人 間 兵 器 act.16
蒼い軍服をまとう人間の手が、伸びてくる。
何の感情もない冷えた冷めた瞳。
欲望と嫉妬、傲慢、妬みを含む瞳がギラつく。
そして、その口から零れる言葉【人間兵器】。
エドの脳内を光が、フラッシュしていく。見たくない映像が、繰り返される。
カシャ、カシャとスライド式に映像が脳内に叩き込まれていく。
黒い手が伸びてくる。
蒼い軍服から伸びてくる。
そして、黒い嵐が再現される。
心は、恐怖に支配される。
凄い勢いでエドは、ハボックの手を払いのけた。
そして、どこからそんな声が、でるのかわからないほどの、悲鳴を上げた。
部屋に戦慄の慟哭が、響き渡る。
哀しい慟哭…。
「イヤャャャャャャャャ―――――――!」
悲鳴を上げると、同時に、彼はベッドの端へと逃げ出す。
何処を見ているのか、わからない黄金の瞳は助けを求めているが…、
あるものに囚われていた。瞳を逸らす事ができない。
身体は、怯えて震えながら後方へと後ずさる。
「兄さん!!!」
「大将 ―― !!」
アルフォンスとハボックが、手を伸ばしてくるが、その手を取ることなどできない。
フルフルと頭を振る。否定の意味なのか?
黄金の瞳からは、涙が流れる止め処もなく流れ落ちる。
「嫌、いゃ、はぁ、はぁ…っ、はぅ、はぁ…」
呼吸が乱れ、心臓が跳ねる。骨が軋み、傷が痛む。
それでも、逃げる…。
「大将、危ない!ベッドから落ちる!」
機械鎧の左脚を失っている今、身体を引きずってベッド端まで行き着き、もう後がなかった。
アルフォンスは、兄の恐慌を始めて見て気が、動転してしまいどうする事もできずに
立ち尽くしていた。
ショックだった…、その言葉が、後から、後から頭を駆け巡る。
「おい、アル、アルー!大佐呼んできてくれ。頼むからー何で!」
「―――」
「アルフォンス!大佐を…!」
一際、切迫した声でハボックは、アルフォンスに声を掛けたが、アルフォンスは、身動き
1つできずに、立ち尽くしている。まるで鋼鉄の鎧。
本来の姿である置物のように、動かない。いや、動けないのである。
「大将!なんもしねぇから」
ハボックが、ベッドに乗り上がり、エドをベッド端から落ちないように助けようと手を伸ばした。
瞬間。
エドは、堕ちた。
鈍い音と一緒に。
「イッ、うっ…。あっ」
呻き声が、上がる。
ハボックは、唖然としてしまった、何故ここまで拒否されるのだろう。何に…。
俺が、何かしたのか?大将に!?
悔しさで胸が、一杯になる。
隣の部屋から、騒々しい音が聞こえ、何事かと…。ロイがやって来た。
息を切らした、ロイは部屋の扉の前で立ち尽くしてしまった。
エドの姿を…。
この姿は、あの軍司令部のあの部屋での出来事のように思えた。
恐怖に逃げ惑うエドの姿が…。
ロイが、部屋に駆け込んで来たことによって、アルフォンスの意識が、現実を映し出し
彼に、助けを求める。
「大佐、兄さんがー!!!」
「大佐ー!」
「いったい、どうしたんだ…!」
「わからないんです。急に、怯えだして」
「大佐、俺ですかね。俺が、入ってきてから大将の様子が…、おかしくなっちまった」
「とにかく、このままでは怪我が悪化してしまう!ともかく落ち着かせて、ベッドに運ぼう」
ベッドから落ちてからも床を這いずりながら、恐怖から逃げるエドの哀切な姿。
もう、二度とこんな姿を、見たくはなかったのに…と。
ロイは、逃げ惑うエドに近づき暴れる身体を、強引に抱き上げる。
「ひっ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」
ガタガタと震える身体。熱を帯び始めた身体。何かに怯える心、と身体。
肺が、無意味に激しく空気を吸い続ける。
黄金の瞳の先は、それでもある一点を見て続けている。
ロイは、瞳の先にあるものに気付いた。
エドをベッドに寝かすが、呼吸は荒くうまく空気が吸えていない。
折れた肋骨を固定するためにきつく縛っている包帯が、邪魔をして苦しそうに喘ぐ。
ロイは、エドのシャツを素早く脱がして固定している包帯をとる。
アルフォンスは、その時、始めてエドの身体に刻みこまれた残虐な傷跡を直視する。
感情を抑えることができずに、思わず悲嘆な声を漏らしてしまった。
「ひどいっ…。こんな、兄さん」
さっきは、こんな傷を抱えながらも笑顔で、僕に言ってくれたのに。
「もっと、強くなりたい」と、なのに。あまりにも…惨すぎる。
僕は、いつもこの兄の微笑みに騙される。
辛い思いも、何もかも、隠して哀しく笑うこの笑顔に…。幼かったあの日の、笑顔ではない。
偽りの笑顔に。
アルフォンスの驚愕する様子を見てハボックは、自分の不甲斐なさを、さらに悔やんだ。
「おい、エド、エドワード。私だ、わかるな!」
意識が、混濁気味のエドの頬を軽く叩く。
「――― ハァっ、ハァいっ、ヤダ…っ、こわい!」
エドの様子を食い入るようにアルフォンスは見る。
自分の兄が、いかに、残酷な目に合わされたのかを。そして、いまだに燻り続ける記憶。
何もできない鋼鎧の僕。いつも、兄にばかり苦難を背負わせてしまている。
自分には、何が出来るのだろうか。
兄は、自分の右腕を犠牲にして、僕の魂を練成した。
自分には、何がしてあげられるだろうか。
ただ、今は、兄の苦しむ姿を眼に、脳内に焼き付けることぐらいしかできない。
「すまない。暫く部屋から出て、もらっていいか二人とも…」
余りの恐慌ぶりのエドの状態を2人に見られるのは、お互い良い結果は生まないだろうと
ロイは判断した。
アルフォンスは、ロイの言葉を受け入れた。今は、何も出来ない自分に、歯軋りしながら。
「大佐、兄さんをお願いします」
2人が、出て行った部屋でロイは、エドに何度も語りかける。
「大丈夫だ。何もしないから…」
と、ガタガタ震える身体を抱きしめる。
そして、呼吸を落ち着かせる為に、背を優しくさする。
「ハァ、ハァー、ひっく…ロイ。ヤダァー。オレ、こんなんオレ、ハァ、嫌だっ…」
震えながらも、ロイの背に摑まる。
何かに縋りつきたい。
オレ…、もっと強くなりたいと、思っているのに。
その言葉が虚しくて、心では思っていても身体が、ついていかない歯痒さ。
忙しく肺は、空気を吸い続ける、これ以上吸っても無意味なのに。
それでも…。
「エド、大丈夫だよ。時が解決してくれる、あせるな」
長い時が経つ。
時計が、時が刻む音だけがリビングに響く。
ガチャリと扉が開く、2人の視線は痛いほど、ロイに向けられる。
「大佐!兄さんは…?」
「今やっと、薬で眠ったよ」
「やっぱ、俺なんですか?大将をあんな状態にしたのは。俺が来るまでは、
大丈夫だったのに。」
このリビングにいる3人に、重い空気が圧し掛かる。
そして、それぞれが思いを巡らせる。
何故、どうして、と。やっと快方へ向かっていたのではなかったのだろうか。
「いや、恐らく軍服姿に拒否反応を起こしたのだろう。私も正直驚いたよ…」
「兄さんの心の傷は、そう簡単に治るものではないんですね」
「あぁ、だいぶん良くなったと思っていたのだがね…。表面上だったようだね」
皆が、沈黙する。
どうしたら良いのだろうかと、本人でさえこの植えつけられた恐怖をどうしてよいか判らずに
のたうち廻っている。
「とくにかく、明日また、医者に看て貰おう。ちょっとさっきので身体を痛めたようなんでな」
「そうですね。明日から、大佐は仕事ですよね?僕、兄さんの傍にいます」
「すまないね……。なるべく早く、帰宅するとしよう」
思い沈黙が、部屋全体を包み込んでいく。
折角、快復へ向かっていたと思っていたので、それぞれの思いが…交差する。
その夜、アルフォンスはロイのリビングにて夜をあかす事となった。
部屋を用意してもらったが、こんな身体だからと丁重に断りを入れる。
そして、明日から仕事にでるロイの代わりに今日の夜は、兄を看ようと申し出たが
ロイは、明日からが、大変だからとやんわりと断られた。
リビングに1人いるアルフォンス、夜は長い。
いつもは、本を読んだり夜の散歩に出かけたりと、長い夜を工夫して過ごしていたが、
この日の夜は…。
考えることが、全て兄への思いだった。
じっと、ソファに腰掛けたまま本物の鎧のように動かない。
兄に何をしてやれるのか…?
どうしたら、いつもの兄に戻せるのだろうか?
そんな事を時計が、時を刻む音と一緒に考えていた。
ガチャリとドアノブの廻す音が響く。寝室から、ロイの姿が現れる。
その彼は、洗面器をもってリビングにやって来る。
「大佐、どうかしたんですか?」
アルフォンスの問いかけに少々驚く、ロイ。
そうだ、この子には夜が、ないのだった。
「いや、ちょっと熱が、上がってきてね…」
「そうですか、ホントすみません。大佐には迷惑ばかりかけて」
「君が悔やむことはないよ。私の所為だから…」
沈黙が、薄暗い部屋に訪れる。
何をどうしたら良いのか、見つからなかった。
アルフォンスは、言いようのない苛立ちが、鋼鎧の刻印に蓄積するのが感じる。
ロイは洗面器に氷をガラガラと、入れ始める。
氷のぶつかり合う渇いた音は、深夜のリビングに轟く。
その音に、ロイの方へアルフォンスは、顔を向ける。何を聞いたら、話したらいいのだろう。
が、声はロイの方からやってくる。
「アルフォンス、ここで焦っても何も解決しない!私達ぐらいどっしりと構えていないと
あの子の心は、潰れてしまう。だから、焦らずに、な」
「大佐…、大佐の方が兄さんの事よく判ってるみたいだ。ホント、僕って…」
「まだ、君達は若いんだよ。ただ、それだけだ…」
ロイは、そう、言って寝室に戻った。
暫くしてアルフォンスは、寝室の扉をそっと開け中の様子を伺った。
心配だったから。だが、本当はやってはならない行為、かもしれなかったけれども…、
大佐の姿を見たかった。
兄に接する姿を…だから。少しだけ…。
寝室には、兄の荒く、忙しなく呼吸する吐息が聞こえる。
そして、先程の氷の混ざり合う音が響く。カラカラ、カラカラと…。
小さな掠れた声が、荒い呼吸の合間に聞こえる。
「ハァ、ロイっ、アルは……」
「いるよ。エド」
「しんっ、ぱい、してるだろ……っ」
「そうだね…」
「アル、夜 ―― だからっハァ、この辺の本貸してやって」
「わかったよ。君は、眠りなさい。寝る子は、育つよ…」
「ハァ、うるさいなぁー」
兄の両腕が、大佐の身体に伸びる。
それに応えるようにロイの腕が、優しくエドの熱を発する熱い身体を優しく包み込む。
その仕草がとっても艶かしくて、それでいて愛情のこもったロイの後姿をアルフォンスは
見つめていた。
「うん?どうした、エド…」
「ちょっと、だけっ、こうしていて……」
「あぁ、いつまでも。こうしていてあげよう君の心が、穏やかになるまで」
アルフォンスは、そっと扉を閉めた。
もし、今の自分に生身の身体が、あった泣いていただろう。
泣ける肉体が、欲しかった。
苦しい呼吸を吐き続ける中、自分の事を思う兄に…、どうしても涙で、自分の頬を
濡らしたかったから。
そして、ロイに感謝した。
唯一、エドワードの傷心の心に安らげる泉を提供できる男だから。
to be continued
アルフォンス視点で…。
さてさて、どうしたもんやら…今後の展開。
エドの心の傷が…きっかけが欲しいなぁと思う