月の子






  〜 Moon Child 〜
 act.11



















それから、約一週間後ロイが予期していた事を部下達が、にこやかに笑いながら
言ってきた。
これだから、連中にエドワードの事を伝えるのを躊躇っていたのだ。


「ご結婚、おめでとうございます!准将。つきましてお宅にお祝いの品をお届け
させて頂きたいのですが。いつがよろしいでしょうか?」


全員の顔がにやけている。
薄気味が悪いほどに、やはり…、そう来たか。
お宅にお祝いなど、どうでも良い、ようは冷やかしだ。
こいつらのは
――― (怒)
しかし、こちらも先手を打たせてもらっている。
ロイ・マスタング准将の顔が冷ややかに微笑んだ。


「ありがとう。せったくだが、気持ちだけ受け取っておくよ!」


部下代表のハボック中尉、こちらも負けずと食い下がってくる。


「いや〜、上司のそれも准将クラスの方のお祝いをお断りされるとは、後々
将軍職の方になんと言われるかー。我々の立つ瀬がありません!是非、お宅に〜」
「ちっ…!」
「何かー?」
「いや、あれの体調が芳しくないのでなぁ。今、来客などは全て断っているのだよ!」
「へぇー、大丈夫です!五月蝿くしませんので!」
「ちっ、厄介な!」


ロイの瞳はずっと、ちらり、ちらりとホークアイ大尉を見て、何かを待っているようだ。
そして、今だ、と言わんばかりに視線を彼女に向けている。


「准将、彼の調子はそんなに悪いのですか?」


やっと助け舟が、遅いよ!ホークアイ君。心の中で叫ぶロイだった。


「あれから、悪阻が酷くなってねぇー。毎日、医者に来てもらっている。ベッドから
起き上がる事もできないので最近、アルフォンスを呼んだのだよ!」
「まぁー、そんなにでは、仕方ないですわね」


ホークアイ大尉、棒読みだよ!君…。


「じゃ、仕方ないな、ちっ!准将まじで大将の事、俺ら心配しているんで体調が
良くなったら、伺わせて下さいよ!アルの奴にも会いたいしなぁー」


ハボックが代表して、今回の件を述べていたが、先程までの態度はどこへやらだ。




だが、実際。エドワードの体調は、最悪だった。
それは、嘘ではない。ロイも毎日心配でいてもたってもいられない。




「兄さん、大丈夫…?」
「うっ、おぇー、ハァ、ハァ…」


洗面所で力なく嘔吐するエドワードの背をアルフォンスは、擦りながら片手には、
エドワードの左腕から伸びる点滴の袋をもって、もう片腕で兄を支える。
大変な重労働である。


「兄さんベッドで吐きなよ。移動するのは危ないよ…」
―――


涙を浮かべた青白い顔をアルフォンスに向けるが、もう話すのも辛いらしい。
そうこう言っている間にもまた、嘔吐する。
兄の体力は、ここ数日の間に異常に低下してしまっている。
ようやく、ベッドに横にさせる事ができたアルフォンスは定位置に点滴を下げ黙って兄の背を
擦ってやる。
微熱を出し続ける体内がすこしでも、楽になるようにと冷たく冷やしたタオルで
額や首筋を拭ってやりながら、アルフォンスは重苦しい吐息をついていた。


熱中症で倒れて以来、悪阻が徐々に酷くなり微熱・嘔吐・眩暈を繰り返す毎日が
続いていた。
あまりの酷さに食事はおろか水も摂ることもできない。それでも、胃の内容物を
全て吐き出しても嘔吐は治まらず、ついには血まで吐いてしまうようになっていた。
もう、ベッドから起き上がる力もよれよれで、今では、毎日医師が往診にやってきて
点滴で栄養を補給している状態だ。

エドワードの丸みを帯びた背中を優しく擦ってやることぐらいしか、アルフォンスも
ロイも今は、出来なかった。
兄の小さな押し殺したような泣き声が聞こえる。


「ひっ、くっ、ひっく……」


あまりに切ない泣き声にこちらまで泣きたくなってくる。
それほどに、エドワードの容態は深刻になっている。


「兄さんー」
「ひっく、ひっく、うっー」
「兄さんー、そんなに辛いなら
―――


アルフォンスは、思わず言葉が漏れそうになる。慌てて自分の口を手で塞ぎ言葉を飲み込む。
決して、言ってはならない言葉が口から出そうで怖い。
あまりにも、エドワードが可哀想で仕方がないから。




アルフォンスが、リゼンブールから彼を送り出してもう、半年以上たつ。
始めの頃は、行かせて良かったのだろうかと思いはしたが、時折かかってくる電話や
ウィンリィの話で、幸せそうな兄に安心していた。
実際、久しぶりに会った兄は体調こそ悪かったが、准将に大変愛されている事が
痛いほどわかった。
その証拠に、兄は半年前に比べ綺麗に色っぽくなった。それは、惚れ々する程だ。
そして、今、兄のお腹には、奇跡の赤ちゃんが宿っている。


ふと、見ると。
泣き疲れて、シーツに丸まって眠っている。そんな、彼の姿がとても華奢で悲しくなる。
やせ衰えてしまっている身体。
白く細くなってしまった腕は、四六時中点滴の管につながれて腕のいたる所が、
蒼痣になり痛みと熱を発している。
余りに、むごい姿の兄が不憫でならなかった。
アルフォンスは、そっと呟く。聞こえないとわかっているから。
言える言葉を。


「そんなに、准将の赤ちゃん欲しいの?兄さん、もしかしたら死んじゃうかも
しれないのに。僕は、兄さんを失うのはヤダよ…」


丸くなって疲れて眠るエドワードをアルフォンスは、優しく包み込む。
その身体には、大切な命を宿している。
兄さん…。
ごめんね、こんな事を言っちゃって、でも…。
僕は、兄さんが大切なんだ。




「おかえりなさい。准将」
「あぁ、只今アルフォンス、エドは…」
――― やっと、泣き疲れて眠ってます…」
「そうかい。すまないな」
「いえ、いいですよ」


会話が少ない。苦痛に喘ぐ兄の姿と対面していると、こちらも滅入ってしまう。
アルフォンスは、この看病の難しさを身にしみて感じていた。
何の返す言葉もなくアルフォンスは、只、深いため息をつくばかり。
そんな彼の様子が、気になりロイはリビングのソファーに身体を預けアルフォンスに話しかける。


「今日、私の部下達がエドに合わせろと五月蝿くてねぇー」
「でもー、兄さんあんな状態だし…」
「あぁ、どうせ連中は冷やかし半分だ」
「ははは
―― 。そうなんですか?」
「エド見たさでな、誰が、見せてやるものか」
「准将て、意外と意固地なんですね。ははは
――


ロイは、看病疲れで気が滅入っているアルフォンスになんとか、微笑を浮かべさせる
事に成功する。
自分の代わりにエドワードを看てくれている彼は、自分にとってもエドワードに
とってもかけがえのない存在だったから。


「確かに、弟の僕でもすっごく兄さん綺麗になったから…」
「そうだね。エドは、本当に綺麗になったよ。一度、月に奪われるかと思ったことが
あったよ」
「へぇー、准将って凄いロマンチストなんですねぇー」


暫く、遠くを見つめるロイの表情を、兄を愛するロイ・マスタングをアルフォンスは見ていた。
この男にエドワードは、兄は、身を委ねるのかと。


「准将、聞いてもいいですか?」
「なんだね」
「兄さん、もしかしたら。死んじゃうかも知れないんでしょ…」


アルフォンスの黄金の瞳が、ロイを射止める。
エドワードとよく似た、黄金の瞳と彼より少し色素が薄い金髪、人体を取り戻した
アルフォンスの姿は、やはり兄弟だからかエドワードとよく似ている。
だが、アルフォンスは男である。もう、少年というより男に成長している。
エドワードとの違いは、そこである。
その彼が、兄を思う気持ちは生半可な物ではないだろう。


――― 、エドは絶対に、往かせないよ!」
「でも…」


アルフォンスが異議の言葉を口に出そうとするが、ロイの黒曜石のような瞳が
強い視線で、彼に向けて遮断する。
アルフォンスが言おうとする言葉は絶対に、禁句であるように。
拒絶するのであった。


「私の願いでもあったし、エドの願いでもあったから…」
「……」
「エドがね、笑っている顔を見ていたかった。凄く嬉しそうな笑顔でお腹の子に
掌をあてるんだよ」


ロイの黒曜石の瞳から涙が零れたように、その時アルフォンスには見えた。
その涙の意味は、愛情からなのだろうエドワードに対する。限りなく深い愛情と叶わないと
思っていた願いが、エドワードによって成就されようとしているからだろう。
そして、その後の事も含めてだろう。
これは、現実問題であって、これからもずっと、この選択について悩む事だろう。
だが…。
今は、願いを叶えるために、それのみに委ねる。

兄の事をこよなく愛するアルフォンスにとって、ロイの表情がちょっと羨ましくも、
そして、悲しくもある。だが、後者の事を今、考えても仕方がないと少し笑顔を浮かべて
ロイに話す。


「僕も、見たいなー、そんな兄さんの笑顔。もうちょっと、頑張りますかね!准将」
「ああ、君にはすまないが、彼の笑顔を見続けていたいのでな…」






アルフォンスと束の間の会話を楽しんで寝室に戻るとエドワードが、ベッドで嘔気に
苦しんでいた。
悪阻は、夜も昼も関係なくエドワードを苦しめている。
そんな彼の元にロイは、慌てて駆け寄る。


「エドすまない、1人にさせて…」
「うっー、はぁ、はぁ…」


身体を起こさせて背中を擦ってやる。
こんなこと位しか、できない自分に歯がゆさを感じてしまう。
自分の子を身籠っているのに、苦しむのは母体のエドワードだけで、それが尚更辛く
感じてしまうロイだった。
やっと、治まったらしくエドワードはロイに弱々しくだが微笑み浮かべ綴る。


「おかえり、ロイ…」


掠れた声を一生懸命に出す健気なエドワードに苦笑いをする。
愛情を込めて、自分の胸に痩せてしまった身体を納めてエドワードが、ずっーと
欲しがっている言葉を渡す。


「ただいま…。エド」


ロイのその言葉と顔を見て安心したのか、一筋の涙が零れ堕ちる。ロイは涙に濡れる頬
にそっと口唇を這わす。


「我慢しなくていいんだよ、辛いんだろ。エド…」


ぼんやり瞳を見上げて、黙って力なく頭をこくりと立てに頷く。
あれだけ意地っ張りのエドワードが素直に頷くことで彼の体力と精神の消耗振りが
明らかにわかる。
エドワードは、ロイのその言葉で一気に涙が、溢れ出る。
何をしても、嘔吐はやまず息をしているだけでも辛い。
眠っていても辛い。
瞳をひらけば、空間が歪む。
もう、身体が言うことをきいてくれない。だけど、赤ちゃんを育む為には
必須条件だから、でも…。
涙が溢れ出す。
大切な男の小さな生命を宿しているとわかっているのだが。


「ひっく、ひっ、うっ…」
「暫くの辛抱だよ。我慢せずに泣いていいんだよ」


衰弱して、細くなった生白い腕。点滴の痕で蒼痣だらけの左腕を優しく擦って
やりながら、ロイは彼が泣き疲れてつかの間の眠りにつくまでずっとこうしていた。
少しでも彼が、楽になるように祈りを込めて我が子が宿る腹部に語りかける。
「エドをあまり苦しめないでおくれ…」





















3ヶ月、悪阻編です。
そして、アルフォンス様登場!やっぱり彼がいないと兄さんはね。
この編から、しっかりアル君は最後まで頑張ってもらいます☆
ちょっと辛いかもしれないけど…頑張ってねエド。

ここで問題発生。
しまった…、赤ちゃんが産まれた後、その後のストーリーを全く考えてなかった(汗)
書いたとしても、どこに作ろう?まだまだ、先なので…検討中。
みなさん…すみませんです。
桜 美由紀 2005/9/28












  
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