯乱していて大将の奴…近寄れないんだ」
ハボックは上司に敬語を使うことも忘れ、兎に角、急いで欲しいと伝える。
今の状態のエドを、1人ほっとく事などできず…。
しかし、自分ではこれ以上は踏み込む事ができない。
だから…頼む!と、ロイに熱の篭る瞳を、投げつける。
「…行くぞ!」
激昂の声が、響き渡った。
彼らは、走ってエドのいる第三会議室へと急いだ。
ロイの心身からは、すさましい蒼い焔が燃え上がっていた。大切な愛しいエドの身に起こった
悲劇に怒りを露にする。
辿り着いた部屋の扉の前で。
ロイは、一呼吸した。今から目の当たりにする事になるであろう現実に心を落ち着かせる為に。
私のとり越し苦労であってくれ、という思いも含めて。
実を言うと、ここへ辿り着く間、始終無言で走って来た。その間、ハボックにどんな状態か
詳しく聞けるはずだったのに、恐ろしくて聞くことができずにいた。
聞くのが、怖かったのかも知れない。だが、願うのは彼の無事な姿で…。
エド…。
しかし、扉を開け、部屋に入ったロイは、エドの姿を見て驚愕してしまう。
ロイの些細な思いは、やはり、露と消える。
そして、現実を目の当たりとする事になるのであった。
「…鋼の、…」
「…すんません…。大佐…」
始めに発見したハボックは、エドの姿を再び見ることが、できずに俯いてしまった。
ロイは、驚愕のあまり震える手をぎゅっと握り締めている。
目を逸らす事も出来ずに、つきつけられた現実を受け入れるしかなかった。
決して受け入れたくなかった。 この現実を…。
「なぜ…!? こんな事に…」
満身創痍の身体を壁に凭れかけ、辛うじて身を起こしている意識が、あるのかどうかも判らない。
黄金の長い髪は乱れ、前髪がそっと彼の表情を隠し、瞳はぼんやりと床を見下ろしていた。
苦しそうに、荒い息を吐きながら。
呼吸は、聞きなれない音を一緒に奏でている。これは、酷い…。
そっと、静かにエドの傍に近づいたロイは、エドの身に起きた惨劇を感じ取った。
素っ裸に近い身体。
身体中にある打撲、血、傷。
失われたエドの大切な機械鎧の左脚。
脚の間から、したたり落ちている鮮血と男達の欲望の精液。
もう、聞かずともここで何が、行われたのか知りたくなくても、知ってしまった。
目を覆うような惨劇にロイは息を呑んだが、今こうして動揺している場合ではなかった。
早く彼を、この泥沼から救い上げなければならない。このまま、浸りきってしまったら…心が崩れる。
ロイは己のまず、行うべき事を1つ、1つ、クリアーしていくしかない。
それが、エドにとっての救いだと信じて…。
エドの傍に近づき片膝を床につき、優しくロイは言葉を紡いだ。
「…鋼の、もう、大丈夫だ」
その言葉に、エドの身体はぴっくと反応してガタガタと震えた。
いや、震え続けていた身体が更に激しく震えたのだ。
「…やっだっ…。来るな…もう、触るな…」
今にも消え入りそうな悲壮な叫びに、ロイの心は張り裂けそうだった。
エド…なぜ、君がこんな目に合わなくては…。
一緒に部屋にいるハボックも、この2人のやり取りをじっと見つめるしかなかった。
自分では、この後どうする事もできずにいたから。
ただ、見守るしかない。
「大丈夫だ…。私の事は判るな。鋼の、…」
その声に、静かに首をたてにふる。
こうやって意識を保っている事が、不思議なエドの様子にロイは懸念したが。
「…もう、だめっ…だっ…。大佐 オレ…」
荒い息の中、吐き出される言葉にロイは、静かに耳を傾ける。
聞かねば、ならない…。彼の悲しみを…。
「何が…だめなんだ…鋼の」
「はぁっ…はっ…オレ……」
俯いていた顔を少しロイの方に上げた。エドの穢れなき黄金の瞳からは、涙がポロポロと流れ
落ちていた。
ロイは、その涙を自分の手ですくってやりたかったが、今の状態では…拒絶されるだろう。
「大丈夫だ…。聞いてあげるから、ゆっくり話しなさい」
「……っは…あっ…オレ、…人間兵器って言われた…」
「………!?」
その言葉に、ロイもハボックも言いようのない怒りを覚えた。
あいつら…、そんな事を…ゆるさねぇ!2人が、胸に覚えた感情は同じものであった。
エドの掠れ々に、聞こえる小さな声を聞いたハボックは、怒りの余り壁を自らの拳で叩いた。
壁を殴ったからといってエドの身体の痛みや心の痛みが、和らぐはずもなかったが。
そうでもしないとハボックの怒りの逃げ場がなかったから。
「……うっ…判ってた…けど…うっ…」
ロイは、エドの心の叫びが痛いほど判った。
なぜなら、自分自身も国家錬金術師であり【人間兵器】として、イシュバール殲滅戦に出兵した。
【人間兵器】の1人だったからだ。
この重い枷は、この少年には辛い現実だ。
判っているけど…。
その言葉に胸が締め付けられる。
そうなのだ…、この言いようのない胸の思い、私でさえ思う重い単語【人間兵器】。
それを、背負った者の業。
だから、この言葉は同じ立場にいる者にしか伝えられない。そして、彼の目的を知る者にしか
言えない言葉。
「…鋼の、私も【人間兵器】だよ!」
ロイの言葉に血で濡れ、涙に濡れる顔をロイに向けた。そして、黄金の瞳でロイを見つめた。
霞んでよく見えないけれども、唯一この思いを理解してくれる人を…。
「……っあうっ…」
言葉は嗚咽に変わり、苦しく部屋に響き渡る。
「さぁ…おいで…鋼の、私の手をとって…」
ロイはエドの前に、己の手をそっと差し伸べた。
差し伸べられた手をじっと見つめたエドは、動くたびに全身を駆け回る疼痛に耐えながら、ゆっくりと
震える生身の左腕をロイに向かって差し出した。
助けて……。
心で、頭で、何度も繰り返した言葉…。だが、誰も聞いてくれなかった。
エドの傷ついた心が、再び助けを求める。声に出す事は、できなくとも…、訴えられる。
ロイは、エドの左手を掴むと、一気に身体ごと抱き寄せた。
「うっ…いっ…はぁっ…」
身体を抱き寄せられた事によって更に激しい疼痛が、エドの身体を苛めたが、ロイの胸に抱かれた事に
よって、ようやくエドに神の慈悲がくだされ、失神させてくれた。
ぷつりと意識を失ったエドの身体にロイは、自分が羽織っていた軍支給の黒のコートを掛けて
なるべく傷に障らないように優しく抱きしめた。
その様子を見て、ハボックはやっと生きた心地がして一息抜くことができる。
「…ふう…」
「おい、ハボック…車を手配しろ!大至急だ!」
ロイの怒りは納まることはなかった、蒼い焔が静かに燃えていた。
己が愛する人を傷つけられたこの思いは、計り知れない。
to be continued
やっと、真打登場です!
暫くエドは、ベットの住人です。
そして、新キャラ?(ノックス鑑定医・軍医)として登場させようと。
検討中!いい味だしてると思うノックス先生!しかし、どうも出番は随分先?