月の子
〜 Moon Child 〜 act.16
エドワードとロイが毎日お腹の「赤ちゃん」に向かって声を出して話しかけるようになった。
それはマスタング家、朝の日課でもある。
1つは不安から。
もう1つは、胎教の為でもあった。
いつものようにエドワードが「赤ちゃん」のいるお腹をなでなでしながら。
「おーい!もうドンドンやってもいいんだぞ!起きろ――、朝だぞ…」
「違う、違う。エド起こし方に問題がこう優しくだねぇ…」
2人で話しかけ方にまで論議が及ぼうとしている。
この時期からエドワードのお腹もずいぶん目立ってくるようになってきた。
まだ風船のように大きくではないが、もう妊婦であると傍から見てわかる程度に成長している。
だが、悩みが1つ…。
そろそろ6ヵ月も半ばになろうとするけれども胎動が感じられないのである。
早い人では、5ヵ月ぐらいでわかるというのに、初産という事を考慮しても胎動を感じても良い時期だろう。
だから、エドワードもロイも不安でたまらないのである。
医師にはちょっと成長がゆっくりだけど今のところ問題はないと、言われている。
ここだけの話だが、【ちょっと成長がゆっくり】と、医師は言わなかった。
【小さい】と。
だけど、この言葉はエドワードにとって禁句なので、この表現にしている。
医師に【小さい】と、言われた時のエドワードは手に負えなかった。そして、それを気にしたエドワードの奇怪な行動は…。
これは、また…。
と、いう訳で当人達は心配でたまらないのだ。
いかにエドワードの身体が通常の女性とは違っているからと言って、遅くないのだろかと。
「どうなの?兄さん、今日も気配なし?」
「うん…」
しょんぼりするエドワードの顔を見ていると、こちらまで暗くなってしまう。
そう毎日、毎日しゃべりかける彼らを見ているアルフォンスは、尚更可哀想に思える。
「ほらさ、先生も言っていたじゃん。兄さんの体質はあんまりお腹は、大きくならないだろうって、筋肉がついているからって。だから、ホントはドンドンやってるんじゃないかな?兄さんにわかんないだけでさぁ…」
ソファー下のふわふわのカーペットにしょんぼりと項垂れて、胡坐をかいて座っている。
そして、すりすりとお腹を摩っている。
エドワードは、今では女性としか通らない体系と美貌になっていた。それに少し反抗しているようである。体系を隠すためか、エドワードは大きめのセーターを好んで着ている。黄金の金髪は最近では結う事は、ほとんどない。肩にかけるか、背にたらしている。
まあ彼曰く、天然マフラー代わりだそうだ。
色白の小さな顔と大きな蜂蜜色の瞳が、更に際立って可憐で愛くるしい。そんな彼の容姿が人々を魅了させているが、本人はまったく気付いていないようだ。
毎日見慣れているアルフォンスやロイにとっては、そんなに変化したとは思わない。多少艶が、出てきたぐらいだろうか。
まあ、元が元だから対して、と思っている。
しかし、周辺の人々はその美貌に相当驚いているようだ。
最近もまた声を掛けられていた。それも、写真を撮らせてくれだのと、もちろんエドワードはいつものように吠えていた。
最近は、それをガードするロイとアルフォンスの方が大変である。
* * *
もう季節は冬に入っている。
気温は下がりコートなしでは、外出は無理な季節。
最近では、チラチラと雪が舞い降りて来ている。寒い季節。だけど、エドワードの中で息づく生命のおかげで気持ちが、心が温かい。
そして、12月と言えばクリスマスだ。
街中が赤色と緑色で埋め尽くされている。
この家でも、ツリーを飾ろうかと準備をしていた。
「兄さん、どこにツリー飾ろうか?」
「まさかこの家にクリスマスツリーがあるとは思わなかった…」
何だか、複雑そうな表情をするエドワードにアルフォンスはしまった、と口元に手をあてる。
余計な事をしてしまったかもと内心ヒヤヒヤだ。
「まあ、深く考えなくても、ね…」
「ふ〜ん、いいけどさ。それより、ドンドンしない。オレの心配はツリーよりこっちダァー!」
エドワードの気持ちは、アルフォンスの思惑とは違った方向に矛先が行ったようで、ホッと胸を撫で下ろす。
自分が喧嘩の引き金を引いてしまったらえらい事だ。
よかった、話は聞き流されたようだ。
「まあまあ、兄さん。そんなにいらだっちゃうと赤ちゃんに余計悪いよ…」
エドワードは、最近口を開けば胎動の事ばかり言っている。
お腹を蹴ってくれない。
ドンドンしない。
返事がない!?
ちょっと、謎めいた表現はあるけれども。
エドワードにとって心配でたまらない事ばかりだ。身体に負担をかけて、やっとここまで成長させ、慈しんできた命だから。
夢のような命を。
だから、全ての愛情を込めてエドワードとロイが、緩やかに円を描くお腹に優しく手をあてる。
温かい命が宿るお腹が、返事を返してくれるように。
寒い深夜、空気がキーンと冷たさを感じさせる。
冬将軍の訪れで世界は一面の銀世界に変わる。真っ白な色に寒さを強烈に感じる。
それでも、2人抱き合えば寒さも凌げると。
ロイとエドワードは2人抱き合い眠る。
少しお腹が大きくなってきたエドワードを気遣いながら、ロイはその身体を優しく抱きしめる。冷えたりしないようにロイの全身で彼の身体を温め続ける。
そして、どこにも連れて行かせない様に…。消えていなくならないように…。
しっかりと抱きしめる。
それが、今ロイにできる事。
「なあ、ロイ。赤ちゃん大丈夫かな?」
眠っているとばかり思っていた。
胸の中の小さな黄金色の頭が声をかけてくる。
「う、ん…?寝てなかったのかい?エド…」
胸の中からくぐもった声が聴こえる。そんな声色でさえ愛しく思う。
エドワードは、胸のちょっとの隙間からロイの顔を不安そうに覗き込んでくる。
「う〜ん。だって心配なんだ…」
ロイは、そっと大きくなったお腹に掌を這わせていく。滑らかな円を描くように優しく撫でていく。
温かい…。生命が育っている場所。
「くすぐったいよ。ロイ…」
「そうかい。だが、ここはとっても温かいな…」
「そうかよ…」
「エド、そんなに心配か…」
「うん…」
「そうか。じゃあ、少し予定より早いが、病院へ行ってみるかい」
「心配しすぎかな?」
「いいよ…」
ロイは、エドワードの身体をゆっくり抱き起こし胸に抱きしめる。
お腹が大きくなって逆に彼の背中が、小さく細くなったような気がする背中にロイは、両腕を交差させて、彼の背を労わるように撫でる。
いいのだよ、と君だけが心配しているんじゃないから。私も不安なのだから。
エドワードに必要以上の負担をさせてしまっているから少しでもエドワードの気が晴れれば、それで良かった。
そう思うロイだった。
「エド、身体は辛くないかい…」
艶のある声で耳元に、囁かれて思わず頬を染めてしまう。
辛くないと言えば、嘘になるけど。それでも心は辛くはない。
ロイが傍にいてくれるから。
愛してくれるから。
抱きしめてくれるから。
「うん、それは大丈夫だよ///」
エドワードの返事を聞くと、ロイは口唇をエドワードの目元に口付ける。
ちょっぴり片目をつぶりながらロイの愛撫を受け入れる。そして、エドワードも自然にロイの広い背中に腕をまわし、全ての不安を取り除いてくれるようにと、身を委ねる。
ロイの胸は温かい。
ロイの掌も温かい。
オレは今この時間を大切にしたい。
お腹の「赤ちゃん」がふわりふわりと羊水の海の中で母体に身を委ねているようにエドワードもロイに全てを任せる。
そこは、とても安心できる場所だから。
「赤ちゃん」にとっても同じ場所。
この思いが伝わっているといいな。
* * *
「ジー様、お腹がドンドンしない!」
エドワードの第一声がこれであった。
2人、一緒に診察室の椅子に腰をかけて真剣な眼差しを医師に向ける。
その様子が、余りに微笑ましく同席していた看護士の女性は思わずコロコロと笑い出してしまう。
そんな彼女の笑い顔をふくれて睨み上げるエドワードの顔に更に笑いが出てしまう。
「はあ〜、おまえさんなぁ…」
「なんだよ…。もう赤ちゃんがドンドンやってもいいはずだろう」
「まあ、確かになあ。ちょっと遅いな。だが、ドンドンではないかも知れないぞ」
「ううう…。だってな、蹴らないんだよ。わかんないよ!オレ…」
「おまえさんが、そんなに気にするからかも知れんな。赤ん坊は元気にそだっとるよ…」
「そうなのか?」
「ああ…、母体が騒がしいからじゃろ。安心しなさい。直にちゃんと連絡がくるよ」
エドワードを安心させるように、ジー様はにっこりと笑って頭を撫でる。
そんな医師の笑みをエドワードとは別の視線が真剣に見つめている。
「本当に、大丈夫なのですね!」
「アンタまで〜大丈夫じゃ!」
ロイまでが医師に何度も何度も確認する。その熱心さに、困り果ててしまう医師と看護士であった。
あんまり2人がかりで尋ねられてしまうので今日の診察は終わりだ、早く帰れとまで、言われてしまった。
そして、2人共々診察室から追い出された。
不安と不満を抱えながら、2人は自宅へポクポクと歩いて帰る。
ロイは、いつものように黒のロングコート姿。
エドワードは、大き目のふわふわの白いセーターにパンツ姿。コートは赤のダッフルコート。
赤のダッフルコート姿に、このアメストリス国をあっちこっち走り回って旅をしていた頃のエドワードを思い出す。
金髪の長い髪に、この赤のコートはよく映える。
旅をしていた頃より長く、美しくなびく髪はこのどんよりとした冬空に、燦々と輝いている。
どこにいても、エドワードの存在を目立たせてしまう金色と赤。
それと同様に彼の容姿は人々の心を夢中にさせる。
「ホントかな?」
「不本意だが!ああ、先生が言い張るのだから信じるしかないな!」
そういい切るロイだけど、彼の顔にも不満の二文字がしっかり並んでいる。そんなロイの子供みたいな表情に何だか嬉しさを感じる。
自分だけ悩んでいるのではない、と思えるから。
「ちぇ、おーい。もうドンドンしていいんだってば…」
エドワードはお腹にいつものように触れながら呼びかけるが、今回も音沙汰なし。悲しいエドワードの独り言で終わってしまった。
しょんぼりするエドワードの様子に、ふふ…と鼻から笑いを零してしまう。
お腹が動かないのはちょっと心配だが、エドワードの可愛らしい仕草に瞳を奪われてしまう。
ロイは、ちょっと悪戯に心が湧き立ってしまう。
赤いダッフルコートの帽子を彼にそっと被せる。すると、「サンタクロース」が否、童話の「赤ずきんちゃん」のような彼が、できあがる。ロイは満面の笑みを浮かべてエドワードを見つめる。
雪が降っている訳でもないのに帽子を被されたことに、きょとんとするエドワード。
暫くしてから何やってんだよ、と帽子の中から上目遣いでロイを見上げる。
そんな動作の1つ1つが愛くるしく、ロイの目を楽しませる。
「家に帰って、アルフォンスの手伝いをしようか」
「うん、そうだな」
自宅への帰路を急ぐことにした二人だった。
急ぎながらも、エドワードの腰にはしっかりロイの腕が回されている辺り、そうとう彼の事を大事にしているのであろうと。
すれ違う人々の視線が向けられている事など、ロイもエドワードも気付く事なく、温かい我が家へと足を急がせる。
それに、小舅のアルフォンス君も待っているから。
* * *
「兄さん、これもお願い」
「准将はこっちをお願いしますね。このツリー結構大きいですね」
「ああ、頂き物なのだよ。こっちに転属になったばかりに、ハクロ将軍からね。自分が東部へ移動になった腹いせにだろう。君にも必要だろうとか…言ってね」
「ああ、あのハクロ将軍。嫌味が多かったもんなぁ…」
「そうだね。何かと言いがかりをつけてきたしね。まさか独身者にこのツリーはちょっとですねぇ…」
「そうなのだよ!貰ったときは、思わず着払いで返品しようかと思ったが。まさかこんな機会ができるとは、意外と役にたつものだ。ハクロ将軍も…」
「は、ははは…。今頃、くしゃみしてんじゃないか」
ロイとアルフォンスが、巨大ツリーに脚立を使って飾り付けをする。エドワードは、飾りを箱から出して組み立てている。
仲睦ましい光景だ。
エドワードはふわふわのカーペットにペタリと座り、もそもそと飾りを組み立てていた。
その時…。
「!?……あっ…」
奇声にロイとアルフォンスが気付き声の主へと振り返るとエドワードは、飾りをほっぽり出して自分のお腹を不思議そうな表情で必死に触っている。
どうしたのだろう、とは思いながら2人は作業を続ける。
すると。
「…!?あっ、まただっ…」
また、声音がする方へ視線を向けると今度は、エドワードのにっこりと嬉しそうな表情とぶつかり合う。
一体何事だ、と彼の元にロイとアルフォンスは駆け寄った。
「どうした。エド…」
「あのな。へへ…、ドンドンじゃなかった。ポコポコだった。オレ、今迄気付かなかった」
「はあ!?」
ロイとアルフォンスが2人一緒に声を上げる。
この兄は、エドは、何を言っているのやら。
理解しがたい言葉を言っているがよく意味がわからん。
ロイは聞くより触るべしと、エドワードが大事に手を当てている辺りに、自分の手を変わりに当ててみるが、何も変化は見られない。
「エド、どうした?よく、わからないのだが…」
「ちょっと待ってろよ。ほら、今…」
「う、わあ――!?」
ロイは初めて感じる胎動に思わずびっくりしてしまい、手を撥ね除けて飛び退いてしまった。
「なっ、ポコポコだったんだ。なぁんだ、これならちょっと前から感じてた…」
「どれ、もう一度…」
ロイは再度挑戦と。手をエドワードのお腹へ当て暫く待ってみると、何かが動いている。そう確かに、ドンドンではないが動いている。
これが胎動なのか、とずっと触り続ける。
愛しい我が子の行動を感じる。
「どういうこと、兄さん…。もしかして、前から感じてたって事?」
「///…えっ、あの〜今日みたいに、こんなに激しくはなかったけど。何だろうと思ってた。いや〜だってさ、本には『ドンドン』て、書いてあるんだよなぁ!」
「兄さん!ここに、胎動の感じ方には個人差がありますって書いてあるだろう!この馬鹿兄!だから僕は何回も言ってたじゃないか!」
「は、はは…♪♪♪そうなんだ!これが、胎動なんだ。へへへ…」
「一応これでも心配してたんだからね。僕はー!」
一生懸命、アルフォンスとエドワードが今回の勘違いを言い合い?し続けている間、約一名はずーっと、エドワードのお腹を触り続けていた。
そして、愛しい子供のメッセージを聞き続けている。
我が子から発信されるメッセージは。
「順調に大きくなっているよ。早く逢いたいね。パパとママ…」と言っているようだ。
ロイはこのお腹の中で育つ生命が、いかに奇跡に近い存在なのか身に沁みて感じている。
だから、大切に慈しみたい。
ロイはエドワードのこめかみに啄ばむようにキスを散らすと耳元に低いテノールの声色で奏でる。
「エド、素敵なクリスマスプレゼントありがとう」
と、テノールの声色に反応したのか、真っ赤に頬を染め上げてエドワードもロイの耳元に薄紅色の薄い唇をよせて囁く。
「ありがとう、ロイ。赤ちゃんをオレに授けてくれて。最高の贈り物だよ」
クリスマスには少し早いけれども2人は、ちょっと早めのプレゼント交換をするのであった。
そして、2人は普通の幸せを感じる。
普通の幸せを手に入れる事は、実は困難なことである。
ロイは33歳にして普通の幸せを実感している。
ああ、クリスマスの日には雪が降りそうだ。
ロイはエドワードとお腹の「赤ちゃん」を背後から優しく包み込みながら思う。
この時間が永遠であれと。
遅くなった。ヤバイ、クリスマスイブまで後2日です。
取り敢えず間に合った!「胎動編」やっとお腹の赤ちゃんが動きました!
良かった×2…。
次回「パーティー編」と思ったのですが、別の話を持ってくる予定。
「パーティー編」はエピソードに書こうかな?う、ううん。次の話はまだ何も書いてないので
マジゆっくり更新かな。最近、予定が徐々に壊れています(汗)
あてにならない次回編。
桜 美由紀 2005/12/22
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