人 間 兵 器 act.10
「う〜ん。いっこうに良くなる気配なしだな…。午後になってから、また熱上がってきてんじゃないか?
大将大丈夫か…」
「……ハァッ…うっ…」
熱で汗が、浮かぶ額を濡れたタオルで拭ってやる。
魘され続けて乱れた金髪が、顔に張付いている。ハボックは、優しく顔にかかっている金髪を
後ろへと梳いてやった。
昨日より傷は、殴られた部分が鮮明に青黒く腫れていき、更に痛々しく感じる。
朝のうちは、少々穏やかな呼吸で眠っていたようだったので、少し安心していたのだが。
昼過ぎからは、また、体調は悪化していく一方で。
荒い呼吸を短く吐き続け、眠りを妨げる。
苦しさで、眼が覚め。そして、嘔吐を催す。
胃の中が、捻られるように嘔吐を繰り返す。だが、吐く物がなく苦しさだけが、体内を満たしていく。
嘔吐を繰り返す度に、エドがにぎり締めるシーツに力が込められる。
彼は、こうやって激痛を遣り過ごしていく。疲労は溜まる一方であった。
そして、我を忘れたように自分の脚を探す。
何度も、何度も、うわ言のように繰り返して。探すのである。
ハボックは、エドの様子が見ていられなかった。
大佐…、まだっすか…。
ハボックは、焦りと一緒に、その言葉を胸で繰り返す。
その時、ハボックの部屋の扉を叩く音がした。
「大佐だっ…!良かったな大将、ちょっと待ってろよ!」
ハボックは、急いで玄関の扉を開いた。
そこには、ロイと見知らぬ顔が、1人一緒にいる。眼鏡をかけた、髭面の如何にも目つきの悪い
熟年オヤジであった。
「大佐――?あの〜〜どちらさんで…」
「いいから、中に…」
ロイはハボックに説明はあとだ、と言わんばかりに部屋の中に入れるように促す。
その言葉に、我に返るハボック。
「あっ、すんません、どうぞ…」
「どうだ。様子は…」
慌しく、自分にエドの容態を確認するロイの様子に、やっぱり大佐も相当、大将のことを
気にしているのだなあ、と思いハボックは安心する。
「いや、一向に良くなってないみたいなんすよ」
「そうか…」
そんな2人のやり取りとは、無関係のノックス。
彼は、部屋に入りベッドに力なく横たわり荒い息を、短く繰り返すエドの姿を見て驚く。
「―――――!?女か、マスタングさんよぉー」
いつもは、三つ編をしている長い金髪を、ほどいてシーツに流して横たわるエドの姿。
そして、蒼白な顔色。
整った美しい容貌を見れば、確かに女性に見間違うような容姿であったが。
「―――いや」
「ふぅん〜。まぁー、いい。だいぶ酷いようだな…」
「ああー。もしかして、内臓を痛めてるかもしれん。心配でな…」
「ほぉーおまえさんが、心配とは、どういう風のふきまわしか。一体、どういう傷だい」
ノックスが当たり前のように、尋ねる。
が、ロイもハボックも答えるのに一瞬、躊躇ってしまう。あまりに、酷すぎて。
彼が、エドが。
「―――暴行だ。複数による…」
「暴行」にしては、ぱっと見た目でも酷すぎる。
その言葉を聞いた後、何とも言いようのない表情でノックスは押し黙る。
そして、無言のまま治療の準備をし始めた。
「おい、クソガキ。服を脱がせろ。ポケッとしとらずに手伝え…」
「ああー。すまん」
しばらくの沈黙の後、ノックスがロイに指示する。その態度と、言いように驚く。
ハボックは、その場で2人のやり取りに、ただ、びっくりするばかりであった。
大佐をクソガキ扱いできる男なんて、そうそういないぞ。
自分の上司の扱われように、この人物が如何に大佐に影響力があるのかと思いを巡らせていた。
服と毛布を脱がせかかった所で、ノックスはエドの機械鎧の右腕に視線が釘付けになった。
「ほおー。機械鎧か。うん、左脚もか…?」
「ああ。暴行の際に脚の方は外された…」
ロイの表情に、嫌な物を思い出させてしまう。
激しい憎しみと、怒りが。
「この年齢で機械鎧!?その上、軍関係!!!おい、鋼の錬金術師か。
最年少国家錬金術師の!?」
「ああ、そうだ…。だから、この事は内密に願いたい」
「―――ふ〜ん。そういうことかい。なるほどな」
治療のため傷に触れられ痛みが、エドの身体を這いずり回る。意識が、無理やり現実世界へと
覚醒させられていく。
苦痛に顔を歪めながら、閉じられていた瞼が、フルフルと開き始めた。
ゆっくりと開かれた瞳の色は、黄金色で瞳は、まだ焦点を合わせる事ができず宙を彷徨っている。
ノックスは初めて見る少年の黄金の瞳とその容貌に驚いていた。
今は身体中、顔も傷だけだったが。
ほおー、瞳の色も黄金かと。
オレが、女と勘違いするのもわけないな、と噂の最年少国家錬金術師の容貌をノックスは
暫し、じっくりと魅入ってしまっていた。
「――オイ…」
その様子をみていた、ロイは思わずノックスに治療に専念するように声をかける。
「ああ、すまん。噂の有名人をまじかで拝んでしまったのでな…」
エドは、ぼんやりと2人の男達が何やら耳元で会話している様子に気づき始める。
1人は、ロイ。もう、1人は、見知らぬ男!!!
エドの瞳が、見知らぬ男の存在を確認して黄金の瞳は、大きく見開かれる。
そして、彼の表情が一変し、恐慌を起こし暴れ始める。
ドキドキとなる心臓の鼓動。黒い嵐の再来。
「いゃぁ――っ、あー、触るな…っ…」
悲痛な叫びが部屋中に響き渡る。
少し、ベッドの傍を離れたところで、エドを診る2人の男の様子を見ていたハボックさえも。
エドの悲痛な叫びに胸が、はちきれん思いに駆られてしまい、顔を俯かせた。
激痛に耐えながらも自分の身体をノックスから身を隠そうと、もがき苦しむ姿。
満足に手足を動かすことさえ、不可能なのに必死にもがく姿。
その姿は、哀れで、悲しく。目を覆ってしまう。
だが、それを宥めるようにロイは、エドを押さえつけ、優しく諭し始める。
「大丈夫だ、医者だ。昨日、話しただろう。身体を診てもらうだけ、だからじっとして…」
―――あまり、いい目にあっては、いないようだな!傷も、酷すぎるが精神的ショックも
それ以上だろう。
ノックスは、この恐慌振りが暫く落ち着くまで待つ。
「大丈夫だ。鋼の、大丈夫…」
何度も、何度も、親が赤子に言い聞かせるようにゆっくりと宥める。
「…ハァ、ハァ、ハァ……」
体力のないエドが激しく暴れ続けるには、無理がある。体力が続かない。
漸く、落ち着きを取り戻し始める。
大人しく治療を受け始めたが、触れられる度に身体の緊張をとく事はできない。
ノックスから顔を背け、必死に恐怖と傷みに瞳を閉じ耐える姿が、見ていられない。
「……肋骨が3本骨折だな。それと、内臓がやっぱり強打されたことによりダメージを受けている。
まあ、もう。ちょっとひどけりゃ撲殺に近いな。それと、下肢の裂傷と――身体中の打撲、
擦り傷だな。マスタングさんよぉー。もうちょっと早く呼んだ方がよかったな…!
これ以上、酷くなるとヤバかったぞ。取り合えず、3日間の絶食と、絶対安静だな。
本当は、入院させたほうがいいのだが…」
「―――そうか、すまんな…」
「暫く高熱が続くだろう。それと、痛みもな、どうする。病院へいれるか?」
「いやー、私が看ようと思っている…」
「――― !?ほう、こりゃどうしたことかね。イシュバールの英雄殿は、責任でも感じてるのか。
おまえさんが、【人間兵器】にしたんだろ?違うか…」
ノックスは、冷たく言い放つが、ロイの心情の変化に驚くノックスだった。
彼と、共にあのイシュバール殲滅戦に赴き戦ってきた。
あの【人間兵器】投入によって大きく戦局は変化し我が軍の勝利へと導きはしたが、そこで見たもの
感じたものは、これ以後の人生を放棄するようなことばかりだった。
実際、ノックスも殲滅戦後、家族とうまくいかなくなり別離している。
殲滅戦へ行った全ての軍人が心に傷を負ったと言う訳ではないが、それぞれ人生を
左右させられた事は、間違いないだろう。
それほど、あの戦いは精神的にも肉体的にも人間を下落させてしまった。
【人間兵器】として投入されたロイにも、その思いは十分理解しているはずだろうと。
軍医で赴いた自分より科せられた命令は、酷いものであったはずだから。
それ故になぜ、こんな年端もいかない少年を【人間兵器】へと導いたのだろうか。
疑問は、疑念を呼んでいた。
「そうだ。私だ、導いたのは、彼の目的の為には必要不可欠だと思ったからだ!」
ほう、このクソガキ。いい目をしてやがる。
あの殲滅戦でおまえさんは、いい意味変わったな。
「おまえさんに、とってこの子は何だい!」
「―――光ですよ!…そして、希望です!」
ロイは、ノックスの問いに自嘲気味に笑う。
今から自分の口から出る言葉は、戯言に聞こえるかもしれない。
だが、この思いを…。誰かに…。
決して理解してくれというのではないが。
「私が、大総統の位置に立つのが早いか。それとも【人間兵器】として彼が戦場に
駆りだされるのが、先か。この子の為にも、私は駆け上がらなくてはならない!
戦場に送り出さない為にも…」
ロイの熱い思いを、暫く黙って聞く。
この男の信念に、そんな思いがあったのかと。
「――― !ふっん、どうでもいいがな。人、1人の運命をかえちまったんだ!それなりの
覚悟とやらが、おまえさんの目的に繋がってるだろな!」
「もちろんだ!だが、今回はその覚悟が足りなかった」
ロイは、激しい苦痛に悶えるエドの姿を辛そうに見つめながら。
その言葉は、重く部屋に浸透した。
「まあー。後悔するだけましだな」
ノックスは、ベッドに臥して身体の苦痛と戦う少年の姿を目を細めて見つめる。
身体を診て、思う。
機械鎧の右腕。左脚。
これの意味するところは。
この少年には、公にはできない重大な事情があるように見えた。重責の重さを。
最年少国家錬金術師「鋼の錬金術師」エドワード・エルリック。
恐らく、この小さな背に背負うものが、その辺の同じ年頃の少年達とはまったく異なる事。
意外と我々と近い所に彼はいるのではないだろうかと。
罪を背負った我々と、一緒の場所に堕ちているのでは、ないのだろうか。
だが、この男「ロイ・マスタング」が「光」だと。「希望」だと。
何故なのか、到底検討もつかないが、この男がそう決めたのだ。
それが答えなのだろう。
彼は、イシュバール殲滅戦後、彼に出会ってしまった。これが、転機となったのだろう。
「しばらく、この子には辛いかも知れないが。色々と事情があるようだしな、今日のところは
ぐっすり睡眠をとった方がいいだろう。まぁ、この傷では、あんまり眠れなかっただろうに…」
「ああ…。まずは、何もかも忘れるぐらい休ませた方がいいだろう…」
その言葉に、今までの会話が頭上で繰り返されていても、じっと傷の痛みに耐えるばかりで、
会話など、ほとんど聞こえていなかったエドが。
急に、怯えるように言葉を吐く。
「……っは…眠りたくない…!…イヤダッ…!」
「!?―――」
ロイとノックスは、怪訝そうな顔でお互い目を合わせる。
何故、そんなに怯えるのだ。
「マスタングさんよ。とにかく、今日は眠らせるよ…」
「ああー。すまんが、頼む」
「鋼の、ゆっくり休みなさい。いいね…」
ロイが、彼に優しく優しく言い聞かせるのだが。
その言葉にも、断固として享けつけずに、頭をゆっくりと左右に振り続ける。
今、酷く身体は、高熱を発しているのに。
頭を振ったりなどして余計エドの気分は、悪くなる一方だが、彼は眠りを恐れていた。
しかし、その些細な抵抗も薬がもたらす力には勝つことができない。
意識は、じわじわと、深底の闇の中に沈んでいく。
何も思考することができない、闇の中へと誘われていく。
「痛み止めの薬と、あとここに書いてる薬を用意しとけ。しばらく点滴させといた方がいいんでな。
おまえさん、できるだろ。詳しくは紙に書いてやる。精々、頑張って面倒見ることだな」
「ああ。もちろんだ」
「すまなかったな。貴方に手を煩わせてしまって」
「ふっん。ちっともそうは、思っていないだろう。クソガキ、じゃぁ、オレは帰らせてもらうよ。
何か、容態が変化したら呼んでくれてもかまわんが」
「ああー、わかったよ。ありがとう…」
相変わらず、不貞腐れたような顔をしながら、ノックスはハボックの部屋を出て行った。
部屋に残るのは、沈黙のみである。
to be continued
やっと、エドの治療ができました。
長かった…です!そして、大佐と鑑定医ノックス先生の会話を
色々入れたかったのです!
本誌のガンガンと少々またもやカブッテます。
すみません…。
「11」では、場所移動します…大佐の部屋に行くの巻です!