人 間 兵 器 act.8
う〜ん!大佐、遅いなぁー。やっぱりアルの所でまさか、やり合ってるじゃないよな…。
ハボックは、エドの看病をしながらそんな事を考えていた。
「――っう、はっアッ…」
ずっと、苦しそうに悶えるエドの姿を見つめながら。
代われるものならば、エドの苦痛を代わってやりたいと、さえ思っている。
喫煙派のハボックも流石に、今回はタバコに火を点ける事ができない。
おかげで、彼は忌まわしそうにフィルターを噛んでいる。
時間は、とうに深夜をまわり、日付変更となっていた。
エドの眠りを妨げないようにと、ベッドサイドの灯りを灯しただけの薄暗い部屋に、
エドの苦しく荒い呼吸だけが響く。
傷の痛みに耐えるように、ぎゅっと毛布を握り締める姿が痛ましい。
時間がたつにつれて次第に身体は、発熱していく。エドの身体は、外からの熱と内からの熱と、
両方から攻められている。
そんな容態を、つらく見つめながら。ハボックは、何度も額の濡れたタオルを変えていた。
エドの意識は混濁していた。現実と、悪夢と、今はどちらで覚醒しているのか判らない。
死んだように、何も感じずに眠れたらどんなに良い事だろう…。
だが、眠る事さえ今の自分は許されていなかった…。
傷の痛みと身体を駆け巡る不快感に時折、現実の世界へと覚醒するが、今の自分の状況が
まったく把握できずにいた。
彼の混乱している頭の中では、あの惨劇は悪夢としか言いようがなかったからだ。
「―― うっ、あっ、ハァ…」
ぼんやりと、薄暗い部屋の光景が目に映りだす。
気配を感じたハボックは。
「んっ、どうした。大将、目覚めたか…。」
ハボックが、心配そうに顔を覗きこんでいる姿が、エドの瞳にやっと映し出される
が、エドの意識は苦痛に歪んでいる。
うっ、気持ち悪い吐きそうと、身体が悲鳴を上げるばかりで。
エドは言葉を声に出すことができないほど、憔悴しきっていた。
まだ、現実と悪夢とを行ったり来たりする意識の中、悪夢はたえず自分の身体に
刻みこまれている。
身体の激痛と、この不快感がやはり悪夢ではなかったと伝える。
「大将ー、大丈夫か…?」
ハボックが洗面器に浸した濡れたタオルを絞り、エドの額にのせようとした瞬間。エドの身体は、
ビックと小刻みに怯えた。
それに、気付いたハボックは悲愴な笑顔をかえしてエドの額に慎重にタオルをのせてやる。
エドは、小刻みに震えながらハボックが、額にのせてくれるタオルの感触を、瞳を伏せて耐える。
「大丈夫だ、何もしないから…。オレはごめんな。こんな目にあわせちまって…」
「っ、はっ…」
彼は何を思ったのか、痛む身体を必死になってベットから起き上がろうとするが、力が入らずに
荒い息を繰り返す。
「どうした…?寝てろよ、大将。それとも何かしたいことあるのか?」
エドの身体が、ビクつくのが手に取るようにわかる。
起き上がろうとする身体を静止するハボックの手に怯え、エドの身体は、ビクついていた。
「ふうっー、まいったな」
ハボックは、エドの様子を見て思わず一言もらし、天を仰ぎみた。
あの部屋で、彼に触れることさえましてや、近寄ることさえできなかったのだから。
今のエドの心と身体は、あの連中の汚れた手に怯え苦しんでいるのだろう。
穢された身体を庇うように…。
だが、ハボックは思い切ってエドの身体に触れる事にする。
このまま、ずっと怯えるばかりじゃ、やばいよ、大将!
エドの身体に触れ身体を少し起き上がらせた。
傷ついた精神と身体は一斉に悲鳴を上げる。苦痛に歪むエドの姿は見ていられなかったが。
「いっ…、うっーやめ、触るなっ…!」
エドの口から悲愴な叫びが<小さく掠れるように聞こえたが、
ハボックは止めてやる気はなかった。
「大丈夫か…」
胸に抱いたエドにそっと言葉を掛けるが、身体中が拒否反応をおこしている。
だが、ハボックは彼を抱える腕を離すことはしなかった。できるだけ、優しく思いを込めて
抱きとめるのだが。
自分の思いは、彼に届く事はなかった。
カタカタと震える身体でエドはやっと、荒い息の中言葉を紡ぎ始めた。
「うっ…、気持ち悪い。吐きそうー」
何故に、痛む身体を酷使してまでベッドから這い出そうとするのか。
エドの行動の意味をやっと察したハボックは、急いでエドの身体を介抱させる。
「あっ、ちょっと待ってろよ…!?」
しかし、エドの体内にはもう吐くべきものがなく嗚咽だけを繰り返す。
ハボックは、いまだ、カタカタと震える身体をどうする事もできず、優しくエドの背を擦る。
「少し、落ち着いたか大将?オレの事、わかるか?」
「うっん…、ごめんー迷惑かけてっ……」
「何、いってんだよ!ほら、横になって眠ってろ…」
漸く吐き気が治まったらしい、エドの身体をゆっくり寝かす。触れた身体は火のように熱かった。
どんなに、彼のまだ幼さの残る身体を苛めているのか、と思うとハボックの胸は、締め付けられる
ようだった。
「っう…、オレ…の脚、どこ……」
「あっ…大丈夫!ちゃんとここにあるぞ」
熱で潤んだ、ぼんやりとした瞳が、ウロウロと探し回っている。
――― どこ、オレの機械鎧…。
エドは、不安でたまらなかった。
あの部屋で外された機械鎧の左脚。大切な脚が見当たらない。
意識を失って眠っている間も悪夢は、あの時の音を痛烈に繰り返す。
『ガキィン、ガキィン、ガキィン…』何度も、何度も、悪夢の世界で繰り返される。
恐怖の音。
「…脚、脚。オレっのー左脚…っ」
エドの潤んだ瞳から涙が、零れ堕ち生身の左腕が力なく空を彷徨う。
探している自分の機械鎧。
傷ついて指一本、動かすのでさえ苦痛を伴うのに、それでも左腕が空を駆け回る。
脚のない不安の所為なのか、恐怖の所為なのか、ハボックには計り知れなかったが、とにかく
機械鎧の左脚が、健在なのをエドに教えなればならない。
ベッドサイドに立てかけてある機械鎧の脚をエドに見えるように持ち上げて、優しく彼に
言ってやる。
「ほら、ちゃんとここにあるよ、大丈夫だよ…大将」
「……脚つけなくっちゃ。オレ…っ、あ、し…」
「大将、身体よくなったら、つけような…!?んっん、眠ったのか?」
機械鎧の左脚が確認できた事で安心したのか、エドの意識はぷっりと途切れ、眠りの中へと
堕ちていった。
そして、空を彷徨っていた力ない左腕も同時に滑り落ちていく。
涙は、頬をつたい真っ白なシーツに染みを残していく。
その様子をみて、ハボックはエドに起こったあの惨劇の酷さが、こんなにも彼を苦しめるのか
と、怒りを抑える事ができずにいた。
眠ってもエドには悪夢が眠りを妨げ、身体を触れられたら怯え。
一体彼が、何をしたと言うのだろうか。余りにも可哀想すぎるとハボック思う。
大佐、大将の背負っているものはこんなに、重いんですか?オレには、わかんないすっよ!
ハボックの中で、言葉に出したくても出せない思いが、積もっていく。
彼は、ベッドサイドのテーブルに置いてあるエドの所持品の銀時計を恨めしそうに睨みつけた。
この銀時計…、この恩恵の影では。
限りなく深い闇と、輝かしい栄光、所持するものに、もたらせられるのはどちらだ。
エドの荒い呼吸のみが聞こえる静まりかえった部屋にドアをノックする音が響いた。
じっとエドの容態を見守り続けていたハボックは、その音にびっくりして思わず背後を振り向く。
「あっ…、大佐だな。びっくりした!」
ハボックは大佐を迎える為に玄関先へと向かう。
「大佐、遅かったすね!」
「すまない!色々やるべき事があってな…。どうだ、鋼の、の様子は…」
ハボックの表情は、一瞬にして曇ってしまう。
「う〜ん、あんまよくないみたいすね…。意識戻ったり、眠ったりを繰り返して…。それに、
触れられるのを怯えしまって。後、意識戻った時に凄く機械鎧の脚を気にしていて
見てらんないですよ。」
「機械鎧の脚を。そうか、良かった…」
「!?良かった?どうして、そんなうわ言でも脚、脚って繰り返してるですよ!」
「いや、語弊があるか。まだ、前に進もうと、歩こうとする意思があるように思えたのでな…」
ロイとハボックは、エドが眠るベットの傍に腰を下ろし彼の様子を見守る。
ロイは優しくエドの汗をタオルで拭ってやる。寝乱れた黄金の髪が、シーツに広がる姿はとても
扇情的で、また庇護欲を掻き立てるようだが…。
「……前に進む?」
ハボックは、自分の頭をカリカリとかきながら理解に苦しんでいるようだ。
ロイはそんなハボックを横目で、笑っていた。
「ハボック、鋼の、は私が看ているから、お前は、休んでいいぞ…」
「えっ、いやオレが看てますよ!大佐の方こそ休んでくださいよ!」
「いや、ついていてやりたいんだ!お前が休め。これは命令だ!」
「あっ、ひっでぇ〜なっ。こんな時に、命令だなんて、わかりましたよ…。大佐も休める時には休んで
くださいね。じゃないと、仕事中に居眠りなんてやったらホークアイ中尉に撃たれますよ!」
「あ、ついでだ。ハボック、お前明日有給休暇とれ!これも、命令だ!」
「はぁ〜〜〜、なんでまた?」
「それは、鋼の、を看る為だ!私が明日勤務している間、看病しておけ!」
「えっ…!?大佐が明日出勤するなら尚更、今休んでくださいよ…!」
「お前も、ごちゃごちゃうるさい奴だな!兎に角、命令だ!いいな!」
眠っているエドの頭上でドタバタと意見を述べていた所為か、エドの虚ろな意識が薄っすら
と、目覚める。
「うっ、ん…」
それに、気付いた2人はエドの顔を覗きこんだ。
「すまない、おこしたか。鋼の、私だわかるか?」
重い瞼を開ければ、世界は以前回転していて、今、自分はどちらの世界にいるのだろう。
朦朧とする意識のなか思った。悪夢、それとも現実の世界か、どちらなのか皆目検討がつかない。
だが、彼の潤んだ瞳に飛び込んできた人物は、唯一確認できた。
その人だけを今、確認できる。認識できる。暗い闇の中でも彼だけは眩しかったから。
「…ロイっ」
ゆっくり頷いたエドにロイは、優しく微笑みかけエドの乱れた黄金の髪を優しく梳いてやる。
彼の身体に触れる…。何気もなく、そして彼は受けいれる。
「―――― !?」
ハボックは、自分では不可能な事を遣ってみせるロイに驚く。
エドの顔色は蒼白だが、ロイを確認して、安心するような表情を見せるエド。
それと同時に、ロイに触れられる事に対して拒絶していないエドの様子に驚く。
自分じゃー、こんなにうまくいかないよ。やっぱ、この2人には見えない絆みたいなのが
見えるような、大佐を呼んできてよかった…。
と、心底思うのであった。
「どうした…? 眠っていていいんだよ。私がついているから…」
優しく穏やかに声を掛けるロイの姿を見送りながら、ハボックはこの部屋を後にした。
そして、小さく彼らに聞こえるか、どうかわからないぐらいそっと呟いた。
「大佐、後お願いします…」
パタン、と静かに扉は閉じられる。
2人きりになった部屋ではロイが、エドを心配そうに見つめていた。
やっぱり、悪化しているようだな。
「――― !? うっ ―― 」
ぼんやりと辺りを確認していたエドだったが、急に小さな身体を、背を、丸め苦しみだした。
ギュッ、と何かに、耐えるように震える身体を更に丸めていた。
指先はシーツをきつく握り締め色を失っている。
「エド、苦しいのか?どこが、痛むんだ!エド…」
「……っう、ー!?」
尋常ではない苦しみ方にロイは、ただどうしたらよいのか判らずにいたが。
ロイは身体を丸め苦しむ彼を、自分の胸に抱き起こす。
エドは力なくロイの胸に治まりはしたが、以前苦痛は彼の身体を這いずり回っていた。
「エド?」
「……腹、痛ったいっ…、どうにかし、て…」
助けを求めるエドの左手は、ロイの胸のシャツをしっかり握り締めている。
ロイはどうする事もできずに、エドの黄金の頭を自分の胸に更に抱き寄せるぐらいしか、
出来ずにいる。
この時ほど、自分の無能さを悔やんだことはなかった。
「―――― っあ、ヤァ、ぁ…」
悲鳴にも似た声が、掠れ々にエドの唇から漏れた。
「どうした…!?」
エドは、ギュッとロイの胸に顔をうずめ肩を震わせてしゃくり上げ始めた。
ロイはふと、着替えがなかった為、ハボックのシャツを一枚着せかけていた彼の
裸の脚先をみると…。
脚の先から見えたものは…。
欲望の残滓が、出血と一緒に多量にエドの下肢からボタボタと流れ落ちていた。
その様子をみて、エドの今の混乱振りを理解してしまう。
くっ…、ひどいなっ!なぜ、こんな目にエドが…。
何度も、何度も、思うこの言葉。
他に見つかる言葉がなくて…繰り返される。
「エド、大丈夫だよ…。ちゃんと綺麗にしてあげるからちょっとの辛抱だよ」
ロイは、優しくエドに声をかける。
そして、そっとエドの下肢をタオルで拭ってやった。びくりと震える身体が、痛ましい。
それと同時に、恥辱と、羞辱が、エドの身体を駆け巡る。
「…っひくーっ、オレ、汚い、よ…」
「そんなことはない!ほら、下腹に力入れられるかい…。辛いだろうけどちょっと傷に触るよ」
ロイは、エドのズタズタに傷ついた後孔に指を挿入し、中の残滓を掻き出していく。
エドにとっては、ちょっとの辛抱どころではなかった。
激痛が身体の芯を突き刺さり、それと同時にあの恐怖が、再来しエドはパニックをおこした。
「っやぁーだっ…。いっうっ、ヤァァー!」
エドが恐怖と、激痛で、歪む表情が見ていられず、なるべく手早く処置を行う。
ロイの指が、やっとエドの傷ついた後孔から遠ざかり、残滓と出血を丁寧に拭っていった。
だが、エドの身体は震え続けロイの胸元から顔を上げられずにいる。
「エド、さぁー少しは楽になったか。顔を見せてくれ…」
「ひっく、オレ、っー汚いから、汚れてるから…」
「ふうっーまだ、そんなこと言ってるのかい!君は、君のままだ…以前と変わらない。
今も、前も…。お願いだ、エド自分を責めないでくれ…」
「ひっく、うっ…いっー」
今のエドに理解しろ、判ってくれと言っても、まだまだ身体も精神も傷ついた侭で無理に均しい。
今は、身体の傷を癒す。
それから精神を癒していくべきではと、急がずにゆっくりとロイはそう思うのであった。
エドに、今必要な事は療養なのだからと。
「エド、私が今晩ついていてあげるからゆっくり休みなさい。悪い夢を見てる時は、
私がちゃんと、抱きしめておこしてあげるから。さぁー、休みなさい…」
静かに嗚咽を繰り返すエドをベットに横たえさせる。涙で赤く腫らした目元を、濡れたタオルで
冷やしてやる。
彼の身体中、あちこち熱をもっていた。だが、今はその涙の跡で腫れた場所を冷やしたかった。
時期に、エドの意識はまた、暗い闇の中へと潜っていく。
その闇の中は、決して居心地の良い場所ではなく、何度となく彼の眠りを妨げる事となったが。
深夜…。
ハボックの寝室は、月明かりが射し、エドとロイを照らした。
月明かりで浮かび上がるエドの表情は、険しく。月明かりでさらに、顔色は紙のように白かった。
ベッドの傍についていたロイは、しっかりエドの生身の左手を握り締めている。
悪夢に悩まされるエドを、抱きしめる為に。
to be continued
いい加減進めろ!と…次から翌日になります。
話を展開させなればすみません。 医者を早く呼べよなと自分も思うのですが…。
長いなぁ…