月の子






  〜 Moon Child 〜
 act.14  前編



















イズミ達と再会した数日後の朝。
いつものように、パタパタと朝の忙しい時間が過ぎていく。
エドワードはアルフォンスと一緒に朝食の支度をしている。悪阻の酷い状態が続いた時から
アルフォンスが、何かと家事は手伝ってくれている。
それは、いつもの朝の風景なのだが、今日はちょっと違う。
程なく朝食の準備を終えて、さぁー食べようかとするのだが。エドワードの様子が
おかしいのである。並べられた朝食を目の前に顔色悪く佇んでいる。
彼は食事に手をつけることなく、ぼぉーと食卓の椅子に座っているのだ。そんな彼の様子に
ロイは、いち早く気がつき尋ねる。


「どうした、エド。あまり顔色がよくないようだが、気分でも悪いのか…」
「そうだよ、兄さん。どうしたの」


アルフォンスも今朝から気だるそうな兄を心配していた。ロイもアルフォンスも心配そうな
表情を彼に向ける。
彼の場合、妊娠を継続するには十分な体調管理が必要とされている。ほんの些細な事でも
命取りになりかねない、とロイは過保護なまでに彼の体調を気にしているのである。
もちろん、愛するエドワードとその子供の為にだ。


―――― 、わかんない。何か変…。う、う〜ん…」


何とも言いがたい返事にロイは彼の傍に寄り、漠然と座っている彼の頬と額にそっと
自分の手をあてがい様子を伺ってみる。が、何事もないような、あるような。
傍から見たら、今のロイの行動は熱い抱擁に見えてしまう。
アルフォンスは目の前で、ロイが心配げに彼の頭をそっと胸に寄り添わせているシーンを
見せ付けられているのである。彼には、たまったものではない。
だが、それを食卓に頬杖をつきながら視線を逸らす訳もなく、じっくりと見ている。


「2人とも、朝から熱いねぇーで、どうなんですかぁー。准将」
「あ、アル
―――― ///」
「…、アルフォンス ///」


棒読みのアルフォンスの声にはっと、我にかえる2人は咳払いをしてその場を誤魔化
そうとするが、時既に遅し。アルフォンスの褪めた視線を浴びてしまう。
最近この家いや、エドワードの健康管理からロイの仕事の管理まで取り仕切るように
なったアルフォンスに2人は、たじたじである。「小舅」としての本領を発揮されている。


「…熱は、なさそうなの、だが…」
「兄さん〜、身体きついの…」
「う、うん。何か、だるいかも…」
「エド…。食欲がないようだったら。少し、横になってなさい」
「だ、大丈夫だよ…。そんな大袈裟な」
「いや、駄目だよ!疲れがたまっているのかも知れない。ね、いいね」


ロイは、彼の身体をゆっくりと抱き上げてリビングのカウチへエドワードの身体を
横たわらせる。ロイの表情は不安を隠しきれない。
何故だろう、と。何か胸騒ぎがしている。
それは、エドワードも一緒だった。言葉では拒否したもののロイの行動に成すがままと
なっている。悪阻の所為かと思いもしたのだが、何かが違っていると感じたからだ。


「アルフォンス、何かあったらすぐに連絡してくれ。いいね!」
「はい、任せてください!」
「あ、そんな…。ロイ、大丈夫だってぇー」


エドワードは笑みを見せるが、どうもぎこちない。本人も言い知れぬ不安を感じている
からなのだろう。
いつにない不安を感じる。気付けば、ぎゅっとロイの軍服の袖を握り締めていた。
行かないでと、駄々をこねる子供のような自分に呆れてしまう。
本当は一緒にいて欲しかったけれども、それができない事もわかっているから。ロイに
気付かれないように、やんわりと袖から手を離すのだった。そして、エドワードは
精一杯のやせ我慢で微笑を作る。
ロイは彼の身体にふわりとブラケットをかけ、公用車が迎えに来る迄の短いひと時を
カウチの端に腰掛エドワードと、2人の大切な生命が宿るお腹を撫でている。
彼はお腹の子供に大丈夫だよな、と胸で呟きながら。
それから、軍司令部へと出勤するのであった。
お互い一抹の不安を抱えながら。


「准将、どうされたんですか。浮かない顔ですね。それに今日は、大将のお見送りもなくて」


公用車を運転するハボックが、バックミラーにうつる自分の上司に尋ねる。
上司は後部座席で腕を組み心配そうな顔を、露にしていたからだ。


「ああ、どうも具合が悪そうなのでな。心配なのだよ…」
「悪阻まだ、酷いんスカ…」
「いや、悪阻ではないような…。まぁー、何事もないと良いのだが…」


そう言いながら、車は中央司令部へと走るのであった。
ロイの不安をのせたまま。




*        *        *




エドワードは、独りまんじりとしていた。只、刻々と時間だけは過ぎていく。
何度となくアルフォンスが調子はどうだと尋ねてくるが、今朝と余り変わらない返答を
繰り返している。
だが、時間が経つにしたがって変な感じはじわり、じわり、と腹部の痛みを感じさせていく。
そして、徐々に冷や汗が身体を覆うような感覚に陥る。
不快だ。
倦怠感が積っていく。


「ふう
―――― 、っ。何だろう…。変だな、お腹が痛いような…」


彼は、頭上に手をかざして日の光をさえぎる。そんなエドワードの様子が気になって
アルフォンスが心配そうな顔で見下ろしてきた。


「兄さん、大丈夫?病院に行こうか」
「アル、わりぃー。う、ん〜。オレもわかんねぇー。いいよ、しばらくこうしてるから…」
「そう、辛いようだったら僕にすぐに言ってよね。准将に怒られちゃうよー、僕」
「は、はは…。そんな事ねぇーよ!」


結局、エドワードはこの倦怠感を夕方近くまで抱えることになる。
一向に治る気配がない容態に気分転換にうろうろと歩いてみるが、変わる事がなく
ソファーでゴロゴロしていると。
ふいに下腹部に鈍痛を感じて、低い呻き声が上がる。


「あっ…、痛
―――――― …」


その痛みと一緒に下肢からぬるりと流れる感覚にエドワードは身を丸める。
そして、エドワードは本能で感じる。すごく、良くないことが自分の身体で起こっていると。
ざわりと身の毛がよだつ感覚に心臓がバクバクと耳障りな音を奏でる。ガチガチと震える
唇で助けを呼ぼうとするけれど、言葉になろうとしない。
助けて、助けてと喉元で言葉が詰まる。
ほんの短い時間で色々な事柄がエドワードの頭を駆け巡り、そして何を思ったか蒼白な
顔色でバタバタとリビングから出て行ってしまった。
ふと気付いた兄の異変にアルフォンスは困惑してしまう。彼の背中を嫌な汗が流れていく。
だが、しばらく経っても兄は戻ってこない。兄を心配して彼の後を追う、とそこには…。


「兄さん
―― !どうしたの。大丈夫!?」
「う、アル…、どうしよう
―――、赤ちゃんが――― …」


トイレの傍で蹲っているエドワードにアルフォンスはびっくりしてしまう。
彼の顔色は真っ白で必死に自分のお腹を抱きしめて、今にも倒れそうな身体を支えている。


「お腹痛いんだ、っ…ひっく…、どうしよう…。ち、血が出てる
――
「え、血…!?ああー、どうしよう。とにかく、准将に連絡するから、えぇぇぇと…」


エドワードの瞳からは、耐えられず涙が零れ落ちる。どうして、どうして、と思うばかりだ。
ひたすら痛むお腹を抱きこみ、助けを求めるしかできない。
助けて…、ロイ。




*        *        *




その頃。
先日の再会の時、エドワードに家を訪問すると強引に約束したイズミ達が玄関の扉の前で
仁王立ちしていた。


「何なのだ!もしかして、あいつら逃げたか
――!この馬鹿弟子どもめぇー!」


いくら呼び鈴を鳴らしても扉を叩いても中から出てくる気配がないのにイズミは、腹を立て
怒り爆発寸前の状態であった。


「えぇーい!扉を作ってやる!」
「オイ、おまえ…」


と、シグが羽交い絞めにして止めるのだが、一向に構うことなく扉を勝手に練成して
しまった。そして、この家の中に侵入したのだった。さすがエドワードとアルフォンスの
師匠である。
入れないのならば、作ればよい。
この哲学、立派である。
だが、まさかこの家の中で緊急事態が起こっているなど考えもしていなかったのである。
人様の家を物色するように入っていくイズミとシグ。


「ん、騒がしいな!おい、エド、アル。何処にいる。おまえらなぁー!普通
―― ・・・」


と、ズカズカと勝って知ったる何たらという勢いで声のする方に行ってみると。
そこには、右往左往するアルフォンスと蹲っているエドワードの姿が眼に入り、すぐさま
駆け寄る。


「おい、どうした!?」
「あ、せ、師匠
―― 、どうしよう。兄さんが…」
「エド!?」


イズミの目の前では一体何が起きたのやらと慌てているアルフォンスとぐったりしている
エドワード。
そんな2人の姿に只ならぬ事態を感じた。
その上エドワードについては泣き崩れてしまって手のつけようがない有様だ。
すると、そこへ家の外から物凄い車の急ブレーキ音と共にドタバタと激しい音が聞こえる。
それから、ゼェゼェと荒い息を吐きながらイズミ達の横を走り抜けてきた男がいた。
イズミの視線が鋭く彼を捉える。
この男か。
蒼い軍服姿に銀時計の持ち主、ロイ・マスタング准将。エドワードの相手であり子供の父親。


「エド、エド…。どうした!?」


すかさず蹲る彼を抱き起こすが、額には薄っすらと汗を滲ませて蒼白な顔色。瞳からは、
ポロポロと涙が溢れているエドワードの姿にロイは、うろたえてしまう。


「ひっく…、ひっく。ロイ…ど、どうしよう。赤ちゃんが
―― 、お腹、痛くって。それで…」
「何、出血しているのか!?」
「うっ…、痛っ…」
「エド
―――― …」
「兄さん…、どうしよう〜」


三者三様に、バタついて解決の糸口が見つけられないでいる。そんな様子を呆れるように
見ていたイズミはふうーと息を大きく吐き、そして大声で号令をかけ始めた。


「おい、アル。おまえは医者に連絡しろ!掛かりつけの病院に、だ」
「え、えぇ…。はい!」
「それと、オイ、そこのマッチ棒!おまえはエドをベッドへ運べ。そおーと、だぞ!」
「あ、ああ…。はい!」


マッチ棒呼ばわりされている事に異議を唱える事も腹を立てる事もなく、ロイは彼女の指示
通りにエドワードを抱きかかえる。
ロイもアルフォンスも、何故ここにイズミ達がいるのかさえ考える余裕がない。
この家の中で只1人、今の状態を冷静に対応してくれる人の指示に従っていくのであった。


「それと、エド!おまえは、泣くな、わめくな!大丈夫だから…」
「う、うっ…ん、痛っ
―― …」
「エド
―――!?」


彼女の低い声とは裏腹にイズミの優しい眼差は、エドワードを見つめている。そして、涙に
暮れるエドワードを宥めるように頭や頬を撫でてやる。
もちろん、それはロイも一緒である。


「大丈夫だから。エド…。ちょっとの我慢だからな!すぐに医者がくるから…」
「いっ、でも…、赤ちゃんが
―― 、はぁ、はぁ、ロイ、ごめん…」
「大丈夫だよ。大丈夫だから、君が謝るようなことはない
――


何度も何度も、ロイはそう言い続ける。彼にはそれ以外の言葉が見つからない。
エドワードに言っている言葉は、そのまま自分の為の言葉となっている。
頼むから、無事でいてくれ2人とも。願えば、叶えてくれるはずだと信じて。
必死に願う事しか今のロイは出来ない。





















すみません(汗)
こんな場面で、続きへとなりました。「act.14」ちょいと「前編・後編」にわけました。
なかなか進まないので、お待たせするのもと思いまして。「後編」は近々更新します。
この話の山を越えないと他の話が書けなくなった…(泣)アホ桜です★
只今、シリアス驀進中☆後編は塩少々と砂糖少々かな?


桜 美由紀 2005/11/3











  
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