月の子






  ~ Moon Child ~
 act.8



















翌朝早くから、グレイシアはマスタング家にやってきてくれた。
急な事だったので、彼女が家に来てくれるだけでも2人は、ほっと胸をなでおろした。


「こんな、朝早くからすまない…」
「いえ、いいのよ。マスタングさん、それよりエドワード君は…そんなに…」


昨日からのドタバタで気がせく2人に、グレイシアは穏やかに話を進める。
それだけでも、ロイとウィンリィの心が和む。


「あ―、昨日より悪いような気が…」
「そう…じゃ、少し話しぐらいできるかしら?」
「えぇぇ、大丈夫だと…だが、かなり、ぐったりしてるので…」
「わかりました」


グレイシアは、静かにカーテンが締め切ってある薄暗い寝室に入っていった。
エドの容態は一向に変わらず前日よりも、もしかしたら悪くなったようにさえ
感じられる。
食事は、もちろん摂る事はできず、水でさえ嘔吐してしまうほどだった。
ベッドの中で嗚咽を繰り返すエドワードの枕元にグレイシアが座り穏やかに質問し
体調を診てやる。





暫くして、部屋から出てきたグレイシアに駆け寄りウィンリィは、深層な趣で
すかさず尋ねる。
傍にいた、ロイも同様に気持ちを露にしていた。


「どうですか?グレイシアさん…」
「ウィンリィちゃん…そうね、私が、エリシアを産んだ病院を紹介しましょう。
事情を先生に説明しておきましょうね」


グレイシアの病院と言う単語に思わず、顔を喜ばせてしまうウィンリィ。
表情は、先程までとはうってかわり明るく。


「そうですか。妊娠してるんですか?エドは…」
「う~ん、私にもちょっとわからないわね。だけど、医者に診せないと身体がもう、持たないわね…」
「ふむ、そうか。エドを連れてこよう。ウィンリィ、君はタクシーを呼んでくれるかね」
「はい」
「ありがとう。グレイシア助かったよ、すまない」
「いいのよ。マスタングさん。もし、できてたらおめでとう!ねぇ…」
「///…。あぁぁぁ、だが。まだ、そうとは…」




困惑する表情が顔に表れる、まだ決まってはいないし、と。
それに、駄目でもよかったから夢のような話だと思っていたから。
多くを望んではいないから、エドワードと一緒に暮らせるだけでも自分にとって夢の
ような願いが叶っているのだから、決して多くを望んではいないと…。
自分自身に言い聞かせていたから。


「そうね。もしもの話だけど貴方も人並みの幸せを感じる事ができるのよ。
マースのようにね!」
「グレイシア…」


人並みの幸せ。形はどうであれ、幸せを掴むことは万民の願い。
それが、昔、沢山の命を奪ってきた自分にとっても願っても良いのだろうか?
深憂・懺悔・煩悶がロイの心を燻り続ける。
だから多くを自分は望まないと。
だけど、エドワードと一緒にいる事だけは許して欲しかった。


この願いは、叶えてもらった。


もっと切望しても良いのだろうか。私は…。






寝室に入ると、静かにすすり泣きをする悲しい声が聞こえる。
幼い時から、エドワードを知っているがよっぽどの事がないと泣いたりした事がない。
情事の時は別だったが。
その彼が泣いている。今…。


声の主の元へ静かに行き、悲嘆に暮れる声の主に言葉をかける。


「エド、どうしたんだね?」
「ひっ、くっ、ひっく」


キングサイズのベッドに、シーツに丸まって小さく寝ているエドワードの傍に
腰を下ろし、震える黄金の頭をそっと撫でる。


「エド、泣かないでくれ」
――ひっく、病院っ行くのヤダっ!」


怖かった、どうしょうもなく怖かったから。
ウィンリィやグレイシアの話からもしかして<と問われたが自分でも判りえないことだったから。不安で、心細くてそして、恐ろしかった。自分の身体がどうしようもなく。


「君もこのままじゃ辛いだろう。なっ、だからね」


シーツに丸まっている身体ごとロイは胸に抱き寄せた愛しい人をあやす為に
背中を擦りながら、黄金の小さな頭を撫で愛しい人を宥める。


「一緒についているから。だから、行こうエド」


コンコン。
扉をノックする音が響き、そっと扉が開かれウィンリィが遠慮がちに扉から顔をだす。
2人を優しく見守るように。


「車、来ましたよ」


ウィンリィの声に振り返るロイの表情は、悲しそうに困った顔だった。
泣いているエドワードをどうしたら良いものだろうかと。


「すまない。抱えていこう、エドさぁ」


抵抗する力もなく、ロイの行動に甘んじるしかなくて更にエドワードの気持ちは
曇ってしまう。
ぐったり抱かれている幼馴染は、ロイの背に、胸に、摑まる力がないぐらいに身体は
弛緩し手足は投げ出されていた。
白く細い投げだされた手足が、余計にエドワードの存在を儚いものにする。
ウィンリィは、そんなエドワードにそっと言葉をかける。


「エド、大丈夫?」


力なく瞳を彼女の方に向けられるが、おぼろげで…今にも泡となって消えてしまい
そうで、悲しくなる。




車内でも重苦しい空気が漂っていて会話らしい会話もなく3人は無言で
車から流れる景色のみを眺めていた。
エドワードは、ロイの胸の中で重い吐息を繰り返し体調の悪さを凌いでいる。
その苦しそうな吐息だけが、車内に響き更に今後の事を思うと重く圧し掛かっていた。






グレイシアの紹介してくれた病院は、意外にも小さな病院で何故だか
ほっとした感じがした。
ロイは、エドワードのふらつく身体をしっかりと支えながらゆっくりと受付へ歩んでいく。
受付には、とても穏やかな女性が親身に話を聞いてくれ、そんな心遣いがエドワードの
複雑な心情を少し楽にしてくれた。
待合室で、待つように言われ3人は大人しくソファーに座って待っている。


他の患者の姿がないのが幸いしてか、ロイはエドワードの肩を抱き自分に身体を
もたれかけさせている。
優しく、乱れた黄金の髪を梳きながら邪魔にならぬように耳にかけてやる姿に
一緒にいたウィンリィは、ロイが如何にエドワードを大事にしているのか伺えて
ちょっぴりあてられてしまったが、本人達はそんな余裕などまったくなく。
エドワードは、死刑台に向かう前の哀れな子羊のように項垂れて
カタカタと小さく震えていた。




もう、どうにかしてくれ。この場から逃げたい。
だけど、身体は思うように動いてはくれない。




黄金の瞳の先は、足元に敷かれた淡い穏やかな色の絨毯を見つめるが、瞳は勝手に
涙が滲みだしてくる。


ロイはオレの身体を気遣って優しく抱きとめてくれるけど、この立場を現状をどう
思っているのだろう問いたくても、怖くて聞けない。


思考がまとまらない頭が、様々な事をイメージさせていくなか、とうとう死刑執行人から
呼び出しがかかった。
その声が、エドワードの重く沈んだ心を、より深い深海の底へと導くように呼び出される。


「エドワードさん。診察室の方へどうぞ」


びっくと、肩が震える。
嗚呼、死刑台へと歩まなければならない時がついにきた。


「エド、一緒に行こうか?」


心配そうに顔を覗きこむロイに、エドワードは力なく首をふりフラフラと
立ち上がり、壁伝いにノロノロと歩いていく。
ロイとウィンリィは、力なく診察室へ歩いていくエドワードの背中を見守り続けるしか
なかった。








診察室に入ると、若い女性の看護士が椅子に座るように肩をかしてくれた。
目の前には、初老の医師が自身の机で色々書類に目を通している。
一通り書類を見終わった医師は、エドワードに向き直り無表情に語りかけてきた。
いわゆる問診をその間、中々医師の顔を直視できずにひたすら俯き加減に
訊かれる内容に応えていった。


俯いている為、結っていない黄金の金髪はサラサラと重力に従うように堕ちていく。


まるで、今の自分を表すように。


エドワードにとって、非常に応えにくい質問も含めて色々話を聞かれ、細かく内容を
医師は、診断書にメモっていった。
何と書かれているかなど、今のエドワードには考える能力は、なかった。
人体練成をやってのけた頭脳をもつ彼には、理解できることなのに今では、
その頭脳もまったく機能していない。


初老の医師は、別段エドワードの性別と身体の構造に特別興味を持つような
素振りには見えず、少しばかり質問と一緒に日常会話などを加えてくれる。
そんな気遣いに少し安心したエドワードだった。
普通に上半身を触診された後で、医師は首を傾げて言った。


「う~ん、内診しようかね」


その言葉にビクつく様子が、医師にも看護士にも明らかに判り2人は、心配しなくて
良いよと、優しく促してくれたが。
だが、エドワードの身体は緊張ではちきれそうだった。
確かに、医師や看護士の態度に今までの不安が少しは緩和されはしたが…。
やはりエドワードには苦痛でしかたがなかった。




とくに、内診の響きが。その行為に。




幼い時分に、痛い目にあったから…。中々消えない精神的外傷となっていた。
エドワードはカタカタと震えながら、看護士に言われるまま隣の部屋に連れて行かれた。
穏やかに看護士は、エドワードに声をかける。


「大丈夫?」


エドワードは、静かに頷くしかなかった。


「気分悪いでしょうけど、我慢してね。はい、じゃぁ、下を脱いで診察台に。これをかけて横になってね」
「……」


倒れそうだった。逃げたい、帰りたい…。


診察台に上る力もなく、フラフラでその場にしゃがみこむエドワードに看護士の女性は
そっと手を貸してくれる。
診察台で横になったエドワードの黄金の瞳からは、ポロポロと涙が零れる。
その様子に気付いた看護士は、優しくタオルを手渡しエドワードの涙を拭ってくれた。


「あらあら。せっかくの綺麗な顔が台無しですよ。力を抜いてね」


看護士の女性の笑顔と言葉が、今のエドワードにとって少しでも救いになっていた。
藁にもすがる気持ちであった。


初老の医師も、エドワードの様子を気にしつつも黙って内診を始める。
冷たい足置きに、両脚を乗せられ割り広げられる。
エドワードの秘処に冷たい空気がひやりと感じられ、思わず内股に力が入ってしまう。
広げられた両脚を閉じたい一心で。
診られている事に恥辱を感じるエドワードだった。


「あっ
――!?」


ロイ以外に触れる事を許さなかった場所に生ぬるい何かが、ぬるりと挿し込まれ
思わず悲鳴が口から漏れる。
内部を掻きまわし、そして、冷たい器具がこじ開けるように挿し込まれ、その感覚に
ぎゅっと手に、身体に力が込められた。
その度に、医師は優しく力を抜くようにと諭していく。




決して長くは無い時間が、エドワードにはとてつもなく長い時間に思えて。
だが、その後の医師の一言にエドワードの気持ちは在らぬ方向へと飛んでいった。




「う~ん今六週目ぐらいかね。う~ん」
「えっ
――


医師の言葉に、耳を疑ったが六週目という言葉がはっきりと脳に叩き込まれた。


夢じゃない。願いが、叶わない願いが。
すぐそこにある。


エドワードの顔には、いいようのない感情が込みあがって熱い涙が零れ始め
つうーと、頬を滑っていく涙が診察台のシーツに吸い込まれていく。
思わず、エドワードは愛しそうに掌を腹部へとそっとのせる。
この中にロイの「赤ちゃん」がいる。願っていた。彼に何かしてやれる事、残せる事。
満月に手を差し伸べて。
決して叶わないと思っていた願いが。
今此処に。








内診が終わり医師は、一緒に来ている連れを呼ぶように看護士に伝えた。
診察台では、ぐったりと寝かされたエドワードの左腕に点滴を施し、痛むであろう
左腕をゴツゴツした大きな皺々の掌で優しく擦りながら医師は皺をよせた顔で、そっと
黄金の小さな頭を撫でる。


「えらくつらかっただろう? 体調が悪いのは胎に胎児がいるからじゃよ。だがねぇー、どうしたもんかね」


医師は、困った顔でエドワードを見つめている。
エドワードも言葉の意味が掴めずに医師をぼっーと見つめ返すしかなかった。
ただ、今この自分のお腹はロイの子供を身籠っているという事が、正直嬉しかった。
それだけ、だったから。
医師は、どう話したら良いものだろうかと考えていたのであった、それを伝える為に
ロイを呼んだのである。


待合室で、エドワードの帰りを待つ二人も長い時間を過ごしていた。
診察室から看護士の女性が顔を覗かせてロイの名を呼ぶまでは2人会話もなく
只、時計の音を聞くだけだった。


「マスタングさん~。どうぞ診察室へ」
「あっ、はい。すまない、ちょっと行ってくるよ」
「あぁぁ、はい」


ウィンリィは、エドワードに続いて診察室に入っていくロイの背中を見つめ、
今日は、一日がとっても長く感じていた。

診察室に迎え入れられたロイは、診察台でぐったり横たわっているエドワードに視線を
移し優しく言葉をかける。


「エド、大丈夫かい?」
――うん」


エドワードは、短く応える。
温かい彼の掌が頬を包むが、これからの事を思うと、エドワードの表情は硬く強張る。
そして、ロイの表情は眉をひそめ険しいものであった。その表情に、エドワードの胸は
ドクドクと鼓動が響き右手で、鼓動を鎮めようと押さえつけていた。
ロイは、医師に今から伝えられる事実をどう捉えるのだろうか…。
そればかりが、頭を支配していく。
看護士に椅子を勧められ腰を下ろすと初老の医師がロイに説明を始めた。


「連れの方、かね?」
「はい!一緒に暮らしてます。あの、彼の容態は…」


2人のやりとりをエドワードは黙って聞くしかなく、実際自分でもどうしたら
良いのか、混乱していたから…。
1つだけ、理解しえる事は「ロイの赤ちゃんを大切にしたかった」それだけ…。


「うむ。今六週目に入ったところじゃな」
「えっ
――!!!」






ロイは驚きの表情を隠すことができなかった。
まさかこれは、夢では、と何度も思った。
願いが、多くを望むつもりはなかったのに。
願いが叶ったと。








だが、その喜びとは別に医師からは残酷な言葉聞かされることになる。
ロイとエドワードだった。


「はっきりいうと、堕胎を勧める」


淡い色で、囲まれている室内に冷たい言葉が響く。
世界の色が失っていく。
温かい薄ピンクの室内が灰色へと変わっていく瞬間を、流れるように見ていた。


「どうしてですか!?」


震えるロイの言葉は、信じられないと何故と。疑問が頭をすぐに駆け上る。
エドワードは「堕胎」の言葉で、天国と地獄を味わう。
真っ暗な世界へと…堕ちていく感覚に身体が更に不快感をつのらせていき、
この場で激しく嘔吐を催しロイと看護士に背中を擦られる。
ああ…なぜ…。奇跡に近いのに…。願っていた事なのに…。
エドワードの様子が落ち着くのを待って話の続きを医師は、始めた。




内容は、こうだった。




半陰陽という特殊な体質の為、妊娠を続ける為に母体は身体を変化させていくが
その変化に身体がついていかない場合がある。
現に今がその状態であること。
特殊なケースな為、出産の前例が余りなく、また出産率も低い。
40週になるまでに流産する確率が非常に高い。
そして一番の要因は母体が非常に危険な状態に晒される。
出産まで漕ぎ着けたとしても出産時に命をおとす危険性がもっとも高い。
という、非常に酷な内容を述べられた。




ロイは、だまって医師の説明を聞いていた。
唇を噛み締めて、言い渡される言葉に耐えるしかなかった。


「まだ、胎児の成長具合とかでどうなるかわからんが。一週間ほど様子を診てみよう
その間、2人で話し合うといいじゃろう。酷じゃが、命の危険性があるので…
ワシは堕胎を勧めるが、おまえさん達の考えによっては協力はしよう。その子が
始め凄く怯えとったが、妊娠していると話した時えらく嬉しそうな顔をしよったのでな」


医師は、力なくベッドで横たわっているエドワードの心細そうな表情を見ながら言った。
医師の最後の言葉はロイの胸に、ゆっくりと確実に染み渡っていく。
エドワードが子供を身籠った事を嬉しがったと。
今迄何も語らなかったエドワードだったから、尚更その思いがロイの心に深く刻む。


「はい、………有難うございます」
「いやいや、とりあえず一週間分の薬を処方しておこう。それとこの状態だから
絶対安静だ。今の状態で流産するとまた、身体に負担がかかる。そして、なるべく食事
は少しでもさせるように…」


医師は、様々な注意事項をロイに言い渡した。
その間、エドワードは顔を背け壁をじっと見つめているが、医師の話などまったく
耳に入っていなかった。
入るはずもなかったから、最悪の提案をされたのだから。






その頃、ウィンリィは診察室に入ったきり出で来ない二人が心配になり待合室を
うろうろと動き始めていた。
自分が、言い出した事とは言え…実際のところどうなったのだろうかと…心配で
堪らなかったから。
そこへ、看護士が診察室から出てきたので思わず目が合ってしまい。


「あの……どうなんですか?様子は…」
「一緒の方ね。今、点滴しているから」
「そうですか…」
「ちょっと、2人きりにしてあげたほうがいいかもね…」
「えっ…何か、あったんですか?」
「………そうねぇ…」


看護士は、困った表情をしていた。
ウィンリィは、彼女の表情であまり良くない結果なのではと思い口をつぐんでしまった。
その後も、刻々と時が過ぎるなか、ウィンリィは1人待合室で待っていた。
途中エドワードの薬を看護士の女性が渡してくれたが、一人待ち人達を待っている。
すると、やっと…診察室からガチャリと扉が開かれる音がする。


「じゃ、気をつけて…また、一週間後にお見えになってくださいね。お大事に」
「有難うございます…」


ロイが、エドワードを前に抱きかかえて出てくるのを見てウィンリィは、彼の元に
すぐかけよった。聞きたい事で頭は、一杯だったが…。


「すまない…待たせたね。さぁ、帰ろうか…」


意外と落ち着いたロイの様子に幾分安心してウィンリィは彼の後を着いていく。


「あの…エドは…?」


歩く足を立ち止まらせて背後を振り返ったロイは、優しい眼差しを彼女へと向ける。


「今、眠っている…帰ってから話そう…ここでは…」


「はい。」


その言葉を口に出した後、ウィンリィにはロイの表情が曇ったのがわかった。
ウィンリィは、彼の言葉に重みを感じ、その後言葉を口にする事はなく、只、見守るだけだった。




車に、乗り込む時にエドワードの顔が伺えた。
目元を赤く腫らせて、眠るエドワードの姿にウィンリィの心はチクリと痛む。


自宅へ帰宅したのち、エドワードを柔らかいベッドへ移動し、汗で張付く黄金の髪を
梳いてやる。
今は、穏やかに眠っている…。
恥辱と、天国と地獄を目まぐるしく味わったエドワードの赤く腫れた目元に
ロイは、優しく口付ける。
病院で彼が大事そうに下腹部に掌をあてていた場所へロイは、自分もそっと掌をのせ
優しく撫でてみる。
ここに、私の子を身籠るエドワードに嬉しさを感じながらも複雑な表情を隠すことが
できずに、そっと部屋をでるロイだった。
ロイは、リビングで心配そうな顔をこちらに向けるウィンリィと目が合い、
はにかんだ微笑を彼女へと向ける。
作り笑いをするのは得意だ。
だが、本日は顔の筋肉がこわばってうまくいかない。
ソファーに腰を下ろし体を投げ出し、長く重い溜息がもれる。


「マスタングさん…」
「…すまない…、ちょっと気持ちの整理がつかなくて…情けないな…」
「いえ、そんな事…」


重い沈黙がリビングに続く。
その沈黙を破るようにロイは、ウィンリィに病院での結果をありのまま話し始めた。


「今、妊娠六週目に入ったばかりだそうだ…」


その言葉に、ウィンリィの曇っていた顔に明るい表情が表れ声が弾む。


「えっ……ホントですか?よかったですね!マスタングさん…」


素直に言葉を嬉しがるウィンリィと対照的にロイの表情は曇っていた。
ウィンリィはロイの表情に違和感を感じ、喜ぶべき事なのになぜ…?疑問がつのる。


「医者には……堕胎を勧められたよ………」


ロイは、自分の手を顔に覆いそれ程広くはないリビングの天井を見上げる。
どうしたらよいのだろうか…。
嬉しい、喜ばしい事なのに…悲しい事実を突きつけられてしまった。
ウィンリィも、堕胎の言葉に声を失っている。
なぜ、……やっと望むべき奇跡の上に宿した命の火を消さねばならないのか…
納得がいかなかった。


「どうして……そんな…悲しいこと…」
「もっと…悲しい事がおきるかもしれないから……だそうだ」
「そんな……エドは、何て……言ってるんですか?」
「何も言わない、語らない…医者は、母体の危険性を示唆してね。
一週間程胎児の様子を診てみようと…ゆっくりその間に考えろと言われたよ…」
「………そんな…せったく…宿った命なのに…奇跡に近いのに…」
「そうだね。私も、正直嬉しいだよ…。本当に、だがエドを…エドを…失いたくはない…」


彼の言葉は、泣いているようにも聞こえ、事の重大さが伺える。
決して…彼の顔から、涙が流れるわけでもなかったのだが。
ロイの苦悩する心が、ヒシヒシとウィンリィにも伝わってくる。


「マスタングさんは、どうしたいんですか…?」
「……判らない…ただ、医者が身籠ったと言うことをエドに伝えた時、凄く嬉しそうな
表情をしたと…ははは…あれだけ医者に診せるのでさえ泣きまくっていたのに…」
「マスタングさんも、昨日素敵な笑顔をしてましたよ…。辛い選択ですね」
「あぁ…辛いな…すまないが、ウィンリィ良かったらもう少し滞在を延ばして
くれないか?……あの体調だから、ずっと傍についてやりたくても私も管理職につく身
なので、明日から軍に出勤しなくてはならない」
「えぇ…いいですよ。まかせて下さい。」




ロイは、その後も投げ出した身体をソファーに預け天井を仰ぎ見る。
1つ、…思い残すことが…。
エドワードが身籠った事実を知った時の顔を私も見たかった。
彼の喜んでいる笑顔をこの私にも魅せて欲しかった。
あの稀有な身体で、私の子を身籠ってしまって不安だろうに…だが、喜んでくれた。


彼を…愛している。
全てを…失いたくなかった、愛する人を…子供も。
欲張りなのかもしれない。
こんな事を願ってはいけないのかもしれない。
だが、許されることならば…全てを失いたくない。
どうしたら、良いのだろうか…ロイの胸中は複雑な嵐が吹き荒れていた。




ベッドで静かに眠るエドワードも気付かぬ合間にそっと大切に子が宿る下腹部に
両手で慈しむ…。
愛する人の大切な分身の命を…。





















久々の更新です!続きが気になっていた方お待たせしました。
人生、山あり谷あり…そう簡単にエドの赤ちゃんは産まれません!
この設定にも、かなり無理がありますが…(苦)
やっと、エドのお腹の赤ちゃん発覚でも、可哀想にエド…。耐えてね…。


桜 美由紀 2005/9/9











  
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