月の子
〜 Moon Child 〜 act.17 後編
コトンコトン列車が微弱な揺れを繰り返す。
もう長い時間揺られているが、そろそろ目的地に到着しそうだ。リゼンブールまでの長い距離エドワードの身体を考慮してゆっくり旅は進められた。
「エド、大丈夫かい?」
一等寝台のコンパートメントは豪華。ベルベット生地に包まれしっかりスプリングが効いた2人掛けの座席が向き合っている。二段ベッドの寝台も壮麗だ。何れも妊娠中のエドワードの身体を気遣ったものだ。
彼の地が近くなるにしたがいエドワードは満面の笑みで窓からの風景を食い入るように見ていた。
「うん。ちょっと腰痛いけど大丈夫さ」
「ならいいのだが。少し横になりなさい。何か異変を感じたらすぐに言うのだよ」
「大丈夫だよ!」
「ダメだ。ちゃんと言う事を聞くこと! 子供の為にね」
「ぶぅ――」
備え付けのテーブルに顎だけを乗せてむくれている。そんな彼をちょっと可哀想に目を細めて見つめる。
「子供」と言われると二の口が出ない。仕方なく金色の頭がこくりと頷く。
揺れる列車内、ロイが身体を支えるように下のベッドに彼を寝かす。その場所からでも景色が見えるようにと、ロイはベッドのカーテンを開けてやった。
確かにこの長旅はエドワードの身体に負担がかかっている。だが、無理をしてでも行きたい場所。帰りたい場所があった。
これはエドワードたっての願い。
叶えられるものは、叶えてやりたいと、ロイは思った。
彼の思いを。
列車から牧羊の群れが見え始めた。それはエドワードにとって懐かしい風景だ。
「リゼンブールだぁよっと」
「ああ、この声はあの駅員さんだ!」
と、エドワードはパタパタと列車から降りようとする。そんな彼をうまく引き止めてロイは彼と共にゆっくりと列車を降りた。
「ほら足元気をつけて」
「もう心配性なんだから! ここは、オレの庭みたいな場所だからな! オレについて来い」
「はあ、はいはい…」
大きな荷物を抱えてエドワードの後を歩いていく。確かにここは彼の故郷だ。出会う人々がエドワードを見て温かな声を掛けてくる。
「おや、エドかい。まあ、お腹大きくなって。噂は聞いてるよ」
「ん、何ヶ月なんだい!」
「この人が旦那さんかい。すまないねぇ、こんな乱暴者で…」
「良かったな。女の子になったのか? ははは、ガキの頃はあんなに嫌がってたのになぁ」
出会う人々が機関銃のように話しかけてくる。もちろん笑顔も一緒に。エドワードはそれを恥かしそうに受け応え、時には怒りを爆発させた。
「ち、違う! 今でも女じゃない! ムカつくな、おっちゃん!」
「ははは…」
村人の笑い声は尚も続く。
「もう! ウィンリィの奴だな。村人みんなに言いふらしやがって」
冷やかされたり歓迎されたりと、着いた早々エドワードは村人の応対で大忙しだ。そして、エドワードの顔は真っ赤に興奮していた。何しろ、旦那様を一緒に連れているからだ。
村人はエドワードのお腹の「赤ちゃん」と「旦那様」に興味津々。
言葉では文句を吐き出しているが、彼のはにかんだ表情の裏には満悦な微笑があった。
「エド、ここの人々はとても温かいな」
恐らく村に帰って来る2人の為にウィンリィが根回しをしてくれていたのだろう。村人がすんなりエドワード達を迎え入れてくれる。
「うん。ちょっとウィンリィに感謝な…」
にかっと笑うエドワードはこの冬空に眩しく暖かな太陽の光を射しているようだ。
駅の改札口をやっと出ると、そこには目を見張るものが出現していた。
「何で、この村にあるんだよ!」
エドワードが金切り声を上げて叫ぶ。
この村では非常に物珍しい物が駅前に用意されていたからだ。
車だ。それも軍用の黒塗りの高級車。
村人もめったに見る事ができない車だ。それを見ようと人集りができていた。驚愕な事実にエドワードは固まってしまった。
嫌な予感がする。エドワードはきっと睨みつけて言う。
「アンタだな」
彼のきつい眼差しをものともせず、ロイは言い返す。
「あたり前だよ。君は家まで荷馬車に揺られて行こうと思っていたのかい」
図星をつかれてしまい。タジタジになる。
いくら安定期だからといって、馬車に揺られる事は妊婦に良くない。それに長い列車の旅の後だ。さらに言えば、エドワードの身体は普通の妊婦とは違う。
この旅も無理を押してやってきている。
その事は本人も十分わかっているはずなのだが。
「…いやぁ、歩いて行こうかなって」
ぽりぽりとばつが悪そうに頬を掻く。
その態度にロイは冷たく言い切る。もちろん彼の身体を思ってのことだ。
「ほぉーその身体で」
「あっ、こう見えてまだまだ大丈夫だ!」
「絶対に許可しない!」
「嫌だ! みんな見てるからヤダ!」
「何を子供みたいな事を言っているのかね。随分距離があるだろうに」
「うう、歩く!」
2人の問答は繰り返される。それを見ている村人達から笑いが零れる。村人は、この2人の口喧嘩を楽しそうに見学していた。
しかし、結局村人の助言もありエドワードは無理やり車に乗せられてしまう事になった。
もちろん、心温かな村人数名も便乗して物珍しい車に乗り込むのだった。いや数人は車の天井やら側面に張り付く始末。
定員オーバーの車がゆっくりと村道を走っていく。車中、笑い声が絶えた事はなかった。
懐かしい家、そして看板が見える。デンの声が近づいてくる。
ロックベル家の近くで車を降り歩いてこの道を昇る。昔から何度も通い続けた道だ。だけど、今日は初めてロイと一緒に歩く。
もしかしてこんな事、二度はないかもしれないと思うと自然とロイの手をぎゅっと強く握り締めてしまうエドワード。
噛み締めて歩く故郷の大地。
悲劇の大地。旅立ちの大地。様々な記憶が走馬灯のように駆け巡り、そして新たな記憶を焼き付けていく。
「お、来たね」
家の前でいつものようにキセルを咥え、タバコをふかしていたピナコが二階にいる孫娘に声をかける。
「おいでだよ」
バタバタと慌しい足音を鳴らしながらウィンリィが二階の窓から大声で叫ぶ。
「お帰り――! エド」
エドワードとロイが彼女の村中に響くような爽快な声に気づく。声の根源を探して四つの瞳はロックベル家の二階に視線をやった。
そして、大きく両手を振りながらエドワードは叫んだ。
「ただいま――!」
と、その足元にはデンが嬉しそうにぐるぐると回りながら迎えている。
何時にない元気のよさで動き回るエドワードを見て、ロイは改めて彼をリゼンブールへ連れて来て良かったと思った。
さっきまで二階から顔を出していた彼女は、どこへやら。ロイはエドワードに不思議そうに顔を向けた。
するとエドワードは、にっこりと笑って指を指す。その先にはスパナをくるくると手で器用に回しながら玄関から走ってくる彼女の姿。
作業着にスパナ、金髪はバンダナで覆われていた。衣服のところどころが油などで汚れている。とても、数ヶ月前までマスタング家におしとやかに滞在されていたお嬢様には見えない。
ロイの黒い瞳が白黒している。
それを横でキャハハと陽気に笑っていた。
「普通はこんな感じなんだぜ! ウィンリィの奴」
「はあ…変わるものだね」
ゼェゼェと息を吐きながらウィンリィが彼らの元にやってきた。「こんにちは。マスタングさん」と、挨拶する彼女の視線はもちろんエドワードのお腹に釘付けだ。
ジィーとしばらく見ていた。しかし、スパナを持つ手は自然と前に突き出している。触りたい触りたい、と身体がうずうずしているのが見て取れる。
「ほら、大きくなっただろう。触ってもいいぜ」
「ホントいいの。エド」
「あの〜そう言うけどおまえ、もう触ってんじゃん」
「いいじゃない。わぁ〜すごい。よかったね、エド! 無事に大きくなってんじゃん」
何度も何度も優しくそのお腹を触る。彼女がセントラルに居た頃は、まだまったく存在している事もわからなかった平たいお腹。それが、今ではこんなに立派に成長して存在を雄々しく示していた。逞しいものだ、と感心するウィンリィだった。
「あったりまえだ! もう動くんだぜ」
「えっ!? ホント。動いてるとこ触りたぁい」
胸の前で両手を祈るように重ねていた。そして、瞳を輝かせているウィンリィにちょっと引いてしまう。こればかりは「赤ちゃん」の機嫌次第だからだ。
そんな彼女の前で顔をピンク色に染めながら、ポリポリと頭を掻いていた。
いつの間にか孫娘に先をこされたピナコがゆっくりと彼らのところにやってきた。いつもの小憎たらしい表情は健在だ。
「お、よく来たね。エド、とその旦那さんかい?」
にやりと目線を斜め上へ上げる。その先にはロイがにっこりと笑顔で立っている。初対面ではない。遠い昔、いやエドワードと初めて出会った時に一度会っている。
「お久しぶりです。ピナコさん。ご挨拶が遅れました。ロイ・マスタングです」
と、右手を出す。
ピナコはキセルを右手に持ち替え左手を差し出した。
「ああ――ゆっくりしていきな。ん、疲れただろう。こんな豆と一緒の旅じゃね」
聞き捨てならないとばかりに、話に顔を突っ込んでくる。もちろんエドワードだ。
「何だって! 小さいって言ったな! このミニ婆」
「おお、言ったよ! おや、もしかして腹もちっさいみたいだね!」
お腹の事を言われ、照れながら迫り出した腹を守るように抱きしめる。確かに標準よりやや小さめなのだ。だから、言われるのを嫌う。
ロイが彼の肩を優しく擦って膨れている顔を覗きこんできた。
「ぶぅ――そんなに小さくねぇーもん。ちゃんと大きくなってる! このちびの婆…」
「ははは…! そう怒りなさんな。さぁ、立ち話もなんだから中に入んな。エド、おまえさんの好きなシチューだよ。今晩は」
「えっ、マジ! やったぁ―」
「こらこらエド…。そんなに暴れるな。子供がびっくりするよ」
ぐるぐるとデンと一緒にはしゃぎ駆け回るエドワードを心配そうに見つめている。しかし、その顔には清々しい微笑があった。
* * *
楽しい晩餐だった。
久方ぶりに懐かしい手料理を食べて満足したエドワードは旅の疲れから椅子でこっくりと船を漕ぎ始めた。その様子をロイやウィンリィ、そしてピナコが微笑ましく見つめていた。お腹一杯になって迫り出したお腹に両手を当て、半開きに口唇を開いた隙間からたらりとよだれを垂らしている姿は子供そのものだ。
「早く寝かしてやんな。相当疲れてるだろうから」
「すみません。無理を承知で来たので。彼はそれほどこの故郷に思いがあるようですね」
そう言うと、エドワードの身体を抱き抱えた。その雄々しい姿に惚れ惚れと見とれるウィンリィ。ピナコはテーブルに頬杖を突いてロイをにやりと見つめていた。
「まぁね。この子達にとってこのリゼンブールは始まりの場所だからね」
「始まりの場所。そうですね。私はここで彼に出会った。そして――」
ピナコはクククッと含み笑いを浮かべて斜め上へ視線を向けた。そこにはエドワードを大切に抱える彼の姿。もちろんそのお腹に息づく2人の愛の結晶も一緒だ。
逞しいものだ。
この子の全てを背負ってくれるという男にピナコは一言。
「頼むよ。エドと赤ん坊のこと…」
短い一言だが、それは重い言葉。託された言葉。エドワード達を幼い時から見守り続けてきた祖母の言葉。
ロイはピナコの瞳を瞬きをする事を忘れるほどに、じっと見つめた。それから、言葉の意味を深く噛み締めた。
「はい――」
男らしい低音が耳に優しく届く。
ピナコはにやりと片方の口唇の端を上げ、背を向けた。そして、彼らの邪魔にならないようにと。
「ウィンリィ、部屋を用意してやんな! エドの奴、明日は多分くたばって起き上がれないだろしね。この2人にいい部屋用意してやんな」
「あ、うん! ばっちゃん」
3人とも苦笑いを浮かべながらエドワードを見つめていた。
* * *
「マスタングさん。おはようございます。どうですか? エドの具合…」
翌日。
案の定いつまで経っても食堂にやってこない2人を心配してウィンリィが彼らの部屋にやってきた。
静かに扉を開いて中の様子を覗いた。
東から朝日が射し込む。部屋は澄み切ったように明るい。窓から零れる光がまるで閃光のように真っ白なシーツを照らしていた。
その中で、ぐったりとエドワードはロイに抱かれていた。ロイは赤子をあやすようにゆらゆらと彼を腕の中で揺らしている。
ウィンリィは暫く時が止ったように2人を見ていた。いや、目が離せなかったのだ。
「大丈夫だよ。まだ日はある。具合が良くなってから」
「―― でも行きたいんだ…」
「仕方がないよ。身体が疲れているのだからね。ゆっくり休んで」
「でも、オレどうしてもあそこに行かないと」
「エドワード」
少し興奮している彼を制するように声を出す。何かを焦っている感じがした。その証拠に、額を彼の胸に押し付けてぎゅっとロイの袖を握り締めていた。そんなエドワードを困ったように見つめていたロイは、漸く背後の気配に気づく。
エドワードに気づかれないように、ゆっくりウィンリィに視線を送る。その表情は情けなくも眉が下がっていた。
「あ、あの――」
彼女がエドワードに気遣うように小さな声を出す。それをロイはシーッと指で合図した。恐らくエドワードを気遣ってだろう。照れ屋な彼のことだから、こんな状態で暴れ出したら堪らない。
彼女はそのまま2人を黙って見守り続けた。
絵になるような光景だ。エドワードの事をしっかりと守る黒騎士。
そして、彼女は黒騎士の深い愛情をまざまざと見せ付けられた。
カチャカチャと診療用部材を直しながらピナコがロイの背後で静かに声を出す。
「予感的中だね。やっぱり」
ロイはまどろみ始めたエドワードの身体にそっとシーツを掛けていた。
「エドワードと子供は大丈夫ですか…」
秀眉な眉を情けなく下げてピナコに振り返るロイ。
「言わんこっちゃない。こんな遠方まで無理してやって来るからだよ!」
「ばっちゃん。エドは多分行きたい所があったんだと思う。私、そう思う」
渋い顔をしている祖母の横でウィンリィがエドワードを庇っていた。ロイとエドワードのあんな光景を見た後だ。
どうしてもエドワードの希望を叶えさせてやりたいと思う。彼女の瞳はまっすぐロイの顔を見つめていた。
多分この男も同じ思いを抱いてここまでやって来たのだと思うから。
「ええ―。彼がどうしても行きたい場所へ私も行って見たいのですよ」
はぁー、と深いため息をピナコは漏らした。困ったもんだ、という顔がありありと出していた。
「腹の子供の方が元気だよ! たいしたもんだよ。だけどね、エドの体力が落ちてるね。まあ、2、3日休養すれば回復するだろうね」
「そうですか!」
ぱっとその場の雰囲気が明るくなる。
「エドは多分あそこに行きたくて帰って来たんだろうね」
深い眠りに誘われているエドワードの金色の頭を優しく撫でていたロイは、ピナコに身体を向き直すと話の先を知りたいと目で訴えた。
もちろん、ウィンリィもだ。
「そうさね。一緒に行ってやってくれるかい」
ピナコの瞳が微睡むエドワードに向けられた。その瞳には温厚な眼差しが含まれていた。彼女もエドワードの思いを知っていたから。
「ええ、そのために私は一緒に来ましたから」
ピナコは満足そうに微笑だ。
このリゼンブールは年間を通して温暖な気候に恵まれている。季節は冬というのにさほど寒さを感じられない。セントラルに比べると住み良い土地に思える。
放羊が盛んな村だ。あちこちで羊達が我が物顔で道を歩いている。とてものどかな風景。ここは、ゆっくりと時が進む。
体調が回復したエドワードは、1人ゆっくり歩いていた。
歩きなれた道。通いなれた道。
母の眠る場所へ。
道行く先々で幼馴染や知り合いのおじさん、おばさんがエドワードを優しく歓迎する。もちろんお腹の子供も一緒に。
先日、村人達に冷やかされたのが、気恥ずかしくなって彼は1人で行動していた。いや、一人と一匹。優秀な護衛を引き連れていた。それは毎度のこと「デン」だ。
風が吹き舞い上がる。草木を風が心地よく揺らしている。
簡素な墓地だ。
そのとある場所で佇んでいた。
風になびく金色の長い髪。ふわっと風に巻き上げられるのを片手で押さえ耳に掛ける。じっと彼は墓石を見つめていた。
「母さん、ただいま遅くなってごめん」
墓石に向かって口を開いた。彼は真摯な表情を浮かべていた。
まずは挨拶を交わした。それから徐々に彼の強張っていた表情から笑みが零れ出す。
「あのね。今日はね、母さんに報告をしに来たんだ。オレのお腹に赤ちゃんがいるんだ。それもとっても好きな人の子供なんだよ」
彼の表情は誇らしいものに変わっていく。
まるで「子供」の父親を自慢しているようだ。にっこり微笑んで膨らんでいるお腹を擦る。この世にいない母に撫でて欲しくて自分自身で撫でる。
「オレもお母さんになるんだ。でもな、ちょっと自信がない。お手本になる母さんがいないから。それに無事に産めるかどうか不安なんだ。毎日不安で胸が苦しい」
エドワードの琥珀色の瞳に影が落ちる。
この拭い去れない不安を母に訊いてもらいたかった。けれど他界して長い年月が経っている。それでも母を想う気持ちはゆるぎない。
絶対の存在。
自分をこの世に誕生させてくれた人だから。
エドワードは足元を見つめていた。ぐっと口唇を気づかない間に噛み締めていた。
この地は始まりの場所。だから原点に戻れる。全ての原点に。
生命。
「オレみたいな咎人が、生命を産み出してもいいのかなって思う。本当は許されないことじゃないのか。それでもロイの子供が欲しいって思う。好きだから、愛しているからこの世に残したいと思う。たとえそれが自分の命を削ったとしても。だから今日で最後かもしれない。ここに来れるのは、ごめんなさい…母さん」
エドワードは新たに決意したかった。この場で。この母が眠る場所で。
それと、もしものために最後の挨拶をするためにここにやって来た。
まっすぐに墓標に彫られた名前を見つめていた。すると、彼の背後から聴き慣れたテノールが聴こえた。
「エドワードそんな言葉を言うために帰って来たかったのか。それは許さないよ」
冷え切ったエドワードの身体にロイはふわりとコートを羽織らせる。ふっと顔だけを後ろに向けた。不機嫌なロイの顔を切なそうに見上げた。
「よくわかったね。ここ」
「ピナコさんに訊いたからね」
「ばっちゃんが!? そう…」
この場を見られたくなかったような複雑な心境だった。その反面、一緒に居て欲しくもあった。エドワードの心は揺れていた。
「コラッ! まだ、本調子ではないのに1人で出歩いたら駄目だよ」
「ごめん――。だけど…ほら2人で行くのやっぱ恥ずかしくなっちゃって…」
言葉ではそういうが、本当のところはやはり。
深く空気を吸い込んで吐いた。心を落ち着かせた。ここは全ての始まり地。
申し訳なさそうに顔を俯かせる。エドワードはロイのシャツの袖を握り締める。一緒に居て欲しいと。
ぽつりぽつりと口を開き始める。
「ここに母さんが眠っているんだよ。ロイに会わせたかった。でも――ちょっと辛い思い出もあるから。悩んでた」
背後から彼のお腹に手を這わせる。それから風に晒されて冷たくなったエドワードの頬に自分の頬を合わせた。
「この地が始まりの場所だから。そして、この地で大切なものを失って過ちを犯したから。それなのにオレ。今とっても幸せなんだ。だから全てが怖くなる」
ほら、あそことばかりに顎をしゃくりある場所を示す。その場所は以前エドワードとアルフォンスの家があった場所だ。この墓地から眺められる。
いまだにあの場所は焼け焦げた大木を一本残した寂しい風情を出している。
ぐっとロイの逞しい胸に額を寄せる。
彼の不安は良くわかる。過ちならば、自分も沢山犯した。血みどろの戦いを強いられてきた。それなのに今の自分はエドワードとの間に息づく生命を心待ちにしている。
エドワードと一緒だ。
だから、あえてロイはこの墓標の前で誓う。
「お母さん初めまして。ロイ・マスタングです。私はエドワードのことを生涯愛して守って行きます。私達が犯した全ての罪を抱えて、エドワードを守り通す。産まれてくる子供には何の罪もない。天から授かった大切な命です。私達はその命を大切に育てていきます。それが、罪の償いとも思っています。そして、そんなに早くにエドワードをお母さんの眠る場所に行かせはしませんよ」
そういうとエドワードの朧な瞳に真っ直ぐな黒い瞳をぶつけた。それからにっこり微笑んだ。
エドワードはロイの胸の中で黙って彼の言葉を訊いていた。その言葉の一つ一つが彼の心に浸透していく。
全てを分かち合える伴侶というのはこういう事なのだ。
改めてロイの心の深さに感極まって涙がぽろりと出る。その雫をロイは指で拭いながら微笑んだ。
「さあ、エドワード風が冷たくなってきた。みんなの所へ戻ろう」
するとエドワードはロイの腕からするりと抜け出した。母の墓石に跪き語りかけた。凛とした声で、その場にいるロイに聴こえるように。
「いい男だろ。母さん! オレもこの人のこと愛してるから。そして、今度は子供と一緒に3人でここに挨拶に来るよ。待っててね」
太陽のように輝く微笑でエドワードはロイを見上げた。
その笑顔に引き寄せられるようにロイも彼の視線に合わせる為に跪く。そして、母の墓標で2人は微笑みながら誓いの接吻を交わした。
すみません。長々とお待たせしました。
やっと更新の「act.17 後編」 何て長いんでしょう!! もう自分でも呆れてます。
蛇足が多いのだよ。で、書きたかった場面はほんのちょっと(泣)
ちなみにアルフォンスはマスタング家で留守番ですよ。
桜 美由紀 2006/3/13
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