人 間 兵 器 act.20
ロイに呼ばれて、リビングに一緒に来るように言われた。
それは、別に普通に。
だが…、何か違うように感じ出したのは。
どこからだろう…。
いつもは、ロイの背中を追うように部屋中を歩いているのだが。今日は、彼の前を歩いて
リビングへと歩を進めている。
リビングの扉を開くと、そこには…。
エドの視線の先には、ハボックの姿が飛び込んできた。
そう、その姿は…あの忌まわしき蒼い軍服姿のまま…、じっと男がエドを見つめている。
「ひっ……!?」
思わず悲鳴が漏れる。
ああ…、やっぱり。
まだ、駄目だったのかと、エドの硝子の心がキィーンと音を立てて崩壊する。
一生懸命、大丈夫だと自分自身に言い聞かせても身体が、やはり反応する。
カタカタと小刻みに震え、呼吸が…、うまく吸えなくなる。
後ずさり、この場から逃れようとエドは、後ろへと脚を一歩、後退しようとするが。
それを阻むように、ロイの胸にぶち当たる。
ロイは、リビングの扉を背に、そこから動こうとしない。
怯える瞳がロイの黒曜石の瞳に助けを求める。
「やだ……っ、いや……ひっ…あ」
力なく否定するように首を振り続けるが、この前のようにロイの手は優しくエドを包み込んで
くれようとしない。
助けてくれない?
何の言葉もかけてくれない。
頼むから……、ここから、この場所から…助けて。
思いを告げられない言葉が胸の中で呼応し続け、胸は早鐘を打つように鳴り響く。
そして、ゼエゼエとエドの肺から荒々しい呼吸が出される。
肺が空気を取り込もうとするが、その空気が無意味に吸い込まれ続け嫌な音を出している。
誰もが、手を差し伸べて助けてやりたくなる哀れな姿。
目を覆いたくなる姿だが…。
「大将……」
その僅かな時間に、ハボックが優しく声をかけるが、エドの耳には今、届くことがない。
この場から逃げたいという思いが先行してしまって。
「―――― ロイ、いやっだ……。ひっ、はあ、はあ…」
「大佐」ではなく「ロイ」と、呼ぶエドは混乱し始めている。
公私混合しているのである。
そして、息苦しさの為喉元に両手を持っていくエドの姿に、その場にいる皆の視線がつらく
伏せられる。
だが、只1人…ロイは違った。
厳しく背後からエドに言う。
「君は、何をそんなに怯えているのだ!」
いつもの優しいロイから到底思えない言葉だった。
彼の瞳に助けを求めるのだが、ロイの瞳には…温かさがない。あの優しい瞳が。
自分を助けてくれるはずの瞳が今は、オレを見つめてはくれない。
どうしたらいいのか。
どうしたら…。
「ひっ…いやっ…、何も、はあ、はあ…何もしない…っ、事、少尉が…わかって…」
呼吸が、ままならないエドが必死に言葉を連ねるが、それでも…誰も、何も、しない。
誰も、手を貸そうとはしない。
恐怖に怯える黄金色の瞳からは、次第に涙が溢れ出す。
その流れる涙さえも、誰も拭ってはくれない。
流れ続ける悲壮な涙。
頬からそして、床に波紋を広げるように哀しい雫は堕ちていく。
「はあ、はあ…。でも……、でもっ…」
「だから、何にだ!言ってみなさい!鋼の、」
激しい怒りさえ込められるようにロイの言葉は、重くエドに突きつけられる。
エドの身体は、信頼していた者からの厳しい言葉に、成すすべもなくビクつくばかりで。
その様子がわかるのに…。
それでも、ロイの言葉は厳酷にエドを追い立て続ける。
目の前で繰り広げられるあまりに酷い、言いようにハボックは握りこぶしに力を
込めてしまう。
そして、唇を噛み締め叫ぶようにロイに言う。
「大佐!あんまりだ…そんな、言い方!大将が悪い訳じゃないのは、知ってるはずだろう。
エドの奴が、こわれてしまう!やめてやれよ!」
ハボックの言葉は、部屋に轟くように思いを込められている。
かわいそうだ、こわれてしまう、エドが悪いのでない、と…。
だから…。
やめろ、と…。
だが、このままでいいのか。
気持ちはわかるが、それでいいのか。
口に出してしまったハボック自身も、それでは前には進めないことぐらいわかっているのだが。
そこへ、アルフォンスが激しく怒鳴る。
「少尉は、黙って!」
「アル…おまえ」
めったに怒鳴る事などないアルフォンスを前に、彼の決意の深さを知る。
ハボックは自分の考えの浅さに悔やんでしまった。わかってはいたのだけど…。
つい感情的になってしまった。
そうなのだ…。
ここにいる皆が、戦っているのだ。
アルフォンスの高い声が、振るえ、怯え続ける兄に、冷酷に告げる。
「続けて、兄さん!」
ふるふると、首を振りながら後ずさるが、それも阻まれている。
瞳からは、ポタポタと雫が堕ち頬をつたっていく。
「さあ…!鋼の、」
「いやっだ……、もう……たのむっ、はあ…はあ、から…」
「鋼の、いつまでも、このままだぞ!君は、それでいいのか!」
それは、わかっているのだ。
ここまで、喉元まで言葉は、でかかっているのに。
エドは、荒い吐息を吐き出しながらロイの顔を見上げるが、その瞳は冷たく。
では、と思いアルフォンスへと向けるが。
彼もまた、凍るように冷たく。そして、ハボックを視線から逸らす事は、自分では出来なくて。
その蒼い軍服から逃れられない…元凶から、瞳を外すことができないから。
もう…、四面楚歌状態である。
ぐるぐるぐる、ぐる…、冷たく硝子のような瞳が、エドをあの時のように捕らえる。
「はあ…、はあ…、頼むから…みるなよ!オレをそんな眼で ―― 、みるなー!!」
「鋼の、今、話さないと前には、進めないぞ!前に進みたいのだろう!」
「ひぃ…、見るな…、さわるなー!!」
悲しく、嗚咽が漏れる。それでも前に進むためには大切な一歩だから。わかっているのだ。
それは、本人が一番よく…。
どうしたら…と、足掻くばかりではなく。求める世界へと足を進めたい事も、何もかも…。
ただ、方法がわからないでいたから。
言葉の出し方が、伝え方が。
だけど、もう一歩踏み込めば、自分だけが苦しいのではないのだ。
周りを見てみろ。
皆の表情を…。
誰しもが、この場を耐えているのだから。
エドワードの中で、重い扉を開こうと鍵を探し始めた。
鍵は、すぐそこにある。
「……はあっ、オレの事【人間兵器】だと、言った!っ…はあ…」
この【人間兵器】の響きに、どれだけの人間の血肉が、かかわっているのだろう。
悪因縁的言葉。
そう、ロイも思っているのだが、選んだのはエド。ロイもその1人である。
途切れ、途切れにゆっくりと…だが、荒々しく言葉がエドの喉元から解放されていく。
決して順序良くではないが…、言いたい事がヒシヒシと伝わってくる。
「はあ、はあ、…アイツらの眼が、何にも映し出されないんだ!【人間兵器】と言って、何も…」
立っているのが、とうとう苦しくなってエドは、倒れるように膝をつくが。
視線は、以前としてうつろに、ハボックを捕らえたままである。
だが、怯えていた瞳は次第に、怒りを…、そして、強い意志を示す瞳にと変わっていく。
「っ…、オレが、自分で選んだ道だから。アルの為に、オレの為に……っ、それを…アイツらは、
何にも映し出さない眼で、笑うんだ!オレの事、兵器として、…そしてっ…うっ、欲望の捌け口
公衆便所だと言って……嘲笑うんだ!何も…、何も…知りもしない、あの眼で…」
ゼエゼエと、荒い息を漏らしながら必死に語るエドの姿に、胸が痛い。
しかし、それ以上に彼の激情は、心に燻り続けていたのだ、今までずっと…。
ギリッとロイも、ハボックも、そしてアルフォンスも強く彼の激情の荒波を受け、唇を噛み締める。
エドが、必死に耐えているのに、自分達が我を失ってしまう訳には、いけない。
現実をありのままを、受け止めねばならない。
それが、全ての鍵だ。扉を開ける鍵に繋がるから。
「っ…う、オレの存在が、意思が、はあっ…ないんだよ ―――!!!【人間兵器】である…
オレしか、アイツ等の眼には映らないっ、はぁっ、うっ、…」
この思いがわかるか、と金色の瞳が強くまっすぐにハボックへと、送られる。
倒れそうな身体を、跪き機械鎧の右腕で支えている。そして、生身の左腕は胸を鷲掴みに
しながら、苦しさに耐えつつ視線は、ハボックに向けられている。
決して、ハボックに対して言っているわけではないのだろう。
ハボックを媒体に、言っているのだ。
黒い嵐の中、自分を【人間兵器】、【公衆便所】扱いにしたアイツ等に。
そして、自分のことを、そういう眼でしか判断していない奴らに向かって吐き出している。
「はあ、っ…何度も、何度も言ったんだ!違うんだって…オレは、そんな人を殺す兵器じゃないー!
でも、声が出せなくて…、っ…口をふさがれていて。それでもずっと…眼で、身体で全身でオレは
抵抗したけど…」
「――――!!!」
「あ、あの眼でアイツ等オレの……身体を…はあ、はっ…」
絶句するしかない。こんなに熱い感情が、この小さな身体のどこに存在していたのだろう。
あまりに、壮絶な体験と思いに心が掻き毟られそうになる。
「オレの身体をアイツらは、いいよう……うっ、ひっく、く…」
「それで…、頑張るんだ。鋼の、」
初めて、ロイが優しくエドに言葉をかける。流れ続ける涙をエドは、自らの手で拭う。
これ以上、もう泣かないと…意思表示するように。
「ひっく…アイツ等が、オレの身体を欲望で捻じ込むんだ…!何もかも、否定するみたいに。全てを
何にも、わかんない奴らが、オレの身体の中に入ってきて…捻じ込んで…、勝手に、掻きまわして。
自分達の欲を吐くだけ、吐き出して…って、物のように捨てていって、くっ…」
彼の背中をそっと摩ってやる。
まるで…もう、すぐそこにゴールがあるからと言うように。
「兄さん……。もう、ちょっとだよ」
「うん。すっげぇー…痛かった。でも、それ以上にオレ自身の存在をみようとしない、あの眼が
嫌だった。そんな…眼で、見て欲しくなくて…触って欲しくなくて…」
いつからだろう…。
震えがとまった。
どうやって…わからない。
だが、涙を拭う手は、もう震えてはいなかった。
喉元に、胸に、ずっと痞えていたものが、すっーと溶けたように感じる。
自然に空気が吸える。
あんなに、呼吸するのが苦しかったのに。
ロイからいつも通りの声が聞こえる。あの優しく、穏やかな声色が降ってくる。
「決して、全ての世界の人間が君の事を、そんな眼では見てないよ。ちゃんと、わかってくれる人も
いるんだよ」
ほら、と肩に手を置いて前を向くようにエドを促す。そこには、ハボック少尉の姿があった。
いつもと変わらない…。蒼い軍服姿の彼は、ちょっと表情が強張ってはいたけど…。
彼がいた。
エドの金色の瞳は、今度は怯える事なく、まっすぐハボックへと向けられている。
「うん」
泣き笑いしたエドの表情に、ハボックはほっとする。
ああ、いつもの大将だ。
「オレは、確かにこの国の理でいうと【人間兵器】かも、知れないけど…。できれば、人を殺める為の
【兵器】じゃなくて…、説明すると、難しいけど…。人を生かす事ができる【兵器】でありたい」
殺戮のための兵器ではなく、「人間」を生かすための…守る為の「兵器」。
エドは、ロイの瞳に投げかけるように自分の思いを言葉にする。
同じ【人間兵器】であるロイ・マスタングという1人の男に夢を託すように。
ロイは、この少年の深い言葉が未来を模索する我々の原点であるようにさえ思えた。
この子の、定義は広い。
さすが…自分自身に、構築式を有しているだけある。
そして、自分が惹かれてやまない唯一の存在だと…。
「ああ…。鋼の、そうだね」
「そして、もう絶対欲望の捌け口に、何か…ならないように…オレ、もっと…強くなる!」
「兄さん…。僕も、もっと強くなるよ。一緒に…ね!」
「アル…。ごめんなっー。お前まで、つらい…思いさせちまって」
目元を赤く腫らせてはいるが、エドはアルフォンスに笑顔を向ける。
その笑顔で心配かけてごめん、と言っているように見える。
アルフォンスは、只、兄に笑っていて欲しかったから…。その為だったら、こんな事ぐらいと胸をはる。
2人の間を割るようにして、ハボックは、エドの傍にゆっくり一歩ずつ歩み寄る。
そして、エドに一番言いたかった言葉を勇気を出して告げる。
「大将、抱きしめても…ふれても…いいか」
まじめな顔をしてエドに尋ねるハボックに、暫く考えるような素振りを見せるが…。
彼に、泣きはらした笑顔でいう。
「うん、もう…大丈夫!」
その言葉に、ハボックは今まで心配していた思いをぶつけるように、思いっきり強くエドの身体を
抱きしめる。
きついほどに……。
それだけ、実の弟のように大切な存在だったから。
「いっ…たいよ―!少尉…っ。オレ、まだ肋骨折れたまま…で、いっ」
「ああ…、わりぃー、わりぃー!忘れてた、ははは…」
「痛いんだせー!こう、みえて…結構な。でも、いいや」
ハボックは、変わりにと金色の小さな頭を優しく撫でてやる。今まで、触れることができなかった分
愛情をたくさんこめて。
やっと、みんなに…笑顔がもどる。本当に、心から笑っている笑顔。エドは、改めてここ一ヶ月間を
ふりかえる。
長かった…、気が遠くなるほど長かった。
どれだけ、暗闇の世界に迷い込んでいたのだろう、だが、光の世界その場所へ行く鍵を
やっとみつけた。
「大佐、少尉、アル…、本当に、心配かけて…ごめんな!」
エドが頭を下げるが、それを遮るようにみんなは、同じ言葉、思いを…エドにいう。
「君が、謝る事は何もないよ!」
と、ロイが代表して言葉にする。
アルフォンスもハボックも、うん、と頷きエドを優しく見つめる。
そんな、みんなを見てエドは、はにかんだ笑顔と一緒に、礼をいう。
「じゃ…!ありがとうだ!」
to be continued
「20話」完結に納めようかと思いましたが…、ちょっときつすぎるかなと。
あと、1話で完結します。それと、貴重なご意見有難うございます☆
ご意見にそえるか、どうか(汗)ですが…。
すみません…長くかかってしまって。
もう暫く、お付き合い下さいませ。
桜 美由紀 2005/9/27