人  間  兵  器    act.6














ハボックは用意してきた、車を軍部の目立たない場所にて待機させていた。
そこへ、ロイは壊れ物を抱くように慎重に抱えられたエドの身体と、共に車に乗り込むと
鋭くハボックに言い放った。


「ハボック…この事は、誰にも知られてはいないのか…」
「大丈夫です。オレが発見しただけで…その…」
「…ならば、良い…アルフォンスは…、もう、いつもの宿に戻っているのか?」
「そうっス。現場から直行宿に戻るよう指示しましたから…」
「…そうか…」
「あの〜〜、大将の様子はどうですか?…やっぱ医者に診せたほうが…」


バックミラー越しにエドの様子を見るハボック。
ロイに抱きかかえられ、意識を失っている彼の顔色は陶磁器のように白く、その白さが血の色をより
映えさせた。
荒く、短く、漏れ出す呼吸がいつか止まりそうな程とても痛ましい姿。
時折、車の振動に傷が疼くのか、呻き声が小さく漏れる。
その度、ロイが優しく彼の頭を擦ってやっている。それで、エドの傷みが消えるはずもないが。


ただ、そうせずには、いられなかった。


ハボックの問いかけに、腕に大切に抱いている彼に響かないように静かにロイは返答する。


「あぁ…そうしてやりたいのだが…、立場上そういう訳にはいくまい!」
「ハボック、お前は軍の寮に入っていたな…確か」
「そうですけど…まさか、オレの部屋に連れて行こうとか…」
「そうだ、何か不服か!」
「いえ…でも、オレの部屋じゃなくて大佐の家の方が…」
「私は、暫くしたら出かける予定だから…鋼の、看病ができん…」
「…!?」
「えっ…ついていてやらないんですか?」
「………やるべき事があるからな……」


その言葉は、重く車内に響いた。 
そして、蒼い焔と瞳と一緒に、意思の強さが伺えた。


「取り合えず、お前の部屋に直行だ」


有無を言わさない言葉に、ハボックの身は引き締まる。
オレにも責任が…、暴行した奴らがオレの配下の人間だったから…。どうして気付いて
やれなかっただ!ハボックは、悔しくて堪らなかった。己の不甲斐なさに。


「ハボック、お前が、くよくよ悩んでいる暇はない!前見て安全運転しろ!」
「はっ!」


ロイは、ハボックの心情もしっかり、理解していた。自分を責め続ける彼の姿も痛くて、
だが、今、どうして…と、いう言葉よりエドの手当ての方が先だ。
身体が熱い…。医者に診せた方が良いと判っているが…、それは、彼も許さないだろう。
が、このまま、応急処置だけでは済まされるような傷ではない…。
ロイの表情は苦虫を噛んだように苦痛に歪んでいく。




誰にも見られることなく、細心の注意を払ってハボックの部屋へエドを連れて行くことに成功した。
2人は、エドをハボックのベッドへそっと寝かせた。


「ハボック、お湯を沸かせ!それと清潔なタオル数枚と軍配給の救急キットはあるか…?」


迅速に指示を出すロイにハボックは、ただ脱帽するしかなく、ロイの指示におろおろ、としている。


「大佐、手当てとかできるんスカ…。結構ひどそうだけど…」
「当たり前だ…!お前はできんのか!」
「…すんません…」
「それより、早く用意しろ!」


ベッドに寝かせたエドの身体は、酷く衰弱していた。
傷に触らないように気をつけながら、だが身体中傷ばかりで、エドの身体を触れる事に
躊躇ってしまったが、このままではと思い一気に身体にかけていたコートを剥ぎ取る。
まじかに、診た彼の姿に思わずロイは、口にしてしまった。


「…ひどいな…」
「大佐…どうっすか…」
「ああ…、そこに置いてくれ…。余り良い状態とはいえないな…」


ハボックの気配を背後に感じたロイは、一先ず、エドの身体に毛布をかけた。
余りにも、この酷い有様を見せたくなかったからだ。できれば少しでも身体を綺麗にした姿を、
と思った。その方がエドの気持ちも幾分、静まるだろう。


「ハボック…此処に書いている薬類を、至急用意してきてくれ!お前の救急キットにはろくな物が
入ってないぞ!」
「すんません…判りました。大佐は…?」
「その間、鋼の、手当てをしている……。おそらく、応急処置程度しかできないが、今の状態よりは
良いだろう…。それに、この姿を余り、見られるのは……」


と、口を濁し、自嘲気味に笑ったロイの姿がとても痛かった。
眠っているエドの頭を優しく撫でながら。だが、見つめる瞳は、酷く苦痛の色をだしている。
ハボックが、急ぎ出かけてから、ロイはそっとエドに掛けていた毛布をはぎとった。
思わず目を背けたくなる状態だ。
だが、少しでも彼を綺麗にしてやりたかった。
エド…、君の身体は決して穢れてはいない…。大丈夫だ…。
何度もロイの心は、彼にそう、語りかける。今は、聞こえてなくても胸に届くようにと…。


ロイは、お湯で絞ったタオルでエドの汚れた身体を拭い清めはじめた。
どこもかしこも、傷ばかりのこの小さな身体を優しく拭っていった。
そっと両脚を持ち上げ、内股にこびりついた血や精液をぬぐったが、一度で拭いきれず何度も
何度も癇性なくらい拭う。
洗面器のお湯は、あっという間に朱色へと変わっていく。


「エド…すまない…。私が、軍内にいながら…」


思わず、謝罪の言葉を漏らしてしまうロイ。
傷の痛みの所為で、エドの意識は覚醒と失神を繰り返していた。
手当ての為、触れた傷が痛むのであろうエドの表情が苦痛に歪み、そして、失っていた意識が
少し覚醒し始めた。
瞼が震え開き始めるが、ロイはこのままエドが、深い眠りについていた方が良かったのでは
ないだろうかと、思わずにはいられなかった。
己の今の状態を受け入れられるのか…。また、先程のように錯乱し怯えるのではないだろうか?
と、懸念したのだが…。
そっと彼の顔を覗きこみ覚醒を待つ。


「…うっ…あっ…いっ…」


エドは、瞳に入ってきた光景が、ぐるぐるまわり続け視点が定まらずにいた。
只、判る事は、ここは軍内ではないような感じがした。そして、誰かの気配と嗅ぎなれた
タバコの匂い。
意識が戻ると身体中の痛感が、悲鳴を上げる。
それと同時に内臓が、掻き回されたような不快感から嘔吐をもようする。


「うっ…吐き…そう…っ…」
「……エド…!?」


その様子に気付いたロイは、素早くエドの身体を少し起こし濡らしたタオルを口元にあてがった。
背を胸を激しく震え上げさせながら咽る姿は、痛々しく。
激しい嘔吐と共に出血がみられる。内臓も痛めているようだ。
衰弱している身体に、激しい嘔吐はさらにエドの身体を苦痛へと導いた。
痛々しい姿のエドの背を優しく擦ってやるしか、できないロイは、己自身が歯痒かった。


「…エド…落ち着いたか?…」


その声に、ぐるぐる回り続けていた視点が、やっと一点を見つめられようになった。
見つめた一点の先にはロイが、心配そうに覗き込んでいたのが、判った…。
なんて…、顔してんだよ…ロイ…。
ぼんやりそんな事を思いながら、はっと、エドは自分の状態を思い出す。
…あぁぁぁっ…。オレ…、そうだ…ボロボロだぁ…。うっ…、何か喋んないと……。
エドは、傷の痛みではっきりしない頭で色々考えたが。
余りの自分の惨めな姿に今は、泣きたくもないのにパラパラと瞳から涙が、零れ堕ちた。
止めることができない涙と、入り乱れる感情をどうしたら良いか判らない。
……何か…、喋んないと…。だけど、もうどうしたら…いいんだよっ…。


「…エド、大丈夫だ…私だよ…」
「っ…大佐?…ひっく…」
「あぁ…私だ…」


涙で濡れる頬にそっと触れ、瞳から堕ちる涙を拭った。


「…オレ…、オレ…」


言葉が続かない。
何て、言っていいのか判らず、嗚咽を繰り返すエドの様子にロイは今の状態を伝える。


「ここは、ハボックの部屋だ…。いま、彼は薬を買いに行ってもらっているよ 誰もこの事に
気付いている奴はいない、だから大丈夫だ…」


こくりっと、うなづいたエドの様子に少しばかり安堵した。
まだ、色々混乱しているようだが…正気を保っている。
良かった…。


「傷の手当てをしているから…、少し痛いが辛抱してくれるかい。明日、医者に診せてやるから」


しかし、医者の言葉に過剰反応を起こしたエドは、混乱する頭を何度か横へ振ったが
ロイは優しく諭した。彼が、怯えるのも無理はないことだろう。


「大丈夫だ…。私の知り合いの医者だ…、心配はいらないよ」


その言葉を理解できたのかどうか判らないが、やっと落ち着きを見せ始めたエドの傷ついた
唇から掠れ々に言葉が紡ぎだされた。言葉を口に出すのでさえ、今の衰弱しきった身体には
苦痛を伴うのだけど、それでもエドは…。


「…ひっく…うっ…ロイ…」
「んっ…どうした、痛むか?…」
「………ごめん…。オレ、ぐちゃぐちゃ…だっ…いっ……」


その言葉を聞いたロイは、胸を鷲掴みしそうになる。
そんなこと、気にしなくて良いのに…、この子は…。
ロイは、ベットに力なく横たわるエドの身体を、力強く抱きしめてしまう。


「……あっう…いっ…う……。【人間兵器】だ…か…ら…?…わかってるのに…」


あの部屋で、ひっそりと告げた言葉をエドは、繰り返す。
それほどまでに、彼の心は、精神は…【人間兵器】と、いう言葉に蔑まれた事をショックに
受けているのだろう。


「……!?…そんなことはない…決して!エド…」
「っ…ひっ…うっ…」
「エド、すまない…。私がいながら…君をこんな目に合わせてしまった…」


力強く抱きしめられた事によって、苦痛に呻く様子にびっくりしたようにロイは、そっと力を
緩めベッドへと寝かせた。


「……はっあ…っ…」


ロイの顔は、今にも泣き出しそうだ。あのロイ・マスタング大佐が、気丈な男が…。
それ程、今回エドの身に起きた惨劇の酷さが、彼をここまで追い詰めている。


「…さぁ、少し眠りなさい…何か欲しい物があるか?」
「…水、飲みたい…っは…はぁ…ハァ…」
「判った、ちょっと待っていなさい…。」


水をコップに注ぎエドに、飲ませようと身体を少し起こさせロイの腕で支える。
だが、水が傷口に滲みて、うまく飲み干せなくて。
時間をかけて、ゆっくり、一口だけ水を飲ませると、エドはやっと少し落ち着いたらしく
荒い息の中、どうしても頼みたかった事を口にした。


「…ロイ…っ…この事、アル…には言わないで…頼むから…はぁ…はっ…」


長く言葉を紡ぐことは、今のエドの身体には苦痛の何者でもなかったが、それだけは
頼みたかった事だからと、必死に言葉を紡ぐ。混乱している頭で…、懸命に。
エドの悲壮な瞳が、ロイを捕らえる。


「…しかし、…」
「あっ…アイツ、心配するから…」


エドの懇願に、否を論じることもできずにいたが、今の彼の状態を思えば少し気を静めさせた方が
良いと思いロイは答えた。


「判ったよ…」
「…ご…めん…ロイ…無理言って…はっ…ハァ…」


その言葉に安堵したように彼は、意識をまた、闇の中に滑らせていった。
エド、君には判ったと言ったが…、そういう訳にはいかないだろう…。
ロイは、手を顔で覆い、表情を隠す。アルフォンス…、エドが心を許す数限りない人間の一人。
彼の、アルフォンスの存在は、絶大だ。
嘘を言える相手ではなかった、まして兄であるエドの事を心底心配、心酔している彼にである。
いくら、心配するからと言って…この惨劇を無下にする事はできない。
これはロイにとっての受難であった。




ハボックが帰ってきたのだろう、ガチャと扉が開く音がする。


「…大佐…すんません…。どうすっか、大将の様子は…」


気がかりなのは、エドの様子ばかりと。
何度となく、この質問を繰り返すハボックであった。


「ああ…先程、少しばかり意識が戻ったが、また眠ったよ…」
「…良かった…」


意識が戻った事を、心底喜ぶハボックであった。


「…だが、やはり明日、医者に診せよう」
「ですが、あんま…気付かれない方がいいんじゃ…大将の為にって…」
「判っている。私の知り合いに1人、心当たりがいるんでな…」
「やっぱ…傷の具合は酷いみたいですね…。オレの管轄でこんな目にあわせてしまって…
すんません」


ハボックの腹の底からの償いの言葉が部屋に響くが、決して彼の責任ではない事ぐらいロイには
十分判っていた。
これは、予想範囲内の出来事だったのだから、だが範囲外のことでもあった。
だから、この件に関して彼を言及することは、今は避けた。


「ああ…、専門じゃないなので確かな事は、言えないが恐らく肋骨が折れているかもしれないな…
その上、内臓も痛めているようだ…。今晩あたりから、発熱するだろう」


ロイは、汗で張り付いている黄金の前髪を優しく梳いてやった。
眠る彼の呼吸は穏やかではなく、浅い呼吸を辛そうに繰り返している。
生きるための呼吸が、彼にとって苦痛でしかなかった。
ベッドサイドに、水と氷をはった洗面器を置き、濡らしたタオルを絞ってエドの腫れた頬を
冷やしてやる。
彼を診るロイの表情は、険しかった。


「…くそ……、なぜ…」


思わず本音をぶつけるロイの姿に、その熱い胸のうちを知ってしまったハボックであった。
2人は、エドの状態が心配で暫くの間、まんじりともせずに様子を伺っていた。













to be continued







う…ん、次回から大佐色々お願い事をしに出かけるの巻
難産です! どなたか…感想をさみし(泣)
これって、どうなん?早く鑑定医ノックス先生を出したいのですが…。
話が進まないよう(泣)