月の子
〜 Moon Child 〜 act.19 前編
「覚悟」この意味を改めて実感する日は突然やってきた。
いつものようにリビングのソファーで横になって、まどろんでいるエドワード。家の中で忙しなく働いて家事に精を出すアルフォンス。軍司令部に出勤しているロイ。
別段、変化のない生活である。
午後の陽射しが燦々と射していた。暖かい太陽の光がリビングに注ぎ込まれていた。エドワードはソファーから立ち上がり、窓辺にゆっくり近づいて外の景色を眺めていた。気持ち良さそうだった。もう春がそこまでやって来ていると感じられる。
自分も外に出たい。テラスで食事をしたら美味しいだろうとか、色んな事をぼんやりと考えていた。
今では、内臓が圧迫されて少量ずつしか食べられなくて苦労していた。
ホントはもっと食べれそうなのに、と二人を前に独りぼやいていた。
食い意地は張っているのだが、身体がついてこない。おかげで貧血が酷くて、いつも立ち眩みに眩暈を起こしてしまう。それでロイとアルフォンスをいつも不安にさせてしまう。
窓辺で佇んでいる兄を見ながら、アルフォンスも似たような事を考えていた。しかし、最近の兄が余りに儚げに見えて、このまま消えてしまいそうで怖かったのだ。あの真理の扉の向こうに、身体を持っていかれた時の感覚に似ていた。
何故こんな不吉な事ばかりを考えてしまうのだろうと思うばかりだ。
そんな悲観的な考えを振り払いながら、ふっと兄に視線を移すと窓ガラスを支えにズルズルと伝うように崩れていくエドワードの身体が、スローモーションのように視界に入ってきた。
「兄さん!?」
「うッ、痛ぃ――」
エドワードは急激な痛みに襲われた。それと同時に生ぬるいものが内股から流れるのを感じる。ぞっと血の気が引いていくのがわかった。そのままズルズルと膝から力が抜けていく。「嫌だ! 助けて…」と心臓が警笛を鳴らした。予想外の事態にどう対処して良いかわからない。生ぬるいものが床を濡らしていくのが視界に入る。
アルフォンスが凄い形相で駆け込んで来た。
余りの崩れ顔に笑いたかったが、笑えない。それどころではないのだ。助けてくれと、苦痛に顔を歪ませていた。
「兄さん、もしかして――陣痛始まった?」
アルフォンスが慌てながら蹲るエドワードに声を掛けた。返事を待つけれど、エドワードの口唇からは呻き声が漏れるばかりだ。ふと視線を下にやると赤っぽい血が流れて床を濡らしていた。広がる血の色に驚いて、アルフォンスはパニック状態に陥った。
そんな彼に構っている余裕はない。「こっちの方がパニックだ!」と言いたいけれども言葉にならない。エドワードは呻き声と一緒にキツイ眼差しでアルフォンスを睨みつけた。しかし、どうも伝わっていない。
「どうしよう。どうしよう。ねぇ――」
アルフォンスの馬鹿に頼みごとがあった。けれども今は言葉にならなくて苦痛に耐えるしかない。
「痛ッ――んッ、あっイッ…」
もうちょっとしたら声が出そうなのだ。エドワードは痛みと恐怖に必死に戦っていた。その間も「どうしよう」と連呼するアルフォンス。「オレの台詞をとるな。この馬鹿!」と、エドワードは叱りつけたかった。しかし、激痛にのた打ち回って出来そうにない。
ぐるぐる、ぐるぐる、アルフォンスは兄の周囲を歩いていた。そんなに回られるとエドワードまで気分が悪くなってくる。予想以上の疼痛に耐えるだけで精一杯なのに。
激痛が継続する中、やっと痛みが少しだけ緩和したようだ。これで、この馬鹿に命令できる。肝心な時にこの弟は役に立たない。そう思って、口唇の端を少しだけ上げた。
でも、アルフォンスがいてくれて助かったと少し安堵する自分も存在する。こんな時に本当に一人だったらと思うとゾッとした。きっと、とんでもなくパニックになっていただろう。素直じゃないだけでエドワードはしっかりアルフォンスに感謝しているのだ。
「っ、アル…ぅ、ロイ呼んで、病院に連れて行けって…。そんで、ハァ…おまえの方こそ落ち着け…よ!」
吐き出された必死の言葉で、やっとアルフォンスも今すべきことが何なのか判断できるようになった。
「ああ――うん、わかった!! 電話するよ…」
しかし、ちょっと頼りなくて心配だ。あちこちぶつかりながら、アルフォンスは電話を掛けに走った。どうしたらこの空間であれだけ衝突しながら歩けるのだろう。――謎である。
エドワードの意識が遠くなりつつあった。
刺すような激痛が断続的にエドワードを支配している。それだけならば陣痛なのだと、少しは安堵できるのだが、エドワードの下肢を赤く濡らすものが恐ろしくて堪らなかった。彼はそれを見下ろすことができない。ギュッと両腕を抱きしめて耐える。痛みに身体は震えて強張っていた。いつも温かい下腹が少しずつ熱を失っているような、そんな感覚に陥る。そして、いつも元気に蹴り上げている「赤ちゃん」の動きが鈍い。陣痛で大人しくしているのだろうか。
不安だ。嫌な胸騒ぎを感じている。
それでも今は激痛を耐えるしか手立てはなかった。エドワードは彼を待っているのだ。この胎の父親。ロイ・マスタング。エドワードが唯一この世で愛している最愛の男。
苦痛の呻き声は真一文字に結んだ唇から漏れ出していた。機械鎧の手術でさえ、耐えた身体なのにこの痛みは耐え難い。「助けて、助けて、ロイ…」心が悲鳴を上げている。
お願いだから「赤ちゃん」を助けてとエドワードは祈ることしかできなかった。
「准将、お電話です」
電話という単語に周囲の人間は敏感に反応していた。司令部内もピリッと空気が張り詰める。彼らはエドワードの出産が間近に迫っていることを知っているのだ。
この司令室の総責任者であるロイ・マスタング准将。彼の表情も電話の音が鳴るたびに顔の筋肉がピクピクと痙攣していた。
この日もロイは電話の受話器を握っているホークアイを睨むように見ていた。
しかし、今日はいつもと勝手が違う。
いつも通りに電話を取りに歩いて行く。受話器を彼女から受け取って、一言、二言その相手と会話を交わした後、受話器を下ろした。そこまで何ら、変わった行動はない。だが、その後で彼の行動は激変したのである。
司令室内に嵐が起きたのだ。バラバラと書類が辺り一面に舞い上がり、まるで落雷のように激しい音が轟いた。その瞬間、ホークアイの銃声が雷鳴のように乱射された。一瞬にして室内が阿鼻叫喚と化した。
一体何が起きたのか説明すると、ロイが激しく狼狽して所狭しと並んでいるデスクに蹴躓き、書類を散らかしまくったのである。それにホークアイが切れて銃を乱射し、上官の動きを止めたのである。壁際に張り付いて、固まっている上官は勿論お説教を聴く嵌めになるのだ。
「あなたが取り乱して、どうするのですか。しっかりして下さい! 雨の日以外も無能と言われたいのですか」
いつも悠然たる面持ちで構えている彼女の声は、この時ばかりは甲高かった。彼女に「雨の日、以外も無能」と、罵倒されたのは大変手厳しい言葉だ。ロイとしても撤回してもらわないと後々の笑い種となってしまう。
その場にいた者達はホークアイの毅然たる態度に、恐れ慄き縮み上がっていた。尚も彼を叱咤する声は続いた。
「一番、不安を抱えているのはエドワード君ですよ。准将がそんなでは、彼は誰を頼ったらいいのですか!」
まさにその通りなのだ。彼女の声は神から下された神勅である。取り乱している場合ではないのだ。一刻も早くエドワードの傍に駆けつけて、彼を励まさなければならないのだ。二人の大切な子供が産まれようとしているのだ。二人で助け合わなくてはならない。
ロイはゆっくりと瞼を一旦閉じ、瞳の奥でエドワードの笑顔を思い出す。それから、再び瞼を開いた。その黒き瞳は凛と輝いていた。
気持ちを入れ替えたロイは的確な行動を取り始めた。その動きには寸分の狂いも生じていなかった。
「ホークアイ大尉、私は暫くの間、休暇を申請する。後のことは頼んだよ」
その声は毅然と落ち着いたものだった。それに応えるように彼女も上官の瞳をしっかりと見て確認する。
「手配の順番はわかっていらっしゃいますね!」
「勿論だよ。自宅に帰る。それから、病院に連絡する。彼を病院に運ぶ…」
間違いなし。彼女から休暇の許可が速攻下った。
「ああ、ホークアイ大尉、それに諸君ら助かったよ」と声を掛けて、ロイは颯爽たる姿で司令部を後にした。廊下には一陣の疾風が吹いたという。
先程まで秀眉を垂らし、壁にへばり付き震えていた男とは思えない姿である。
「しっかりして! 兄さん、もうすぐ准将が帰ってくるからね」
アルフォンスは取りあえずロイに連絡したものの、いまだにうろたえていた。これから先、何をどうしたら良いのか皆目検討もつかないようだ。唯、ロイの帰りを待っていた。
歯を食い縛って、呻き声を漏らさないように耐えているエドワードから一際、悲鳴が上がった。
「はぁぅ――痛ッ!!」
その声にアルフォンスは耳を塞ぎたくなる。蹲るエドワードに身体が冷えないように毛布を掛けて、兄を励ましている。アルフォンスには兄の身体に触れることさえ怖くて危ぶまれるのだ。それでも何とか勇気を出して、兄の手と手を重ねて、痛みを訴える腹を一緒に擦った。アルフォンスの心臓がバクバク音を鳴らしている。
エドワードが激痛に耐えられずに声を漏らすたびに、アルフォンスは同じ言葉を繰り返していた。気が動転していて他の言葉が見つからないのだ。
「兄さん、大丈夫?」
こればかりだ。もっと気の利いた言葉を掛けてやるはずだった。ちゃんと予行練習をしていたが、実際はこんな有様だ。その練習は一人でやっていたのではない。二人で行なわれていた。そのもう一人は勿論、ロイだ。
代わってやれるものならば、代わってやりたい。そう願うことは帰途につくロイも一緒の願いだろう。アルフォンスは兄がこの世界で一番、愛する男の帰りを待っていた。
突如、リビングの扉は騒音と共に開かれた。息急き切って駆けつけたロイの姿にアルフォンスはくたりと床に跪いて、助けを求めるようにロイを見上げる。彼の青褪めた表情をロイは一遍した。それだけで、エドワードの深刻な容態が手に取るようにわかる。
ロイはアルフォンスの苦悩を少しでも軽くしようとその背をポンポンと軽く叩いた。本当に彼は良くやってくれていたからだ。それから、蹲るエドワードの背を優しく擦った。
「遅くなってすまない。エド、大丈夫か?」
忙しなく吐き出される吐息と一緒に呻き声が聴こえた。背後からアルフォンスが容態を説明し始めるその声は半分、涙声になっていた。それでも、ロイは根気よく話を聞いてやった。その間もロイの手はエドワードの身体を擦っていた。
「准将、ど…どうしよう。多分、陣痛だと思うんですけど…。それより、出血してるみたいなんですよ。それも多量に――僕、どうしたら良いかわからなくて…」
「何ィッ!?」
激痛に顔を歪ませるエドワードの身体をそっと抱き上げた。汗で張り付いた前髪を優しい手付きで梳き上げた。それから、そっと身体を覆う毛布をずらして確認する。その瞬間、彼の表情が激しく困惑したが、それを彼らに悟られないように顔には出さなかった。その代わりにエドワードを安心させるべく穏やかに声を出した。
「エド、私だよ。わかるね? 今から直ぐに病院に連れて行ってやるからな。安心して良いから、ちゃんと傍にこうしているから…」
ロイの声が心に染み入る。彼の声だけは別に聴こえるのだ。ロイを捜し求めて彷徨っていた手はしっかり彼の手に包まれていた。それだけで、穏やかな気分に変わっていく。
「――あ、うぅ。ロイ、痛ッ…助けて…」
手の指を絡め合わせて、ロイは彼の手を握り締めていた。しっとり汗で湿っていた手の平はしっかり握り返してきた。
「大丈夫だよ! 安心して、ゆっくり呼吸をするんだ。そう、ゆっくりと…」
言われるままに、小さく呼吸をした。つい先程までは息を吸うことさえ忘れていたのだ。それなのに、ロイが目の前にいるだけでこうも変わるのだ。そして、弱音も彼になら吐けるのだ。それも今迄彼が心の奥底に仕舞い込んでいた想いだ。
「うぅ…オレ、赤ちゃんが産まれるの…怖い!!」
彼の瞳からはその恐怖に耐え切れなくて、ぽろぽろと涙が瞳から落ちていた。
「すまないね。こんな辛い思いをさせてしまって…」
嗚咽を繰り返しながら、エドワードは続けた。
「それにロイと離れるの…ヤダ! でも、赤ちゃんも欲しいんだ。――はぁ、オレって欲張りだから…ごめんな」
だるそうに腕を持ち上げて、その手でロイの頬に触れた。ロイもエドワードの手に手を重ねた。
「それは私も一緒だよ。エドワード、だから頑張って…子供のためにも」
エドワードはロイの熱い胸に頬を摺り寄せ、彼の軍服の上着を握り締めた。彼から離れたくない。この世から去りたくない。愛する男の子供をこの胸に抱きたい。そんな想いから自然と彼の手には力が込められていた。
ロイはエドワードと子供の二人分の身体をしっかり抱き抱えて病院に向かった。その風貌は雄々しく精悍だった。軽々とエドワードを抱える姿は頼もしい父親そのものだ。アルフォンスはその姿にはっと息を飲んだ。
車内でもロイはエドワードを励まし続けていた。そんな二人の姿をアルフォンスは見守り続けた。大切な人を守りたい気持ちは一緒なのだ。
病院に到着すると直ぐに医師と看護士達が駆けつけた。病院内に緊張が走っている。そして、医師達の表情は硬かった。何一つ言葉を交わす暇もない。バタバタと用意されていたストレッチャーにエドワードを乗せて処置室に運んで行った。
ロイのシャツをしっかり握っていたエドワードの手がスローモーションのようにパタリと寝台の上に下されていく。
嫌な予感がロイの胸中を支配し駆け巡っていた。
「准将、ありがとうございます。僕…あの時、気が動転してしまって…」
待合室で二人は待たされていた。その間にアルフォンスは落ち着きを取り戻したようだ。漸くまともにロイと向き合って会話が出来るようになった。それはロイも同じだった。此処に辿り着くまで、不明瞭な行動をしていたと思う。こうしてソファーに腰を下して、やっと一息つける状態なのだ。二人は本当に無我夢中だった。
「私もだよ。ホークアイ大尉に銃で発砲されてしまった」
顔の筋肉を少し緩めて話すことが出来た。アルフォンスの表情も少し穏やかになる。
「そうですか? 家に帰ってきた頃はすっごく頼りになりましたよ」
「ははは…。その前が大変だったのだよ」
此処にエドワードを運んできて、既に数時間が経っていた。院内は慌しくて声を掛けるのでさえ、憚れる状態だ。彼らは、今は何の音沙汰もない医師にエドワードのことを託すしかなかった。
「マスタングさん、ちょっと…」
看護士の女性が待合室に入って来て、静かにロイの名を呼んだ。その表情は強張っていた。彼らの心臓がドキッと軋んで、鼓動が跳ね上がった。その場に残されたアルフォンスは膝に置いていた手をギュッと握り合った。彼もこの病院に来てから、只ならぬ予感がしていたのだ。
ロイがその場に行くと、そこにバタバタと手術用の格好で医師が現れた。医師の表情は厳しかった。これから告げられることは、彼にとって「覚悟」を強いられる内容なのだ。
「――当面の処置は済んだ。今から分娩室に入るが、一刻を争う状態だ」
口調は明るくなかった。眉間にあった皺はいつもより深く刻み込まれている。ロイは食い下がるように訊き返した。
「エドとお腹の子は大丈夫なんですよね?」
この問いに医師の視線は自分の足元に向けられた。
「かなりの難産になるだろう。――その上、エドの容態が良くない。赤ん坊は無事だが…」
一呼吸、間を空けて医師は次の言葉を言った。こんなこと本当は言いたくなかったが…。
「覚悟しておきなさい」
「―――!?」
そう伝えた医師の表情には悔しさが滲み出ていた。彼らと共に医師も二人三脚でこれまで大切に歩んで来た道のりなのだ。
覚悟という言葉にロイは愕然とした。こんな台詞をいつか言われるだろうと以前からわかっていた。それなのにいざとなると思考は真っ白になった。覚悟はしていたのだ。しかし、頭の中が一変に様変わりした。何もかもが夢物語だったのか。楽しかったあの日々が走馬灯のように駆け巡っていく。
戦慄く口唇が開いて医師に頼む。分かりきった事なのにそれしか言葉は思いつかない。
「お願いです。エドワードを……助けて下さい」
ロイは壁に頭を預けて、ズルズルと膝から砕けた。そして、握り締めた拳を床に何度も叩き付けた。この歳で物に当たってしまう自分が愚かしかった。それでも、気持ちのやり場がなかったのだ。すると突然身体を引き上げられ、思い切り壁に叩きつけられた。視線を上げると憤然とした医師の瞳に囚われた。
「あんたがここで悔やんでいる間も、あの子は必死に戦っている! しっかりしなさい!」
この医師とは長い付き合いだが、こんな姿を始めて目にした。ロイは自暴自棄になっていた自分に反省した。
そうなのだ!! エドワードは子供の為、自分の為に戦っているのだ。
「すみません。そうですね。苦しいのは、エドだ…」
漸く、まともな思考を取り戻したロイに医師は黙って頷いた。それから、バタバタと分娩室に入って行く。この医師もエドワードと一緒に戦っているのだ。ロイはその背中を見送りながら思った。
ひっそりと足取り重く待合室に戻るとアルフォンスの視線と合った。ロイを見つめるその視線は何だか責められているようで、痛かった。
「あの…、兄さんと赤ちゃんは?」
訊かれることはわかっていた。それでも訊いて欲しくない言葉だ。
「――すまない。難産になると言われたよ…」
この深刻な内容を伝えるべきか悩んだが、今のロイには言葉を選ぶ余裕はなかった。
「覚悟しておくようにと…」
その瞬間、アルフォンスは煮え滾るような感情に支配された。こうなる事は彼にもわかっていたのだ。それでも、彼の中で燻り続けていた想いが溢れ出した。彼のこの想いは決して口に出してはならないものだった。
ロイの所為ではない。兄の所為でもない。誰の所為でもない。そうとわかっていた。全てを理解していたけれども、人の感情は時としてコントロール出来ないものである。
「だから…だから、こんな事になるんだったら産まなければ良かったんだよ!! いつも苦しそうな兄さんを僕は見ていられなかった。准将、そこまでして産ませなくちゃいけなかったんですか!!」
アルフォンスは自分の奥底に眠らせていた気持ちを洗い浚いぶちかました。それに加えてロイを睨みつけるその瞳は憎しみを孕んでいた。けれども、その瞳には涙が浮かんでいた。鋼鎧の姿では涙を流すことが出来なかった彼が敬愛する兄の為に生身の身体で涙を流していた。
「――アルフォンス、すまない。君の気持ちは良くわかっている…」
ロイがそう言った後、二人が会話を交わす事はなかった。お互い気持ちを理解しているから、それ以上何も言えなかった。
ロイも酷い言われ方をしたが、彼の憤りは以前から充分理解していた。だから、反論も憤怒することも出来なかった。そして、彼に掛けてやる言葉も見つからない。
アルフォンスも自分がどれだけ残酷な言葉を投げ付けたのかわかっていた。だから、居た堪れなくなってこの場から彼は逃げ出した。
やり場のなさを彼にぶつけてしまった愚かさを恥じながら、アルフォンスは当てもなく駆け出した。ロイもその背中を追わなかった。追えなかった。
お互いの気持ちがエドワードで繋がっていた。そのエドワードが今は――瀕死の状態。
バランスが崩れる。当たり前のことだ。
ロイはその場で茫然と頭を抱えて、アルフォンスは一人院内を彷徨っていた。
彼らは願うしかなかった。エドワードと子供の無事を……。今、自分達にできる全ては、唯一それだけだ。
すみません。長らくお待たせしました。
そして、またまたいい所で続く。
桜 美由紀 2005/5/18
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