人 間 兵 器 act.18
ガチャリと部屋を出てくる音にアルフォンスは、神経を研ぎ澄ます。
アルフォンスの前に、ノックスが煙たい顔を露に現れ、どっしりとリビングのソファーに腰掛ける。
彼に物言いたげに恐る、恐る…動き回るアルフォンス。兄の様子を聞きたいのだが、どうも
この医者の態度に躊躇ってしまい、機会を逃してしまうアルフォンスにノックスは、重たい口をひらく。
「…お前さんの、兄貴は、どうも強情だな!機械鎧をつけろとうるさくてな!」
「えっ…」
アルフォンスは、驚いた。そんな、あの状態ではとても無理のはずだと…。
機械鎧の接続には凄まじい痛みが、生じるのを知っている。
それにまだ、傷は深く安静が必要な身体だ。
そんな危うい状態で、激しい苦痛を伴い体力も精神力も削ぎ落とす行為を何故進んで…。
アルフォンスは、思わず絶句してしまった。
彼が、黙ってしまった事をどう感じたかはノックスの表情からは、うかがい知れないが。
ノックスは、さらりとありのままを、呆然としているアルフォンスに伝える。
「あんま、うるさいんでな!接続してやったよ。それと、脚付けたからって、うろうろするなと
言っとけ。暫く、絶対安静だ」
まさか、機械鎧を装着するなど思ってもみなかった。
それだけ…エドの心には焦りが見え始めている。
よほど、焦っている兄に対して、アルフォンスには、無い胸が激しく高鳴りだす。
僕には、何がしてやれるのだろうかと…。煩悶するばかりであった。
そして、このいかついた医師に対して、兄はどう反応しているのだろうか…。
色々聞きたい事は山のようにあって、だが1つだけは確認したい否、伝えるべき事がある。
「………あっ、はい。あの〜、兄さん…」
だが、アルフォンスは言いよどんでしまう。昨日の事をこの医者に伝えるべきなのだろうかと。
そして、大丈夫だったのだろうかと。迷ってしまうが…これは、思い切ってこのいかついた医師に
尋ねるしかないと。
「あの〜、兄さん…暴れたり…しなかったですか」
その問いに、暫しの間をあけはしたが相変わらずの無表情でノックスは、答える。
アルフォンスの言いたい事は、何となくエドの様子を診ていて判っていたから、心配なのだろう。
「いや…」
ノックスから吐き出されたNOの返事に、アルフォンスは安堵し更に質問を続ける。
「凄く、聞きにくい事なのですが…、どうしたら…兄は…恐怖から立ち直れるのでしょうか」
本当に、どう説明したら良いのか判らなかったが、そして、こんな事をこの目の前にいる男に
相談しても良いのだろうかとも思ったが、自分では計り知れない事ばかりで…。
誰かに頼るしかなかったから。
「ふん…。その事か…、精神的外傷てのは、それぞれだが…まぁ、その外傷に立ち向かわないと
どうにもならんと、オレは思うんだがな。それか、その傷に触れるべからずと真綿に包むように
生活をおくるか。だが、後者の場合はいずれ…生活に支障をもたらすなのでな…お前さんの兄貴の
場合、前者の方が良いと思うがな…後は、本人次第だな」
アルフォンスは、医者の話を真剣に聞き、感心する。この人は、見かけによらず患者に親身に
接してくれる人のようだと。自分は、端的にしか質問をしてはいないが、的確に今の兄の状態を
理解した上で、自分に的確なアドバイスをしてくれている。
大佐が、信用の於ける人物だといった訳が何となく判る。
「あっ…ありがとうございます。すごく、参考になります」
「いや…、だが、時と場合による。今の状態ではなー。暫く身体の回復を待った方が良いだろうよ」
「はい、そうですね」
ノックスは、そう言うと、重い腰を上げ取り敢えず彼の状態と傷の治療方法を告げて帰って行った。
掴み所の無い、強面な人物ではあったが、アルフォンスは、今日このノックスに出会えて
良かったと思った。
アルフォンスにとって少しの希望の光が見え出した。
夕刻、黄昏時にロイは、早々に仕事を切り上げ帰宅する準備に取り掛かっていた。
そんな慌しい時間に、ハボック少尉が心痛な趣でロイに話しかけてきた。
「すんません。大佐、大将の様子は…。俺、気になって…」
彼の見かけは、飄々と風になびくような感じだが、実は部下思いであり、責任感も強い面を
持っている事にロイは改めて感心している。だから、あの時エドを一番初めに発見したのが彼で
あったのも救いではと、思うことがあった。
「……なんとも、言えんがな。取り敢えず、今日また、医者に診せるようにしている」
「そうすか…」
「お前が、そんなに気にする事ではない!ああ、見えても…鋼のは、強いから」
「だけど…、俺は…大将に何をしてやればいいのか…」
「…そうだな。お前の力が必要な時、借りるよ…。今は、そう…悩むな」
「すんません…大佐」
ハボックと、そう、語ってロイは帰路を急ぐ。
ハボックには、強気なところを見せはしたが、ロイの心も内心不安であった。一応、ノックスから
治療の結果を聞きはしたが…。
早く、エドに会いたいと言う思いで、一杯だった。
少しでも彼の硝子の心が穏やかになるようにと願い。
「大佐、お帰りなさい。すみません、こんな早くに帰ってきてもらって…」
「いや、いいんだよ。それより、エドの様子は…」
アルフォンスの声色の変化により、あまり芳しくないのだろうと想像がつくのだが。
「それが…、機械鎧を装着しちゃんたですよー。それで…随分、衰弱してしまって…」
「あぁ、ノックスから話は聞いているよ」
「今も…、兄さん痛みが引かないようで」
「わかった…暫く、私が様子を診よう。君も精神的に疲れただろうから」
「そんな、大佐の方こそ仕事で、疲れているのに」
「いいんだよ。私が、ついていてやりたいんだよ」
そう話しながら、2人はエドが休んでいる部屋へと向かう。慌てていたのであろうか、その時は、
ロイもアルフォンスもある重要な事に、気が付いてなかった。
部屋に入ると、熱を伴いながら、浅く吐き出される吐息が聞こえる。
苦痛に歪む表情が痛々しく、痛みを堪えようと握り締めているシーツが千切れそうで。
見ているロイの方が、痛かった…。
ロイは、ベッドの端に座り、汗に濡れる額を冷たく濡らしたタオルで拭ってやる。その気配に
浅い眠りから目覚めたのか、薄っすらと潤んだ金色の瞳が開かれる。
「エド……」
優しく名を呼んでやると、彼はぼんやりとロイの姿を見つめている。その見つめている金色の瞳に
映し出される物は、蒼い軍服。そして、その蒼い軍服から、彼の額へと伸ばされる手。
はっと…その時、始めてロイとアルフォンスが、ある重要な事に気付いた。
しまった、…と。
「すまない…」
ロイは、急いでこの部屋を出ようと、ベッドから離れようとするが、エドの手がロイに伸ばされ、逆に
掴んできた。
「 ―― 大丈夫。アンタは、大丈夫…」
激痛に、耐えながらもエドは、ロイに傍にいてくれるように頼む。
ぎゅっとロイの腕を掴む手に力が込められ、黄金色の熱ぽい瞳は、頼むからここにいてくれと
更に、訴えている。
アルフォンスも、その様子にびっくりしていた。気付くのが遅かったとはいえ、また、昨日のように
半狂乱のように怯え、呼吸すらできない兄の姿を想像してしまっていたから。
だが、それは単なる気苦労でしかなかった。
大丈夫…と、本人が語り。その上、ロイの蒼い軍服の腕を放そうとしない。
その言葉と様子で、ロイもアルフォンスも切迫した緊張を緩める事ができた。
「大丈夫かい。このままでも…エド」
「……ハァ、…っうん…大丈夫」
ロイは、確かめるようにエドの額にゆっくりと手を伸ばし、触れる。
少しばかり、強張る素振りを見せるが、大丈夫そうでロイも安心する。
だが、彼の額は異常なまでの熱を発していて、逆にその方がロイの心配を募らせてしまった。
「機械鎧をつけた、そうだな。なんて、無茶を…」
「……外に、出れなくなりそうで、嫌だったから」
「大丈夫だよ。君は、ちゃんと先へ歩いていけるから。今は、ちょっと休憩しているだけだ」
「……っ、うん」
「熱も高いようだから、眠りなさい。私が、診ていてあげるから…エド」
「……うん」
苦痛で歪んだ顔から、少し笑みが浮かび熱に潤んだ黄金の瞳が重そうに瞼を閉じていく。
その様子を穏やかに見守り続けるロイの姿に、アルフォンスは、2人を部屋に残し、
そっと出て行った。
やはり、わずかの希望がここにある。
大丈夫、兄さんは強いから…絶対に克服してくれると、アルフォンスは改めて思う。
その為ならば、どんな事でも…。
「大佐…」
暫くたって、ロイはリビングに戻ってきた。
エドが、無理やりに機械鎧に神経を繋げた事によって、身体中に伝令した激痛がやっと治まった
ようで今、漸く暫しの深い眠りに入っていた。
ロイ自身も少し休憩をと、思いこちらの部屋にやって来たのだ。もちろん、今後の事について
アルフォンスと少々話もしたかったからだが。
ロイは、リビングのソファーに腰を下ろし、少しばかり気を抜く。
彼の気が少し緩むのが、アルフォンスにも判る。先程の兄の様子に2人とも、僅かばかりの希望が
見えてきたから。
アルフォンスは、縋るように視線を送る。
「…、どうしたんだね」
私服に着替えたロイは、優しくアルフォンスに問いかける。
何かを告げたいと彼の精神が訴えているのが、ヒシヒシと伝わってきていたから。
「あの…、兄さん…大佐だったら、その―、軍服でも、大丈夫なんですね。」
「そのようだね」
ホント、それは何故なんだろうと…。信頼、それとも…。
暫しの沈黙の中で、お互いが自問自答する。
ロイが思うには、恐らくこの部屋に来てすぐに、エドが半狂乱のように此処を出で行くと言った時、
泣きながら、全てを曝け出して私に、助けを求めて語ったからではないだろうかと考えていた。
それが、ロイに対して絶対の信頼を、そして安心を身体に叩き込んでいると。
ロイに対して不安定要素がないのである、だからか…。
「今日ノックスさんと少し、精神的外傷についてお話を聞きました」
「あぁ…、私も彼とその件について幾つか参考になりそうな話を聞いたよ」
「大佐はどうしたら良いと思いますか」
「そうだねー。君は、今日エドを診ていてどう思ったかね」
アルフォンスは、まさか自分にそんな質問が振られるとは思っていなくて少しばかり
躊躇ってしまったが。正直…、今日は兄の様子に色々思うことが確かにあったと思う。
だから、こうしてロイと向き合って話をして見ようと思ったのだから。
「兄さんは、前向きに考えてると思います。だけど、身体が…いえ、精神がついてこないようで」
「アルフォンス…。私も、そう見える。だから、まだましかと思っている。本人に強い意志が
あるから…。だが、今すぐにとはいかないだろう。」
「そうですね。今の足掻いている兄さんの姿が僕には、辛くて…、でも…」
「ノックスも言っていた。恐怖に、正面から向かって克服する。これが、一番だと」
その恐怖に向かうという事が、非常に難しい。
そして、恐怖に悶え苦しむエドの姿を見てしまっていたから、尚更…。
なるべくなら、避けてやりたい事実。
避け続ける訳にはいかない事も、お互いが判っている。
「……、あのー、兄さんにこんな思いをさせた奴らは……今、どうしているんですか?それとも、
正面から向き合う為には、会わせなくちゃいけないんですか…?」
「………」
その言葉に、今まで多少なりとも穏やかなロイの表情が、一変してしまう。
彼の表情を前に、アルフォンスは無い肉体が震える感覚に陥った。「焔の錬金術師」とされる彼から
極寒のブリザードが吹き荒れる。
先日、ハボック少尉にこの事を聞いて見たが、彼も口を濁してしまって。
只少尉は、自分が事件の次の日に出勤した時には、全てが終わっていたと…。
何もかもなくなっていた。
まるで、一夜にして燃やされてしまったようにと。だから、この件の処分に関しては
「焔の錬金術師」に、確認したほうが良いだろうと言うことだった。
一言付け加えられたのは、話してくれるかどうかは、判らないが…という事だ。
一瞬の瞬きの間に、吹き荒れるブリザードが止み。
いつものロイ・マスタング大佐の表情に戻り彼は一言だけ、アルフォンスに告げる。
「大丈夫、その必要はない!彼らは、二度とエドの前には現れないよ」
アルフォンスは、誰しもが持つ暗い暗黒の世界を覗き見てしまった。
ロイ・マスタングの闇の中を…。
「暫く、身体の傷を治してからだね。身体の傷を治す間は、その事にあまり触れさせない
ようにした方がいいと思っている私は…。暫く、精神と身体を休息させてから荒療治といこうか」
「大佐……荒療治?」
「ああ、少し酷だが…。彼は強い意志を持っている。大丈夫だよ」
「そうですね…」
ロイの瞳は、前を見続けている。
アルフォンスは、その先を見続ける瞳に兄の事を任せてみようと思う。
そして、アルフォンスの兄もまた、その先にある扉を開けようとしているから。
to be continued
またまた、久しぶりの更新です!少しずつ、エドの精神状態と一緒に進んでるかなって
感じです。
あと、3話ぐらいで…完結されたいのですが…(汗)本当に、この連載長くかかってしまって
申し訳けないです(泣)
う〜ん。難しい問題にぶちあたってしまってます…。只今。