月の子
〜 Moon Child 〜 act.17 前編
やけにしおらしい表情でエドワードがロイに声をかけてきた。いつものおちゃめで元気の良い態度が今日は大人しく物静かだ。ロイは読みかけの書類から目を外してエドワードに視線をやる。
と、彼の口唇から。
「オレ、リゼンブールに帰りたい…」
「へぇっ!」
ロイはエドワードの言動に言葉を失った、と同時に書類が無意識に手からバサバサと落ちていった。
私は彼を怒らしたのだろうか。それとも不安にさせる事でもしたのだろう。いや、エドワードを心配させることなど何もやっていないはずだ。エドワードと心が通じ合う仲になるまでは闇雲に女性達と遊んでいたこともあったが、今ではエドワード一筋だ。やっと手に入れる事ができたエドワードだ。それに私の子供を身籠ってくれている。それでHの回数は激減したが、これは仕方がない。だからと言ってその穴埋めに他の女性と浮気をするなど言語道断だ。これからも彼にだけ愛を囁き、彼を愛する。
それなのにエドワードが実家に帰りたいと言っている。
これは一大事だ!
ロイの頭ではずうっーとこんな事が自問自答されていた。実に長い時間を要している。
走馬灯のように今までの出来事まで駆け巡った。
それから、はっと現実に戻り真顔でエドワードの両肩を掴み。
「ちょっと待ちなさい!どうしたのだね。エドワード!私に何か不満があるのかね…」
しどろもどろにロイは言う。
ロイのあまりの驚愕ぶりに逆にエドワードの方が驚いてしまう。彼はそんなつもりで言ったのではまったくなかったからだ。
「え、ええ…。何、そんなに驚いてんの。あ、いいよ。やっぱり無理だよね」
そう言ってロイの腕からするりと逃げ出していった。
後にポツンと残されたロイはまるで抜け殻のように佇んでいた。
そして。
何故なんだァー!何もやっとらんぞ!と、この言葉がぐるぐると頭を駆け巡っていた。
ロイの雄叫びがマスタング家に鳴り響く。
* * *
それからというものロイの頭の中で「オレ、リゼンブールに帰りたい」と、いう言葉が連呼されている。
軍司令部室でも、そのことばかり考えてしまい仕事に身が入らない。終いには、ホークアイ大尉の銃口が額の真ん中に当てられていた。
いつもは準備段階を与えられていたが、容赦がなかった。すでに最終段階だ。
「ちゃんと仕事して下さい! お子さんの顔を見る前に他界しますか」
ダラダラと冷や汗が滴り落ちている。
そんなの絶対嫌だ。
「ちょっと待ちたまえ。子供の顔を見るまでは死ぬわけには…」
「はい!? 子供さんの成長もずうーっと見たいでしょう?」
「もちろんです」
「だったら仕事して下さいね!」
ロイは泣く泣く積み上げられた書類の束を処理していくのだった。そんな彼にホークアイがエドワードの様子を尋ねる。
最近仕事が忙しく、彼と会うことができなかったからだ。もちろん、その原因の半分は今、黙々と書類に決済のサインをしている男の所為である。
「エドワード君の調子はどうなんですか? そろそろ7ヶ月になるのでは…」
良くぞ訊いてくれました、とロイはペンを置いて彼女に助けを求めるように話す。
「それが急にリゼンブールに帰りたいなどと言い出したのだよ。ああ〜、どうしのだと…」
会話の最後の方は一人でブツブツ語り出した。そんな彼を気にする訳もなく彼女はいつも太陽のように明るい笑顔を見せ、大きくなってきたお腹を嬉しそうに撫でる彼の事を思い、ふと考える。
もしかして、と。
彼女はすぐさま自分のデスクに戻りスケジュール帳を確認し、手際よく色んな部署に連絡を入れる。そんな彼女を遠い目で見ながら、やはりロイの思いはエドワードの突然の言動だ。
はあ―、と盛大な溜息が漏れる。
グタグタとデスクに頬をぺタリとくっ付けていると、眉間に皺を寄せたホークアイが立っていた。彼女の口からは凛とした鋭い命令が吐き出された。
「手は休めない! 早く仕事してください。今から一週間分やってもらいます」
「君ねぇ〜」
「さっさと仕事する! 終わったら病院に行ってリゼンブールまで彼が行けるか確認してくる事。いいですね」
「はあ!? 何を言っているのだね」
「ですから。医者から許可が出れば、准将も随行していいです、と言っているのです。さあ、早く仕事して下さい!」
「あ、あっ…一緒に行ってもいいのかね!?」
急に元気が出るロイに呆れる。
が、仕方がない。こればかりはエドワードがどうして実家に帰りたい、と言ったか何となくわかったホークアイだったから。
及ばすながら彼に手助けしてやろうとしているのだ。
「それは医者次第ですね。それに行ってみればエドワード君が何故そんな事を言い出したか、わかると思いまして…」
「あ、ああ…。すまん!」
ロイの手が再びペンを取り激甚な速さで仕事をしていく。
いつもこうであってくれれば良いものを、と思いながらロイを見ていた。
「エド、エド…。ただいま、どこにいるのだい!」
あれ以来、帰宅後こうして必ずエドワードの姿を探すロイだった。それを煙たがるエドワードなのだが。
「何だよ! ちゃんとここにいるよ」
「ああ、良かった。話があるのだよ。ここに座りなさい」
連日連夜、残業が続いていたロイはこの数日まともに彼と話す暇もなかった。だが、そんな日々も今日で終わりだ。
まずは、エドワードに久しぶりのキスをする。それから大切なお腹の子供に触れる。
おっと、今日は蹴りが返ってきた。連日ママを一人にさせたことに抗議しているようだ。そんな頼もしい子供に顔をほころばせて笑う。
「リゼンブールに行ってもいいよ」
ぽよんと、ロイの胸に背中を預けてちょこんとソファーに座っていたエドワードが背後に振り返る。それも勢い良く。喜色満面な顔をロイに向けている。
「えっ、ホント!」
「ホントだよ。その代わり医者の話をよ〜く訊いて、私も一緒にだよ」
「ロイも一緒に来てくれるのか…」
自分も一緒について行くと言って、エドワードが嫌がりはしないだろうかと不安だったが、杞憂にすぎなかった。
ロイの首に力いっぱい抱きついてきた。彼の広い肩口に甘えるように額を摺り寄せてくる。突然の行動に驚愕してしまう。
「ど、どうしのだね。私の方がびっくりしたのだよ」
「うん。ホントはロイも一緒に来て欲しかったから。オレの身体こんなだしちょっと遠方までは行けないだろうと思ってた。けど、一回だけはどうしても帰りたかったから…」
ロイも彼の背を撫でながらほっと安心する。
「そんなに帰りたかったのかい」
嬉しいのやら悲しいのやらエドワードから涙が流れる。その涙はロイのシャツを濡らしていった。鼻にかかった、こもった声が聴こえる。
「――もう帰れないかもしれないって思ったから。その前にって」
エドワードの不安がロイの心に流れ込んでくる。そう、無事に出産できる確率はほんのわずかなのだから。今はこうして元気なのだが、先の未来は見えていなかった。わかっていることだけど、ロイに今言える言葉はこれしかなった。
「次の年の春にも夏にも、そして冬にも…いつでも行けるよ」
「うん、うん…」
ロイは自分の肩に隠れているエドワードの顎を優しく掴み顔を上げさせる。涙に濡れた顔が現われる。その涙をロイの無骨な指が拭っていく。
「泣かないで子供が笑うよ。ほら…」
「…うん。今日はすっごく元気なんだよ。お腹が痛いぐらいだ」
お腹の中からママに向かって元気を出せと、エールを送っている。2人は元気に胎動を繰り返すお腹に手をあて顔を見合わせ、くすっと笑う。
不安も「赤ちゃん」の才知で取り除いてくれる。
将来が楽しみだ。
そうして翌日からリゼンブール行きの準備が始められた。
おお、約一ヶ月ぶりの本編更新です。
「本編」が主体なのか「エピソード」が主体なのか、よくわからなくなってきた今日この頃(情)
桜的には本編が主体なのよ。それを元に「エピソード」が浮かぶ。
と、里帰り編です。
「act.17 後編」帰ります。前編は序章ですね。只今、作成中もうちょっと待ってね♪
シリアス風を予定。だけど、ピンク色にしておこう♪シリアスとほのぼの風の中間かな?
桜 美由紀 2006/1/25
お部屋トップへ