月の子






  〜 Moon Child 〜
 act.13



















「兄さん、ちょっと聞いてもいい」


やっと四ヶ月目に入り、悪阻も徐々に軽くなりだしたエドワード。
今日は、リビングのカウチに身体を預けて本を読んでいる。調子が良い時には軽く散歩する
ぐらいまで体調は回復してきている。


「何だよ。アル」
「あのねー。イズミ師匠には連絡したの」


カウチに座る彼の肩がビクリと、ビクついたのが明らかにわかる。
アルフォンスは、その様子に深くため息をつく。そう、だろうと思った。兄さんは准将と
一緒に暮らしている事も、ましてや、その人との間に「赤ちゃん」ができた事も師匠には
話していないだろうと。


「なーんにも、話してないんでしょう!」


非常に的をついている言葉にエドワードは冷や汗をたらたらと掻きながら、返答に
困りどもってしまう。


「あ、アルーあ、あの〜、その〜話そうとは、お、思っていたけど…」
「はい、はいー!言い訳はー、いいです!兄さん」
「はい。すみません」


アルフォンスの不敵な笑みに素直に謝るしかない兄のエドワード。一体どっちが、
年上で兄なのか、わかったものではない。更に、アルフォンの微笑みは背筋を凍らすような
発言を始めた。


「実を言うと、兄さん!僕はね、この家に呼ばれる前に師匠に連絡しておいたんだ!」


エドワードの身辺を冷たいブリザードがビューと吹いていく。その風により彼の身体は
凍てつき凍りついた。そして、パキパキと音をたてるようにひび割れていく。
あ、終わった、な。
貧血起こして倒れてもいいですか、アルフォンス君と心の中でお願いしてしまう。
こうなる時が来るだろうと予想はしていたのだが、いざとなると臆病風が吹いてしまう。


「は、はい。それで…アルフォンス君、師匠はなんと、おっしゃってました…」


何とも、まぁーエドワードらしくない言葉遣いが口から飛び出している。


「身体の具合が、落ち着いたら連絡しなさい、と。な、る、べ、く、早くだそうだけど…」
「あ、アルフォンス。オレ、まだまだ具合が悪いから〜。あ、眩暈が
――


硬直したまま、彼に上目遣いで顔色を伺うのだが、アルフォンスの瞳はきらりと光り
エドワードにとって恐ろしい言葉が吐き出されることになる。


「兄さん!具合、だいぶん良くなってきたよね。最近!だから連絡しておいたよ!」
――――――


にっこりとエドワードに笑顔が向けられるが、彼の方はその笑顔とは反対に青褪めていく
一方だ。
アルフォンスの今のような笑顔が一番怖いのだと、いつも思うエドワードだった。
彼と師匠の事だ、恐らく段取りは、もう組まれているのであろう。
そう、悟ったエドワードは腹をくくるしかなかった。


「アル、いつ来るって師匠は……」
「う〜ん。2、3日後かな。シグさんと一緒に旅行がてら、やってくるって…」
「あ、はい。わかりました」


やはり、予定は既に組まれていた。
ふらふらと、エドワードはカウチに身体を横たえる。そして、殴られないようにと
願うばかりだ。
今殴られたら、絶対ヤバイ。
それだけは、阻止しなければならない。お腹の赤ちゃんを守らねば彼の頭の中はその事で
一杯である。
エドワードの思考能力は、一体どうなっているのやら。






その晩、仕事が終わって帰宅するロイに過酷な運命を告げなければならないと。
エドワードは、彼が帰ってくるまで待っていた。


「どうしたのだね。エド、こんなに遅くまで。今日は遅くなるから休んでいるように
言っていただろう。身体に障るから、さぁー」


彼を寝かそうと寝室へ連れて行こうとするのだが、エドワードは真剣な瞳をロイに向ける。


「ロイ…、ヤバイ!師匠が来る」


とても、怯えるように話す彼のようすに思わず笑いが出てしまう。
何が一体ヤバイのだ、仮にも君の師匠ではないかと思うのだが。何故、尊敬すべき師匠に
対して、そんなに恐怖を抱くのだろうか、と謎に思う。


「一体、どうしたのだね。エド、取りあえずソファーにかけなさい」
「うん。ロイ、本当にヤバイんだよ!オレの師匠、知ってるよな…」
「あぁ、もちろんだが」
「師匠、国家錬金術師を物凄く嫌っていて。オレ、実を言うとロイの事、赤ちゃんの事
師匠に言えなくて、まじ何も言ってないんだよ
――!」
「それで…」


ロイは、にこやかに笑顔をエドワードに返してくるが。
そんな余裕をかましている場合じゃないだよ、と対照的にエドワードの表情はひきつり
強張っている。だが、そんな彼の顔を楽しそうにロイは見つめている。


「師匠が来るんだよ!アルの馬鹿が連絡しちまってー!もう、アイツ…」
「いいじゃないか。ちゃんとご挨拶するいい機会だよ!エド…」
「アンタ、一発殴られると思う。オレ、もかな…」
「そんなことはないさ!は、ははは…!」
「だけどー」
「心配はいらないよ。さぁ、もう休みなさい」
「う、うん…」


結局ロイに告白したのだが、彼はこの事態をちゃんと理解してくれているのだろうか。
そればかりが、気になって何度も説明している。が、その度に笑い飛ばされてしまう。
エドワードにとっては眠れない日々がしばらく続くのであった。
この数日間エドワードの寝言に「アルの馬鹿ちん」と、いう言葉が何度も出てきた。


「兄さん、今日ね。師匠達セントラルの駅に着くんだって、どうする?」


アルフォンスの元気の良い声から本日の朝は、始まった。
朝食の準備をしていたエドワードの手がピタリとまる。
アルフォンスの言葉を聞いてか、ロイのさわやかな声が背後からするのだが、その内容は
何と。


「エド、身体の調子が良い様ならアルフォンスと一緒に向かえに行ったらどうだい」
「准将!ホントですか?兄さんを連れ出してもいいですかー」
「あぁー、君が一緒なら安心だし。それにエドも少しは外の空気を吸いたいだろう?」
―― オレは…。い、いいです!みなさんに従います」


ここ何日も悩んでいたことなのだが、もう時既に遅しである。
エドワードには、もう、どうとでもなれーの勢いである。






午後から2人セントラルの駅でイズミ達の到着を待つ。
この日は、秋晴れで散歩を楽しむには絶好の日和である。とても清々しい空気が
漂っているのだが、只一人は曇り空である。


「兄さんー。何、そんなに緊張してるの」
「う、うるさいー!おまえにわかるか、オレの今の気持ちー!」
「はい、はい。自分の蒔いた種ですよー!いゃーぁ、蒔かれたんだったけぇー。准将に」


下ネタをペラペラとアルフォンスは口にする。そして、意地悪く兄の様子をニヤニヤと
見ている。そんな彼に、エドワードはムカついてばかりいる。
最近、ここぞとばかりにアルフォンスは兄を虐めるのだ。ちょっと、エドワードの体調が
良くなったからと最近ではちゃかしてばかりだ。
本当は、コロコロと変化するエドワードの表情がアルフォンスには嬉しくてたまらない。
辛い表情ばかりのエドワードをずっと見守り続けていたから、その反動らしい。


「アル
――!てぇめー、いいかげんにー」


ゲンコでアルフォンスの頭を殴ろうとしている最中に、緊張の元である人物が到着。


「あ、兄さんー。師匠だよー!」
「へっ、…」


2人の姿にいち早く気付いたアルフォンスは、この場所がわかるように大きく手を振る。
そりゃー嬉しそうに振っている弟とは逆に、エドワードの今迄の元気はどこへやら…。
エドワードは直立不動でその場に固まっているのだ。
セントラルの駅を出てイズミとシグの両夫妻が彼らの前に、ずっん――と現れる。
大きな旅行カバンを夫のシグが軽く肩で担ぎ、その傍らで両腕をくみ仁王立ち、だけど
足元は便所ゲタのイズミの姿。
いつもながらに、威圧ある光景だ。


「あ、師匠。お久しぶりですー!」
「あぁー、アル。久しぶりだな、一年ぶりかい」


思い切り無視されているエドワードは、冷や汗をだらだら掻きながらアルフォンスの隣で
小さくなっている。


「そうですね。師匠は、体調どうなんですか?」
「う〜ん。まぁ、相変わらずだね。ねぇーアンタ…」


エドワードを無視し続けたまま、会話は夫のシグに振られる。


「あぁー、そうだ。アルフォンス、大きくなったな!」


ずっしりと重い大きな手を頭に押し付けられる。いつまでも変わらないシグの挨拶。
その手に父親の面影を感じて、アルフォンスは嬉しそうに笑っている。


「こ、こんにちは。久しぶりです…」


何とも気弱な挨拶をするエドワードに、シグの大きな手がいつも以上にワシワシと頭を
撫で、そしていつもの言葉がでるはずなのだが。


「エドワード、大きく…?細くなったなぁー!元気か?」
「あ、あぁ…。まぁ
―― …」


なかなか、うまく表現の仕様がない返事を交わす。が、エドワードが気になるのはやはり
イズミのことで、視線がチラリといってしまう。師匠に早く伝えなくちゃいけないことが
あるのに、うまくタイミングがつかめないでいる。


「あ、の…、師匠〜…」


そんな彼の様子を始めから気付いているイズミは腰に両手をあて、深くため息を漏らす。


「おい、アル。おまえの横で青くなっている奴がいるぞ。どこか店はないのか!そこで
お茶でも飲ませろ。私は、喉が渇いた!」


と、言われ。隣の兄を見れば、確かに青い顔でオタオタしている。あーこりゃ、本当に
緊張しているのだなとアルフォンスも呆れてしまう。当事者の彼は、アルフォンスを
きつく睨み上げるのだった。言いたい事がわかるだけに、アルフォンスは苦笑いを浮かべる。
取りあえず、イズミの命令通りに行動する。確かに、このまま立ち話という訳にもいかない。
彼らは、近くの店に入り静かにコーヒーを啜っている。やはり、ここでも1名かなり緊張
している。イズミは飲みかけのカップをテーブルへ置き頬杖をつく。
それから、始めて彼女はエドワードに視線を向ける。それは、本日始めての事である。
今迄、散々無視し続けられていたから。
しかし、その表情はにっこりと笑みを浮かべているが、青筋がしっかりこめかみに
表れている。その表情に、エドワードの持っているカップは、カタカタと揺れる。
完璧にビビリまくっているエドワードは、硬直したままギクシャクした動きをしている。


「エド…」
「あ、あぁぁ、は、はい…。師匠…」
「おまえを孕ませた奴は、どこのどいつだぁ
―――――!」


ドスのきいた低い声が店内に轟き渡る。
恥かしい事この上ない状態でエドワードは、真っ赤に身体を染めて小さくなっている。


「せ、師匠…、声がでかい〜〜」
「何だと、おまえ!あれほど変な虫には、気をつけろと言っただろうが!」
「違う。ロイは変な虫じゃねぇーよ!師匠」


今迄、彼女にビクついていたが、ロイの事を「変な虫」呼ばわれした事に腹を立てた
エドワードは、しっかりロイの事を認めて貰おうと反論する。


「ほぉー、なら何故早く知らせない!アルから多少、話は聞いているが。おまえは
自分の身体の事とか、ちゃんとわかっているのか」
「わかってるよ!ぶ、無事に産めないかもしれないって…。でも、オレはロイの赤ちゃんを
産みたいんだ。ロイはオレにとって大切な人だから」


エドワードの真剣な眼差しに、イズミは懐かしい日々を思い出す。あの時もこの子の
真剣な瞳に参った。そして、お腹をこの場で必死に守ろうとしているエドワードの姿に
よっぽど相手の事も、胎の子の事も愛しているのだろうと、いう事もわかる。
只、イズミはこんな重大な事を連絡してこないエドワードに腹を立てていたのだ。


「エド…」
「ご、ごめんない。連絡するの遅くなって。色々考えたら、どうしても言えなくて…。
堕せって言われる、と思ったから。師匠…」


イズミは、はぁーと一息する。それから、彼の俯いている顔を優しく覗き込み頭をそっと
撫でる。


「私がそんな事いうはずないだろう…。どうしても産みたいのだろう」
「う、うん…。師匠」


俯いたままのエドワードの頭を、何度も何度も優しく撫でる。そして、彼女はまるで自分の
我が子を抱くように、大きな胸で抱きしめる。


「私にもわかるから。その気持ちは…。後悔したくはないのだろう」
「う、ん…」
「しかたのない子だねぇー」
「師匠、ホントごめんなさい」
「わかりゃーいいよ。で、今何ヶ月目だい」


その言葉に、今迄張り詰めていたエドワードの顔に明るさが戻る。彼は、嬉しそうにお腹を
撫でながら。


「今、4ヵ月目なんだ!」
「そうかい。体調はいいのか」
「う〜ん。ボチボチかな。悪阻も治まってきたし」
「そうか。あまり無理するんじゃないよ!おまえは、向こう見ずのところがあるからねぇー」
「そうだよ!兄さん」
「アル、おまえは小言多すぎなんだよ!」
「ムッ…!そうだね。兄さんは、准将からもちょくちょく言われているからねぇー。あぁー、
大変だねぇー!あっちこっち」
「アル
――!おまえは、――― …」


この2、3日緊張しっぱなしのエドワードは、アルフォンスに向かって言いたい放題に
罵声をとばしている。それに、真っ向から受けてたつアルフォンスとの口喧嘩が此処で
行われている。


「相変わらずだねぇー、アンタ。こいつらは…」
「そうだな」


うるさい声を耳で塞ぎながら、この2人を見ているイズミとシグから笑みが浮かぶ。
いつもの2人にほっと安心するのだった。


「おい、いい加減にしろ。2人とも」
「へ、あっ…。すみません、師匠」
「あぁー、そうだ。エド、おまえのダンナに会わせてもらわんといかんなぁー」
「ダ、ダンナ…、ですかぁー」
「そうだ、変な虫だ!おまえの事は取りあえず解決したが。変な虫は、別だ」


エドワードの心の中で、「変な虫」じゃないと繰り返される。しかし、声に出す事はできない。
鉄拳で殴られそうだから。


「く、くくくく…」
「アル、笑うなよ!」
「まぁー、良い。しばらく、観光してから。おまえの家に伺おうかねぇー」


にやりとイズミの口元がつりあがる。覚悟しろと言わんばかりの表情だ。
やっぱり、ロイ逃げたほうがいいかも、とエドワードの危険信号が鳴り続く。


「へっ…、マジですか〜〜」
「そうだ!何か、文句あるか!ねぇー、アンタぁー」
「ああ…」


結局、またここで押し切られる事となる。
エドワードにとっては、まだまだ緊張の続く日々を過ごすのであった。






その日の晩。
ソファーで、ロイはエドワードの肩を抱き寄せながら今日の出来事を話す。
2人の安らぎの時間。
お互いの、ぬくもりを感じあう大切な時間である。エドワードはロイの身体に全体重を
かけて身体の力を抜く。
ここは、一番安心できる場所だから。
少しばかり日中、忙しく動き回り少なからず緊張を強いられていた身体は、やっと
穏やかで心地よい場所を得る事ができた。
そう、ロイの胸が一番安らげるから。


「エド、疲れたのかい…」
「あ、うん…。ちょっと疲れたかな。久しぶりに外出たから」
「じゃぁー、早めに休まないと。だが、安心したのだろう」
「うん、ちゃんと話さないといけないと思っていたから。だから、ほっとした…」
「そうかい。よかったね」


ロイは、この2、3日慌てていた彼の肩の力が抜けていることに安心する。彼が心配して
いるような事は絶対に起こらないだろうと思っていたのだが。
気苦労をかけてしまっている彼の身体をそっと抱きしめる。お疲れさまと労うように。


「でも、な。今度は、家に…。ロイに会いたいとか言ってた。どうする」
「は、ははは…。いいよ、エドワードそんなに心配しなくて」
「そう、か…。オレ心配しすぎかなぁー」
「あぁー、そうだよ。さぁー、今日は早く風呂に入って寝てしまいなさい。エド」
「う、ん。そうする…」


この日は、穏やかに暮れていく。
その晩、エドワードはロイの胸の中で安らかな寝息をたてて穏やかな夢の中へと
身を沈ませていった。それは、もちろんロイも一緒に。
お腹の赤ちゃんも心地よい眠りへと。
何事もなく、すくすくと育っていくはずだったが…。
































イズミ師匠登場です!
さぁー、ロイはどうなるのでしょうか。ちょっぴり今回、黒アル炸裂しています♪
まだ、この1話長かったのですが取りあえず、ここで区切りました(汗)

という訳で、次回「問題発生」です☆まだ、作成中ですが。
当初の予定より話がドンドン長くなってます。すみません、、、サクサク、終わりませんね。
このシリーズ。

桜 美由紀 2005/10/21











   
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